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ひかりの恋それから  作者: ひなたひより
第五章 深まる季節
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第9話 知りたいこと

「駄目だ、もう食えん」


 勇磨は腹を膨らませて、苦しげにリタイアを宣言した。


「もう水も入らん」

「おまえホント学習しない奴だな。前の時の再現VTR見てるみたいだ」


 前に目にした光景そのままに、ゆっくり食べている三人より先に、腹をさすりながら勇磨は苦し気にギブアップした。


「ちょっと横にならせてくれ」

「だらしないわね。今日この場でフッてやろうかしら」


 そう言う楓を、ひかりはまあまあとなだめる。


「楓は新君にきつく当たりすぎだよ」

「そうだ。時任もっと言ってやれ」


 横になりながら勇磨はひかりを応援した。


「あんたはこれぐらい言わなきゃダメな奴なの。私も言いたくて言ってるんじゃないのよ。そこんとこ分かりなさいよね」


 そう言って楓はフンと膨れる。

 ひかりはまたちょっと揉め始めた二人の間に入ってやる。


「でも信じられないね。新君と楓が今こうして付き合ってるんだもの」


 ひかりはほんの数か月前まで何の接点もなかったこの二人が、今こんなに親しくしていることに不思議な気持ちになっていた。

 そして隣で笑顔を見せるこんなにかけがえのない存在になってしまった人を傍で感じながら、あらためて感慨深く思いを巡らせるのだった。

 箸を止めたひかりに楓は何かを感じ取ったのか、自分の箸を一旦置いた。


「そんなこと言ったら、ひかりと高木君の方が色々あったもんね」


 楓の意味ありげな言葉に、ひかりは恥ずかしそうにうつむいた。


「二人って私に言わせれば、もう映画の世界みたいなの……」


 楓はうっとりとした目で宙を見つめる。


「本当にあの時、もう気が気じゃなかったんだから、二人がこうなって私どんなに嬉しかったか」

「心配かけてごめんね。私みんなに心配かけてすごく反省しているの」


 ひかりの後に続いて誠司も箸を置いて反省の色を見せた。


「俺もそうだよ。もっとちゃんと皆に相談してればって反省してます」

「もう終わったことだからいいのよ。でもちょっと罪の意識を感じてるんなら、今ここでお互いの好きなところを三つ言ってみてよ」


 楓は意地悪そうな含み笑いをした。

 横になっていた勇磨は、面白そうだと身を起こして座りなおした。


「面白そうだな。俺も聞きたい」


 楓と勇磨の期待に満ちた視線を受け止めきれず、ひかりと誠司は下を向いたまま黙り込んだ。

 しかし楓は当然引き下がらない。


「ささ、まずはひかりから」

「そんな、言えないよ。楓の意地悪」

「駄目。あのとき私大変だったの。ひかりに私の乙女なハートを傷つけられて、それを聞かないと立ち直れないの」

「無茶苦茶よ……」


 ひかりが困っているのを無視して、さらに楓は調子よく勢いに乗る。


「じゃあ先に私たちが言うわ。その間に考えといて」


 楓は勇磨を値踏みするようにじっと見た。


「えーと。よく食べるところと声が大きいところと重たいものを持ってくれるところ。はい、新の番よ」

「おれ? んー……」


 勇磨は眉間にしわを寄せて楓をじっと見る。軽く答えた楓に比べ真剣に考えているように見えた。


「友達思い。周りを明るくしてくれる。芯が強い」


 勇磨がふざけないで真面目に応えたので、楓は吃驚した顔をした。


「な、なによ、あんたの口からそんな真面目な答なんて、恥ずかしいじゃない……」


 楓はちょっと照れたように頬を染めた。

 そしてはぐらかそうとして、すぐにひかりに向き直る。


「じゃあ、ひかりの番だよ」


 ひかりは「言わなきゃいけない?」ともじもじしていたが楓は早くしなさいと急かした。

 目を合わせず恥ずかしそうにしている誠司をひかりは見つめる。

 そしてひかりは口を開く。


「私……三つじゃ足りない……」


 軽く振られたゲームだと分かっていた。それでもひかりは本心を言葉にしたかった。


「全部好きなの」


 はっきりとそう言ってしまってから、ひかりは下を向いて黙り込んだ。

 ひかりの顔がみるみる紅く染まっていく、同じくして誠司もうつむいて紅くなる。


「あの、予想以上の返答ありがとうございました……」


 楓まで照れてのぼせたみたいになっていた。

 人前で大胆な発言をして、おかしな空気になってしまったことを今更ながら後悔しつつ、ひかりは両手で顔を覆って恥ずかしさに耐えていた。


「ひかりちゃん、ありがとう……」


 両手で顔を覆いうつむくひかりを見つめ、誠司も想いを伝える。

 言葉にすることが大切なことだと、今の誠司は知っているのだった。


「俺も……ひかりちゃんと一緒なんだ」


 恥じらいながらも想いを伝えてくれたひかりに、きっと誠司も応えたかったのだ。

 素直すぎる言葉が誠司の口からひかりに届けられた。


「ひかりちゃんの全部が好きなんだ」


 ひかりは顔を上げて勇気を出してくれた誠司に目を向ける。そこにはいつもより紅く染まったあの優しい笑顔があった。

 しばらく二人は沈黙したまま見つめあった。


「あの……もういいでしょうか?」


 楓に声を掛けられハッと我に返った二人は、慌てて姿勢を正す。


「軽い感じだったんだけど、いいもの見せて頂きありがとうございました」


 楓は二人の熱気に当てられたのか、ちょっとそわそわしていた。


「ねえひかり、ひょっとして私たちお邪魔だったかしら?」

「そんなことない。そんなことないよ。帰らないでね」


 二人の世界に入りかけていたひかりは、ちょっと出て行きたげな楓と勇磨を引き留めた。

 楓はまだ頬を紅く染めたままのひかりの傍に座った。そして誠司に聞こえないように耳もとで囁いた。


「ごめんね。全部に決まってるよね」


 楓はひかりにしっかりと抱きついた。


「すてき。大切にするのよ」

「うん。大切にする」


 勇磨は抱き合う二人の友情を目にし、うんうんと頷く。


「誠ちゃん」

「ん?」

「俺もやった方がいいか?」

「いや。必要ない」


 熱く抱擁する二人を前に、誠司と勇磨は何もすることがなかった。

 そのうちに、楓がひかりと抱き合ったまま誠司に一つ質問をしてきた。


「ねえ、高木君って、いつからひかりのこと意識してたの?」

「えっ!」


 その直球の質問にひかりも反応した。

 じっと誠司を見つめるひかりは、そのことをすごく知りたそうだった。

 そして誠司は言葉に詰まる。


「そ、それは……」


 楓はひかりに回していた手を放すと誠司に向きなおった。


「あのひかりの絵を描き始めたのってだいぶ前だったよね。島田先生が一年越しって言ってたし」


 勇磨も楓と一緒にその話を島田から聞いていたので、一緒になって勘繰り始めた。   


「そういやそんなこと言ってたな。けっこう長いこと時任に対する気持ちを隠してたってことか」

「となると二年の時のいつ頃なの? 同じクラスだったのにひかりも気付いてなかったの?」


 ひかりはその時期について思い当たることがあった。あの絵は二年のインターハイの後に描かれたものだった。


 でも絵をかく前から、もしかして誠司君は私のことを……。


 楓が何気に言いだした質問だったが、ひかりにとってはとても大切なことでどうしても知りたいと思ってしまうのだった。


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