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ひかりの恋それから  作者: ひなたひより
第四章 それぞれの恋
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第8話 ダブルデート

 当日の空は晴天に恵まれた。

 誠司と勇磨はひかりたちより早く待ち合わせ場所の駅前に来ていた。

 デートというものを初体験する二人の心境は、これから起こるであろうことに対する期待よりも、初デートを失敗しないだろうかというネガティブなイメージの方が優勢であった。

 そんな二人の胸中はあからさまに顔に出ていた。


「お、俺たち早すぎじゃね」


 そわそわとして落ち着きのない勇磨には、いつもの能天気さは欠片もなかった。


「いいんだよ。早いぐらいで……」


 誠司も勇磨以上にそわそわしていた。


「俺、もう一回おしっこ行っとこうかな」

「俺も行こうかな……」


 誠司も勇磨も相当ビビッている。お互いの緊張している姿にお互いがさらにガチガチになるという駄目なスパイラルに陥っていた。どうやっても落ち着かない二人だった。


「ごめん。お待たせ」


 そうこうしている間にひかりと楓は時間通りに現れた。

 私服姿は何度か見ている誠司だったが、いつもよりおめかししているひかりに誠司は言葉を失った。

 白い飾りの刺繡があるブラウスにネイビーギンガムチェックのフレアスカート。ほんのりと薄いグリーンのジャケットの組み合わせに身を包むひかりは天使にしか見えなかった。


 もう今日これ以上望んだらバチが当たるな……。


 誠司は一日の始まりで十分な成果を得たのだった。

 一方楓はすらりとした紺のパンツに白いブラウス。そしてカーキのジャケットを羽織っていた。

 勇磨も楓を見て固まっている。


「どうしたの二人とも?」


 楓は緊張している二人にお構いなく訊いてくる。


「いえ、なにも……」


 キラキラしている女子二人に対し、男子二人は過度の緊張の中、こんなんで一日乗り切れるのだろうかと不安になっていたのだった。



「天気に関係なく楽しめる水族館にしちゃいました」


 楓はひかりと今日のお出かけプランを考えていた。なるほどデートらしいと誠司は感心していた。

 楓は早速ひかりと腕を組んでさーいくぞと入館していく。

 その二人の後ろ姿を見ながら誠司と勇磨は並んでついていく。


「水族館はすごくいいんだけど、なんかイメージしてたのとちょっと違うな……」


 誠司が勇磨にだけ聞こえるように囁いた。


「俺もだよ。これじゃあ誠ちゃんと水族館に来たみたいだよ」


 そう話しながらも、なんとなく近寄りがたい楽しそうな二人に、声もかけれない誠司と勇磨だった。

 エントランスを入るとすぐ水槽のトンネルがある。

 頭の上を色とりどりの魚たちが悠々と泳ぎまわる。

 四人は足を止めてしばらく見入っていた。


「写真とっとこ」


 楓は鞄からデジカメを取り出した。


「へえ、今日は携帯じゃないんだ」


 ひかりは感心しつつ楓が構えるカメラを覗き込んだ。


「暗い室内は携帯じゃ綺麗に写らないの。せっかくのデートなのに勿体ないじゃない。ね、そうでしょ」


 楓は勇磨を振り向いてちょっと可愛い笑顔を見せた。

 勇磨もぎこちない笑顔で返す。

 

「ね、一緒に写真撮ろうよ」


 楓がそう言ったので、勇磨は照れながら横に並ぼうとした。


「綺麗にとってね」


 楓は勇磨にカメラを渡すと、ひかりと腕を組んでポーズをとった。


 そっちか!


 やはりなんだか噛み合っていない。

 シャッターを押す勇磨の背中が悲しく見えた。

 何枚か撮った後、楓は私もとってあげると誠司と勇磨の二人の写真を何枚か撮った。


 これいるか?


 誠司と勇磨は何となくポーズを取りつつ、お互いにそう思った。


「ひかりお願い」


 その後、楓はひかりにカメラを渡すと勇磨の傍に来た。


「一緒にとろーよ……」


 小さな声でそう言った楓の頬は少しピンクに染まっていた。

 誠司はその時ようやく気付いた。


 橘さんもいつも通りの自分を演じようとしているだけで、勇磨と同じように必死なんだな。


 ひかりはもっとくっついてと距離のある二人の背中を押してやる。

 まだぎこちない笑顔を浮かべて、ほんの少し肩が触れ合っただけの二人の写真はとても素敵だった。


「どう? よく撮れてると思わない?」


 ひかりが二人に今撮った画像を見せる。

 楓は「うん」とだけ言って、嬉しそうに画像を眺める。

 勇磨はそんな楓の横顔をのぼせたように見ていた。


「楓可愛い。ね、新君もそう思うでしょ?」


 ひかりはまだぎこちない二人の背中をまた押してやる。

 勇磨はデジカメの背面に映る小さな写真を見て小さく頷いた。


「うん。本当だ」


 今、本音を覗かせたな。誠司は長い付き合いの勇磨の声色でそうだと分かった。

 

「じゃ、ひかりも高木君とどうぞ」


 楓は照れ隠しのためか、すぐに二人を促した。

 誠司はひかりとお互いに目を合わせる。


「撮ってもらおうよ」

「うん」


 ひかりはとても嬉しそうだ。

 こうしてこの二組の忘れられない思い出と写真が出来たのだった。


 広い水族館の中を四人はゆっくりと観て周った。

 ふれあいコーナーでおとなしいサメに触れたり、イルカとアシカのショーを観て興奮したり、そこにいた四人とも一緒に観る人が特別な人だったらこんなにも鮮やかに見えるんだと心から思っていた。

 誠司とひかりは、ややぎこちない二人の後について水槽を見て周っていた。

 そして白いイルカのような姿の、ちょっとユーモラスな顔をした生き物の水槽の前で楓は足を止めた。


「スナメリだって。かわいいー」


 二頭いるスナメリのうちの一頭が楓に近づいてきた。

 近くで見るとなんだかちょっと微笑んでいるような顔をしている。

 楓が手を振ると、ひれを器用に動かして愛想をしてくれた。


「なに? もう通じ合っちゃってるんだけど。すごくない?」

「すげーな。俺にもやらせてくれ」


 勇磨も手を振って見せたのだが、反応がない。誰でもいいわけでは無さそうだった。


「うーん。多分こいつはオスだな。女にしか興味ないんだ」

「そうかしら? きっと心の美しさで判断してるのよ。ね、ひかりもやってみて」

「じゃあ、わたしも……」


 ひかりも手を振ってみたが、スナメリは楓の前から離れなかった。


「あらら、駄目みたい。よっぽど楓のことが気に入ったのね」

「へへへ。私って昔から動物に好かれる方なんだ。水族館の中なら、もしかしたらひかりより私の方がモテちゃうかもね」

「学校では時任の圧勝だけどな」

「なんですって!」


 勇磨の余計なひと言で、せっかくいい雰囲気になっていたデートがおかしな雲行きになって来た。

 誠司とひかりは慌てて何とかしなければと、フォローを入れた。


「いやあ、流石橘さんだね。こういった動物は人を見る目が人間以上だって聞いたよ。きっと橘さんの心の美しさに気付いちゃったんだよ。ね、ひかりちゃん」

「そう、そうよ。もう楓の純真さにくぎ付けって感じね。ホントに見る目ある子だわ」

「もう、ひかりも高木君も言い過ぎだよー。でもこの子の目に私はそう映ってるのね。どうしよー」


 あっという間に機嫌を直した楓に、修羅場を回避できた三人はほっとしたのだった。


「ごめん誠ちゃん、時任もありがとな。恩に着るよ」

「おまえ、もう余計なこと言うんじゃないぞ」

「ダメよ。新君」


 勇磨は二人に礼を言って、スナメリに絡み続ける楓のもとへと戻って行った。



 スナメリに夢中な楓たちより先に大水槽の前まで来た誠司とひかりは、その圧巻の大きさに目を奪われていた。

 しばらく二人は肩を並べて、まるで海のなかに自分たちがいるかのような感覚を愉しむ。


「すごいね」

「うん」


 深い蒼をたたえる大水槽の前に立ち、ゆっくりと回遊する色とりどりの魚たちを眺めながら、ひかりは隣で同じ景色を眺める人のことを想う。


 あなたと出会って私の世界は変わってしまった。でも本当はそうじゃない。

 私が変わってしまって前と同じように世界を見ることが出来なくなったのだと。


「誠司君」

「うん。なに?」


 蒼い水槽がひかりに向けられた笑顔に色を落とす。


「大好き……」


 ひかりはただそう思う。あなたのことが大好きなのだと。

 そして時折ひかりはどうしてもそのことを伝えたくなるのだった。

 誠司はひかりの耳元に口を寄せる。


「大好きだよ……」


 恥ずかしそうに囁く誠司に、ひかりの胸はまたいっぱいになってしまうのだった。

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