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ひかりの恋それから  作者: ひなたひより
第一章 誠司とひかり
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第1話 それから

 空気の澄んだ涼し気な朝。

 快晴の青い空の下、登校する生徒たちの姿はいつの間にか夏服ではなくなっていた。

 緩やかな傾斜の並木道で、通学する生徒たちの頭上に枝を伸ばす桜の木の葉も、あの生命感あふれる濃い緑色ではなくなりつつある。

 一つの季節が終わりを告げて新しい季節を迎えようとしていた。

 そしてこの通学路を歩く大勢の生徒たちの中にも、特別な新しい一歩を踏み出そうとしている二人がいた。

 これはそんな二人のそれからの物語。



 秋晴れの澄んだ空と、紅葉し始めた桜の葉のコントラストが眩しい通学路は、今日も登校する生徒たちの話し声で賑わっていた。

 そんな中、一人の少女がやや寝不足気味の冴えない顔色で歩いている。

 少女の足取りは、その胸中にあるものを映すかのように重たかった。

 夕日の綺麗だった昨日の夕方、少女にとって高校生活始まってから一番の大失敗をしてしまい、そのことが頭から離れずあまり眠れない夜を過ごした。

 大切な友達に合わせる顔がないまま、橘楓(たちばなかえで)は通学する生徒たちに紛れて、憂鬱な表情で朝の並木道を歩いていた。


「はぁーーー」


 もう何度、今朝からため息をついたか分からない。

 暗い顔で下を向いて歩いていた楓の背中に、小走りに駆けてくる聞き覚えのある足音が聴こえてきた。

 その足音を振り返るより先に、楓の背中に涼やかな声が掛けられた。

 

「おはよう楓」

「ひかり!」

 

 何だかすっきりとした顔で現れた楓の親友、時任(ときとう)ひかりが当たり前の様に声を掛けて来たのに、楓は面食らってしまった。

 というのも楓の憂鬱の原因が、とにもかくにもこのキラキラした空気感を持つ美少女であり、今日一番顔を合わせ辛いその人だったからだ。

 さらにひかりは楓に向かって、周囲の目もはばからず深々と頭を下げた。


「昨日はごめんなさい。私本当にすごい反省してるの。許してください」


 いきなり猛烈に謝ってきたひかりに、楓は目を丸くするしかなかった。

 てっきり自分の口の軽さから、ひかりと誠司の間を滅茶苦茶にしてしまったのかと思っていたのだが……。

 何故かひかりはすこぶる機嫌が良かった。


 何があったの?


 昨日からのあまりのひかりの変わりように、楓の頭の中には大きなはてなマークが浮かんでいた。

 そして申し訳なさそうに謝るひかりの後ろから、楓が気になっていたもう一人の友達、高木誠司(たかぎせいじ)が追いついてきた。


「橘さん、おはよう」

「高木君!」


 見たところ、誠司もひかりと同様に、その顔はすっきりと晴れやかだ。

 そして誠司とひかりは楓の前でお互いに恥ずかしげな笑顔を見せあった。

 

 あれ? ひかりと高木君、なんだか見つめあってない?


 楓は昨日からの二人のあまりの変化に、ただただ唖然とするばかりだった。


「あれ、新君じゃないかな?」


 ひかりは、後方からそぞろ歩く生徒達に紛れて姿を見せた新勇磨(あらたゆうま)に気が付くと、大きく手を振った。

 何がどうなっているのかといった表情で勇磨は合流すると、上機嫌な二人の顔を交互に何度も見た。楓と同じく、朝の光に溶け込むようにキラキラしている二人の変化に、まるで理解が追いついていないようだ。


「おはよう勇磨。今日も元気そうだな」


 何だか見違えるように爽やかになった誠司に、ポンポンと調子よく肩を叩かれた勇磨は、無言で楓に視線を送り助けを求めた。

 楓は険しい表情のまま首を横に振って、何にも分からないと返す。

 まるで呑み込めていない二人に、誠司の方からアプローチしてきた。


「二人とも、ちょっといいかな」


 誘われるまま、並木道から外れて太い桜の木の裏側へと勇磨と楓はついて行った。

 一体どうしたのかと険しい顔で二人は誠司とひかりの様子を窺う。

 何となくそわそわしていた誠司は息を整えると、一度、隣にいるひかりと目を合わせてから、楓と勇磨に向かっておずおずと口を開いた。

 

「あの、なんか二人には色々心配かけてごめんね」


 そしてそのあとの言葉がなかなか出てこない。

 楓と勇磨は一体どうしたのかと二人で顔を見合わせる。


「えーと、その、おかげさまで、その、なんて言ったらいいか……」


 どう見ても緊張していそうな感じの誠司は、いったい何を言いたいのやらはっきりしない。

 楓と勇磨は口には出さないものの、だから何を言いたいんだと無言で圧力を誠司にかける。

 その圧力に誠司はあっさりと屈した。


「ごめん、時任さん代わって」


 ひかりは突然誠司に振られて明らかに動揺している。

 今度はひかりが何を言おうとしているのか、二人の視線が圧をかける。


「えっ! 私? えっと、困ったな……あの、楓と新君がいてくれたおかげでその……」


 もともと気の短い楓と勇磨は、相当イライラしながらひかりに早く言えと無言で迫る。その気迫にひかりは後ずさった。


「ダメ。やっぱり言えない」


 ひかりはもじもじして誠司と見つめあう。

 お互いに頬を紅く染めてはにかむ、そのキラキラした姿に楓は確信した。


「ひょっとして、二人はもう……」

「あの……まあ、というか、大体そんな感じです……」


 誠司が報告するとひかりは隣で真っ赤になった。


「なんだよ! あのボロ雑巾状態からいきなりか!」


 勇磨は信じられないという顔をした。


「もう、私めちゃくちゃ責任感じてたのに損した! なんか奢ってよね」


 文句を言いつつも楓もやっとほっとしたようだった。


「あの、色々とご迷惑おかけしました……」


 誠司とひかりは二人に深々と頭を下げた。


「もう、ひかりったらあんなに心配させて。後で昨日の高木君とのラブシーン詳しく教えてよね」


 楓の追及に、ひかりの顔はもうこれ以上赤くなれない程赤くなる。


「それは無理。絶対言わない」

「じゃあ高木君に聞くからいいよ」


 誠司もひかりと同じように真っ赤になっている。


「俺もそれだけは言えないよ。勘弁してよ橘さん」

「駄目! 教えてくれないと私の気が収まらないの。あんたもでしょ、新」

「俺を巻き込むのはやめろ!」


 久しぶりに四人の笑い声が戻る。

 もうすぐ学園祭。胸が躍る季節の始まりであった。



「あの、先生」


 休み時間の美術室。窓の外を眺めてタバコを吸っていた島田に誠司は声をかけた。

 反射的に島田は慌てて火を消して振り返った。


「なんだ、高木か、びっくりさせるなよ」


 一瞬飛び上がった島田だったが、あまり気を遣わなくていい相手だと分って胸を撫で下ろした。


「ちっ、いま火ぃつけたばっかりだったのに勿体ない」

「職員室で聞いたらここだって」


 そう言いながら部屋に入ってきた誠司のあとに続いてひかりの姿があった。


「なんだ、お前ら一緒だったのか」


 はにかむような笑顔で教室に入ってきた二人に、島田の表情は明るくなった。

 昨日までとは大違いで誠司もひかりも一皮むけたようなすっきりとした顔をしていた。


「先生、いろいろ心配かけてすみませんでした」


 まず誠司が深々と頭を下げ、ひかりもそれに続く。


「私も先生に色々気を使わせていたみたいでごめんなさい」

「謝るなよ、俺はなんもしてないよ」


 島田は目を細めて口元をほころばせた。


「うまくいったみたいだし。良かったな」


 誠司とひかりはお互いの顔を見て微笑んだ。そしてもう一度頭を下げる。


「先生、本当にありがとうございました」


 島田は満足げにうんうんと頷く。


「やっと肩の荷が下りたよ。ほんとお前らみたいなめんどくさい奴らはほかにいねーよ。あ、そうだ。橘と新にも礼言っとけよ」


 そして教室に戻れと手を振る島田だったが、二人はまだ用が有るのか動こうとしない。


「なんだ? まだ何か用事か?」


 誠司とひかりはお互いに顔を見合わせてそわそわし始めた。

 何だか言い出しにくそうにしている二人にしびれを切らして、島田の方から訊いてやる。


「なんだ、言ってみろ」

「あのさ、先生」

「ん?」

「美術室の鍵、また貸しといて欲しいんだけど」


 やっと切りだせた誠司の横で、ひかりは可愛く胸の前で手を握っている。


「お、お前ら公開不純行為宣言とはいい度胸だな」

「そんなんじゃないから。ただまたここでご飯食べれたらなーって」


 島田の言葉に誠司は頬を紅く染めながら不純では無いと否定するが、ひかりはなんだか真っ赤になっていた。

 

「ま、まあ、またお前らに神聖な俺のベンチを荒らされたくないしな」


 島田は昨日からそのままになってある誠司の描いたひかりの絵に、ちらと目をやる。


「じゃあこうしよう」


 島田はキャンバスを指さした。


「あの絵、今度のコンクールに出せ」

「いや、あの絵は時任さんに見せたくて描いたやつだから」


 島田の提案に誠司は困った顔をした。


「じゃあ時任、お前のもんだったらお前に了解を取ればいいんだよな」

「私の? そんな、高木君が描いてくれた大切な絵だし、私決められないです」

「じゃあ交渉決裂だ」


 あっさりそう言われて二人は肩を落とした。


「馬鹿、冗談だよ。ほら持ってけ」


 島田は誠司に鍵を投げてよこした。


「あんまり褒めたくないが、あの絵は俺が見たこともない特別な絵だ。できるだけ多くの人に見てもらいたいって欲が出ちまってな」


 島田は腕を組んで誠司の描いた絵に目を向けた。そしてため息を一つつく。


「ま、忘れてくれ」


 島田は残念そうに言って、胸ポケットの煙草に手を伸ばした。


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