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第四話「お前って意外とデリカシーないんだな。」

 宴もたけなわ。閑散とし始める大ホールの裏手で、星空を眺めている二人組がいた。

「いやー、案外この世界の食い物もうまかったな。」

 そのうちの一人——、テルヤは木の枝で歯の隙間をつつきながら言う。

 もう一人——、サルビアはその品行の悪さに苦笑しながらも、返す。

「お気に召したなら良かったです。ところで、いかがでしょうか?」

 サルビアは自分が身にまとっている衣装を披露するように、くるりと回った。

「ああ、いいんじゃないか。動きやすそうだ。」

 テルヤはどこか投げやりに答える。

「そこはせめて似合っていると言ってほしかったです。」

 サルビアはレザーの胸当てを撫でながら、眉をひそめて言った。

 今彼女が身にまとっているのは紺碧のドレスではなく、綿のシャツにレザーの胸当て、レザーのロングパンツとブーツだ。先ほどの華美な印象とは異なり、その様相は質素ながらもまっすぐな印象を人々に与えるだろう。

「あー、じゃあ似合ってるよ。出発は明日だから今日はゆっくり休んでくれ。」

 テルヤが頭を掻きながら背を向けて歩き出す。

 サルビアはその背中を追いながら、

「優しい人なのは伝わってきますが、不器用な方……。」

 と、呟いた。


 まだ少し肌寒い。風は、まだベッドから出て数刻立ったかというサルビアの肌を撫でながら、どこかへ朝を告げに行く。

 太陽は負けじとその光で街を照らし、活気を与える。

 ヴェルヘニア城前、大通りはまだ日が昇ったばかりだというのに、無数の馬車が行きかっている。うち、幾人かはその足を止め、サルビアに恭しく挨拶をしていった。

 この国は平和だ。姫が一人で門前に立っていても、襲われる心配もない。それほど平和な世界だ。平和な世界だったのだ。

 だが、どこかでは今も魔族が人を襲っている。その事実は一時も頭から離れない。そうして、サルビアは自らの門出に、決意という花を添え——。


 太陽が真上まで来た。街はすっかり太陽がもたらした活気で溢れている。約束の時間はとうに過ぎた。テルヤはまだ来ない。

 いい加減、物珍しさに挨拶に来るものもいなくなった。だが、テルヤはまだ来ない。

 少しずつ影が伸び始めたかという所で、サルビアの背中に声がかかる。

「悪い、遅くなった。」

「『遅くなった』で済まされるレベルじゃないですよ! 出発は朝の約束でしたよね? もう昼過ぎじゃありませんか!」

「俺の世界では、この時間に起きるのが一般的なんだよ。習慣なんだ、反省はしてるけどさ。」

 サルビアはそのどこか傲岸不遜な物言いに頬を膨らましながらも、いとおしそうに言った。

「次からは気を付けてくださいね。では、出発しましょう。」

「おう、行こうぜ、世界を救いに!」

 テルヤはその右手で天を指差しながら……、ちょっとちょっと、遅刻してるくせに決め台詞言うってどういう神経してるんですか、この主人公。もっとマトモな主人公こそ僕の物語に相応しいというのに……。ああ、頭が痛くなってきました。


 限りないほど続く緑、その終わりを示すように山々がその稜線を広げている。その緑を切り裂くように、土の道が無数に伸びていて、テルヤはそのうちの一つを歩いていた。

「なあ、サルビア。お前はこの世界に詳しいのか?」

「はい、人並みには。庶民的なことはあまり分かりませんが、常識などは分かります。」

「箱入り娘ってわけでもないんだな。じゃあさ、魔法について詳しく聞きたい。治癒魔法以外にどんな魔法がある? 習得方法は? 代償は? MPとかそういうやつ。」

 思いつく限りの質問を、堰を切ったようにまくしたてるテルヤに応えて、サルビアが言う。

「この世界に存在する魔術は、大きく分けると赤魔術、黒魔術、白魔術の三つだけです。赤魔術は火や水など、この世界に存在する物質を自由に操ったり生成したりする魔法。黒魔術は生物に悪影響を及ぼす魔法。白魔術は生物に好影響を及ぼす魔法です。」

 そこまで言ったのち、サルビアは背負っていた鞄から一冊の本を取り出し、テルヤに手渡した。

「魔法や魔術は、基本的には代償を支払えさえすれば誰でも使えます。ああ、魔法は詠唱だけで発動できますが、魔術は儀式が必要になる、という違いがありますよ。それで、代償は生命力、といっても命が危なくなるというよりは、使いすぎるとすごく疲れるとか、その程度です。実践したほうが分かりやすいかもしれませんね。この“ファイヤーボール”の詠唱をしてみてください。」

 促されるままに、テルヤが本を見ながら詠唱を始める。

「女神よ、女神。赤は炎、熱球は脅威となりて、敵を穿つ。」

 すると、テルヤの目の前に指先程の炎が現れる。

「おお、すげえ、マジでできた。」

「次は、そのファイヤーボールを打ちたい方向を指で示してください。」

「こうか?」

 テルヤが道端にあった岩を指差すと、炎球はゆっくりと岩に近づき、線香花火のように散った。

 テルヤはそれを横目に、恐る恐る、といった感じでサルビアに聞く。

「なあ。これ、攻撃魔法って書いてあるけど。」

「ま、まあ勇者様ですから。」

 気まずそうに眼を逸らすサルビアに、テルヤが詰め寄る。

「勇者が何か関係してんのか? 勇者は魔法が使えないのか? もしそうならなんで先に言わないんだよ、ちょっと期待しただろ。」

「いえその……。」

 何から言えばいいか、と口ごもりながらも、やがて意を決して、言った。

「テルヤ様が召喚される際、特別な能力を与えられていることは覚えていますよね?」

「ああ。それが関係してんのか?」

「はい。本来それはこの世界の人間が持っている生まれ持った才能を補うためのものです。」

「なるほど、つまり?」

「私は治癒魔法の才能を持って生まれました。ゴールゼンさんは片手剣の才能です。お父様は生命力が高く生まれました。」

「つまり、俺にはそういった才能がある可能性がないと。」

「ええ、ご自分で認識できていない時点で可能性はありません。」

 テルヤが頭をポリポリと搔きながら、残念そうに言った。

「まあ、俺の能力の代償ってんなら納得もできるよ。教えてくれてありがとうな。」

「あ、いえ、テルヤ様の魔法の威力に関しては、単純にセンスがないだけかと。」

 テルヤは誰の目にも明らかなほど、うなだれた。

「お前って意外とデリカシーないんだな。」

 サルビアはハッとして、それから、アワアワと、

「いえ、その、もしかしたら白魔術や黒魔術が得意かもしれないですし、それがダメでも剣や槍がありますよ、大丈夫です!」

 と、取り繕った。

 そのフォローの効果のほどは、言うまでもない。


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