第八話「なんかこう、一気に強くなる手段とかねえかな。」
「おい、ガルムスが襲われたぞ。」
見たことのある光景だ。甲冑男たちが頭を垂れ、豪華な衣装を着た壮年男性たちが髭を撫でている。一つ違う点をあげるなら、その空気は沈みきり、ともすれば葬式のようであった、というところだ。
「報告、ご苦労であった。」
苦々しい顔で告げたテルヤに、また苦々しい顔で返す王。
「して、そのレディブルとやらについて何か知っていることはないか。どのようなことでもいい。」
「八本足で糸を吐く、おそらくは蜘蛛の類だろう。それ以上のことは分からねえ。だが、勇者としては見過ごせねえ。曲がりなりにもこの世界を救うと約束した身だ。何とかする。」
「そう、か。しかし、そなただけに押し付けるのも気が引ける。できるだけの援助をしよう。」
その王の申し出に、テルヤは重苦しく頷くだけであった。
玉座の広間ほどではないにしても、豪華な調度品が置かれ、清潔にされた室内に、テルヤたち三人はいた。
しばしの休息として、テルヤとルートには部屋が与えられ、今は三人でルートの部屋に集まっている。
日が傾き始めていく。今日は沈んだ顔で馬車に揺られ、そして報告をしただけだった。それだというのに、三人の顔は確かに疲れ切っていた。
「テルヤ様、ひどい顔です。大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけないだろ……。俺はこの世界をナメてた。正直、ゲーム気分だった。目が覚めたよ。俺がこの世界を救う。あんな……あんな思いはもうゴメンだ。今思い出しても吐き気がする。むせかえるような血の匂い、兵士の悲しみ、破壊された街並み、その全てが脳裏にこびりついて離れない。これは現実だ。ゲームじゃない。」
がたり。勢いよく椅子から立ち上がると、テルヤは部屋を後にする。
「なんていうか、滅茶苦茶な性格のテルヤ様らしくなかったですね。」
「気持ちはわかる、です。わたしも——」
ヴェルヘン城のとある一角。
いくつもの資材が置かれた、薄暗く狭い倉庫にテルヤはいた。
彼は高く積み上げられた麻袋を蹴飛ばしながら、叫ぶ。
「クソ、クソ。どうすればいいんだ。俺は勇者だ。使命を背負っている。その自覚はようやく芽生えた。だが、力が足りねえ。俺の能力はアテにならねえ。だが、俺に戦闘能力はねえ。クソ。どうすればいいってんだ。」
……やはり、お遊び感覚の主人公の目は覚めたようですね!僕の見立ては正しかった!こういう自分勝手な主人公は、だいたいハードな展開で目を覚ますんです!
さて、次はどうしようかな。《レディブルの居場所を突き止め、砦に乗り込む一行。ルートの炎の魔術は、レディブルに効果てきめん! だが、一瞬の詠唱の隙をつかれ、ルートが殺される。》そして、それに絶望し、激怒した主人公は己の能力を……、あれ?主人公はどこです?さっきまでそこに……。
バン、と勢いよく扉が開く。
ズカズカと足音を鳴らして、テルヤがサルビアとルートのもとに近寄る。
「レディブルの居場所が分かった。もっと言えば、レディブルの弱点もわかった。」
「それは本当ですか?」
唐突なテルヤの言葉に、一瞬驚きを見せるも、すぐに気を取り直して、
「いえ、きっと本当なのでしょう。未来が見えたのですね?」
まっすぐな瞳でテルヤを見つめる。
「ああ。だが、今のままではダメだ。今のままだとルートが死ぬ。今の俺たちにはルートを援護してやるだけの力がいる。有体に言えば、前衛がいる。」
そのテルヤの言葉に、サルビアは安堵したように返して、
「なら、お父様に頼んで軍を——。」
「無駄だ。」
彼女の言葉を、テルヤが強く否定する。
「レディブルがいるのは砦だ。なら、レディブルだけがそこにいるってことは考えにくい。そもそも、兵士をたくさん連れてけばいいなんてのは未来の俺でも気づくはずだ。確証はないが、おそらく未来の俺も軍を連れて行ったはずだ。だが、道中たくさんの魔族に襲われ、レディブルの元にたどり着いたのは俺たちだけだったんじゃないか。つまりこの未来を打破するには——。」
そのテルヤの言葉に、サルビアはハッとしたように続ける。
「兵士ではない、あの村人たちが——。」
「俺が強くなるしかない。ん? 今何か言ったか?」
「い、いえ。何でもないです。忘れてください。」
両手で顔を隠しながら、恥ずかしそうに言うサルビアを尻目に、テルヤが続ける。
「俺が強くなって、前衛を務められればいい。そうすれば、ルートが魔法を打つまでの時間稼ぎになる。はずだ。」
……このまま主人公に強くなられると、困りますね。僕の予定ではこの後ルートの死によって主人公の能力が覚醒するきっかけが生まれるんじゃないかと期待していたのですが。
うーむ、よし、じゃあレディブルは炎に強かったことにしましょう。うん。炎魔法はレディブルの吐く糸が盾となって、無効化されるのです。これならルートを助けるのは無理なはずだ。
どうせルートはどこからか突然生まれたキャラなんだ。死んだって誰も文句は言わないでしょう。
「だが、どうやって強くなればいい?俺にそういう才能はない。赤魔法に関してもセンスがなかった。やはり剣術や槍か。クソ、なんかこう、《一気に強くなれる手段とかねえかな。》」
その時、部屋の扉がノックされる。そして、扉がゆっくりと開くと、フードを目深にかぶった男が現れた。
「魔族を討伐しに行くそうですね。手助けは必要ですか。必要ですね。その顔つきだと。」
「あんた、誰だ?」
こいつ、誰だ。