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ひかりの恋それから  作者: ひなたひより
第三章 島田とゆき
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第7話 教壇からの景色

 秋晴れの高い空。

 窓から射し込む明るい秋の陽射しが、カーテン越しに教室を明るく彩っていた。

 机に向かい、残り少ない学生生活を送る三年生の教室。

 黒板に文字を綴るチョークが、リズミカルなカツカツという音を響かせていた。

 古文の授業を進める教師が、手にしたチョークで線を引くと、まるで明朝体で印刷された教科書のような文字が黒板に整列していく。

 産休に入った教師の代わりに、三年二組の副担任と古文の教師を引き継いだ清水ゆきは、今日も几帳面すぎる程の美しい文字を黒板に綴っていた。

 例文を書き終えたゆきは、振り返って生徒たちに向き合う。


「今日は主に尊敬語と謙譲語について、例文を交えて進めていきます。小テストでみんなが苦手だったポイントを、できるだけ分かり易く解説していくね」


 生徒たちは当たり前のようにノートをとり、教師の話に集中している。

 授業を進めながら、ゆきはこれほど快適に教壇に立っていられることに、未だ小さな驚きを持っていた。

 そして以前赴任していた荒廃しきった学校を、ぼんやりと思い出す。

 特に目標もなく、ただ学校に通うだけの生徒たちが大勢いて、どうせ何を言っても変わらないだろうと諦めきった教師たちが環境を悪化させていた。

 寄ってたかって学校を掃き溜めのように変えてしまっていた人たち。

 必死で抗おうとしたけれど、理想は叶わなかった。


 不思議だな。


 ゆきは今日も思う。

 挫折して、カウンセリングを経て、ようやく再開できた教師という仕事。

 暗いトンネルの先に、こんなに素敵なものが待っていたなんて。

 前向きな明るい教師たちがいて、自分たちのすべきことを自覚している生徒たちがいるこの学校。

 それぞれの進む道を協力し合いながら、みんな走っている。

 ゆきはそんな特別な舞台に自分がいられることに感謝し、毎日のようにときめいていた。


 なんだか幸せ。


 舞い上がりそうな気持ちを押さえながら、ゆきは授業を進める。

 そして授業の終盤、今日の授業をどの程度理解できたかを確認するため、ゆきは用意していたプリントを配り、ランダムに一人ずつ当てていく。

 正解する生徒が多い。殆どの生徒がポイントを理解してくれたみたいだ。

 ゆきは満足げに生徒たちの回答を聞き、時々解説を入れた。

 そして、残り少なくなった設問の解答を、誰に答えてもらおうかとクラス全体を見渡した時、とんでもないことに気付いた。


 ちょっと、ちょっと待って。


 教壇の上から視野を広げて生徒たちを見た時に気付いたのは、ある女生徒に熱い視線を向ける男子生徒だった。


 これってもしかして……。


 よくよく俯瞰してみると、そういった感じの生徒が他にもいることに気付いた。

 ゆきは今になって気付いてしまったのだ。教師の目線から全体を見渡すと、生徒たちの恋愛模様が一望できることを。

 私情を持ち込んではいけないと思いつつ、ゆきは男子生徒が熱い視線を送っているであろう女子を指名した。


「じゃあ下平さん。こたえて下さい」

「はい」


 席を立った女子に、はばかりない視線を向ける男子生徒。


 成る程、当てられた生徒に注目するという理由で、意中の女の子のことをガン見できるわけか。


 ゆきはそんなテクニックがあるのだと感心しつつ、これは恐らく男子生徒の片想いだなと観察していた。

 それからまた、次の設問で違う女生徒を当てると、また別の男子生徒が熱い視線をはばかりなく向けていた。

 その様々な恋模様を目にして、ゆきは一人で熱くなっていた。


 こんなにもあちこちに学園恋物語が転がっているなんて……。


 正統派純情恋愛に憧れを抱いているゆきは、自分がその舞台に立ちあっていることを知り、フワフワした気分になってしまったのだった。

 少しの間だけ少年少女の恋模様に熱中してしまったゆきだったが、そこは教師としての自覚が勝った。

 そして自覚だけではなく、ゆきにはこういった恋愛ドラマに対する、ちょっとした免疫も実はあったのだ。


 時任さんと高木君を見てるから、まだ大丈夫だわ。


 そのあとはテキパキと解説を加えて、授業を終えた。

 そして終業のベルが鳴る。


「ふー」


 生徒たちと終業後の礼を交わし、ゆきは教壇の机に置いてあった教科書を手に取った。

 そして気になっていた窓側の席に座る少年の席へ行き、声を掛けた。


「どう? 高木君、今日はノートとれた?」

「あ、はい、先生。今日は何とか最後まで行けました」

「そう。良かった。じゃあ頑張ってね」

「はい。ありがとうございます」


 誠司に軽く手を振って、ゆきは黒板を消そうとした。


「あ、先生、俺やっときます」


 誠司が席を立って、ゆきの手にした黒板消しに手を伸ばした。


 さりげなく優しくて爽やかね。時任さんがぞっこんなのも頷けるわ。


 あまり目立たないちょっと可愛いらしい少年に、ゆきは変な所で納得していた。

 そして、このクラスにひかりがいないことを少し残念に思いつつ、一方で安堵していた。


 もし時任さんがこのクラスにいて、高木君に熱い視線を送っていたりしたら、私、ときめきすぎてきっと授業にならないだろうな。

 もしかしたら、本当に意識飛んじゃうかも……。


 黒板消し役を買って出てくれた誠司に礼を言って、ゆきは教室を出た。

 そして、ゆきは自分が油断していたことを思い知った。

 少し開いた廊下側の教室の窓。

 そこに長い黒髪の少女が佇んで、黒板を消す少年に熱い視線を向けていた。


 時任さん、それは反則よ……。


 ときめき半端ない、頬を薄っすらと紅色に染めた美少女に、ゆきはその場でよろめいた。

 飛んでいきかけた意識を何とか保とうと、壁に手をついて体を支えながら、ゆきは今まさに起こっている学園ときめきドラマのワンシーンを、その目に焼き付けたのだった。


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