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ひかりの恋それから  作者: ひなたひより
第五章 深まる季節
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第2話 二人で帰ろう

「誠司君」


 ひかりと楓は解散した後、すぐに二人のもとへ走ってきた。


「観に来てくれてたんだね。予選の時は気付かなかった」


 嬉しそうなひかりを見て誠司も笑顔を見せる。


「ごめんね。気付かれない様にしていたつもりだったんだけど、やっぱり気付かれちゃったね」


 ひかりは首を横に振った。


「そんな、私すごい嬉しかったの。誠司君が来てくれてたのを知ってなんだか体が軽くなっちゃって」

「それで大会新記録で優勝したわけね」


 楓は「愛の力って凄いわ」と冗談交じりの本気で言った。


「すごい。ほんとなの? 確かに目を疑うような距離を跳んでたけど……」


 誠司も勇磨も目を丸くした。


「そうなの。こんなに気持ちよく跳べたのは初めて」


 ひかりはもうウキウキして試合の疲れもなさそうだった。


「橘だってすごかったぞ。全体の三位ってびっくりしたよ」


 勇磨に褒められて楓はちょっと嬉しそうだった。


「うん。私も調子良かったんだ。ありがとね」


 いつもは憎まれ口をたたく楓も、今日はなんだか素直だった。


「でも来るなら来るって言いなさいよね」

「いや、誠ちゃんが邪魔になるからって……でもこっそり観に行こうって前から示し合わせてたんだ」

「やっぱりそうだったんだ」


 ひかりは嬉しそうに誠司を上目遣いで見る。


「帰りは一緒に帰れるね」


 しばらくそう出来なかった分、ひかりは誠司の横に並んで喜ぶ。


「手、つないでいい?」


 誠司はひかりにそう訊かれ勿論だよと照れたようにこたえる。

 勇磨と楓はそんな二人のやり取りを見て何かもじもじし始める。


「お、おれもいいかな……」


 勇磨はどこを見ているんだという感じで空を見ながら楓に訊いた。


「うん」


 楓は恥ずかしそうにそうこたえた。

 そして四人は胸の高鳴りを隠せないまま競技場を後にしたのだった。



 バスを降りて楓たちと別れた後、誠司とひかりは少し暗くなりかけた帰り道を二人で歩いていた。

 手を繋いで歩く二人の姿は黄昏時を少し過ぎた蒼に染められ、静かな景色の中に溶け込んでいた。


「少しだから送ってくれなくても良かったのに」


 ひかりは誠司と手を繋いで歩きながらそう口にする。しかし本心は少しだけ一緒にいられる時間が増えたことに嬉しさを感じていた。


「駄目だよ。暗くなったし」


 ひかりは横を歩く誠司の顔を上目遣いに見つめる。

 きっとあなたもそう思ってくれている。ひかりはまたほんの少し身を寄せる。


「あのね……」


 ひかりは誠司の横顔を伺うように見ている。


「うん」


 誠司は微笑んでこたえる。


「今日ね、私頑張ったんだ。誠司君に観てもらいたくって」

「そうだね。ひかりちゃんは本当に頑張ったね」


 ひかりはそう言われて嬉しそうはにかむ。


「だからね、ご褒美おねだりしてもいいかな……」


 ひかりは少し躊躇いながらそう口にした。


「勿論いいに決まってるよ。何がいいかな?」


 誠司がそう言うとひかりは立ち止まった。


「じゃあ、ギュッとして」


 ひかりはそう言って誠司の胸にそっと寄り添う。


「ここで?」

「うん。おねがい」


 誠司は恥じらいながらひかりをそっと抱きしめる。


「なんだか恥ずかしいね。ひかりちゃんの家の近所だし」

「いいの。そんなの関係ないの……」


 ひかりは誠司の腕に抱き締められながら嬉しそうに目を閉じた。


「ずっとこうして欲しかったの。だって一緒にいられる時間、しばらくお昼休みだけだったんだもの。今日だって会いたくて、でも来てくれて夢みたいだった」


 ひかりは誠司をきつく抱きしめる。


「俺もだよ。ずっとこうしたかったんだ。本当はこのまま連れて帰りたいぐらいなんだ」


 誠司は言ってしまってから頬を染めた。


「恥ずかしいけど嬉しい……」


 ひかりは誠司の腕の中で顔を上げずに囁いた。


「実は今日の予選、調子良くなかったの」

「そうなの?」

「うん。でも二年の子たちが誠司君を見たって教えてくれて、そしたら元気出ちゃって……決勝の時不思議なぐらい体が軽くて競技中なのに楽しくて、まるで誠司君が私の背中を押してくれてるみたいにうまく助走できたんだ。実はインターハイの時よりも記録伸びちゃって」

「そ、そうなの?」


 誠司は素直に驚いた。


「うん、自己ベスト更新しちゃったの。自分でもびっくりしちゃった」

「すごいね。本当に良かったね」

「ありがとう。誠司君のお陰だよ」


 ひかりに感謝されて誠司は困ったような顔をした。


「いや、俺は何にもしてないよ。ただ観てただけだから」

「それだけで十分なの」


 ひかりはそう言って誠司を上目づかいで見る。


「あなたがいてくれないと私もう駄目みたい」

「ひかりちゃん……」


 誠司は真っ赤になってひかりの言葉を受け止めた。


「ごめんなさい。私重い女で」


 ひかりも頬を染めてうつむく。


「ただ、大好きなの。誠司君のこと」

「おれも大好きだよ。今日はまたひかりちゃんの見たことのない一面を知れて嬉しかったんだ。これからもっともっと君のこと深く知りたいんだ」

「私も誠司君のこといっぱい知りたい」


 そういってひかりはまた誠司の胸に顔をうずめる。


「こんなに幸せでいいのかな」


 ひかりは想う。夢よりももっと幸せなこのぬくもりを感じながら、いつまでもこうしていたいと……。

 誠司の腕の中でひかりは、どうしようもなくそんなことを願ってしまうのだった。

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