第三十三話「すき、で、すよ?」
やがて、太陽が頂点へと達したころ。
一台の馬車がガラガラと音を立て屋敷の前に泊まった。
サルビアとルートは少し驚いたような顔をしてから、口を開く。
「あの馬車、見たことある、です。」
「ええ、テルヤ様が森でグリーン・カンパニーの方から情報を引き出した日、街に来ていた馬車です。」
その言葉に、テルヤがニヤリと笑う。
「なるほど、ならもう確定でいいだろう。明日もう一度本部を訪ねるぞ。今日は解散だ。」
その日の午後、サルビアとルートはテルヤと別れてホテルに向かう道を歩いていた。
ルートはふと思い出したように言う。
「そういえば、メリーズで買ったアレは、どうした、です? まだ渡してない、です?」
「ええ、なんだかタイミングが分からなくって。」
「そんなもの、パッと渡せばいい、です。変に気を張ってる方が不自然、不自然です。」
「そう、ですね。今夜渡します。」
その言葉に、うんうんとルートが頷いた。
窓の外からは月明かりが差し込み、街が眠りに就こうとしている。
ホテルの一室。テルヤが自分の部屋でくつろいでいると、ドアがコンコンと小気味よくノックされた。
「ん? 誰だ?」
「わたくしです。」
「サルビアか。今開ける。」
テルヤはゆっくりとドアに向かい、鍵を開ける。
「どうした、こんな時間に。」
「いえ、その……。」
扉を開けると、そこにはもじもじと、手を後ろ手に組んで立っているサルビア。
その頬はどこか赤らんでいる。
「なんだ?」
「いえ、わたくしたちは一応婚約者なわけです……よね?」
その言葉に、テルヤも気恥ずかしそうに目を逸らす。
「ああ、まあな……。お前みたいなかわいい子が婚約者なんて、もったいないくらいだよ。」
「かわっ……! い、いえ、その、それで、婚約者らしいことって、わたくしたち何もしていないではありませんか。」
明らかに動揺し、しどろもどろに言葉を紡ぐサルビア。
テルヤは言う。
「いいんだぞ、無理しなくても……。お前だって親父に勝手に婚約させられただけなんだろ?」
「そ、そんな! 確かに最初は政略結婚みたいなものだと思って身構えていましたが、その、曲がりなりにも姫であるわたくしにも分け隔てなく接してくださったりするところとか、優しいけど感情表現が下手で不器用なところとか、そういうテルヤ様のことが、す、す……すき、で、すよ?」
かくかくと、ぎこちなく目を泳がせながらも、サルビアが告白する。
「お、おう……。」
声を裏返しながらも、テルヤが返す。
その場には、いたたまれないながらも、甘ったるい雰囲気が流れ——。
「こ、これ!」
サルビアが不意に後ろ手に持っていた小さな香り玉をテルヤに差し出す。
「えっと、もらっていいのか?」
「は、はい。その、メリーズでテルヤ様が午後まで寝ていた日の午前中にルートさんと選んだものなのですが、なかなか渡す機会がなくて……。」
「そ、そうか。ありがとう、大事にするよ。」
頬を掻き、目を逸らしながらも、テルヤが礼を言う。
「で、では、おやすみなさい。」
ぺこりと頭を下げ、ぎこちない足取りで去っていくサルビアの背中を見送りながら、テルヤは部屋へと戻っていった。
いい、いいですよ。やはり旅はこうでなくては。甘い恋路もまた一興。このために僕はサルビアを“用意”したんですから。さあ、二人の恋路がどうなるか、期待してください!
翌日、またいつものように大通りを歩く一行。
だが、一行には目に見えて分かる変化があった。
オルボールが一緒に本部へついてきていることか。否、テルヤとサルビアの雰囲気である。
「なんか、甘ったるい、です。サルビア、昨日何があった、です。」
ひそひそとサルビアに問うルート。だが、返事はない。
「むー、仲間外れ、仲間外れです。ちゃんと渡した、です? もしかして、チューでも——」
「わー! 何もありませんでした、ありませんでしたから!」
必死で誤魔化そうとするサルビアと、不満げに頬を膨らませるルート。そして、しどろもどろなテルヤを、オルボールはいつになく幸せそうな顔で見ながら言う。
「うむ、青春だな。良いパーティーだ。」