第3話 気乗りしない映画
誠司と勇磨は映画館のチケット売り場に来ていた。
二人の前には大きなポスターがあった。
きわどい水着を着た四人のアニメキャラがポーズをとっている。
劇場版ラブぽよサンシャインドリーマーズ。15禁。
とうとう来てしまった。
事の始まりはこんな感じだった。
「なあ誠ちゃん、今度の日曜日空いてるか?」
放課後ひかりの部活が終わるのを待っていた誠司に、勇磨が声をかけてきたのが始まりだった。
「午前中なら空いてるけど」
そうこたえると、やっぱりそうかと勇磨は頷いた。予想通りだったらしい。
ひかりと付き合い始めてから、はやひと月。部活のない休日はいつも一緒に過ごしていたが、今度の日曜は楓の付き合いでどうしても午前中会えないと言われていたのだった。
「あいつ用事があるからって午後から会う約束したんだけど、やっぱり時任とどっか行くんだな」
勇磨は誠司の予定を確認出来て、なんだか嬉しそうだ。
「じゃあ誠ちゃん、それなら午前中俺に付き合ってくれよ。行きたいとこあるんだ」
「お前と? やだよ。朝はゆっくり寝たいんだ」
「そう言わずに頼むよ。学園祭の時の貸しがあるだろ」
確かに勇磨には学園祭のとき、ひかりに群がる獣たちを蹴散らしてもらった借りがあった。
いきなり切り札を突き付けられて、誠司は断ることが出来なくなった。
「仕方ない。分かった。昼までだったら付き合うよ」
「そうか。じゃあ、決まりだな」
勇磨は弾むような口調で喜んでいる。
「なんだよ気持ち悪いな。いったい何処へ俺を連れて行く気だ」
「映画だよ」
「映画?」
誠司は拍子抜けしたような顔をした。
「そんなの弟でも妹でも連れってってやればいいじゃないか」
「それができないから恥を忍んで誠ちゃんに頼んでるんじゃないか」
勇磨の様子は少し変だった。
誠司は険しい顔で勇磨の耳元に口を寄せると、思い浮かんだことを尋ねた。
「恥って、お前が観たい映画ってその……もしかして成人しか見れないやつか……?」
「いや、ちげーよ、そんなんじゃないんだって」
エッチな方に想像した誠司を、勇磨は慌てて否定した。
「そうか、お前橘さんと付き合い始めたし、てっきり予習とか考えてるのかと……」
誠司は少し赤くなった。
「おまえ、何言ってるんだよ。まあ、ちょっとは興味とかあるけど……」
なんとなく勇磨も赤くなった。
二人とも健全な高校生ではあったが、年頃の普通の男の子だった。
「おまえやらしいな」
「おまえこそ」
二人で顔を見合わせる。
「で、何の映画なんだ、言ってみろよ」
妄想を振り払いつつ誠司が尋ねると、勇磨はぼそぼそ何か応えた。
「何だって? よく聞こえないんだけど」
「だから……」
勇磨は恥ずかしそうにうつむいて、滅茶苦茶小さい声で言った。
「ラブぽよ……」
「え?」
「だからラブぽよだって」
勇磨はとうとうはっきりと打ち明けた。
「劇場版ラブぽよサンシャインドリーマーズが観たいんだ!」
誠司は眉間にしわを寄せ、勇磨を冷ややかな目で見た。
「おまえ、もうそこまで入れ込んでたのか……」
「いや、その好奇心だよ。ちょっとどんなのかなーって、誠ちゃんもちょっとは思うだろ」
「いや、俺は全く思わない。ひかりちゃん以外眼中にない」
誠司は可愛いひかりを脳裏に思い描いた。
「頼むよ。その日がロングラン上映の最終日なんだ。これを逃したらブルーレイの発売まで観られないんだ」
「勇磨……お前重傷だったんだな……」
「なあ頼む。俺一人で行く勇気はないんだ。お前の分のチケットは俺が持つから頼むよ」
泣き付かれて、学園祭の借りのこともあった誠司はとうとう折れた。
「分かった。行くよ。でも、このことは二人だけの秘密だ。いいな」
「ありがとう誠ちゃん。おれ絶対後悔させないよ。きっと素晴らしい映画に違いないんだ」
誠司は少し泥沼にはまり込んでしまっている友人を、心配そうな目で見ていたのだった。
そして二人はチケットを手に上映ホールに入った。
「おい、なんか周りのやつ変なのばっかりじゃないか?」
誠司が勇磨に耳打ちする。
あの山田と山本から感じたオーラを、ホールで上映を待っている全員が身にまとっている気がした。
「そうか? 俺はあんまり感じないけど」
勇磨がサラッと誠司の言葉を受け流す。
こいつ、もう気が付かんぐらいに染まってきてるな。
誠司はちょっと怖くなった。
「おっ、始まるぞ……」
勇磨がわくわくしたような声を上げて映画は始まったのだった。
映画の終了後、誠司と勇磨は何も言わず、うつむいたまま上映ホールを出てきた。
そして、「ハー」と二人とも長い息を吐く。
「なあ勇磨」
「ん?」
「なんで変身の時、いちいち裸になるんだ?」
下を向いたまま誠司は訊いた。
「それは、そういうものなんだよ……」
勇磨も誠司と目を合わさず、下を向いたままだった。
「このこと黙ってような」
誠司は悪いことをしたような気分だった。
一方、全く同じタイミングでひかりと楓は映画館のチケット売り場に来ていた。
二人の前には大きなポスターがあった。
ハンサムな男優と美しい女優が抱きあい見つめ合っている。
愛の地平線。15禁。
とうとう来てしまった。
ひかりはタイトルよりも15禁の方が気になった。
「楓、これって大丈夫なの?」
15禁を指さしてひかりは訊いた。
「大丈夫よ。私たちもう18なんだし」
楓は何も気にしていない様子だった。
「キスシーンとか見たいじゃない。何事も勉強よ」
楓のノリノリ感とは裏腹に、ひかりはこういう映画を見るのに少し抵抗があった。
事の始まりはこんな感じだった。
「ねえひかり、今度の日曜なんだけどさ」
部活の後、二人が更衣室で着替えていた時に楓が言いだしたのだった。
「午前中ちょっと私と付き合ってよ」
予定は入れていなかったが、いつも休みの日は誠司と会っていたので、ひかりは困った顔をした。
「高木君と会いたいんでしょ? 分かってるって」
ひかりは少し頬を紅く染めて頷いた。
「学校で毎日会ってもそんなに一緒にいたいんだ」
楓はニヤニヤしてひかりを見た。
「もう、からかわないで」
ひかりはそっぽを向いた。
「午前中だけお願いよ。お昼から解放してあげるから、いっぱい甘えたらいいじゃない」
「怒るわよ」
ひかりは頬を染めながら不貞腐れた。
「ごめんごめん。ね、ひかりにとってもいい話だと思うんだ」
「なにがよ?」
まだ少しひかりは機嫌が悪そうだった。
「観たい映画があるの。愛の地平線」
「今話題のやつね」
ひかりはCMで観たのを覚えていた。
「そうなの、女性満足度1位なんだよ。口コミで泣いたとか、恋愛のバイブルとか騒がれてるのよ。それでね、私もあんな奴だけど付き合いだしたわけだし、男と女がどんな感じで恋愛を進めていくのか知りたいわけよ」
興味津々の楓に対し、ひかりはやや消極的だ。
「気持ちは分からないでも無いけど、私たちまだ高校生だし……」
その先を言いかけたひかりを、楓は被せるように遮った。
「ひかりがそう思っていても高木君が求めてきたらどうするのよ」
「求めるって……」
ひかりの頭の中に何やらすごい光景が浮かんだ。
ひかりは秒で真っ赤になった。
「私たちその時のために準備しとくべきだと思うの。ね、ひかり今なんか想像してたでしょ」
ひかりは首をブンブン横に振って否定した。
「あいつだってそんな雰囲気ないけど、いきなりキスしてきたりするかもしれないじゃん」
「ああ、キスね。キスよね」
ひかりがしどろもどろになっているのを楓は不思議そうに見る。
「なに? ひかりもしかしてキス以外のこと考えてたの?」
ひかりはうつむいた。
「楓のいじわる!」
「ごめん怒んないでよ。もう可愛いんだから。ね、ちょっと予習しとこうよ。いいでしょ」
楓に言われ、自分も気持ちの準備をしておかないといけないのかなと思ったひかりだった。
「なに? カップルばっかりじゃない」
ひかりと楓以外はみんな男女で席に着いているように見えた。
みんな手をつないだりくっついたりしている。
「始まるよ」
楓はわくわくしながらスクリーンに身を乗り出した。
映画の終了後、ひかりと楓は何も言わず真っ赤になってうつむいたまま上映ホールを出てきた。
そして、「はー」と二人とも長い息を吐く。
「あんな先の先の予習までするつもりじゃなかったのに……」
楓は下を向いたままぼそぼそとそう口にした。
「私も……」
ひかりはうつむいたまま頷いた。
「私達まだ高校生だし、さっき見たの忘れたほうがいいような……」
楓の声は魂の抜けた様になっていた。
「そうね。それがいいわ。そうしましょ」
ひかりもため息交じりに賛成した。
頬の火照りが治まらないまま、二人が映画館を出ようとした時だった。
「誠司君!」
「ひかりちゃん!」
「橘!」
「新!」
ばったり鉢合わせになった二組は、お互いに飛び上がるほど吃驚して慌てふためいたのだった。