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ひかりの恋それから  作者: ひなたひより
第三章 島田とゆき
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第6話 番外編 焼肉屋にて

 学校からほど近い場所にこんな店があるなんて。


 誠司をはじめひかり、楓、勇磨の四人は島田に連れられて、いかにもさびれた店の前に立っていた。

 焼肉小鉄。築四十年以上、いやそれどころでは済まないような佇まいの焼肉屋は、地元の人間以外の誰も寄せつけない雰囲気をあふれんばかりに出して、そこにひっそりと建っていた。


「約束通り連れてきてやったぞ。ありがたく思え」


 学園祭の後、田畑の一件が誠司たちの働きで片付いたことで、島田は焼肉を奢らされる破目になったのだった。

 島田は上機嫌だったが、ついてきた四人とも渋い顔をしていた。


「なんか私がイメージしてたのと違うのよね」


 楓は平気で毒づいた。


「俺もだ。予想のはるか下だった」


 勇磨もがっかりした顔をした。


「そんな、先生に悪いよ。ところでここ無煙ロースターなのかな?」


 ひかりは島田を気遣ったみたいだったが、どう見ても有煙としか思えなかった。


「いや、みんな、ご馳走になるのにそれはないと思うよ」


 誠司だけは少しまともだった。

 島田はややキレかけた様子で、言いたい放題の生徒たちに向き直った。


「おまえら、いいか焼肉はなあ、一にも二にも肉が美味いかどうかなんだよ。店の外見なんぞ気にするな。それと時任、煙は楽しむもんなんだ。煙が無かったら焼肉の旨さなんて半分だぞ、分かったか」


 島田は自信満々に持論を述べて時計を見た。


「しかし遅いな……」

「何が遅いの? ねえ、もうおなかがすいて何でもいいから食べたいんだけど」


 楓は店の外まで匂ってくる焼肉の匂いに我慢できないようだ。


「すみません。島田先生」


 そこへ現れたのは清水ゆきだった。


「ちょっとこの辺来たことなくって、迷っちゃって……」


 白い薄手のコートに身を包んだゆきは申し訳なさそうな笑顔を見せた。それがなんだか可愛かった。


「清水先生!」


 四人の生徒はゆきがここに来たことに驚嘆した。


「なに? 清水先生を島田先生が誘ってたってこと?」


 とりわけ一番驚いている様子の楓が、島田とゆきのことを勘ぐり始めた。


「ははーん、さては私たちをダシに清水先生を誘って色々しようって魂胆ね。許せないわ」


 楓は汚いものを見るように島田を睨んだ。

 ひかりも島田にがっかりしたような目を向けた。


「ちょっと待て、なんで俺が清水先生を誘っただけでそうなるんだ。ね、清水先生」

「そうよ。島田先生は新任の私と親睦を深めようとして誘って下さったのよ」

「清水先生、それがこの狼の手口なのよ。そんな隙だらけでどうするの」


 楓は完全に島田を悪者扱いにした。


「今日は私から離れちゃだめよ。危ないから」

「先生もう入ろうぜ。こいつかき回すの専門なんだ」

「あんたは黙ってろ!」


 勇磨の言葉にキレ気味に返した楓だったが、空腹に耐えかねて店にはすんなり入ったのだった。

 それほど広くない店内はかなりの人が入っていて、焼肉の煙がそこいら中にもうもうと漂っていた。


「これはすごいな……」


 誠司は誰にも聞こえないように呟いた。

 まず足元の脂ぎった床の感触に、一面の濃厚な煙、その煙に晒され芸術的に茶色く変色した壁と天井に、生徒四人は日常とは違う世界を見たのだった。

 そして客はほぼ全員酒におぼれたおっさんばかり。

 特にひかりはこの焼肉店と別の世界の人に見えた。


「やあ先生、今日は生徒さんを連れてるのかい?」


 一体いつから飲んでるんだという風体の、赤ら顔のおじさんが島田に声をかけた。


「ああ、おっちゃん。今日はこいつらにたかられてね」

「先生、奥の座敷空けてあるからゆっくりしてってよ」


 店の店主らしきおじいさんがカウンター越しに愛想良く声をかけてきた。


「すまないね、おやっさん。適当に焼き物頼むわ。それとビールね」


 島田はゆきと生徒たちを引き連れて一番奥の座敷に靴を脱いで入っていった。

 座敷は宴会用の個室のようになっていて、狭いながらも詰めれば十人程度は座れそうだった。


「高木、そこ閉めといてくれ。ちったあ静かだろ」


 最後に座敷に入った誠司は、言われるまま引き戸を閉めた。


「はー。疲れた」


 島田は足を伸ばしてネクタイを緩める。


「先生休憩ばっかりで疲れることしてんのかよ」


 日ごろの島田の行動を知っている勇磨が軽く嫌味を口にした。


「俺だって色々大変なんだよ。おまえには分からねーよ」


 島田が勇磨にやり返すと楓の隣に座るゆきがウフフと笑った。


「ね、清水先生なら分かってくれますよね」

「ええ、勿論です」

「ほらな。おまえらの知らない所で俺は苦労してんだ。ね、清水先生」


 ゆきをうまく抱き込んで味方にしたものの、生徒たち四人は依然疑わし気な視線を島田に向けたままだ。

 そのうちに出て来たおしぼりで手を拭きながら、ゆきはこの店になじんだ感じの島田に尋ねた。


「島田先生はよくここに来られるんですか?」

「ええ、しょっちゅう。焼肉はこの店以外では食いません」

「そうなんですか。お気に入りなんですね。なんか期待しちゃいます」


 島田の口ぶりは隠れた名店であることを暗に匂わせている感じだった。

 そのうちに大皿に盛られた肉が運ばれてきた。一緒に運ばれてきた瓶ビールを教師の二つのグラスに注ぎ、生徒四人はウーロン茶で取り敢えずは乾杯した。

 あとは肉が焼けるのを待つだけだった。


「島田先生って謎だらけなのよね」


 肉の番をしながら、楓はトング片手に、隣に座るゆきにそう言って話しかけた。


「美術の時間しか会わないけど、そんなに頑張って授業しているふうでもないし、それ以外ではタバコ吸ってるか寝てるかだけだし、生徒からは人気あるんだけど、人としてどうかというか」

「橘、おまえ清水先生に変なこと吹き込むなよ」

「唯一浮ついた話が無くてそこが救いだったのに、清水先生に手をだそうとしてるの今日見ちゃって、もういいとこ無いっていうか」


 楓の唇はとどまる所を知らなかった。


「だから違うって。たまたまお前たちと約束してたもんだから隣の席の清水先生もどうかなーって思っただけなんだ」


 楓はそれを聞いて悪魔のように笑った。


「とうとう尻尾を出したわね。このエロ教師! すぐ近くには前田先生も座っていましたわよねえ」


 楓の軽蔑しきった視線をまともにくらって、島田はしばらく言い返せない。


「そ、それはだな……」


 そこへ見かねたゆきが助け舟を出した。


「橘さん、それは島田先生のせいじゃないの。私、実は前田先生が苦手で……」


 こうして、ゆきのお陰で島田の冤罪は晴れたのだった。



 美味い。


 白い煙が立ち昇る中、肉を口に入れた全員がそう思った。


「どうだ?」


 島田はニヤニヤして生徒たちの反応を窺う。


「おいしい。島田先生の言ったとおりだ」


 ひかりはびっくりするほど可愛い笑顔で喜んだ。

 それを目にした誠司とゆきと楓の三人は頬を染めて、はーと息を吐く。

 勇磨はまるで動じることなく、競争しているみたいにがつがつ肉を頬張っている。


「おい新、あんまり食うな。一人で食うつもりか」


 島田は犬のように肉をむさぼる勇磨を抑えようとした。


「だって美味いんだからしょうがないだろ」

「またあんたがっついてるのね。そういや学校のお弁当の時も凄いわよね」


 楓のひと言で、誠司とひかりは夏休みのあのお重を思いだした。


「島田先生、とってもおいしいです」


 ゆきは姿勢を正して上品に食べていた。犬のような勇磨とは対照的だった。


「おい、勇磨、お前だけ五倍速だぞゆっくり食べろ」


 がむしゃらに食べ続ける勇磨に、誠司も苦言を呈した。


「誠ちゃん、違うよ。みんなが遅いんだ。俺はこれが普通だよ」

「ああ、知ってるよ」


 誠司はひかりと目を合わせて苦笑いした。


「でも美味しい。島田先生をちょっと見直しちゃった」


 楓は勇磨には全然敵わないものの、女子の中では一番早いペースで食べていた。


「清水先生、お酒どうですか?」


 島田がビール瓶を片手に訊いた。最初にゆきのグラスに注いだビールがあまり減っていないので気を遣ったようだ。


「あ、そうですね頂きます」


 ゆきはまた少しグラスに口を付けた。


「あんまり強くないんです。それにこの子たちの前だと余計に……」


 ちょっと遠慮気味のゆきとは反対に、今日は飲む気満々で来た島田はもうだいぶ飲んでいた。


「そうですよね。生徒たちの前ですからねー」

「島田先生はお気になさらず頂いてください。もう勤務中じゃないんですから」


 島田にお酒を勧めるわりに姿勢を崩さないゆきに、楓はふーんと首を傾ける。


「清水先生も飲んでいいんだよ。もし私が先生だったら遠慮しないよ」

「ありがとう。そうね。もう少し飲もうかな」


 ゆきはグラスのビールを飲み干した。


「あら、意外と飲めるんですね」


 島田は空いたグラスに冷えたビールを注ぐ。


「はい。少しですけど。焼肉にビールってすごくおいしい」

「なんだか大人だなー。私も二十歳になったら誠司君と飲んでみたいな」


 ひかりは前に座る誠司と笑い合う。


「酒はいいがタバコはやめとけよ。俺みたいにやめられなくなる」


 ハハハと笑う島田に、今度は誠司がしょっちゅうたばこを吸っている島田の健康を気遣った。


「先生もそろそろ禁煙しなよ。俺あんまり分からないけど、先生って煙草の量多いよね。美術室でもしょっちゅう……」

「わーっ! 高木、それはアレだろ。アレ」

「あ、そうか。ごめん」


 いずれ分かることなのだろうが、島田は教室で煙草を吸っているのをゆきにはひた隠しにしていた。

 口を滑らせかけた誠司を、島田はひやひやしながら引きとどめた。

 ゆきは二人のやり取りを興味深げに眺めている。


「なあに、高木君、美術室でもしょっちゅうって?」

「えっと、その……しょっちゅうイライラしてるんですよ。タバコが吸いたいみたいで」

「そうなの? それはいけませんね。おやめになったりはしないんですか?」 

「それがもう癖づいちまって、つい胸ポケットにこう手がね……」


 島田はいつもそうしているように、慣れた手つきで指を動かした。


「まあ今のところは体も何ともないし、やめるきっかけがないというか」

「私でよければ禁煙にご協力しますけど」

「いやいや、そんな面倒なこと清水先生にさせられませんよ。するんなら自分で何とかします」


 そんな二人のやり取りを見て楓は何やらひらめいたようだ。


「そうだ、禁煙出来たら清水先生とデートできるってどう? それだったら一か月でも二か月でも我慢できそうじゃない?」

「馬鹿、清水先生に失礼だろ。そんなの清水先生に何の得もないじゃないか」


 島田はそう言ったが、ゆきはまんざらでもなさそうだった。


「高木君ならひかりの為だったら何だってしちゃうのにね」

「もう楓!」


 ひかりは最近誠司をからかおうとする楓に敏感になっていた。


「へへへ、ごめんね。でもほんとだよね」


 楓に言われて誠司は紅くなって照れ笑いする。

 ゆきは頬をすぐに染めてしまう誠司を見て目を輝かせる。


「やだ、すごいときめいてる。焼肉店でも二人の絆は不変なのね」


 胸の前で手を合わせ、また別の世界にゆきは足を踏み入れる。


「二人とも、もう好きですってだだ洩れね。いいなー」


 ゆきは舞い上がってしまい、手が付けられなくなった。

 誠司とひかりは頬を染めて下を向いてしまった。


「清水せんせーい。駄目ですよ。二人とも困ってますよ」


 はっ!


「ご、ごめんなさい。つい……」


 ゆきは楓より始末が悪かった。


「そうだ、島田先生、そもそもこの会はなんの集まりでしたっけ?」


 ゆきは話題を変えつつ素朴な疑問を口にしたのだった。

 このメンバーの中で島田が奢らされる経緯を知らなかったのはゆき一人だけだった。


「そうだ、言ってませんでしたね今回のこと。いやね、ちょっとしたトラブル解決の立役者なんですよ、こいつら」

「トラブル解決の立役者ですか?」

「あんまり大声で言えませんが田畑の件です」


 ゆきはそれを聞いて納得したようだ。


「ああ、あの退学処分になった生徒の一件ですね」

「まあそう言うことなんです」


 島田はあまり多くを話したくなさそうだった。


「島田先生、それじゃあ清水先生分からないんじゃないかな」


 楓は箸を進めながら言葉の足りない島田を諭した。


「そうだな、ちょっとここで話すことはこの場だけってことにしといてくださいね。何しろ学校側もこの件に関しては腫れものを触るみたいに触れたがりませんので」


 ゆきは真面目な顔の島田を見て頷いた。

 そして島田は楓のことから始まった一連の騒動をゆきに話して聞かせた。


「そうだったんですか。みんな頑張ったのね」

「そんな感じで俺たちの労をねぎらって島田先生が奢ってくれたって訳なんだ」


 勇磨はもうだいぶ腹が膨れたのか、箸を置いて話に入ってきた。


「あんたは特に何もしてなかったじゃない。どっちかというと話を大きくしただけじゃなかったっけ?」


 楓に痛いところを突かれて勇磨は小さくなった。


「一番の功労者は高木君ね。かっこよかったよね。ねえひかり」

「うん……」


 ひかりはまた頬を薄っすら紅く染めて誠司を見つめる。


「かわいいー」


 ゆきは頬を両手で挟み、その純な美少女を憧れの目で見た。


「高木君を見つめるうるんだ瞳、まるで少女漫画の世界から抜け出してきたヒロインみたい」

「清水先生、声に出てますよ」


 島田は気付いていなさそうなゆきに声をかけた。


「ご、ごめんなさい。また私ったら」


 ゆきに何かを言われるたびに、誠司とひかりは紅くなってうつむく。

 それから楓は誠司が田畑と立ち合ったときの様子を、やや興奮気味にゆきに語ったのだった。


「高木君があんなに強いなんて、あの時初めて知ったのよね。新は前から知ってたんでしょ?」

「ああ、俺は中学の時に知った」

「ひかりは?」

「私は、誠司君から合気道をしてるのは聞いていたけど、実際に目にしたのは初めてだったわ」


 ゆきは注目されて紅くなっている誠司をジーっと見つめてから口を開いた。


「うーん、高木君がね……なんだか想像できないな。前田先生から聞いたんだけど、退学した男子生徒、ボクシング部の主将だったって言ってたわね。前田先生はあいつぐらい僕だったら秒殺ですよって言ってたけど」


 ゆきの話を聞いて島田は苦笑した。


「また、あいつ清水先生の前でいい格好しようとして……」

「それで苦手なんだ」


 楓はゆきの気持ちを代弁した。


「田畑は強かったですよ。おそらく高木じゃなければあいつに太刀打ちできるやつは学校にいないでしょう。なあ、新もそう思うだろ」

「ああ、前田先生は秒殺でやられる方だな。誠ちゃん以外あいつに勝てそうなやつは思い当たらないよ」


 勇磨は冷静にその辺りのことは分かっているようだった。


「先生も勇磨も買い被りすぎだよ。たまたまだって」


 誠司はもうあまりそのことを話題にして欲しくなさそうだった。


「もう、高木君のそんな奥ゆかしいところにひかりはぞっこんなんだよね」

「そうだけど……ここで言わないで」


 ひかりが否定しなかったので誠司も恥ずかしくなってうつむいてしまった。それこそがゆきのご馳走だった。


「もう、ときめきあっちゃって可愛い。生でしかもこんな近くで見られるなんて……」

「まただよ」


 島田は少女漫画の世界に入ってしまったゆきに、またため息をついたのだった。


「清水先生、またこいつら困ってますよ」

「えっ! また私ったらごめんなさい」


 再び指摘されて、落ち着こうとゆきは姿勢を正した。


「時任さんと高木君を見てると時々意識が飛んじゃうのよね」

「清水先生、それ授業中にやっちゃダメですよ」

「そ、そうですよね、気をつけないと……あ、でも高木君と時任さんクラス違うから大丈夫です」

「先生、私たちは一緒ですけど」


 楓は腹を膨らませて寛いでいる勇磨を指差した。


「あ、そうだったわね。気を付けないとね……」

「清水先生、心にもないことを今言いましたね……」


 島田は全くときめき要素のない勇磨と楓に、あっさりと嘘を見抜いた。


「いいなー。二人のことずっと見ていたいなー」


 この人ならやりかねん。ここにいる全員がそう思ったのだった。



「ああ、食った食った」


 勇磨は満足そうに腹をさすった。


「あんた、ほんと何時も一緒ね」

「ああ、おれはブレない男だからな」

「褒めたんじゃないって、鈍いやつね」


 そんな勇磨と楓を前にしても、ゆきのときめきセンサーはピクリとも動かない。カップルなら何でもいいというわけでは無いのだ。


「誠司君、ちょっと動かないで」


 ひかりはハンカチを出して誠司の横に並ぶと、口元を丁寧に拭いてやった。


「もう、子供みたい」

「あ、ありがとう。気が付かなかった」


 そう言って微笑み合う。

 そしてゆきのときめきセンサーは振り切ってしまうのだった。


「この学校に赴任出来て本当に良かったー」

「清水先生、また声に出てますよ」


 島田はもうあきらめていた。

 今日はこればっかりだった。



「ご馳走様でした」


 焼肉小鉄を出て、奢ってくれた島田に礼を言ったときは、もう九時を回っていた。


「こりゃまずいな。教師が生徒と飯を食っていていい時間じゃなかったな」


 島田は一時間ぐらい前にはお開きにする予定だった。


「楽しかったですもの、仕方ありませんわ」


 ゆきがそう言ったように、焼き肉店での時間はあっという間だった。

 島田は満足げな表情を見せたゆきに、このひと時が有意義であったことを嬉しく思った。


「遅くまで生徒と飯を食ってたこと、教頭には黙っててくださいね」

「勿論です。私も共犯ですから」

「そうでしたね」


 島田とゆきは可笑しそうに笑った。


「なんかあの二人妙に仲良くない?」


 少し離れた所で談笑している二人を指さして、楓は他の三人に囁いた。


「うん、ちょっと私たち勘違いしてたかも。狼とか言っちゃってたけど」


 ゆきの浮かべる屈託のない笑顔を見て、ひかりも二人の関係を見直したみたいだ。


「俺には良く分かんねえけど、誠ちゃんはどうだ?」

「そうだな、これからなんじゃないかな。島田先生も清水先生も」


 誠司はなんとなくだが、二人の間に糸のような物が繋がっている気がしていた。


「ひかりちゃん」

「うん?」

「今日は家まで送らせてね」


 ひかりは嬉しそうに誠司の優しい笑顔を見つめる。


「うん、ありがとう」


 ひかりは自分から誠司に寄り添ってその手を重ねた。


「あんたも当然私を送りなさいよね」


 満腹で苦し気な勇磨に向かって、楓がきつめに言った。


「分かってるよ。送りますよ」


 対照的な二組だった。


「お前たち男どもはちゃんと送ってやるんだぞ」


 島田はそう声をかけた。


「分かってるよ。もうその話はしたから大丈夫」


 そして誠司は島田に声をかける。


「先生こそ清水先生のことちゃんと送ってあげないと駄目だよ」

「あ、そ、そうだよな。清水先生、家まで送りますよ」

「大丈夫です。一人で帰れますから」


 島田の申し出に、ゆきはちょっと恥ずかしそうだった。


「先生駄目だよ。先生みたいな美人一人で帰らせれるわけないでしょ。ね、島田先生」


 楓はちょっと島田の背中を押してあげた。


「送らせてくださいよ。俺はあいつらの言うみたいに狼じゃないからご心配なく」

「分かってます。それじゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます」


 やっとゆきが了承したので、島田は解散を宣言した。

 

「そんじゃあな。明日は休みだ、お前たちまた来週な」

「みんな、また来週ね。気を付けて帰るのよ」

「清水先生もまた来週ね」


 楓はそう言って手を振った。


「先生今日はありがとう」


 誠司とひかりは並んで手を振る。


「先生また連れてってくれよな」


 勇磨はそう言って手を振った。

 そして違う方向のバスに揺られて、各々の家路についた。



「いい子たちですね」


 狭いバスの二人掛けのシートで、ゆきはぽつりとそう口にした。


「ええ。可愛い奴らでしょ」

「素直なんですね」


 ゆきはそう言って顔をほころばせる。

 島田は隣に座るゆきの近さに、やや居心地悪げに小さくなっていた。

 揺れる車内が時々二人の肩を触れさせる。その度に二人とも少し硬くなってしまうのだった。


「私、島田先生を見てて気付いたことがあるんです」

「なんですか?」

「なんだか……そう……」


 言いかけてゆきはクスリと笑った。


「いえ、何でもないです。私なんかが島田先生に言えることじゃなかったです。忘れてください」

「そりゃないですよ。なんだか消化不良だなあ」


 途中で話を切ってしまったゆきに、島田はちょっとした不満顔を見せた。


「清水先生も人が悪いな、そこまで言ったら気になって今晩は眠れませんよ」

「島田先生は意外と繊細な方なんですね」


 ゆきはうふふと笑う。

 その仕草に少し見入ってから、島田はなんとなく目をそらしてしまう。


「実はおっしゃる通りなんです。だから教えてくださいよ」

「怒らないでくださいね……」


 ゆきは言いかけてやめた言葉を再び島田に告げた。


「なんだか島田先生を見ていると、あの子たちのクラスメートみたいだなって思ってしまったんです」


 そう言ってゆきはとても素敵な笑顔を浮かべた。

 薄暗いバスの中が、一瞬とても明るくなったかに島田には感じられた。


「あの、やっぱり言いすぎでしたよね……」


 しばらく言葉を失っていた島田に、ゆきが申し訳なさそうに呟いた。


「あ、いえ、そのとおりです。そう見てもらえてなんか嬉しいですよ」

「本当に?」


 ゆきの顔に笑顔が戻る。


「ええ、おれもあいつらのことあんまり教師目線で見れないんですよね。ほんとは駄目なんでしょうけど」

「そんなことないですよ。とっても素敵です」


 島田はそう言われて頬が熱くなるのをごまかすのに苦労するのだった。

 結局あの四人のお陰でちょっと楽しい思いをしてしまった島田だった。

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