第四十四話「よく考えて頂戴ね?」
テルヤたちの前に、料理が運ばれてくる。
焼き魚だろうか、ほんのりと香るバターの香りが食欲を引き立てる——ことはなかった。
「あら、あまり食欲が湧かない? それとも、毒でも入っていると疑っているのかしら。」
笑いながら、グラスを傾けるシャルテ。
「食べたくないなら仕方ないわね。本題はそこじゃないし。」
「本題?」
テルヤが眉を顰める。
「ええ。まさか、ただ食事を振舞うためだけに勇者を呼ぶわけがないでしょう?」
「……。」
「そう睨まないで頂戴。そうね、アナタには四天王、“霊君メリナ”を殺してほしいの。アナタの本業だってそうなんでしょう?」
「……そのメリナとやらはお前の仲間じゃないのかよ。」
シャルテはその言葉を鼻で笑う。
「立場上だけよ? でも、あの子は目障りなのよね。四天王に女は二人もいらないわ。魔王様の寵愛を受けるのは私だけでいい。」
「下衆が……。」
呟くテルヤにシャルテは取り合わず、グラスの葡萄酒を口に流し込む。
「そうねえ、引き受けてくれるなら四天王について話してあげてもいいわ。どうせ、今のアナタじゃ私は殺せないし。」
グラスを指で弾き、テルヤに背筋が凍るような笑みを向ける。
じっとりと汗で湿っていく背中を感じながら、テルヤは精一杯の虚勢を張る。
「いいのか? 俺はこう見えても四天王を一人殺してるんだぜ?」
一瞬、何を言ってるのか分からないというような目を向けるシャルテ。
「アナタ、何を言っているのかしら。レディブルなら——」
言いながら、何かを思い出したように笑いだす。
「ああ、そうだった、そうだったわね。フフフッ、そういうことになっていたわね!」
口を上品に隠しながら、シャルテは笑い続ける。
「何がおかしい。」
「いいえ? 勇者に下手な自信を抱かせるなんて、ドラドスも随分と性格が悪いと思っただけよ。」
意味の分からないことを言いながら、シャルテは空になったグラスを指で軽くたたく。
ジャルソンがその合図とともに、葡萄酒をグラスに注ぐ。
それから、シャルテがジャルソンに何か耳打ちをすると、彼はダイニングホールから出て行った。
少しして、ジャルソンが布にくるまれたナイフを持って戻ってくる。
彼はそれをテルヤの前に置くと、軽く一礼をし、シャルテの少し後ろに戻っていった。
「それは純銀の刃を持ったナイフよ。吸血鬼や吸血鬼の眷属を殺せる。一刺しで、ね。」
言いながら、シャルテが口の端を吊り上げる。
「殺してみる? 私はここから動かないから。」
挑発するように、葡萄酒をゆっくりと飲みながら視線を向けるシャルテ。
テルヤは、動かない。否、動けない。
「テルヤ様? どうしました?」
サルビアがその異変に気付く。
「分からねえ。体が、動かねえんだよ。」
見れば、テルヤの体は小さく震えている。
「フフフッ、どうしたのかしら?」
「何をしたんだ……!」
睨むテルヤだが、その目は恐怖に染まっている。
「可愛いわね。勇者というからどれだけ修羅場をくぐってきた猛者が来るのかと期待していたのだけれど。アナタ、心は全然子供のままね。ちょっと怖がらせただけで子ウサギみたいに震えているわよ?」
シャルテは愛おしそうに、グラスを回しながらテルヤを見つめる。
「もう一度言うわ。メリナを殺して頂戴。私が殺したら反逆とみなされて魔王様から嫌われてしまうの。」
「ああ。メリナは殺すさ。お前も、他の四天王も、魔王もな。」
ゴクリと喉を鳴らし、テルヤは震える手で銀のナイフに手を伸ばす。
シャルテはどこまでも失望したように、グラスを置くと、溜息を吐く。
「私って可愛くて素直な子は好きだけれど、馬鹿な子は大っ嫌いなのよね。」
言って、目を細める。
刹那、ルートがビクっと震える。
そのまま弾かれるように立ち上がると、腹を抑えながら床に転がる。
「ぁっ……、がはっ……。」
苦しそうにうめくルートに、サルビアが近寄る。
「だ、大丈夫ですか、ルートさん! い、今治癒魔法を……。女神よ、女神——」
「おい、ルートに何をした!」
叫ぶテルヤに、シャルテは悠然と答える。
「ただ痛みを錯覚させただけよ? 彼女には傷一つつけていないわ。ああ、でも心には傷がついちゃったかもね。もしそうなら、ごめんなさい?」
フフフッ、と笑みを漏らしながら、シャルテが続ける。
「どう? 言うことを聞く気になったかしら。この状況であなたに拒否権があるかどうか、よく考えて頂戴ね?」
「……クソ、神様よ、俺はどうすればいい。」
……。
《すみません、この場所は彼女の支配下にある場所のようで、僕には干渉できません……。》
本来なら、彼女のこの幻覚世界にも干渉できました。だって彼女が僕の支配下にあったのですから。
でも、今はもう違う。彼女の幻覚世界では彼女が絶対正義。僕にはどうすることもできない。
アルシオンに用意したヘルベイトをこの幻覚世界に送り込むこともできないし、仮に送り込んだとしてこの状況を打破できません……。
「……分かったよ。好きにしろ。」
テルヤはその手を穴が開きそうなほど握りしめながら、彼女の申し出を飲んだ。




