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ひかりの恋それから  作者: ひなたひより
第四章 それぞれの恋
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第7話 楓の憂鬱

「ねえひかり」


 部活の練習帰り、バスを待つ間、楓は隣にいるひかりに声をかけた。

 ひかりは、なに? と言って楓に美しい顔を向ける。

 楓は不意に見せるひかりのその可憐さに目をパチクリさせる。


「もう。かわいいー!」


 楓は勢いよくひかりに抱きついた。


「やめて。待ってる人、他にもいるんだよ」


 ひかりは恥ずかしそうに体に回された楓の腕をほどこうとする。


「ひかりが悪いんだよ。高木君と付き合うようになって前よりずっと可愛くなるもんだから」


 楓はそのまますりすりと頬をこすりつけた。

 ひかりは「もう」と言って楓のすりすりに身を任せている。


「あ、バス来たよ」


 タイミングよく停留所に入って来たバスに、ひかりは助かったと、ほっとした表情をした。



「ひかりに相談があるんだけど」

「うん。なあに?」


 二人掛けの席で、通路側の楓がひかりに話しかけてきた。


「なんか私たち上手くいってない感じなの」

「えっ! もう?」


 楓と勇磨がお付き合いしてます宣言をしてからまだひと月ほど。

 ひかりは誠司と幸せ過ぎる毎日を送っていて、楓もてっきり自分と同じだと思っていた。


「ちょっと待って、何があったの?」


 ひかりは心配そうに楓の横顔を見る。


「何にもないの」

「えっと、何にもないって……」


 深刻そうな顔をしている楓の意図が分からず、ひかりは聞き返した。


「何かあったどころか、何にもないから悩んでるの」

「なるほど、そういうことか」


 ひかりはようやく納得した。あの勇磨が楓に自分からイチャイチャしに行ってるイメージは全く浮かばなかった。

 楓も勇磨と話していても悪態ばかりついて、下手をしたら仲が悪いように見えなくもない。

 高校生カップルに起こるはずのときめきイベントが、二人の間に起こっていないと楓は言いたかったのだ。


「言いたいことは分かったわ。そうねー、きっと新君、ぶきっちょで楓とどんな感じでお付き合いしていいのか、よく分からないんだよ」

「そうなのかな。前と同じであんまり喋らないし」

「それはきっと、好きな人の前だと緊張してしまうからだよ。楓可愛いし」


 ひかりはわざと楓のスイッチを押してやった。


「やだ、あいつそんなこと思ってたんだ。私もなんかそうなのかなーって思ってたけど、私がリードしてあげないと緊張して一歩も踏み出せないのね。純情男子ってやつね」


 ひかりはいつもの元気を取り戻した楓の姿にほっとした。


「ねえ、ひかりだったら純情男子をどうやってリードする?」

「わたし? えっと、そうねえ。んーーー。ダメ、何も浮かんでこない」

「そうよね天然純情乙女のひかりに聞いても無理よね」


 楓はまたしょんぼりしてしまった。


「そうだ。私、誠司君に聞いてあげる」

「高木君に? なんで?」

「だって、新君のこと一番知ってるの誠司君でしょ。新君の喜ぶこととか趣味とか分かったら作戦立てやすいと思わない?」

「すごい。ひかりも恋をして成長してるのね。そのとおりだわ」

「へへへ、なんか楽しくなってきたね」


 ひかりが首を傾け隣の楓にくっつく。

 その姿に萌えた楓は、またひかりに抱きつくのだった。


「もう。可愛いんだから」


 それからバスを降りるまで、ひかりは楓にベタベタ触られ放題だった。



「というわけなの」


 夕食後、ひかりは誠司と携帯電話で話していた。

 誠司もつい最近携帯電話を購入しており、毎日二人は夜に時間を決めて連絡しあっていた。


「橘さん、すごくいじらしいというか女の子らしいっていうか、勇磨に聞かせてあげたいよ」


 いつも勇磨に噛みつく楓の違う一面を知った誠司は、素直に感心していた。


「さっきひかりちゃんが言ってた勇磨がどうやってお付き合いしていいか分からないって言ってたの、あれ、当たってると思うんだ」

「やっぱりそうなんだ」

「うん。実は恥ずかしいんだけど、俺もその真っ最中で、ちゃんとうまくお付き合いできて、ひかりちゃんのこと退屈させてないか不安なんだ」

「そんな、私、誠司君にいつもいっぱいもらって胸がいっぱいだよ。こんなに幸せでいいのかっていつも夢みたいなの」


 誠司の声を聴いていると、いつもひかりは今すぐ会いたいと思ってしまう。切なさを胸に抱いて今日も優しい声に耳を傾けるのだ。


「胸がいっぱいなのは俺の方だよ」


 ほんの少し間があいて誠司の声がまた聴こえてくる。


「夢みたいだ」


 電話の向こうの声にひかりはまた胸がいっぱいになる。


「すごく会いたい。早く明日にならないかな」


 ひかりはそう口に出してからふと思う。こうしている時間も夢のようなんだと。


「やっぱりこうしている時間も私大事にしたい。明日が来るのをあなたのことを考えながらゆっくり待ちたいの」

「うん。そうだね。ひかりちゃんの言うとおり明日を待っている間でさえ夢のようなんだ。すぐに明日が来るなんて勿体ないよね」

「うふふ」

「へへへ」


 誠司もひかりも電話越しに相手の顔が見えているかのようだった。


「ごめん、橘さんと勇磨のことだったね」


 誠司は脱線してしまった話の続きを再開した。


「勇磨の趣味は空手と食べ歩きくらいかな。好きなものはギョーザと肉まん。あと駄菓子はひと通り好きかな」

「あと誠司君。だよね」

「それは言わないでよ。ひかりちゃんも結構意地悪だね。あいつ変なやつなんだ……あっ、そうだ。もう一つあったよ」


 電話の向こうの誠司の声が一段明るくなった。


「それってなあに?」

「勿論橘さんだよ」

「そうだった。大切なこと忘れてた」

「だったら簡単じゃないかな。橘さんが好きなことに勇磨を付き合わせれば橘さんが喜んでる姿を見れるわけだから、勇磨も楽しいはずだよ」

「すごい。発想の転換ね。全然思いつかなかった」

「ハハハ、いや、自分がその立場だったらそう思うなって、それだけなんだ」

「明日楓に話してみるね。きっとそれが一番だね。すごく素敵」

「うん。また進展教えて。出来ることがあれば力になりたいから」

「うん。またお昼休みに報告するね」

「じゃあまた明日だね。おやすみなさい」

「うん。また明日。おやすみなさい……」

「あっ、待って」


 電話の向こうで誠司が引き留める。


「あの……大好きだよ……」


 今日も言ってくれた……。


「嬉しい。私も大好き……」


 そう言って二人は電話を切った後、明日までの時間をお互いのことを思いながらゆっくりと待つのだった。



「へー、高木君がそんなことを」


 楓は休み時間、教室の自分の席で昨日のひかりと誠司の電話のやり取りを聞かされていた。


「それはすごくためになる話なんだけど、それって完全にひかりののろけ話じゃん」

「どこが? 楓が喜ぶことが新君の喜ぶことの、どこに私ののろけ話が入ってるの?」


 ひかりは不思議そうに聞いた。


「あんた鈍いわよ。ホントひかりは天然なんだから。誰が聞いてもそれはのろけなの。いい、高木君は自分だったらそう考えるって言ったんでしょ」


 楓はしょうがないわねと、ひかりに詳しく説明する。


「そうだけど」


 ひかりは首をかしげる。


「だからね、高木君はひかりが好きなことをして喜ぶ姿を見れたら自分はそれで楽しいって言ってたのよ」


 ひかりの頬はみるみる赤くなった。


「そうだったんだ……」

「もう、それぐらいその時に気付きなさいよ。私だったらそんなこと言われたら泣いちゃうよ」


 ひかりはうん、と小さく頷いた。


「あー。いいなあ。そんなに想われて、ひかりもそんなに高木君を想って、憧れちゃう」


 不満顔でそう言ったあと、楓はちょっと唇の端を上げてニヤリとした。


「あーあ、新と高木君を交換して欲しいな」

「だめ! 絶対譲らないから!」

「分かってるって、今のはのろけのお返し」


 楓は上手く引っ掛かったと真っ赤になってるひかりに満足し、フフフと笑った。


「楓のバカ! もう相談に乗ってあげない」


 ふくれてどこかへ行こうとするひかりを楓は必死で引き留めるのであった。



「で、どうしてそうなったの?」


 誠司はひかりとお昼ご飯を食べ終わった後、ひかりから楓の作戦を聞かされて困惑していた。


「つまり楓はこう言ったの。楓の楽しいことは色々あるんだけど、一番は私と遊ぶことなんだって」

「ほう。うん。それで?」

「それでね、私と遊びに行ってそれに新君がついてきたらいいかもって変なこと思いついちゃって」


 ひかりの苦笑しながらの説明に、誠司は橘さんならそうだろうなと納得した。


「私、いくら何でもそれじゃあ新君に悪いと思って……どうせなら四人でどうかしらって言っちゃったの」


 そういう経緯か。誠司は納得した。


「どうかな……」


 ひかりはまっすぐ誠司の顔を見つめる。


 可愛い。可愛すぎる。もし乗り気でなくてもこの可愛さを目の前にして断れる奴なんかいるのだろうか。


 二つ返事で誠司は了解した。


「良かった。なんだか嬉しい」


 ひかりは少し頬を染めて喜んだ。


「これってダブルデートって言うんだよね」


 そうなんですか!!


 誠司は鼻から血が出たかと思うぐらい熱い鼻息が出たのだった。


 デートって、ダブルって言ってもデートだろ。


 誠司とひかりが正式にお付き合いをし始めてからひと月半ほど経っていた。

 しかし陸上部の練習や実力テストが有ったりと、今だ二人で誠司が思い描いているようなデートらしいお出掛けは出来ていなかったのだった。

 ひかりの一言で誠司の平常心は猛烈に揺らぎ始めた。


 駄目だ何にも準備できてない。今から色々調べないと。


 几帳面な誠司の性格が、一瞬で自身を追い詰めてしまっていた。

 初デートを成功させなければという猛烈な焦りが、誠司の頭の中で変な生き物を忙しく飛び回らせる。


「楓の行きたい所でいいよね」


 ひかりのひと言で誠司はハッと我に返った。


 そうでした。


 楓と勇磨のことを完全に忘れてしまっていた誠司であった。

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