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ひかりの恋それから  作者: ひなたひより
第五章 深まる季節
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第7話 クリスマスイブ

 12月24日終業式の日、誠司たちは打ち上げを兼ねてクリスマス会をいつもの四人でする予定になっていた。

 夜でも家族の人に気を使わなくていいのは誠司の家だけだったので、自動的に誠司の家ですることになった。

 予め夕食はどうするのかみんなで話し合った時に、ピザとチキンを買ってこようと決めたのだが、そのことをひかりが母に話したところ……。


「なに? クリスマス会、高木君の家で? 分かった。お母さんに任せなさい」


 夏休みに山のようなお重を持っていって評判が良かったので、ひかりの母はクリスマス料理の役を買って出た。

 特に頼んだわけではなかったのだが、皆に期待されているのだと勘違いしている様だった。


「学校が終わって帰ってくるまでに仕上げとくから、あなたは何も心配しないでいいのよ」


 こんな感じで母のスイッチは再び入ったのだった。



 ひかりは苦笑いしながら経緯を三人に話し終えた。


「というわけなの。チキンとピザじゃなくてもいいかな?」


 ひかりの話を聞いてむしろ三人とも喜んでいた。

 特に勇磨はあの夏休みのご馳走が忘れられないみたいで、素直に歓迎していた。


「時任の母ちゃんが作ってくれるのか。またあんな美味いものが食えるってことだな」

「誠司君も、それでいい?」

「いや、いいかというよりも、むしろ大歓迎です」


 量はともかく美味しかったという記憶というものはいつまでも残るものなのだろう。誠司と勇磨の胃袋はひかりの母に掴まれたままだった。

 そしてひかりの母の手料理をもう何度もご馳走になったことのある楓も勿論歓迎していた。


「ひかりのお母さんの料理おいしいのよね。楽しみ」


 それは良しとして、誠司は気になっていることを聞いてみた。


「ひかりちゃん、また前みたいな感じなのかな?」

「多分。お母さん張り切ってたみたいだから、きっと……」


 二人は食べきれないほど詰まったお重を思い出していた。

 あの時、はちきれんばかりの腹になっていた勇磨も二人の言っていることを察したみたいだ。


「美味かったけど、前の時は量がすごかったよな」


 三人だけでやり取りしはじめたので、楓は何のことかと首を傾げた。 


「なに? なんのこと? 私の知らないこと?」


 楓は夏休みのあの時、あの場にいなかった。ひかりは楓のために少し補足する。


「夏休みに私、お母さんの作ったお弁当を誠司君に差し入れたんだけど量がすごくて、その時たまたま新君が家に来たから一緒に食べてもらったの」

「俺は生まれて初めてあんなに食ったよ」


 あの時は勇磨に二人きりの所を邪魔されたが、結果的にあのお重を食べきれたのは勇磨のお陰だったと言えた。


「何あんた二人の邪魔してんのよ、あんたに作ったんじゃないでしょ」

「それは逆に新君がいてくれて助かったんだけど。今回は最初から四人分で作ってるから……」

「なあ、時任、お前どうやって運ぶ気なんだ」


 勇磨は素朴な疑問を投げかけた。


「どうしよう。自転車にも乗らないと思うし」


 勇磨と誠司は顔を見合わせて「よし」と頷いた。


「俺たちが運ぶよ。任せといて」

「ありがたいけど、大丈夫かな?」

「おれも誠ちゃんも鍛えてるんだぜ。任せとけよ」


 そしてそれぞれいったん帰ってから、ひかりの家に料理を受け取りに集まることになった。



「ひかり。お友達来てるわよ」


 部屋で着ていく服を選んでいた時、母の声がした。

 もうこんな時間。ひかりは慌てて服を着て部屋を出た。

 一階で三人とひかりの母が楽し気に話している声が聴こえてくる。


「ごめんなさい。お洋服決まらなくて」


 ひかりは階段を降りながら私服姿の誠司をじっと見てしまう。

 誠司は階段を降りてきたひかりに手を振ると、ひかりの母にぺこりと頭を下げた。


「すみません。僕らのためにお手間を取らせて」


 誠司が深く頭を下げると勇磨と楓もそれに倣って頭を下げた。

 

「いいのよ、おばさんにできるのはこれくらいなんだから。いっぱい作ったからいっぱい食べてね」

「お母さんそんなに作ったの?」


 ひかりは高く積まれた風呂敷を見て息をのんだ。


 しかも二つあるわ……。


「そうそう、これ高木君のお父さんに」


 そう言ってまた奥から包みが出てきた。


 まだあるの!


 ひかりは猛烈に頑張ってくれた母に何も言えずに「ありがとう」と言うしかなかった。

 ひかりの母は、誠司と並んで現れた勇磨にちょっと興味ありげだ。


「そちらのかたは初めてね?」

「初めまして、新勇磨です」

「いっぱい食べてくれそうな立派な体格ね。いいわね男の子って」


 ひかりの母はホホホと笑った。

 つられてハハハと笑った後、勇磨は「じゃあお預かりします」と風呂敷に手をかけた。

 

「うっ……」


 予想以上に重かったのか、勇磨の顔色が変わった。

 それに比べ、誠司はめちゃくちゃ重たいはずなのに笑顔で持っていた。

 前に一度包みを持って重さを知っていた誠司と、持ったことのない勇磨の差が出たのだった。

 楓は誠司の父にと言って出してきた小さいほうの包みをに手をかけた。誠司と勇磨の持っているのの半分の高さだ。


「あれ? 持ち上がらないや」


 楓は驚いた顔をした。

 ひかりの母は少し悲しそうな顔をした。


「あら? ひょっとして作りすぎたかしら?」


 すかさず誠司はフォローを入れた。

 

「いえ、そんな、美味しい料理ですし、僕ら食べ盛りですのでこのぐらい軽いもんです。なあ勇磨」

「お、おう。おばさんの美味い料理がいっぱい食べられて最高です」

「あら、もうお世辞なんか言って、おばさん本気にしちゃうじゃない」


 ひかりの母はポッと頬を赤くした。

 勇磨が楓の包みも持ってやって外に出ると、少し曇った空はひんやりと冷たく四人を包んだ。


「勇磨大丈夫か?」

「ああ、俺元気だから、任せとけ」

「よし、バス停までまずは頑張ろう」


 そして男子二人は顔を真っ赤にして包みを持って歩きだした。



 誠司と勇磨は高木家の玄関に入るや否や包みを置いてへたり込んだ。


「誠ちゃん、だめだ。もう俺手の感覚がない」

「俺もだ。でも何とか帰れた」


 ひかりはすぐさま誠司の手をもみもみする。


「ごめんなさい。大変だったね」

「いや、どうってことないよ。ありがとう……」


 またちょっといちゃいちゃし始めた二人だった。

 一方楓は……。


「なによだらしないわね。この程度でへばってどうするのよ」

「おまえなんも持ってなかったのによく言うな」


 またいつもの感じで軽くもめ始めた。

 そこへ奥から出てきた誠司の父、高木信一郎がへたり込んでいる二人を見ておおらかに笑った。


「おい誠司どうした? そんなとこでへたり込んで、なんだ勇磨君も酷い有様だな」

「すみません。お邪魔してます」


 へばったまま挨拶をした勇磨とは対照的に、ひかりは姿勢を正して信一郎にぺこりと頭を下げた。


「すみません、ゆっくりされているところをお邪魔しまして」


 ひかりが挨拶すると楓も続いて頭を下げた。


「いいんですよ。ひかりさんよく来てくれましたね。そちらの可愛らしいお嬢さんはひかりさんのお友達かな?」

「橘楓と申します。初めまして」


 可愛らしいお嬢さんと言われてスイッチが入ったのか、急にしおらしくなった楓だった。


「誠司が連れてくるお嬢さんたちは皆美人ばかりだな。おじさんまたびっくりさせられたよ」


 誠司の父は人懐こい笑顔でさらに楓の第二スイッチを入れた。


「もう、恥ずかしい。高木君のお父様はすごく見る目がおありなんですね」


 楓は頬を押さえて紅くなりながら、うふふと笑った。

 勇磨はそのやり取りを見て誠司にぼそぼそと耳打ちした。


「おじさん俺がここに来る時とずいぶん態度が違うな」

「ああ、ひかりちゃんが来たとき何時もあんな感じなんだ」


 信一郎はニコニコしながら女子二人を奥に通そうとした。


「まあ上がってください。一番広い部屋を片付けといたんで気を遣わずゆっくりしていってください」

「あの、これ母からなんです。お口に合うかどうか分かりませんが」


 ひかりは母から預かった小さいほうの包みを誠司の父に差し出した。


「私に? すみません気を使わせてしまって。ありがたく頂きます。お母様にどうぞよろしくお伝えください」


 誠司の父は包みを軽々持つと台所へ消えていった。

 その姿を見た後で楓はさらに勇磨に毒づく。


「お父様は軽く持ってたじゃない。だらしないわね」

 

 ハアと勇磨は大きなため息をついた。



「高木君のお父さますごい紳士だったわ。あんたとはえらい違いね」


 そう言って楓は勇磨をキッと鋭い目で見た。

 広い部屋に移動して落ち着いたときに誠司の父の話になったのだった。

 誠司は苦笑いしながら少し訂正しておいた。


「いやそんなことないんだよ。まあ二人の前ではちょっといつもより紳士かもね。普段はあんな感じじゃないんだ」

「そうだよ。もっとなんというか豪快な感じというか、いい人には違いないと思うけど……」


 勇磨の話はまだ続きがあるみたいだった。


「誠ちゃんの父ちゃん、普段いつもあんな感じでニコニコしてるけど実はめちゃくちゃ怖いんだ」

「そうなの? 全然そう見えないけど」


 楓とひかりは意外そうな顔をした。


「俺さ、中学のころ誠ちゃんと仲良くなりだした辺りにここに初めて来たんだ。そんでおじさんに会った時ちゃんと挨拶できなくってさ」

「なんで挨拶ぐらいできなかったのよ」


 楓はどうしようもない奴だと呆れたような顔をする。


「まあ、聞けよ。いつもの癖でその時うっす、って言っちゃってさ。そしたらそのまんま一番奥の道場まで連れていかれて吐きそうなぐらい稽古させられたんだ」

「大袈裟だなあ」


 誠司はハハハと笑った。


「いや、誠ちゃんは横で涼しい顔でやってたけど、俺はあの時、何回も気を失いかけたんだ。よくあんなえげつない稽古できるな」

「まあ慣れてるから、そんなもんだと思ってるけど」

「いやいや、おれも空手やってるから分かるんだよ。この道場の熟練者のクラスは異常だよ」

「熟練者のクラスって?」


 ひかりが誠司に訊いた。


「うん。週三回ある古株の人ばかりのクラスで、他のクラスとは稽古内容が違うんだ。丁度今日の夜あるけど覗いてみる?」


 三人は思い切り首を振って拒否した。


「嫌だなあ、みんないい人ばかりだよ。俺こっちに小学校5年生までいたけど父さんの仕事の都合で九州のほうに引っ越してまた中二の時戻ってきたんだ。その時もみんな気持ちよく迎えてくれてね、年配の人が多くて息子とか孫とかみたいにいつも可愛がってくれるんだ」

「へえ、家族みたいなんだね」


 素直に誠司の話を受け止めたひかりに対し、勇磨は全く共感せずに首を横に振った。


「いや、誠ちゃんの目にはそう見えてるのかもしれないけど、俺の目には鬼の巣窟にしか見えんのよ。そしてその鬼の大将がおじさんなんだよ」

「ひどいな。そこまで怖くないよ。俺も時々怒られるけど言い過ぎだよ」

「だけどさ、あの話を聞いて俺は納得したんだ」


 勇磨はぶるっと震えた。

 その様子を見て楓は面白そうだと食い付いて来た。


「あの話って?」

「ああ、おじさんには伝説があるんだ」


 恐々としながらも話を続けようとする勇磨に、誠司は困った顔をした。


「もうやめろよ。あれは本当かどうかわからないし」


 しかし一度関心を持ってしまった楓は、目を輝かせてその先をねだった。


「ねえ、高木君、面白そうだから聞かせてよ」

「えー、クリスマスに盛り上がる話題じゃないんだけど……」


 渋る誠司のまえで楓は期待感をみなぎらせている。

 そしてひかりも胸の前で手を組んで誠司におねだりした。

 

「私も聞きたいな……」


 当然ながら、誠司はひかりのその可憐な仕草にやられてしまった。

 誠司はやや頬を赤らめて、そこまで言うならと話し始めた。

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