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桜花さんの拳脚商売奮闘記  作者: 岸本ひろあき
お礼参り編
5/14

第四話




 ナタリアが拉致された倉庫から離れること50メートルほど。


 ここら一帯は倉庫街で死角も多く、気配を消して物陰に潜みながら桜花は待っていた。

 そして20分ほど待機した頃に、一匹のネズミが足元に近寄ってきた。


 無音だが擬音をつけるとすると、どろん、といった感じで煙を立て、そのネズミが金髪碧眼の少年に変わった。


 変化の術を解いたナッシュであった。


「どうでしたか?」

「想像通りだ。魔術師がいやがる。結界を張っていたのもそいつだな」


 現場までもう少し、という所で、ナッシュから待ったが入っていた。

 目標の倉庫の周りには30メートルほどの範囲で結界が張られていたからだ。

 ナッシュは魔法と似たような現象を引き起こす忍術の達人だ。

 その為か魔法に対して高い精度で感知する才覚があり、そのおかげで結界に突っ込む前に気付けた。

 倉庫周辺に張られた結界は、侵入者を感知して詳細な情報を術者に知らせるというものだった。

 そこで桜花は待機、ナッシュはネズミに化けて内部を偵察していた。


 この手の結界はネズミなど小さな生物も感知できるが、凡才な魔法使いなら普通はしない。

 理由は、ここら一帯は倉庫街で腐るほどネズミがいるし、それがなくともそんな小さな生物まで律儀に感知していると余りの情報量に術者が負荷で死ねるからだ。


 大抵は子供くらいからが感知の基準だ。


 ネズミに化けたナッシュは難なく倉庫に侵入する。

 どうやらこの魔術師は結界には不慣れなようで倉庫内部までは結界を張っていなかった。

 これが非凡な魔術師となると半径200メートルの範囲内すべてを監視、更には小さな生物でも明らかに怪しい動きをすれば即座に感知する細工を施す。


 そうでなくて良かったとナッシュは安堵した。


 ナッシュはネズミのまま一階を偵察、ナタリアの生存も確認した。

 手荒な真似をされている様子がなかったし、危機的状況という雰囲気でもなかったので、今度は二階を偵察する。

 二階は大部屋が二つ、あとは風呂場やトイレ、台所などがあった。

 すべての部屋を回ったが、二階にいたのは一人だけだった。

 明らかに魔術師と分かるローブと雰囲気を纏った、だらしない体付きの中年で、大部屋のソファに深々と座りながら雑誌を読んでいた。

 その雑誌は明らかに変態御用達な内容だったので『うへぇ』と内心で辟易しながら、丹念に部屋を調べ上げる。


 部屋は魔法による罠の宝庫だった。

 もしこの部屋で魔術師に危害を加えれば、強烈なアラーム音は鳴るは、ありとあらゆる攻勢魔法が敵対者に襲ってくるはで、手出しできない状態だった。


 倉庫内にいる魔術師はこの男だけで、最大戦力であることは明白だ。侵入したついでに是非とも無力化を図りたかったが、ナタリアが囚われている以上、派手な行動は断念せざるを得ない。


 しかし幸いだったのだが、魔術師が部屋に一つだけある出入り口のドアから背を向ける格好でソファに座っていたことだろう。


 ナッシュは気配を完全に消して変化を解くと、懐から札を一枚取り出して、ドアの前の床に忍術による【罠】を仕掛けた。

 魔法であろうが忍術であろうが、異能の類が行使されれば、大概は【何か】が周囲に発散される。それが魔法や魔道具の使用であったのならば、高位魔術師である男が気付かない道理はない。


 だが忍術は魔法と似て非なる現象だ。

 忍術は自身の生命力を【霊力】に変換し、それをもって様々な現象を引き起こす技術である。

 大がかりな忍術なら溢れ出る霊力に、嫌でも何かを感じ取って気付くこともあるだろうが、使用した札の罠はごく少量の霊力で発動できる。


 これに気付くには、氣功術など生命力から生み出すエネルギーをもって様々な現象を引き起こす系統の技法を修めた者か、生まれながらにして異常に勘の鋭い者しか成し得ない。

 更には無音で仕掛け、終わったあとは床と同化して消え去ったように見える札の罠に、魔術師が気付くことは終ぞなかった。


 罠を仕掛け終わったあとはネズミに変化してそそくさと倉庫を出る。


 そして桜花に詳細な内部状況と仕掛けた罠を報告すると、作戦は実行段階に移行した。


 再度ネズミに変化したナッシュがナタリアの傍まで行く。

 頃合いを見て桜花がド派手に突入。

 その隙に変化を解いたナッシュが素早くナタリアを救出、脱出を実行。

 あとは心行くまで桜花が大暴れ。

 仕上げに連中が倉庫から逃げ出せないよう、ナッシュが倉庫全体に封鎖の忍術結界を張る。


 救出と同時に、アルバストリオ領民に手を出した阿呆どもを徹底的に壊滅に追い込む、そういう手筈になっている。


 ナッシュがネズミに変化して倉庫に入ってからきっかり5分後。

 桜花は頃合いだろうと、ついに動いた。

 倉庫の前には見張りも立っていない。

 恐らくは魔術師の結界があるから不要と判断したのだろうが、こちらとしてはド派手に奇襲を掛けられるので有難い。

 倉庫の前は幅が50メートルはある広い道路になっている。


 道路の端まで行ってから、心構えを武人状態に移行する。


 桜花は氣功を極めた達人だが、それでも得意不得意がある。

 外部に氣を放出する外氣功よりも、肉体を強化する内氣功を得意としていた。


 心肺機能と心臓を強化する【内氣功:鬼神門】と、神経と脳機能を強化する【内氣功:羅刹門】と、全身の骨格、表皮、靭帯、筋組織を強化する【内氣功:夜叉門】を発動させる。



 準備は整った。



 足裏に氣をため込み、ぐっと足に力を籠め、一気に解放した。

 爆発的な氣が足裏から噴出する。

 これが外氣功を得意とする達人なら、ジェット噴射のように氣を噴出して空を自由自在に飛び回るが、桜花はそこまで器用ではない。

 このように加速に使う、緊急回避に使う、打撃の時に噴出させて相手をふっ飛ばす、相手の攻撃を弾く防御に使う、空や海を【蹴って】走る、それくらいしかできない。


 爆発的な加速を得た桜花は、踏み足一歩でトップスピードに達し、たった三歩で残り10mまで迫っていた。


 そこで跳躍。

 飛び蹴りの態勢に入った。


 ナッシュからの情報で、ナタリアは倉庫の真ん中にいると聞いている。

 扉は分厚い木製だが長年の潮風に晒されて大分ガタがきている。本気で蹴ったら粉砕間違いなしだが、なるだけ木片は手前に飛ぶように調整するので当たるのは手前にいる阿呆どもだけだ。何の遠慮もいらなかった。

 万が一、ナタリアの所まで破片が飛んで行っても、ナッシュがいるので安心である。


 という訳で、一応の配慮はしつつも、容赦ない飛び蹴りを扉にぶちかました。


 扉は「ドガバギャガァ!」という派手な粉砕音を響かせ吹っ飛んだ。


 派手に吹き飛ぶ木片に、五人ばかりが巻き込まれる。

 そのうちの三人ほどは重症だったようで、倒れたまま動かなくなった。

 残り二人は痛みの余り叫び声を上げてのたうち回る。


 そこにいた全員が、ドラッグをキメていた連中さえも、口をぽかんと開けて呆けた。


 武人の心構えとなった桜花の表情は鉄仮面に覆われる。

 無表情のまま、地獄の閻魔もかくやというおどろおどろしい雰囲気を纏い、平坦な声で告げた。


「罪状・営利誘拐。判決・有罪。全員・半殺しの刑に処す」


 大きくはないが、良く通る声だった。

 倉庫中に響き、その言葉を理解したエルウィンは、怒声を上げた。


「てんめぇぇぇぇ! この女がどうなってもいいんかぁぁぁ!!」


 傍にいたナタリアの腕を掴み、椅子ごと引きずり上げた。

 桜花は平坦な声でナタリアを指さした。


「それを、ですか?」

「あ“ぁ!?」

「ですから。それを、ですか?」


 再度言われてさすがにおかしいと眉を顰めたエルウィンがナタリアを見る。


 人族の女と変わらない弾力を持った精巧なダッチワイフだった。

 ただし顔は雑な作りだ。

 へのへのもへじ。

 頭も金髪のかつらを被せていただけなので、衝撃で床に落ちている。


 周囲にいた者も絶句したし、エルウィンも思わず「……あ?」と呆けた声を出す。


「それを殺すとかどうとか。頭は大丈夫ですか? 友人が誘拐されたと聞いて飛んできたのにまさか頭のイカれた変態の集団の妄言だったとは。ああ、判決は取り消して私は帰りますので、気になさらず、その人形の穴を全員で仲良くほじくり返していてください。壊れるまで使ったら殺したとこになるでしょうか? まぁキチガイ変態集団の考えですので私には理解不能ですが」


 エルウィンは衝動的に『その女をぶち殺せ』と絶叫したかったが何とか堪えた。

 乱戦に突入してこの女を少しでも傷つけるとケイラーが切れてブラッド・ストーンを抜けてしまうリスクがある。

 エルウィンは冷静に周囲を確認する。

 この倉庫は二階がケイラーの居住区、一階が集会や敵対者をリンチする目的で占拠している。その為、一階は粗末なテーブルや椅子、廃材などがある程度で身を隠す場所はない。

 ぱっと見、倉庫内に混血エルフの姿はなかった。

 エルウィンは絞り出すように言う。


「……どうやってすり替えた?」

「ふむ? 唯のバカ集団かと思いましたが、トップは少しまともなようです。粗暴者にしては思ったより煽り耐性が高い。褒めてあげましょうか?」

「――御託はいい! 攫った女をどこにやった!」


 ダッチワイフを乱暴に投げ捨てながら恫喝する。

 あれは金の卵だ。

 見逃すには惜しすぎた。


「種を明かす奇術師がいると本気で思っています? どうしても聞きたければ、力ずくで聞き出しなさい。もっとも、雑魚な集まりの貴方たちでは天地が引っくり返っても不可能ですし、そうなったら刑の執行は確定しますけど。それでも良ければ、どうぞ?」


 煽る煽る。


 だが、それでも、エルウィンはなけなしの自制心を働かせて耐える。

 今回の報復に関して、エルウィンは部下に厳命していた。『俺の命令なしに動いたやつは殺す』と。だから周りの部下は動かなかったが、全員は怒りの余り赤色から赤黒くまで顔色を変化させていた。


 もうすぐだ、とエルウィンは自分を言い聞かせる。

 いい加減、足止めはした。

 二階に続く昇降階段は、倉庫外の出入り口付近と、倉庫内の奥の二か所ある。

 この騒ぎを聞きつけたケイラーが、桜花が立っている場所より背後にある出入り口の階段から【隠密】【透過】という高等魔法を使って、気配と姿を完全に消し去って狙撃する手筈だ。


 もうすぐだ、もうすぐでこの口汚いメスガキを黙らすことが出来る。



 さっさとしろ、クソ豚ケイラー、どんくさしてんじゃねえぞ――



 エルウィンが青筋を浮かべながら胸中でそう悪態をついていると、


「ふぎぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃ!!!???」


 豚の断末魔のような絶叫が二階から響いた。


 それを聞いた桜花はさも平然と言い放った。


「汚い声ですね。非常に不愉快です。そういう訳で、十分の八殺しの刑に処します。精々、抵抗してみなさい」


 刑が重くなっている。

 だがそれを突っ込む余裕は、誰も持っていなかった。









 蹂躙開始。



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