第7話 事件の後
「おう、お前ら集まってるな」
島田は翌日、四人に話があると教室に呼び出していた。
頬を少し腫らした程度の誠司に比べ、勇磨の顔は島田がびっくりしたほど腫れあがって痛々しかった。
「おまえ大丈夫か? 病院行ったか?」
「行った。打撲だって言ってた」
外見のわりに勇磨はケロッとしていた。
「お前が丈夫で良かったよ」
島田は、はあと一つ息を吐いた。
「高木、おまえわざと先に手を出させたな。やり返したって感じだな」
「ええ。すっきりしました」
誠司はしてやったりという顔をしていた。
「それとな新、喜べ。停学の話はなくなった」
ひかりと楓は島田の嬉しい報告に手を握り合って喜んだ。
「え、いいの?」
「そうだ。俺に感謝しろよな」
島田はやや自慢げに白い歯を見せた。
「昨日橘に田畑を呼び出させただろ。場所をプール裏にしたのは学校が夏休みに設置した監視カメラのばっちり映る場所だったからなんだ。新しいカメラだから綺麗に田畑が先にお前に手を出してボコボコにするところが映ってたよ。そのあと高木に先に手を出したのも綺麗に映ってた。おまけに橘にした痴漢行為もばっちりだ」
楓は赤くなって、フンとそっぽを向いた。
「お前の暴力行為は皆の前でやったから消えるわけじゃないが、結果的に橘を助けるためにしたことだって話を付けといてやった。それなら仕方ないと上は認めたよ」
「良かったな勇磨」
誠司は勇磨の肩をポンとたたいた。
「それから田畑のことだが……」
島田は険しい表情で話を続けた。
「即日で謹慎させられてる。そして今朝の会議で退学処分が検討された。まあ表ざたにしたくない要件だが、写真が大量に出たことで学校側も動かざるを得なくなったってとこだ。こうなってくるともう学校の中だけでは無理と判断してあとは警察に任せるみたいだよ」
島田は苦々しい顔をした。
「後味の悪い騒動だったな」
四人は何も言わない。
「まあ、しかしお前たちのおかげで今後ああいった事件に巻き込まれる生徒を防げたことになるんだ。表沙汰にならないだろうから表彰も何もないが、俺はお前たちを誇りに思うよ」
大人も触れたがらなかった問題に向き合ったこの四人に、島田は少し誇らしげな顔でねぎらいの言葉をかけた。
「よくやったな」
こうして楓に対する告白から始まった騒動は一段落した。
話を終えて解散しようとしたとき、いきなり楓が手を上げた。
「先生」
「ん、なんだ橘」
「ご褒美にご飯でも奢ってよ」
楓はケロッとしてご褒美ねだってきた。
島田は気持ちいいくらい堂々と、当然の権利みたく要求してきた楓に、呆れた顔で応えた。
「なんだ? 安月給の俺を捕まえて、たかるつもりか。おまえ恐ろしい神経してんな」
「だって、乙女をあんな危険な目に合わせてもう少しで操を汚されるところだったのよ。島田先生の案でああなりましたって教頭に言ってもいいのよ」
楓は鋭く島田の弱い所を突いてきた。誠司と勇磨はその狡猾さに舌を巻き、ひかりは「楓ダメよ」と諭す。
「橘。お前は鬼のような奴だな。落ち込んでるか心配したが損したよ」
島田はケロリとしている楓に、苦笑しか浮かんでこない。
「まあおまえはそれでいいよ。全然失恋のダメージなんかなさそうだし、まあ、これに懲りず、また新しい奴を探すんだな」
島田がそう口にした後、なんだか勇磨と楓の雰囲気が変わった。
お互い目を合わせず、紅くなってそわそわし始める。
「なに? なんかあったか?」
誠司とひかりはお互いの顔を見て、顔をほころばせた。
「楓、ひょっとして新君と……」
「うん。報告が後になってごめんね。オーケーしちゃった。だって三回も告られたら断りにくくって」
「やったね。良かったね楓」
ひかりが楓に抱きつくと、楓は照れくさそうにへへへと笑った。
「良かったな勇磨」
「ああ、まあ一回しか告ってないけどな」
分かりにくいが、腫らした顔で勇磨はなんだか照れ笑いを浮かべているみたいだ。
島田は嬉しそうにそんな教え子を見ている。
「給料日まで待て」
島田の口から誠司にとって意外な言葉が漏れた。
「そしたらなんか奢ってやる。ありがたく思えよ」
「じゃあ焼肉ね」
楓は「焼肉焼肉」とひかりの手を取って喜んでる。
「ごちになります」
勇磨はもうご馳走になる気満々で頭を下げた。
誠司はいいのかなという顔をして島田を伺う。
「しょうがない。連れてってやるよ」
島田は苦笑いしながらこの頼りなくも逞しい教え子たちを眩しそうに見るのだった。
「新、ちょっといいか?」
数日後、廊下を歩く勇磨に島田は後ろから声をかけた。
「だいぶ良くなったみたいだな」
島田は勇磨の顔の腫れがだいぶ退いてきているのを見て少し安心した。
「高木のことなんだが」
「なに? 誠ちゃんのこと?」
「ああ。ちょっと気になることがあってな」
島田はあの田畑とやりあった誠司の監視カメラの映像を見てずっと気になっていることがあった。
「おまえ高木が田畑とやりあった時すぐ近くで見てたよな」
「ああ。それが?」
「俺も昔ボクシングを齧ってたことがあるんだが、田畑のパンチは高校生にしては相当なもんだった。お前は田畑とまともにやりあったらどうだ。よけれるか?」
「無理だな」
勇磨は即答した。
「重さは別としてあいつのパンチは正確で速かった。最後にあいつのパンチをかわして水月に俺の正拳突きは入ったけど、誠ちゃんのダメージが残ってなかったら多分やられてた」
勇磨は自分の立ち合いを冷静に分析していた。
「高木はあのパンチを最小のダメージで受けた。それだけじゃない、次のパンチもかわしてあっという間に相手を宙に舞わせていた。俺の目にはとても人間技に見えなかった」
島田は思い出して背筋に冷たいものが走った気がした。
「俺もそう思うよ先生」
勇磨も島田と同じ意見だった。
「前もそうだった。相手と対峙したときに、もうその立ち合いの全てが予め分かっているみたいだった」
中学時代の誠司の技を思い出したのか、勇磨は懐かしそうに目を細めた。
「誠ちゃんは特別なんだ」
きっと勇磨のその言葉には友情という意味も含まれているのだろう。島田はそう解釈した。
「ああ、あいつは特別だ」
島田は誠司の特別な能力をこれ以上詮索するのはよそうと思った。
そしてできればその能力を使うことのない人生を送って欲しいと願った。




