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ひかりの恋それから  作者: ひなたひより
第二章 勇磨と楓
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第2話 気掛かりなこと

「もしもし、ひかりちゃん?」

「うん。私。どうしたの?」


 夕食を終えてからしばらくして、誠司は楓の件でひかりに電話したのだった。

 電話越しに初めて口にするまだ慣れてない名前の呼び方に、誠司の胸はドキドキしてしまう。


「ごめんね遅くに」

「いいの。声が聞けて嬉しい」


 誠司はそのひと言で、胸の中が暖かくなってくるのを感じていた。


「おれも、声が聞けて嬉しい。いや、ちょっと、用件があって。今日の帰りの橘さんのこと教えて欲しいんだ」

「楓の? うん。話したいけど、プライベートなこと相談されたんで言いにくいな……」


 ひかりはまだなにも気が付いていないようなので、誠司は知っていることを全部話した。


「そんな、楓すごい喜んでたのに」

「はっきりした証拠はないけど、もしかしたら橘さんがおかしなことに巻き込まれるかも知れないんだ」

「うん。そうだね。今日の楓のこと話します」


 楓は今日の帰りに田畑に告白されたとひかりに相談していた。

 楓は返事を先延ばしにしたと言ってたらしい。けれど結構乗り気に見えたとひかりは話した。

 行動力溢れる楓は、付き合う前によく知りたいからと早速明日一緒に帰る約束をしたらしい。


「ひかりちゃん、明日も橘さんと帰れないかな?」

「うん。誘ってみるけど、今の話を楓にみんな話して注意を促したらどうかな」

「そうだね。それがいいかも知れないね」


 ひかりが説得したら楓はもう田畑に近づかないようになるかも知れない。

 楓のことを第一に考えるなら、そうするのが正しい選択だろう。


「明日、朝一番に島田先生に一応このことを相談してみる。先生なら田畑の身辺について何か知ってるかもしれないからね」

「その後に楓に話すんだね」

「うん。噂の内容が内容だけに迂闊に広めたり出来ないからね。橘さんが変に受け止めてまたややこしくならないよう気を付けないと」

「そうだね。楓のことだからきっと……」


 二人とも楓の思い込みのすごさを知っていたので、そちらの方も心配したのだった。



 翌日の朝一番、誠司は島田のもとを訪れていた。

 込み入った相談だと告げると、島田は誰もいない空いている教室に誠司を連れて行った。


「なんだ、聞きたいことって」

「五組の田畑のことです」

「田畑がどうした?」

「先生ならあいつのこと少しは知ってるかと思って」


 田畑の名を口にしたとき、島田が少し不愉快な表情をしたのに誠司は気付いた。


「ああ、少しな。クソみたいなやつさ」


 流石に生徒のことをクソ呼ばわりする教師はどうかと誠司は思った。


「ああ、すまん。本音が出た。俺も教師の前に人間なもんでな」


 島田は本音で話ができる唯一の教師だった。誠司は今回のことも島田なら解決策をくれるのではないかと期待していた。


「俺は生徒を一人の人間として教師と生徒っていう関係性の色眼鏡で見ないようにしている。もちろん好きか嫌いかってことじゃないぜ。分かるだろ」


 誠司は島田が言いたいことをなんとなく理解していた。


「大まかに言ったら善か悪かってこと。単純だろ」


 さっぱりとした島田の性格は誠司もよく知っていた。

 島田が人を見るときの大前提がそれであることは、誠司も何となく気付いてはいた。


「行動をよく見ていたら口で何を言ってようが、そいつがまっとうな心を持ってるかねじ曲がってるか大体わかるもんだ。お前みたいに馬鹿正直な奴は滅多にいないが大体のやつは善人だよ」


 島田は誠司を指さして指をクルクルと回して見せた。


「だが田畑は違うな」


 島田は珍しく嫌悪感をにじませた。


「あんまりあいつには関わって欲しくないがどうせお前のことだ、止めても無駄なんだろ」

「先生」

「お前の方から今何が起こってるのか、分かってる範囲で話してみろ。それからだ」


 誠司は中学の時に聞いた田畑の噂、昨日楓と親しげに話していたことやひかりの話を詳しく話した。

 島田はそうかと言って少し考え込んでいる。

 そして口を開いた。


「今から言うことは他言無用だ。もし俺が言ったと分かったら教師として相当マズいことになる。下手したらこれもんだ」


 島田は渋い顔で自分の首を指でスッと引いて見せた。


「だが橘を守るためだ。やむを得ん」


 島田はもう少し近くに寄れと言って誠司に小声で話し始めた。


「田畑はお前が中学の時に聞いた噂と同じようなことを高校でも一度やってるようなんだ」

「先生それって?」

「ああ、あいつと関係のあったらしい女子生徒の裸がネットに流れたんだ。そういった未成年を取り上げているいかがわしい有料サイトだよ」


 島田は口にするのも嫌そうに苦々しい顔をした。


「だが中学の時と同じだよ。証拠がないんだ。ネットにさらされた女生徒は写真は自分じゃないと証言したし、何か知ってそうなやつは田畑の報復を恐れてなにも言わないんだ」


 誠司は奥歯を噛みしめた。


「その生徒は今どうしてるんですか?」

「転校したよ」


 島田は悔しさを滲ませた。


「学校で調査ができるのはせいぜいその辺までだからな。あいつの計算どおりさ。サイトには他に顔が分からないようにして水着姿とかスカートの中とかそんなのも同じ投稿者から流れててな。あいつと付き合った女生徒たちだと思うが、迂闊に証拠もなしに女子生徒に注意喚起したら名誉を汚されたって騒ぎたてやがるだろうし。学校側はあいつに早く卒業してもらいたいって願ってるだけってのが現状なんだ」


 島田はふうと一息ついて椅子にもたれた。


「なあ高木。俺も十分気を付けておくが、近くにいるお前が橘の力になってやってくれ。田畑はおまえの実力を知ってるみたいだからお前が傍にいれば簡単には手出しできないはずだ」

「わかりました」


 誠司はそう言って席を立つ。


「それとな」


 島田は言い忘れたことがあったようだ。


「新のこと、気を付けてやれ。あいつひょっとしたら橘のことだから突っ走るかもしれん」

「はい。そうします。先生ありがとう」


 誠司は心強い味方を得た。


「また相談に来ます」

「おう。あんまり突っ走るなよ」


 教室から出て行った誠司の背中を見送って、島田は誰もいない教室で、誰に聞かせるでもなくこうつぶやいた。


「高木と田畑か……どういった形であれ、あいつはきっと決着をつけるんだろうな……」


 常に飄々としている島田にしては珍しく、その表情には不安の色が浮かんでいた。

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