第九話「もうこれ以上僕のシナリオを滅茶苦茶にしないでくれませんか!」
「おや、覚えておられない? これは悲しいですねえ。私は宮廷魔導士団特別執行部隊隊長、ガームルと申します。あなたに魔術を施す際、サインをお願いした者、といえばお分かりですか? お分かりですよね。」
男はことさら大仰に名乗って見せた。ほんとに誰なんでしょう。こんなキャラ予定にありません。というか、特別執行なんとかっていうのも知りませんよ……?
「ああ、アンタか。覚えてるよ。それで、何の用だ。」
テルヤはことさら警戒心を強めて聞く。
その様子を見てか、ガームルは過度に悲しんだような演技をしながら、言う。
「ああ、なんということでしょう。そんなに怪しまれるなんて! このガームル、悲しみに胸が張り裂けそうですッ!」
「御託はいいから要件を話せ。」
「手っ取り早く強くなる方法があります。聞きたいですか? 聞きたいですよね。」
テルヤは警戒しながらも、続きを促す。
ガームルはまた大仰に手を振り上げ、或いは胸に手を当て、続ける。
「私の知り合いに腕のいい武器職人がいます。そして、私は白魔術“エンチャント”が使えます。つまりッ! 使用者の戦闘を補助する武器を作ることは容易ッ! むしろ、それ無くしてレディブルには勝ち得ないのですッ! 欲しいですか? 欲しいですよね!」
「怪しすぎる。特にアンタという存在が。」
その言葉に、ガームルはまた大きく落胆した様子を見せる。
だが、テルヤの肩を、サルビアがポンと叩く。
「大丈夫です。その方は存在以外は信用のおける方です。わたくしが保証します。」
彼女の言葉で、テルヤも警戒心を解いたのか、ガームルに近づき、
「分かった。だが、チャチなもん寄こしてみろ。訴えるからな。」
「その点は保証します。その申し訳程度に腰につけたダガーよりはよっぽど役に立つでしょう! その武器職人は——。」
まずい、このまま話が進むといよいよ収集がつかなくなる! 僕のシナリオがおかしくなる! それだけは避けなければ。
そ、そうです。その武器職人はガルムスにいたので、襲撃によって死んでしまったんです。だから、彼の協力を仰ぐことは不可能! 話は振り出しに戻った! やはり主人公はその身一つでレディブルに立ち向かうしかないのです!よし、これで——
「その武器職人は、ヴェスタ村にいます。アヴァスタという者なのですが——。」
「ああ、あのオッサンか。知ってるぜ。」
いやいやいやいや、そんなわけ、ないじゃないですか!
あの人は村長でしょ!「知ってるぜ」じゃないですよ、なんでそんなニヒルに返せるんですか? おかしいんじゃないですかこの主人公!
「アヴァスタには私から伝えておきます。準備が整い次第、声をおかけします。よろしいですか? よろしいですね。」
ああ! 話が進んでる! やめてください。もうこれ以上僕のシナリオを滅茶苦茶にしないでくれませんか!
クソ、クソ。どうなってるんですか、なぜ僕の能力が発動しなかった?
おかしい、やはり制約が関係している? それとも主人公の能力のせいか? いや、それはどうでもいい、とにかく今はこの現状をどうにかしなくちゃならない。
そう、例えば、そうだ。エンチャントには稀少な触媒が必要。例えば、そう。龍の鱗が必要なんです。そうしましょう。《だから、武器ができるまでにレディブルが王都へ攻めてきてしまう。》
だから、嫌でもレディブルとその身一つでやりあわなければならないんだ!
「待て。」
テルヤがガームルを引き留める。
「間に合わないかもしれない。俺の能力は知ってるな。神の声が聞こえた。レディブルが王都へ来る。《なんとかならないか?》」
「お任せください。レディブルの元へ攻め込むならともかく、王都には攻め込ませません。宮廷魔導士団の名に懸けて!」
そうして、ガームルはひたすらオーバーに——、ああもう、嫌な予感がする。頼むから僕のシナリオ通りに行ってくれ……。このままじゃ読者が離れていってしまう。
暗雲が立ち込める。比喩ではない、王都を祝福する太陽は、吐き気すら覚える暗い雲によって隠された。
風が肌を撫でる。だが、その風が告げるのは朝ではなく、死だ。
遠くから、けたたましい足音が近づいてくる。襲撃だ。
だが、抜かりはない。
足音が、近づく。次第に、耳障りな魔族の声が聞こえてくる。
だが、抜かりはない。
足音が、大地を揺るがす。魔族の醜い姿がありありとわかる。
だが、抜かりはない。
魔族軍がいよいよ外壁へと到達する。
だが、抜かりはない。
「詠唱、始め!」
号令とともに、宮廷魔導士団が詠唱を始める。
「女神よ、女神。黒は暗黒。その足は深淵へと沈み、その視界は暗転する。」
「女神よ、女神。黒は傷跡。不可視の刃は命を刈る鎌、不可視の刃は心を砕く槌。」
刹那、魔族たちは深い混沌へと誘われる。
黒魔術“エターナル・ロンリネス”、黒魔術“インヴィジブル・ハンター”が発動したのだ。
魔族の足は鉛よりも重く、視界は失われる。
永遠にも思える孤独の中、魔族は防ぐことすら能わぬ激痛に襲われ、そして、死んでいく。
街の中、いくつもの大通りへとつながる大広場の中心に、テルヤたちはいた。
「すこし怖くなってきました。」
「大丈夫、です。わたしがいれば、負けない。負けないです。」
「ああ、準備は万端だ。全力を尽くせば必ず勝てる。」
そうして奮い立たせ合う三人の元に、まっすぐ突き進む影があった。
それは黒魔術による罠を跳ね除け、進路の兵士を吹き飛ばし、大広場に到達する。
下半身は大蜘蛛、上半身は人型ながら、頭はヤギのような見た目をしているそれは、口から短く糸を地面に吐くと、
「我は魔王軍四天王が一人、獣王レディブル。貴国を戴きに参った。邪魔をするものは始末する。大人しく道を開ければ王の首だけで許してやろう。さあ、どうする。」
街全体を揺るがすほどの大声で口上を述べた。
だが、テルヤは意地悪く口角を上げると、ただ一言、言った。
「やだね。」