第1話 嵐の予感
二日にわたった学園祭は幕を閉じた。
模擬店の総合人気投票では、プロ直伝本格たこ焼き店を開いた二組が優勝した。
男女別人気投票の男子投票は三組のメイド風カフェが大差をつけての一位に輝いた。
ひかりが店に出ると、勇磨の目を盗む輩に写真をいくらか撮られていたので、誠司の心中は終始おだやかではなかった。
そんな誠司の心配をよそに、ひかりは少女漫画のヒロインのいでたちそのままに、ふんだんに笑顔を振りまいていたのだった。
いっそ全員の携帯を取り上げて、写真を消して回りたいと誠司は本気で思っていた。
心配の種が尽きない誠司だった。
そしてそれとは別に、学園祭の意見箱に三年三組のクレームがいっぱい入っていた。
学園祭実行委員の誠司は、意見箱の中身を同じく実行委員の林由美と確認していた。
「あれ? 高木君、これ殆ど全部三年三組のクレームだよ」
「ほんと? どれどれ……」
そこには携帯を取られた。怒鳴られた。睨まれた。追い出された。など、狂犬みたいな奴に酷い目にあわされたと散々書かれてあった。
「狂犬って誰なんだろう?」
林由美が不思議そうに誠司に訊いてきた。
当然、それが誰なのか誠司には分かっていた。
「さあ、誰かなー。まあとにかく俺、三組に行って厳重に注意しとくよ」
「うん、分かった。高木君に任せとくね」
そして三年三組の狂犬と影で囁かれるようになった勇磨に、心から済まないと手を合わせた誠司だった。
学園祭が終わると大掛かりな片付けが待っていた。
準備の時は苦も無く頑張っていた生徒たちも、ここ最近の疲れもあってか、ややだるそうに教室を片付けていた。
教室の入り口で誠司が看板の片付けをしていた時だった。
廊下の突き当りで、楓と見たことのある男子が楽し気に会話しているのに誠司は気が付いた。
あれは田畑……。
中学の時クラスが一緒になったことがあり、一時悪い噂を聞いたことがあった。
胸騒ぎがした誠司は、一度手を止めて談笑している二人に歩み寄った。
「橘さん」
声を掛けられた楓は、一旦話をやめて誠司の方を見た。
「あら、高木君。どうしたの?」
「えっと、ひかりちゃんが呼んでたよ」
楓は分かったと言って、すぐに教室に戻って行った。
誠司に話を邪魔された田畑は、あからさまに不満げな顔を見せた。
「高木か、話をするのは中学以来だよな」
「橘さんになにか用か?」
やや苛立ちを窺わせる田畑に、誠司は全く動じない。
「そんな食って掛かんなよ。俺と彼女の問題だ。入ってくるなよ」
「橘さんは俺の友達だ。その意味わかるよな」
誠司は一歩田畑に近づく。
「ああ、分かってるって。俺はおまえとやりあう気はないよ」
田畑はそう言い残すと、そのまま階段を下りていった。
誠司は険しい表情のままその背中を目で追う。
田畑の姿が見えなくなった後も、誠司の胸騒ぎは収まらなかった。
「ひかりお待たせ。ごめん、片付け抜けちゃって」
「どこ行ってたの? なんか楽しそうに見えるけど」
ひかりは机を並べ直しながら、楓の様子がいつもと違うことに気付いた。
「あとでね。帰りに話すから」
うきうきしている様子に、ひかりはひょっとして新君と上手くいったのかなと想像したのだった。
今日は楓が話があるって言ってるから一緒に帰れないのとひかりに言われて、誠司は勇磨と肩を並べて並木道を下校していた。
「なあ、誠ちゃん」
「え、なに?」
楓と田畑のことで考えごとをしていた誠司は、勇磨の話をまるで聞いていなかった。
「ボーっとして時任にフラれたのか? なんか滅茶苦茶カフェで男にたかられてたから心配だな」
そちらの方も勿論心配だが……。
誠司はどうしても引っ掛かっていることを勇磨に話し始めた。
「なあ、勇磨。田畑って知ってるか?」
「ああ、ボクシング部の田畑だろ」
「どんな奴か知ってるか?」
「さあ中学一緒だったけど、あいつと同じクラスには一回もなってないし、けっこうモテててたぐらいしか知らん」
「そうか……」
「誠ちゃん三年の時あいつと一緒じゃなかったっけ?」
「そうなんだけど、おれあんまり他のクラスメートと話さなかったし、よく知らないんだ。ただ……」
誠司は少し眉をひそめた。
「ただ、おかしな噂を聞いたことがあるんだ」
「どんな?」
勇磨は誠司の様子が変だと気が付いたようで、真面目な顔で聞き返した。
「知らないか? 学校の女子の裸がネットに流れて問題になったやつ」
「それは聞いたことがある。彼氏が流したって噂を聞いた」
「その彼氏が田畑だったんだって噂だ。学校の噂だけなら俺もここまで心配しないんだけど……」
「なんだ? 他にも何かあんのか?」
「実は、うちの道場生に警察関係のお弟子さんがいてさ、詳しい話をしたわけじゃないんだけど、事件のことで逆に聞かれたんだ」
誠司の家は祖父の代から合気道の道場をしていた。今は祖父の跡を継いで誠司の父が道場の師範を務めていた。
道場には色んな職種の道場生が出入りしていて、その中で警察関係の者も少なからずいたのだった。
「内密にってくぎを刺されて聞いた話だと、やはり当時の付き合っていた相手に間違いないみたいだと言っていた。多分やったのは田畑に十中八九間違いない」
「そうなのか。ひでえやつだな」
勇磨は吐き捨てるように言った。
「なんでそんな奴がのうのうとしてんだ? あいつ結構好き放題付き合うやつを変えてるみたいだぜ」
勇磨の疑問は尤もだった。誠司は知っていることを話した。
「裸を撮られた女子はその写真を自分じゃないって言い張ったんだ。結局起訴もされず、しばらくしてその女子は周囲の視線に耐えられず転校しちまったんだけど」
「そいつ、クソだな!」
もともと正義感の強い勇磨は怒りをあらわにした。
「結局何も証拠が出なかったんで、逆に名誉を汚されたって学校側に田畑は噛みついたって話だ」
「なんだ? 誠ちゃん、そいつ懲らしめるのか?」
「いや田畑がそういう気を付けないといけない奴ってことだよ。俺が心配してるのは、今日橘さんと田畑が親しげに話してるのを見かけたからなんだ」
「なんだって! それ本当か?」
勇磨は拳を握りしめる。明らかに動揺していた。
「クラスの違う田畑が、わざわざ橘さんを捉まえて話をしていたのがどうにも気にかかって……俺が割って入ったから田畑はすんなり退散したけど、多分これで終わりじゃないと思う」
顔色の変わった勇磨は、話を聞きながら黙って何かを考えているようだ。
「とりあえず橘さんは今日ひかりちゃんと帰ってるから、あとで電話で様子を聞いてみるよ」
「うん。頼む。そんで教えてくれ」
誠司は落ち着こうと努力している親友の横顔に、楓に対する気持ちを見たような気がした。