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桜花さんの拳脚商売奮闘記  作者: 岸本ひろあき
お礼参り編
7/14

エピローグ




 マウラの店にあるダイニングルーム。

 二世帯家族でも余裕で食卓を開けるほど広い部屋だが、桜花が来るまではここは魔窟の様相を呈していた。

 汚れた食器が無造作に放置され、怪しげな食材やら薬草やらが入った段ボールが散乱し、シンクも汚れ放題の散らかり放題。

 雑な管理の仕方の倉庫と言われても納得するような汚部屋で、とてもではないが料理が出来る環境ではない。



 桜花の趣味は、修行と、自家製秘薬を加えた創作料理である。



 この汚れきったダイニングルームに桜花は静かにだが確実にブチ切れた。

 桜花は獅子奮迅の勢いのまま劇的にビフォーでアフターに片付け、それだけでは飽き足らず自らの手でリフォームまで行った。


 そのリフォームにかかった素材代は当然マウラの金である。

 食器や棚やテーブル、細々とした家具一式などその見積もり代金は相当額に達し、見積書を見たマウラは『そんな金出せるか!』と叱り飛ばしたが、桜花は一切引かなかった。


 死をも覚悟した要求に『何がこの子を突き動かしているんだ』と呆れマウラは折れた。


 だがそれは正解だったようで。

 見事に美しく機能的に生まれ変わったダイニングルームと、桜花渾身の手料理の数々は瞠目するほど素晴らしかった。


 今なら理解できる。


 料理を極上足らしめるには、器と風景もまた肝要なのだ、と。


 マウラが桜花を預かることになった経緯は偶然だが、聞けば生家は千年以上続く名門中の名門武家だそうで。その免許皆伝を得る桜花は一族秘伝の薬方で体を自在に成長させる術も身に付けているという。


 素晴らしい逸材である。


 マウラは持てる知識を総動員して薬草や草花をかき集め、桜花と共に研究に打ち込んだ。


 すべては己の体を成長させる為だ。


 その結果か、マウラは僅かだが成長の兆しを見せ始めた。

 一年に1ミリとかそんなレベルだが。

 それが確認できたとき、マウラは就寝時、むせび泣いた。

 それだけ嬉しかったのだ。

 ちなみに、桜花はマウラと共に開発した秘薬を加えた料理で日増しに身長が伸びた。召喚された当初は150センチなかったのに今では168センチである。それを見て、マウラもいつか自分もあんな感じに伸びればと夢想していた。


 そういうこともあって、桜花の料理を口にする時は、偽りの姿ではなく少女の姿で食するようにしていた。


 マウラの願望を叶える為に桜花が全身全霊を込めて作った料理に敬意を払ってのことだ。

 有難く噛み締めるように完食する。

 それに本来の姿で食べると効果が高いような気がする。


 そんな訳でマウラは食事に集中するので静かだし、桜花も食事中は無駄口を叩かない。

 所作も美しいので普段は物静かな食事風景が常なのだが、今日は偶にある勝手の違う日だった。


 夕食時、ダイニングテーブルに並ぶ料理が一人分多かった。


 来客分の料理だ。


 マウラの店で食事を取ることを許された人物は非常に少ない。


 その貴重な一人が、ナッシュである。


 彼もまた、桜花とは違う優れた逸材だ。

 桜花とは別種の優れた薬方の知識を継承していて、マウラにとって有益な情報を齎した人物だ。気難しいマウラが素の姿で食事を共にすることを許す理由である。


 ナッシュがいると、普段と違って食卓が華やかになる。

 彼が生まれ育った町には黙って食卓を取る文化がない。それに染まったナッシュは黙々と食べるだけの食事に耐えられず、何がしか話題を振ってくるからだ。

 ちなみに、マウラも桜花も食事中は厳かに食べるべし、といった性格ではない。

 桜花は心を込めて作った料理をきっちり完食するなら、マウラは敬意を払うほど認めた料理人の料理を疎かにしないならば、静かだろうが賑やかだろうが下品だろうがどうでも良いことだった。


 今日の話題はナタリア誘拐から始まった一連の騒動だ。


「で、シートン商会のボスは親に泣きついた、と」

「まぁ、あれだけ叩きのめされたら従わざるを得ないでしょう」


 桜花の言葉にナッシュは『そらそうだ』と胸中で呟いた。

 マウラと桜花が揃って暴れたら、傘下組織程度では碌な抵抗も出来ないだろう。

 だが問題はある。


「しかし、そんだけ派手に子がやられて(ガラード)が黙っているか?」


 暴力組織にとってメンツが何よりも大事だ。

 子がぶちのめされて親が黙る道理がない。

 マウラは優雅に料理を食べながらそれに答える。


「黙ったよ。私直々にガラードの上役と『お話』したからね」


 ナッシュは『うへぇ』と呻きながら、それもそうかと思い直し、心底ガラード同情した。

 マウラのおっかないお話など死んでも御免である。


「じゃあ思惑通り、大金をむしり取れたってことか」

「ええ、お蔭で貴重な薬草の収集がよりはかどります」


 にっこりと微笑む桜花。

 可愛らしい笑顔だが、マウラが音頭を取り、二人で行った行動と結果はかなりエゲツない。


 桜花がブラッド・ストーンを八割殺しの刑でもって壊滅完遂させた頃に現れたマウラは、リーダー格の男――エルウィンに試作品ポーション使って回復させると、尋問という名の聞き取りを行った。


 彼らが無法集団と知ったマウラが少しだけ思案して出した答えが以下のことだ。


 無所属の無法集団を壊滅させるだけじゃ片手落ちだ!

 こいつらを潰しただけじゃまたバカが現れる、よし! 地元の顔役も潰そう!

 ついでだから桜花との共同研究で生まれた数多くの試作品ポーションの実験台にしよう! 動物実験だけじゃ正確なデータが取れないからね!

 効果が有ろうが無かろうが、悲惨な副作用が有ろうが無かろうが、うちの商品を使った事実は変わらないのだから、治療費を請求しないとね!

 たくさんポーション使ったし、被害者の慰謝料も込みで3,000万レグは請求しよう!

 地元の顔役じゃ払えないだろうし、親に払わそう!


 そういうことになって、その通りになったのだから末恐ろしい。


 ちなみに、レグラントの流通通貨にはレグ紙幣とランド硬貨の二種類がある。


 紙幣は100、50、10、5、1レグと5種類。

 硬貨は1レグ=100ランドで、50、10、5、1ランドの4種類。


 一般労働者一ヵ月分の賃金は平均1,000レグくらいだ。

 3,000万レグなど一般人が何度人生を繰り返せば手に入るのやら、といった大金である。


 ブラッド・ストーンなどガラードからすれば無関係もいい所で、その治療費まで有無を言わさずむしり取られたのだから、ご愁傷様としか言いようがない。だがまぁ、金ならうなるほどある古参組織だし、そもそも悪党なので同情の余地はない。

 それに色々試した試作品ポーションは然したる副作用もなく、1級ポーションの効果が1本、残りは2~4級ポーションの効果があったそうだ。


 3級は重傷を回復する。市販価格3万レグほど。

 2級は重体を回復する。市販価格10万レグほど。

 1級は即死であっても原型をある程度留めていて投与が遅くなければ回復する。市販価格は300万レグほど。


 1級は滅多に市場に出回らない最高峰のポーションで、無法者が買い求めに来ても最低でも数倍の値段を吹っ掛ける超高級薬品だ。

 試作品とはいえ、1級の効果があったポーションを1本使用したというのだから金額も妥当と言えば妥当である。


「ま、これでちっとは阿呆どもも落ち着けばいいんだがな」


 マウラはふん、と鼻を鳴らした。


「少しは落ち着くだろうが、あいつらは死んでも治らない真正の馬鹿でね。そのうちまた騒ぎを起こすさ。昔から変わらない心底愚かな連中だよ」

「それでまたぶちのめされてマウラの店が繁盛する訳だ」

「そういうことさ。だけど誤解がないように言っとくが、連中からむしり取った金は、半額以上、街に還元するのが暗黙の了解になっている。私らだけが得する訳じゃないよ」

「なるほどねぇ。悪党の金が巡り巡って善良な市民の元に帰る。いいことだ」

「まったくです。私も武の振るいようがあるというものです」


 そう言いながら桜花はにっこりと微笑んだ。


 桜花は召喚前と後では一つだけ変わったことがあった。


 それは宗家の宿願である【武神】に至る道を放棄し、一個の武人として生きる道を選んだことだ。


 だからこそ桜花は武を安売りしない。

 無辜の民に拳を振るって金銭を得るなどその筆頭で、それを行えばたちどころに武人としての信念を失う。

 どんなに飢えようとも、そんな愚行を犯すくらいなら、飢え死にした方がマシである。

 武を振るう理由は、義を見てせざるは勇なきなり、であるべきだ。

 だが、清廉潔白に拳を振るっても、当たり前だが金は手に入らない。

 それはそれで素晴らしいことだが、人間は霞を食べて生きている訳ではないのだ。

 武士も食わねば高楊枝も程度問題である。

 桜花は飛びっきり優秀なマウラから薬草学の知識を伝授されているので、あと数年学べば独り立ちも出来るだろう。


 だがそれでも、本懐は武人として生業を立てることだ。


 然るに、武を振るうべき時と場所と相手がわんさかいて更に金も手に入る。

 これに勝るものはない。



 この世界で桜花が成すことは、まさに拳脚商売であった。







 お礼参り編・了


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