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桜花さんの拳脚商売奮闘記  作者: 岸本ひろあき
お礼参り編
2/14

第一話




 悪徳の島。


 ホロノア大島がかつて呼ばれていた、蔑称である。


 なぜそう呼ばれていたか。それはひとえに、この島が大昔から――それこそ共和国が建国されるより前から流刑の地として使われてきたことから由来している。

 本国の囚人、政治犯、国外からの犯罪者、軍人、亡命者、難民――あらゆる訳ありがこの地に流れ、生き延びるために手を組み、時に裏切り、抗争を繰り広げ、そうして淘汰された果て……ついには世界最大の反社会シンジゲートを作り上げるに至ったからだ。


 ゆえに悪徳の島――なのだが。


 このまま放置すれば歴史上最悪の巨悪が生まれてしまうことを危惧した共和国建国時の初代大統領が、その先見の明と確かな政治的手腕をもって改善に乗り出したことで、その悪徳の蔑称は幕を閉じることになる。


 訳ありばかりが流れ着く土壌が出来上がってしまい、際限なく巨悪へと育って行くホロノア大島を抑止するべく、大島に流れる人々の中に、異世界人という飛び切りの訳ありを移住させるよう、働きかけたのだ。


 お伽噺の昔からバルバロードには異世界人がどこからともなく漂流してきて、世界中に良くも悪くも多大な影響を与えてきた。


 異世界人の多くが異能を持ち、異様に戦闘力が高かったり、知能が高かったり、未知の知識や技能を有する、所謂天才が多くを占めていたのだ。


 しかしそれがゆえに、世界中のどの国も扱いに手を焼いていたという実情があった。


 確かにうまく囲えれば国は大いに繁栄するが、万が一異世界人とトラブルとなれば、彼らは故郷を失っているがゆえに簡単に国を捨て出奔する傾向にあったのだ。そうなれば異世界人だよりで発展した国は容易く衰退し、それどころか最悪国が滅んだ、などということも珍しくなかった。


 異世界人は非常に扱いづらい、しかし彼らがもたらす益は欲しい。

 であるならば。

 寄る辺のない異世界人たちに第二の故郷となる地を――自治領を餌に、巨悪蠢く地に封ずればいい。異世界人という劇薬は間違いなくホロノア大島に変化をもたらす筈である。それが悪徳の毒を薄めることを、あわよくば消し去ってくれること願って。


 その思惑のもと初代大統領は、多くの異世界人たちを移住させる為に、大島を実質支配していた反社会シンジゲートには頑として自治は認めず、だがしかし異世界人たちには半独立ともいえる大きな自治を認める法を作ったのである。




 そして時は流れ――




 大過なくホロノア大島へと導いた異世界人移民団の代表アルバストリオを讃え、ホロノア大島アルバストリオ自治領という正式名称が与えられた大島にて。


 異世界人たちは自分が快適に暮らす為に、己の欲望のままに、生まれ育った地の文化水準を再現しようと邁進した。


 衣食住にまつわる古今東西あらゆる品、食事や酒、娯楽品や嗜好品、武器防具、医療や薬、トイレやバスタブ、果ては自動車や鉄道など車両全般、インフラ関連……上げればキリがない分野に手を出し発展させてきたのだ。


 その技術は巡り巡って、半独立状態を許したレグラント共和国にもっとも益を齎し、その結果、世界有数の列強へと押し上げるほどに至った。




 そんな異世界人が最も集まり大都市と呼べるほど発展したのが、ホロノア大島の北側に位置する大都市ガロナである。


 この大都市ガロナにあっては、人の文明文化にまつわるあらゆるジャンルに手を出して魔改造を施し、原住民にとって思いつきもしない概念を生み出し、製品化、販売してしまう。しかもそのどれもが他の追随を許さない高品質、高性能、変態仕様という完璧主義な仕事ぶりであった。


 ここに来れば産着から棺桶まで何でも揃う。

 しかも他所ではお目にかかれないレベルの上等な物が。


 その為に、大都市ガロナの商業区にある商店街はどこも人でごった返している。

 人、人、人、人、人、獣人、獣人、獣人、巨人、竜人、小人、耳長などなど……

 どこもその混雑ぶりは凄まじい。


 本国の首都とも、他国の都市とも比べても、比較にならない繁盛ぶりだった。

 世界随一の賑わいである。

 しかしそれだけに収まらない特徴が、もう一つホロノア大島にあった。


 かつて大島を我が物としていた反社会シンジゲートの存在である。

 別に彼らは押さえつけられただけで、飼いならされた訳ではなかったのだ。

 移住してきた異世界人の数と、反社会シンジゲート連中の数は当初から比べ物にならない差があって、これを壊滅させるなど夢物語だったのだ。そして彼らは決して愚かではなかった。新参者どもが台頭しようとも自治を認められなくとも悪党らしくしぶとく生き延び勢力を増やし続け、人口数で異世界人たちを圧倒していた。



 少数だが革新的な異世界人の技能と、大多数の管理された反社会シンジゲートの悪徳。



 この二つが絶妙なバランスでホロノア大島の歴史を刻み、各々の秩序を築き、持ちつ持たれつの関係を生み出していた。



 その証左とも言える存在が、大都市ガロナ東端に流れる河川を挟んだ隣にある都市との関係性であろう。



 地方都市バロバナシティ――通称、暗黒街。


 この都市は今もなお、国内外に強大な影響力を持つ反社会シンジゲート――十二の古参非合法組織によって作り出された都市である。


 ここは多くの繁華街がひしめき、カジノ、酒場、風俗と、不夜城とも称えられ煌びやかに栄えている。しかし少し裏道に入ると、マフィア、ゴロツキ、チンピラ、ジャンキー、強盗団、違法魔法使い、悪徳商人などなど……大小の違いがあるだけで、揃いも揃って悪党ばかりがたむろする魔窟であった。


 この二つの都市が、昔から商売を通じた持ちつ持たれつの隣人関係を築くことで、結果として大島全体の秩序の礎となってきたのだ。



 だが反社会シンジゲートの本質は金と暴力である。

 白と黒が絶妙に混じり合うことで繊細な灰色を生み出していたのに、暴力に溺れるバカにはその道理が分かっていない者も多く、黒色のペンキをぶちまけることがままある。


 それすなわち大都市ガロナを筆頭に、アルバストリオ自治領の人間に累を及ぼすということだ。



 天神暦1897年5月――晴天が広がる昼下がり。



 この日はまさに物の道理の分かっていないバカが現れた日だった。


 大都市ガロナ東端にある【ファラン商店街】

 ここは北に港湾、東に河川一本挟んだ先にある暗黒街と隣接するという環境もあって、アルバストリオ自治領でもっとも活気と混沌に満ちた区域だ。


 そんな常に活気あふれるファラン商店街に【食事処 はなふじ】と暖簾が掛けられた飲食店がある。


 そこに現在、一目見て堅気とは程遠いファッションセンスの人族の男性三人組が居座っていた。


 三人とも若く、一人は二十代前半、二人は十代後半と思われ、揃いも揃って人相の悪い面構えで、着崩したスーツに派手な色のシャツと、どう見てもチンピラであった。


 その三人組が座敷席で汚く料理を食い散らかし、会計となった段階で言い放ったのが、


『飯にゴキブリが入っとったぞ! どう落とし前つけるんじゃあ!!』


 という恐喝であった。

 言ったのは三人組のリーダーだろう一番風格のある男で、大層な迫力だったが、店主も、うら若い女性店員も、店内にいた数名の客も、誰も怯えなかった。

 店主の一人娘で看板娘でもある店員、ナタリア・花藤(16)は冷めた目でチンピラを見詰め、


「御託はいいからお代を頂戴」


 と告げる。

 下っ端なのだろう。

 髪をだらしなく伸ばした十代後半の男がテーブルを叩いて声を荒げた。


「んだこらぁ! 兄貴の話、聞いてなかったんかぁ! この店ぶち壊すぞゴラァ!」


 中々の啖呵である。

 だがそれでも、店内の者は顔をひそめても誰も怯えていない。


 理由は簡単。

 ここは暗黒街に隣接する商店街だ。

 時折、阿呆がゆすりにやってくるので、この手の輩には馴れているのだ。


 そして何よりも。


 この店には今、年がら年中、白の胴着に紺の袴を着ていて、烏の濡れ羽色と称賛できる美しい髪をポニーテールにしている少女、一番合戦桜花が居合わせていた。


 レグラントに流れ着いて早2年。

 15才になった桜花は、華奢な体格に整った顔立ち、愛嬌もあり気立てもいいとあって、【本性】を知らなければ相当な美少女であった。


 その本性とは、人外級の武人であるということだ。


 義侠心に溢れ、一度鉄火場に立てば、華奢な体格からは想像も出来ない剛腕で烈火の如く暴れ回ることから、マンドゥル(体長2mほどのサル型の魔物)女の異名を持っている。


 桜花は自炊派で外食は一切しない。

 ならどうして食事処にいたかというと、この店の女将がギックリ腰で寝込んだからだ。

 魔女マウラ秘伝の効能が練り込まれた湿布薬を届けに来ていたのだが、そこで遭遇したのがこのチンピラどもである。


 この街で無体を働くなど、義侠心あふれる桜花が見逃すはずがない。

 桜花がたまたま居合わせたタイミングで恐喝してきたから、店内にいた者たちは怯えなかったし、店員も堂々としていたのだ。


 女将は店の奥で横になっていて、そこで桜花手ずから腰に湿布をペタペタと貼っていたのだが、案の定、チンピラの声を聴いて奥から飛び出てきた。


 桜花は店主とナタリアに目配せをしながら一直線にチンピラの前に行くと、いつもの愛想の良い顔色を脱ぎ捨て、武人の本性を現したことを示す鉄皮面に表情を豹変させると、平坦な声色で誰何すいかした。


「貴方たち。どこの組の者ですか」

「あぁ?」

「もう一度問います。どこの組の者ですか」

「クソガキてめぇ! 誰に向かってナメた口聞いてんだ! 殺すぞ!」


 下っ端は顔面を近付けて睨め上げると、唾を撒き散らして恫喝する。


 桜花は動じることもなく、『殺すぞ』という台詞を聞いた瞬間、ぬるりと間合いを詰め下っ端の後ろ髪を鷲掴みにする。


 下っ端は驚愕と痛みで口汚く喚き散らすが、桜花は問答無用で店内を引きずり、扉を開け放つと、表に出る。


 商店街とあって外は多くの人が行きかっている。

 華奢な少女が、喚き散らすチンピラを抵抗もさせず引きずるという異常事態に、店の外を行きかっていた人々は騒然となった。

 ただし、驚いたのは買い物に来ていたお上りさんのみ。

 街の人間は桜花を見て、『ああ、桜花がバカに天誅を下しているだけか』と大して驚かなかった。


 下っ端は日々暴力を糧にする人種だったが、桜花から見ると一般人に毛が生えた程度の武力しかなかった。

 マンドゥル女の異名は伊達ではなく、下っ端は抵抗も敵わず店を引きずり出され、投げ捨てられた。

 お上りさんは驚愕の声を上げながら逃げ出した。

 店の前だけぽっかりと人通りがなくなった中、下っ端は無様に倒れ込み、


「こ、の! ぶっころ――」


 起き上がりながら啖呵を切ろうとしたが出来なかった。


 桜花が問答無用で蹴り上げた背足が、顎を強か打ち抜いたからだ。

 手加減はしても容赦はない。

 下っ端の顎はあっさりカチ割れ、脳天を突き抜ける衝撃によって意識が吹っ飛び、崩れ落ちて地面に沈んだ。


 華奢な少女に仲間が抵抗も出来ず引きずり出されるという光景に、残りの男たち呆気に取られていたが、すぐに店外に飛び出て、その見事なまでの蹴り足を目撃する。


 数秒の沈黙の後、もう一人の下っ端がぶち切れた。


「てんめえええ!」


 懐に差していた匕首を抜き放つと、お上りさんで構成されていた野次馬が悲鳴を上げる。

 悲鳴が鳴り響く中、下っ端は刃を上にして腰だめに構え体当たりのように突進してきた。

 体ごと刺突してくるので、非常に避けづらい攻撃だ。

 だが桜花に動揺はない。

 もう一歩踏み出せば切っ先が届く、その間合いまで接近したところで、桜花は動いた。


 中段横蹴り。


 凄まじい速さで薙ぎ払われた踵が、下っ端の二の腕を直撃する。

 こちらも手加減はしても容赦はない。

 下っ端の二の腕は砕け、衝撃と激痛に悶絶して地面をのた打ち回った。


 普通に考えれば、あり得ない状況である。


 桜花の身長は168センチ。

 15歳の日本人女性としては長身だが、ここバルバロードに住まう人族は総じて地球の北欧の人々のように身長が高く、桜花くらいの身長は普通と言えた。


 現に桜花が叩きのめした下っ端の年は18だったが、身長180センチを超えていた。


 身長差と男女における身体能力差、そういったことを加味すれば如何に攻撃が早かろうと、金的など分かりやすい急所を的確に突かない限り、女が男を完膚なきまで叩きのめすなど不可能だ。

 見るからに華奢な桜花に、硬い骨をへし折るほどの重さを伴った攻撃が可能とは到底思えなかった。


 だがここは異世界人たちが集う地。


 バルバロードの歴史とともにある魔法という非常識溢れるファンタジー現象とは別の方向性で、非常識溢れるトンデモ現象を引き起こす連中が多く存在する街である。

 桜花もまた、非常識側のトンデモ人間だ。

 それを顕著に表しているのが、非常識極まる異世界人でも類を見ない、桜花の肉体である。


 身長168センチに対してその体重580キロ。


 もう一度言う体重580キロ。


 数字だけ見ると巨大な肉の塊のような体型を想像するが、しかし見た目は胸が控えめなスレンダー美少女という完全な人外仕様である。

 その秘密は、一番合戦家秘伝の薬方と修練方法にある。

 皆伝を得るほど秘伝を極めた桜花は、飽くなき薬方の摂取と修練の成果、普段は女性的な肉感だが、その実、過度な筋肉は技を出すのに邪魔になると、より細身になるよう極限まで鍛え上げ絞り込んだ埒外の硬軟兼ね備えた筋組織で身を包み、肉の鎧の下には柔軟性を保ちつつ常軌を逸したレベルの骨密度を誇る骨と、毒素などものともしない強靭な五臓六腑を得ていた。

 ちなみに、これだけ体重があると日常生活が極めて困難となるので、体重を軽減させる氣功術【外氣功:羽衣包】を無意識レベルで常時発動させるという器用な真似をしている。これにより就寝時は元より意識が完全に飛ぼうが普段の体重は40キロくらいである。


 ここまでやるかと言わしめる、内外ともに人外級の肉体。

 だがここまでする理由がしっかりとある。


 神秘の力――魔法。


 魔法の力は凄まじく、熟練者となれば文字通り奇跡すら引き起こす、恐るべきものだ。

 その力の源となるのがバルバロードに遍く満ちる神々の力の残滓【マナ】と、上位と下位に分かれて存在する常世、高次元世界【アストラル界】である。


 バルバロードに生まれ落ちた生物はすべからず体内に取り込んだマナを【魔力】に変換・貯蔵する器官【要肝】と、高次元世界に繋がる器官【アストラル門】を持っている。

 一定以上の魔力量を貯蔵できる資質と、魔力を特殊な波長でアストラル門に流し込み門を開放する才覚があれば、神秘の世界の扉は誰にでも開かれるのだ。


 上位下位アストラル界全土に満ちる万物の根源【元素】

 バルバロードの自然を司る下位精霊たちの王、上位精霊が存在する下位アストラル領域【精霊界】

 神々の血肉から生まれ神話の終焉と共にアストラル界に去った超越種が存在する下位アストラル領域【始祖界】

 原初の混沌から生まれた創造を司る神々と、その属性神が存在する上位アストラル領域【神聖界】

 原初の混沌から生まれた終焉を司る神々と、その属性神が存在する上位アストラル領域【冥府界】


 万能性に富み無限の可能性を秘めた元素を巧みに操る者を【魔術師】と呼ぶ。

 精霊と心を通わせ意のままに操る者を【精霊師】と呼ぶ。

 超越種の存在する領域で試練を果たし契約を結んだ者を【召喚師】と呼ぶ。

 信奉する神をその身に降臨させる信心と才能がある者を【使徒】と呼ぶ。


 彼らが繰り出す魔法は千差万別。

 肉体強化に特化した一番合戦流氣功術では、運用術に長けた魔法使いに搦手でこられると手も足も出ないのが実情であった。


 それに対抗する為に、マウラが保管する貴重な薬草の数々をもって一番合戦家秘伝の秘薬に限りなく近い物を作り上げ、鍛えに鍛え上げた。

 ここまでして初めて『まぁ、相手が油断して慢心して不意打ち出来ればなんとかなるかなぁ』と思える武力となる。


 周りはマンドゥル女呼ばわりしているが、実際はそれよりも酷い。

 一般人が裸でオーガ(体長3メートル越えの筋骨隆々の巨人族)と喧嘩するくらい酷い。

 これが氣功術込みとなると戦車と喧嘩するくらい酷い有様にランクアップする。


 氣功術による強化術なしの素の力でも、桜花が全力で攻撃すると、魔法の心得のない先ほどの二人などあっけなくひき肉となる。


 だがそんな真実など知りようもない、兄貴と呼ばれていた男は、舎弟二人が鎧袖一触され、冷や汗を流した。


 彼らは暗黒街の地区でも狭い地域で名の知れた無法集団の一員で、どこかの組織に所属している訳でもない、暴力性が際立つだけの小悪党であった。

 暗黒街では十二の古参の非合法組織が軒を連ねていて、彼らが街の利権を独占している。

 如何に暴力に慣れ親しみ残虐性に優れていたとしても、組織の後ろ盾のない集団や個人に回ってくるまともなシノギはない。


 その為に、隆盛を誇る大都市ガロナに自分たちの縄張りを作ろうとやってきたのだ。

 非常に、愚かなことである。

 もしどこかの組織に所属していれば、大手の組織であろうが、木っ端組織であろうが、同じことを言って聞かせていただろう。


『他所ならどこだろうと構わねえ。だが異世界人どものシマだけは手出し無用だ。もし手を出したら、その瞬間にてめぇは破門、粛清対象だ』と。


 不幸なことに忠告をくれてやる人間がいなかった彼らは見事に見誤った。

 他所より活気があるから沢山金がある、だから美味しいシノギがある、何で地元の連中が手出ししないのか理解できない。


 じゃあ俺らで食っちまうか。


 実に短絡的、バカの発想である。

 その結果が、自慢の暴力を超える人外の暴力に呑まれることになる。


 そしてその現実に、チンピラの男は、未だに気付いていなかった。

 まだ手はあると、冷や汗を流しながらも、セカンドバッグの中に隠し持った『ブツ』に手を忍ばせる。


 そこには異世界人が生み出した兵器――拳銃があった。


 元々は魔法どころか異世界特有の異能もない力なき異世界人が護身用にと開発した物だったが、魔法世界と謳われる世界であっても実際に実戦で通用するほどの魔法使いは百人に一人ほどの割合で、その為に拳銃は瞬く間に世界に広まった。


 今では異世界人たちの手を離れ世界各国で研究、開発が進み、護身用のみならず狩猟用や軍用と様々な種類が作り出され、社会に浸透していった。

 そういうこともあって拳銃自体はさほど珍しい代物ではなく、ましてやホロノア大島は火器発祥の地とあって護身用の拳銃は一般にも広く出回っている……のだが。


 問題は男が手を忍ばせた拳銃が民間に下ろされることがないご禁制の軍用で、非常に殺傷力が高い代物だったことだ。


 大型の特殊弾丸が五発装填できる回転式の拳銃で、本来は人に向けるものではない。

 中型以上の魔物や魔獣を殺傷する代物だ。


 この銃を持って切り札とする――チンピラの暴力に対する嗅覚は正しかった。


 如何に超人を越えた変人の域にある肉体を持つ桜花でも、さすがに軍用拳銃だと当たり所が悪いと死ぬ。


 だがそれでも、チンピラの優位性を保つ要素にはならなかった。

 ある意味で、より窮地に立ったといっていい。


 セカンドバッグの大きさから大型ナイフや匕首ではなく、中身は拳銃だと見抜いた桜花は、今まさに手を掛けようとしたところで、言い放った。


「止めなさい。ここは人通りの多い場所。凶弾を放つ心積もりならば、一切の手加減が出来ませんよ」


 桜花はこの街で暮らすにあたって、マウラから色々と聞き及んでいた。


 隣にある暗黒街に住み着く野良犬を筆頭に、ホロノア大島に多くを占める無法者どもはその性質上、阿呆が多い。

 そういう連中は安易に殺さず、生かさず殺さず手痛いトラウマを植え付けて地元に宣伝させるのが一番安上がりで賢い方法である、と。


 桜花としてもその考え方は、自分の考えとも合うので快く受け入れた。


 桜花にとって武人たるもの無用な殺しは武の安売りに他ならないと標ぼうしている。となれば相当な事態が起きない限り、命を奪うような行為は厳に慎むべきだ。


 その相当な事態とは、面子を賭けた真剣勝負か、仇討か、看過できない凶行か、である。

 いずれかに該当しない限り、殺し技は禁じ手としていたが――チンピラがやろうとしていることは、その看過できない凶行だった。


 ここは市街地で、しかも街の人間ではない余所者の野次馬が大勢いる。


 バッグ越しなのでどのような形態の拳銃かは判断できない。

 しかし例え護身用の小型拳銃であったとしても、もし発砲を許したら、暴力に手馴れても戦闘のプロとはお世辞にも言えないチンピラでは、弾丸が明後日の方向に飛んでいくのは火を見るよりも明らかだった。


 それを振るう以上、もう手加減は出来ない。

 降参するならそれでよし。だが銃を抜くようなら。

 撃つ間もなく一気呵成に、絶命させる。


 静かにだが、明確な殺意が込められた言葉に、男の手が止まる。

 冷や汗が止まらない。

 体が小刻みに震える。

 心臓が極度の緊張状態に早鐘のように打ち鳴らす。

 目が血走り呼吸が荒い。


 ふぅーふぅーと声を荒げながら震える姿は異様だった。

 桜花の殺気と、チンピラの異様に、周囲の野次馬は呑まれた。


 その時。


「守衛隊だ! 動くな!」


 人混みを掻き分けて現れた数名の守衛隊、その一人が大声で警告した。

 その声にチンピラの意識が完全に守衛隊に向けられ、桜花から目線を外した瞬間、


「いぎぃぃぃ!?」


 チンピラは悲鳴を上げた。


 凄まじい速度で近付いた桜花が、グリップを握っていた手首と肘を掴み、驚異的な握力で締め上げたからだ。結果、手首と肘は一瞬で砕け、腕としての機能を完全に失う。


 その悲鳴を聞いた守衛隊は思わず、


「やめろ桜花! 殺すな!!」


 と叫び、その声を聞きながら、


 桜花は砕けた手首と肘を掴んだまま一本背負いで投げ飛ばした。

 ただ『殺す』目的で投げてはいないので、脳天からは落とさない。

 チンピラは腰を強か打ち付けて、骨盤に罅が入るに留まっていた。


 激痛の余り、陸に上がった魚のように口をぱくぱくとさせる相手に向かって、桜花は大きく足を振り上げ、一気呵成に振り下ろした。


 ずどん! という轟音が響き渡る。



 桜花の足は、チンピラの顔面すれすれ、アスファルトの地面に落ちていた。



 本気で打ち抜くとアスファルトが砕けて地面が凹む。そうなると補修が大変なので、地面が破損しないよう派手に音を鳴らすことだけを目的とした一撃だった。


 結果その轟音は、濃密な『死』を幻視させるには十分で、チンピラは失禁しながら泡を吹いて気絶している。

 桜花はチンピラから拳銃を取り上げると、それを守衛隊に差し出しながら言う。



「はい、グレイグさん。警告通り殺していませんよ」



 名を呼ばれた、ナルヴァーナ本島出身者である守衛隊隊長グレイグ・ハモンド (24)は、『真っ昼間から肉のオブジェの掃除をしなくて良かった』と胸中で呟き、心底安堵した。



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