第6話 コンクールの結果
生徒が帰った後の放課後の教室。島田は誠司たち四人を呼び出していた。
「お前たちに集まってもらったのは他でもない。先日の絵画コンクールの結果を他の奴等よりも早く知らせようと思ってな」
島田は誠司たちの前で淡々と話した。
誠司の描いたひかりの絵を、締め切りギリギリに出品してからひと月半。とうとう審査の結果が発表されたのだった。
「結果出たんだ……」
ひかりは胸をどきどきさせながら誠司の表情を伺う。
さすがに誠司も緊張しているように見えた。
島田は誠司の緊張している姿を横目に見ながら、送られてきた審査結果の記載されているであろう用紙をひらひらさせて見せた。
その用紙を楓が覗き込もうとすると、サッと島田は見えないように隠した。
イラっとしたのか、楓が島田をせかす。
「で、どうだったのよ?」
「俺も早く聞きたい」
楓もそうだが勇磨も待ちきれない様だ。
島田は皆がしびれを切らしているのを楽しんでいるかのように薄笑いを浮かべた。
「よーし、じゃあ結果発表だ」
島田は咳ばらいを一つした。
「えー、高木誠司殿」
誠司は島田の言葉を真剣な表情で待つ。
「はい、姿勢を正して、呼ばれたら返事するように」
早く結果を聞きたい四人の前で島田はしつこく引っ張った。
楓はあからさまにイライラした顔で島田を急かす。
「もう! そうゆうのいいって!」
「なげーよ!」
楓と勇磨は長ったらしい前置きに腹を立て始めた。
ひかりは苦笑いしながら楓と勇磨を「まあまあ落ち着こうよ」となだめた。
島田はイラつく楓たちに構わず、もう一度言った。
「返事聞こえねーぞ」
しつこく返事をせがむ島田に誠司は、「はい」と応える。
「よろしい。では発表します」
島田は一呼吸おいて、もう一度咳払いをした。
全員の注目が島田の口元に集まる。
「見事、大賞獲得です!」
島田の一言で四人は跳び上がって喜んだ。
勇磨は拳を振り上げて「よっしゃー!」と叫んだ。
「やったな誠ちゃん。すげーよ、やっぱ俺の親友だけあるぜ」
「高木君すごい。ひかりがモデルだからもう私めちゃくちゃ嬉しい……」
そこで楓は言葉を失った。
「あ……」
島田と楓と勇磨は急に静かになった。
三人の前で誠司とひかりは抱き合って喜んでいた。
ひかりの瞳からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれている。
誠司はそんなひかりの全身を受け止めるように抱きしめていた。
多分二人は夢中で喜びに浸っており、島田たち三人の前で熱烈なラブシーンを見せてしまっていることに気付いていないのであろう。
楓は頬に手を当て真っ赤になって目を輝かせて二人を見ている。
しばらく眺めた後で、いたたまれなくなった島田は、きつく抱き合う二人に恐る恐る声をかけた。
「あの……俺たち出てった方がいいですか?」
誠司とひかりはハッとなって慌てて体を離した。
「す、すみません。つい」
誠司はもごもごと口ごもる。
ひかりも下を向いたまま赤面してしまった。
二人のラブシーンを中断されて、楓は不満顔で島田に文句を言った。
「もう、キスシーン見れると思ったのに。先生邪魔しないでよ!」
「空気よめねー先生だぜ」
チッと舌打ちして、楓はもう少しだったのにと残念そうな顔をした。
勇磨も期待してたようで同じように悔しがった。
ひかりは赤面しながら、必死で弁解する。
「もう楓のバカ。教室でそんなことしたくてもしないよ」
「なに? じゃあ、したかったってこと?」
楓は恥ずかしがるひかりに追い打ちをかけた。
「バカバカバカバカ!」
ひかりは真っ赤になって楓の背中をぽかぽか叩いた。
誠司は言葉もなく何もない空間を幸せそうに見ている。もう大賞のことはどこかに行ってしまったようだ。
勇磨はだらしなく薄笑いを浮かべる誠司を見て、ハーとため息をついた。
「ああ本体どっか行っちまったな。抜け殻だけになっちまった」
横やりを入れて楽しんでいる楓と勇磨をよそに、島田はややイライラしながら誠司とひかりに苦言を呈した。
「高木、時任、おまえらだんだん公にイチャイチャするのがエスカレートしてるのにいい加減気付け。今やお前らが学校の風紀を堂々と乱すリーダーだと自覚しろ。今日のところは見逃してやるが、それ以上はダメだぞ。ホント頼むぞ」
そして島田は二人を指さして念を押した。
「抱き合うの禁止。手えつなぐの禁止。目を合わすの禁止。会話は挨拶だけにしろ」
ビシッと言ってやった。
それを聞いて勇磨は呆れた顔をした。
「いつの時代だよ」
「先生古すぎ。そんなことだから四十にもなって嫁が来ないのよ」
楓はきつい一言を島田に浴びせた。
また歳の話をされて、島田は悔しさをにじませた。
「三十だよ! 橘、お前には美術の点はやらん! 絶対にやらんからな!」
「なによ。職権乱用しようっていうの? 教頭に言いつけてやる」
そして島田は、楓と低レベルな罵り合いをしている間に、ひかりの様子がおかしいことに気が付いた。
「あれ? 時任どーした?」
ひかりは目にいっぱい涙をためて島田を見ていた。
心の中で島田はとび上がった。
そーだった! 冗談通じない奴だった!
「時任。時任。大丈夫か……」
「島田先生。私……私……」
「うん。うん。時任、泣くな。泣くんじゃない。先生も言い過ぎた。今まで通り。今まで通りお前たちは好きなようにやっていいからな。いや、ぜひそうしてくれ。泣くんじゃないぞ」
刺激をしないように島田はまあ落ち着くんだとなだめた。
「じゃあ、じゃあ誠司君と今までみたいに学校でお付き合いしてもいいんですか?」
「もちろん。そうしなさい。もう好きなようにしなさい」
「良かったー」
やったーと楓と抱き合うひかりを見て、島田はもう何も言うまいと決めたのだった。
結果を聞いて喜び帰ろうとする四人を島田は引き留めた。
「あのな、実はもう一個報告があるんだが」
明らかにさっきまでとは違う様子の島田に、四人とも当惑した顔を向けた。
そのまま島田は生徒達に向かって手を合わせた。
「すまん!」
いきなりそう言った島田に誠司は困惑した顔で尋ねた。
「なに? 先生、急にどうしたの?」
「いや、まことに言いにくいんだが……」
島田は困ったような顔に笑顔を張り付けて言葉を続けた。
「あの大賞の絵な、時任に返してやりたかったんだが……」
島田はもう一度手を合わせた。
「すまん! 高木にも時任にも申し訳ない。あの絵、校長に取られた」
「校長先生に? どうゆうことですか?」
誠司はいまいち分からないという顔で島田に説明を求めた。
「簡潔に言うとコンクールに校長も来てな、大賞を取ったあの絵をたいそう気に入ったらしい。それで校長室の前の壁に展示するって聞かんのだよ」
そこで不満をありありと見せて、楓が会話に割って入ってきた。
「なに言ってんのよ! だってあれはひかりが高木君にもらった絵でしょ。おかしいじゃない」
「俺も個人のもんだからって強く言ったんだが、美術部の生徒が学校で描いた物だったら学校の物だって逆に痛いところをつかれたと言うか、すまん」
まだ何か文句を言おうとしていた楓を抑えて、誠司は仕方なく納得した。
「島田先生のせいじゃないよ。校長先生の言ってること間違ってないし」
誠司はやはり相当残念そうだったが、それよりもひかりを気遣った。
「ごめんね。ひかりちゃんにあげた絵なのに。こんなことになって」
そういう誠司の手をひかりは握る。
「ううん。私ひとりの物じゃ勿体ない絵だとずっと思ってたの。いろんな人に見てもらって誠司君の絵の素晴らしさを知ってもらえたらって思うの」
「ひかりちゃん……」
手を取り合い見つめ合う二人は、また変な雰囲気になりだしつつあった。
「ん、んん」
島田は咳払いして、なにかまたあっちの方に行こうとしている二人を呼び戻した。
「おまえら油断も隙も無いな。まあお前らがそう言ってくれるなら助かるよ。ありがとな」
誠司とひかりは納得したみたいだが、楓は相変わらず不満そうだった。
「でも高木君もひかりに毎日あの絵を見てもらいたかっただろうに、代わりに毎日あの校長に見られるのよ、どんだけグレードダウンしてるのよ。可哀そうに」
楓は忌々しげに吐き捨ててから、さらにちょっと付け足した。
「おまけにハゲだし」
「何言ってるの楓、校長先生ふさふさだよ」
ひかりは、はにかむように楓の発言を訂正した。
そのひかりのひと言に、この場の一同は飛び上がるほど驚いた。
「なに? ひかり、あんた校長がハゲてるって気付いてなかったの?」
「だってふさふさしてるよ。むしろ髪多い方じゃないかな」
うふふとひかりは笑った。
「全校生徒探しても校長のズラに気付いてないのはあんただけよ。生徒全員入学式の時に確実に偽物だって気付いてる。入学の祝辞なんてそれが気になってなんにも入ってこなかったんだから。あんなのどう見たって人工のやつが載ってるだけじゃない」
「そうなの?」
不思議そうな顔をするひかりだった。
「ひかりが純情で素直といってもここまで行くとちょっと怖いわ」
ため息をつく楓の隣で、勇磨が校長の偽物の頭髪について解説し始めた。
「校長のはズラかぶってるって感じじゃねーもんな。載ってるって言うか置いてあるってゆーか」
続いて、思いだし笑いをこらえつつ、誠司もちょっとだけコメントした。
「季節ごとに四つのパターンに分けてるけど、時々間違えてるときもあるよね」
最後に島田が笑いをかみ殺しながらこう言った。
「おまけに毎日微妙にセッティング位置が違うんだ。もう気になって気になって」
ひかりは感心したような顔で爽やかな笑みを浮かべた。
「へーそうなんだ。こんど廊下で会ったらよく見とこ」
一つ楽しみが出来たみたいで、ひかりの笑顔は輝いていた。
「あんまり見ない方がいいぞ時任」
島田はひかりの肩をポンポンと叩いた。




