第六話「思ってたのと違う!」
展開は決まってたとはいえ、思ったより早く書けてしまいました。
パチパチ、と暖炉が鳴いている。ゆらゆらと揺れる火は、ここまで歩いてきた旅人をやさしく包むように、それはそれは暖かく、微笑んでいる。
「申し遅れました。私はヴェスタ村の村長で、アヴァスタと申します。どうぞ、ゆっくりしていってください。」
にこりと目を細めながら、丁寧にアヴァスタと名乗る男はお辞儀をする。それから、彼はキッチンへ向かうと、小鍋から木製コップに白い液体を注ぎ、こちらに差し出してくる。
液体はミルクのようにも見えるが、すこしだけとろみがあり、すっぱい香りがした。飲んでみると、やさしいながらもはっきりとした甘みと、わずかな酸味が口に広がる。ヨーグルトに似た飲み物かと思うと、今度はふわりと麦のような香ばしい香りが鼻に抜ける。
テルヤは不思議そうな顔をしながら、アヴァスタに問う。
「これ、なんていう飲み物なんだ?めちゃくちゃうまいな。」
それに同意するように、二人が続ける。
「ええ、わたくしも初めて飲んだ味です。」
「わたしも、はじめて。です。おいしい、おいしいです。」
賞賛を受けて、アヴァスタはホクホクとした顔をしながら自分の頭を撫でて、言う。
「それは良かった。その飲み物はヨーグレー、この村の特産品です。乾燥させたヴェル麦とミルクを樽に入れ、冷暗所で発酵させたものです。発酵によって生まれた酒の素によって長い間保存ができるので、私たちの村の大事な収入源となっています。」
それを聞くと、テルヤはそれまで勢いよく飲んでいた口をピタリと止め、訊ねる。
「え、これ酒なのか? 俺、酒は飲めないぞ。」
「心配はいりません。飲む際は煮沸して、酒の素を消してからお出ししておりますので。酒の素を飛ばさずに冷やしたものはヨーグレー酒といって、こちらもなかなかの人気ですが……。見たところ、皆さんお酒を飲める年齢ではなさそうですので。」
ほっほっほ、と好々爺然とした笑い声をあげながら、アヴァスタは言う。
彼の言葉を聞き安心したのか、またヨーグレーを飲む手を進めるテルヤ。
しばらくゆっくりとした時間に飲まれ、心が堕落していく。しかし、そんな一行に冷や水が浴びせられるように、けたたましい鐘の音が鳴る。
それから、先ほどまでのゆっくりとした時間はどこへやら。村人がせわしなく行きかい、お互いが口々になにやら指示を出し合っている。
「旅人の皆さん、ここは危険です。早く——」
「魔族だろ、そのために来たんだ。ルート、いけるか。」
アヴァスタの言葉を遮り、テルヤはルートに問う。
彼女は口角を怪しく吊り上げて、言った。
「言ったはず、です。ルートにおまかせ。です。」
その背中は、先ほどより二回りも大きく見えた。
先ほどの騒がしさは鳴りを潜め、外は閑散としていた。否、よく見れば村の入り口には武装した男が数十人、すこしおびえた顔をしながら立っていた。
「旅人の方! ここは危険です、どうぞ中にいてください!」
明らかに顔面蒼白、といった雰囲気の男が声をかける。
ルートはそれを手で制すると、いままでの眠そうな雰囲気は一転、引き締まった表情で言った。
「わたしは見ての通り魔法使い、です。ともに戦いましょう、です。わたしの援護をおねがい。です。」
男が頷くと、他の男たちへ素早く指示を飛ばす。
肌を刺すような緊張が、永遠にも思える時間過ぎた。
男が叫ぶ。
「突撃―ッ!」
半瞬、男たちが駆け出す。それからすぐ、鈍い切断音が響く。
ワーウルフ。人型のオオカミが、三匹。そのうち一匹の爪が今、一人の腹を裂いていた。
間髪入れず、翻り、その凶爪はすぐ横の一人を貫く。
「女神よ、女神。白は癒し。勇気あるものに安息を。」
サルビアの治癒魔法が二人にかけられ、彼らのうめき声はやがて小さな息遣いへと変わる。
ワーウルフは魔法の気配に導かれ、地を蹴る。目標は、サルビア。その凶爪が刹那、サルビアの首筋にかからんとして、ぶれる。
ワーウルフは彼女の肩にもたれかかるように息絶える。背中には、深々と剣が突き刺さっていた。
「間に合ってよかった!」
先ほど男たちに指示していた男が笑顔で言う。見れば、男の手に剣はない。おそらくワーウルフを狙って投げつけたのだろう。しかし、剣を手放した彼をワーウルフが見逃すはずもない。その猛り立った鋭牙が左右から彼の命を刈り取らんと迫る。
「女神よ、女神。赤は炎。熱球は脅威となりて、敵を穿つ。」
ルートがその指を男の頭に向ける。赤魔術“ファイヤーボール”が、男の頭に向けて飛んでいく。炎球が男の頭を貫こうとしたその時——。
「《ディバイド》!」
彼女が指した指を左右に振る。すると、ファイヤーボールは男を避けるように二手に分かれ、ワーウルフたちをまとめて炎上させる。
ワーウルフたちは半狂乱になりながら、のたうち回り、やがて動かなくなる。
しばしの静寂。そして、歓声。勝鬨は大地を揺るがすほど大きく、響いた。
「助かったよ、魔法使いのお嬢ちゃん!」
男が屈託のない笑顔で親指を立てる。
「あたりまえ、です。わたしはデキる女、です。」
ニヒルな笑みを浮かべ、ルートが同じように親指を立てる。
その場には戦のあと特有ともいえる、どこか清々しい雰囲気が流れ——。
その雰囲気をテルヤがぶち壊した。
「思ってたのと違う!」
うん、僕も思ってたのと違う。なんか村人強いし、ルートとかいうキャラも強いし。元のシナリオに戻れるか不安になってきました……。
おっと、とにかくこの展開を描写しなければなりませんね。すでに彼らは僕のシナリオから離れつつありますし、僕にできることは見守ることくらいしか…… ゴホン。
困惑したように胸に手を置きながら、サルビアが言う。
「どうしたのですか? わたくしたちは確かに勝利したのですよ。」
「ああそうだな! 俺は何もしてないけどな!」
テルヤは頭を掻きむしりながらその場にしゃがみ込む。
「俺は一応勇者なんだぞ。それがなんだって村人より何もできてないんだ? こういうのって勇者がすごい活躍をして村人から尊敬されるってのが普通じゃないのか!」
「テルヤ様。」
いつになく真面目な顔で、サルビアはテルヤの肩をつかむ。
「あなたが未来を見たからこそ、こうして村人が一人も欠けることなく、この難局を乗り切ることができたのです。それに、無策に助けに行こうとした私を諫め、ルートさんを連れてきたのもあなたです。この戦いの一番の功労者は、あなたです。」
聖母のように微笑みかけるサルビアに、テルヤはうっすらと涙を浮かべ——。
「いや、勇者は慰める側だろ! やっぱり思ってたのと違う!」
やっぱり、雰囲気をぶち壊した。