SCENE1 僕たちが暮らす宮廷は SIDE 勇者:ロメル
「よぉ、ロメル。お疲れさん。」
煩わしい報告書作成のため資料片手に宮廷内を闊歩していると、背後から旧友の声が聞こえたので足を止めて振り向いた。
宮廷の渡り廊下は優秀な庭師がいつも旬の花を植え替えており、今は春の陽気をそのまま映したような鮮やかな黄色のパンジーが花を開かせていた。いくら生まれながらに人を操れるよう教育された貴族でも、お互いに真っ黒な腹の内を探り合う宮廷に通うにはこんな癒しがなければやっていられないというものだ。
「ああ、ロベルトか。なんだか、久しぶりな気がするな。」
旧友―ロベルト・セールズは我らが母校、国立パルーマ魔法魔術戦士養成学園の1学年下の後輩だ。かつて天才と称えられた彼は卒業後の今、持ち前の知識を以て騎士団を率いる軍師の一角を担っている。
「最近はハーク帝国がカニス海でやたら軍事訓練をしていてどうもきな臭い。なのに軍議もめちゃくちゃで三時間たっても一つだって策がまとまらねえし。古参軍師の爺どもでさえ連携取れねえ様な体たらくで強敵ハークと国ぐるみの戦いができるのかよ、ったく。」
「我々が一枚岩でないように彼らもまた一枚岩でないことを祈るが、戦はいずれ避けられなくなるだろう。生き残ったエスクード皇子は出自こそ平民の血が混じっているとはいえ魔術レベル250越えの秀才との話を聞いた。保守派貴族からの後ろ盾がなくとも平民からの支持が厚い。彼が戦場にでてきたら此方には成す術がない。」
「はっ。秀才はあんたもだろう、100年に一度の光属性様。ほんで勇者なんだろ?本当なら今頃玉座の後ろに誂えられたふかふかの椅子でふんぞり返っているようなステータスだ。あんたみたいな御仁にこんなくだらねえ役職押し付ける枢密院なんざ抱えてるから、この国はこうなんだろうさ。くそくらえ。」
「随分と苛立ってるなぁ。誰かに聞かれたら大変だぞ、言葉を選べ。…今はジェペス一族も全体的に緊張しているらしい。きっとそろそろ行動を起こす。」
ジェペス一族は枢密院を牛耳り現在宮廷の隅々まで幅をきかせている一族だ。
二年前、現当主セルピエンテ様は先代国王の突然の崩御後、まだ12と若いルーカス様を予てより婚約されていたシルヴィア様と婚姻させたうえで即位へと強行し、その間僅か2ヶ月で国王の義父へと上り詰めた。
その卑怯ともいえる出世劇はおおいに注目を集め、彼はいい意味でも悪い意味でも一躍時の人となった。
その後この瞬間に至るまでジェペス一族は宮廷内の各部署の長官となること、セルピエンテ様は摂政となり国王の執政を補助することが公表されている。近頃ではジェペスに逆らうと一族郎党国を追われるなどという恐ろしい噂もあるほどだ。
「しかし君の言う通り、今は皆ジェペスと枢密院のいいなりだ。どこかで彼らには灸をすえる必要がある。」
ロベルトは少し迷った表情をした後周囲を確認して物陰へと隠れた。慌てて後を追う。
そして彼は僕にこう囁いた。
「実は俺に、前から温めてたいい案がある。相当な野望になるが…乗るか?」
僕は知っている。こういう底意地の悪いしたり顔を浮かべたロベルトは、頭の中では誰かを自分の術中に落とすことしか考えていないのだ。
*
「なぁ、本当にやるのか?」
アデラ・バエズがこれでもかと目を眇めて僕を見てくる。視線が、気まずい。
僕たちは今、宮廷の大広間の裏口で作戦の最終確認を行いつつ人がそろうのを待っている。
「あ?怖いんだったらお貴族のお嬢様は失せやがって遠くから指くわえて見てろよ。」
あぁ始まった。
「お前のような蛮族には聞いてない。というか、君も貴族だろ。」
「あんたみたいな優雅な貴族じゃなく蛮族なんでね。」
「ああ言えばこう言う。相変わらずいい性格だね。」
「正真正銘の貴族サマに褒められてウレシイナー。」
「君たち、仲良くしてくれ。計画が未遂のまま頓挫してしまう。」
ロベルトと見事な漫才を繰り広げているこの御令嬢はアデラ・バエズ。学園では僕と机を並べた同級生、宰相の娘で、カリナ王女とも親交が深いため将来の王女側近筆頭候補だ。能力も申し分ない。剣技に優れ、頭脳も卓越している、なんだかんだいいつつ正義感の強い奴で、いわば真面目ちゃんだ。ただ、周りに見下されないよう男装するとか、ちょっとズレたところもある。
「そもそもボクは何で呼ばれたんだ、ロベルトとくだらない応酬をするためか?」
まずい、アデラの機嫌が傾き始めた。
「いや、もちろん違う。今の情勢でジェペスに面と向かって対抗できるのなんて代々宰相として王家に忠誠を誓ってきたバエズだけだと思った。しかもこれは僕じゃなくロベルトの提案だ。」
「んだよロメル。文句ないんだろ?」
「ないのだが、それより君の言っていた協力者もう1人っていうのは誰でいつ来る?」
「たった今お出ましだ。」
ロベルトが顎をしゃくった先にいたのは、赤髪をサイドで結い上げたがたいのしっかりとした女性だった。
「いいかいロベルト、あたしは"ギルド長の娘"として来たんであって決してお貴族様のティーパーティーなんかには興味ないよ。宮廷なんかまだまだ来る気はなかったんだから。」
―リタ・ジュステ…!
たしか、学園生で今は5年生のはず。若干16歳でフィジカルと剣のレベルを双方100まで引き上げた猛者。そして何より、今を時めく冒険者ギルドの長の娘だ。
これはすごい着火剤を連れてきたなと僕は頭を抱えた。