第三十二話「ようやくお出ましか。」
「大変お待たせいたしました。確認が取れましたので、ご案内いたします。」
待つこと数十分。先ほどのエルフがテルヤたちに声をかける。
「いやあ、楽しみだ。」
テルヤは心にもないことを言いながら、後をついていく。
やがて通されたのは、応接室のような場所。
暗い色の木材の壁に、大理石の床。家具には全て豪華な装飾が施されており、控えめながらも高そうなシャンデリアが部屋を照らしている。
ソファに腰掛け、一行が部屋を見回していると、扉が開く。
そこには、骨ばった顔のエルフ。口には髪色と同じ金色の口ひげを蓄えており。いかにも裕福そうな服に身を包んでいる。
「お待たせしました。私がこの緑の友社の社長であり、当時王城の設計士として建設に携わった者です。」
「おお、会えて光栄だ。さあ、是非話を聞かせてくれ。」
表面上は熱意あるテルヤにせがまれ、ソファに腰かけた社長は懐かしそうな顔をしながら話し始める。
「あの頃はまだ会社も小さく、当時は社員だった私も仕事に追われる毎日でした——。」
アルシオンの建設が始まり、いくつもの建設会社が土台作りに奔走していたころ、王は言いました。曰く、誰が見ても腰を抜かすような素晴らしい王城を作れる建設会社はいないか、と。
その言葉に、建設会社はこぞって案を出しました。ですが、それらはあくまで現実的な範疇のもの。王が満足することはありません。そこで、私が手を挙げたのです。そして、出した案が、現在のアルシオン城です。
他社が無理だと言う中、私たちは寝る間も惜しんで建設に取り掛かりました。やがて、月日が流れ、アルシオンの街並みができる頃、ようやく城の外観が完成したのです。
王は王城をいたく気に入り、私たち建設会社に優先的に仕事を回すようになりました。
こうして、この緑の友社は大きく成長し、私は功績を讃えられて次期社長になることができたのです。
熱く語る社長に、テルヤも感動したフリをしながら頷く。
「なんてこった、あの王城にそんな誕生秘話があったなんて! エルランの闘技場もすごかったけど、この王城には敵わないだろうぜ。」
「いえいえ、とんでもございません。あの闘技場は素晴らしいですよね。木材と石材だけであそこまで美しい外観を作り出すなどという御業は、神ですら難しいでしょう。」
「そうなんだよな。だけど、やはり最初のインパクトはやっぱり王城のほうがデカい。なにより配色がいい。あの差し色の青と、ステンドグラスが壁の大理石をより引き立てている。」
「そうなんです! あの配色は私もこだわっていて——」
そうして、二人の会話は見かけ上は弾んでいったのであった。
日も落ちきり、あたりを心地よい静寂が包む。
そんな大通りを歩きながら、サルビアが言う。
「それで、王城について聞くことがどう妹さんを救うことに繋がるのですか。」
「目的はそっちじゃない。怪しまれずに社長の顔が確認できればそれでよかった。まあ、直接社長に会えるとは思ってなかったけどな。」
「社長がグリーン・カンパニーに関わっている確証はあるのですか?」
その言葉に、テルヤは頷く。
「ああ。グリーン・カンパニーはそれなりに大それたことをやってる。そんな物を社長が知らないはずがないだろ? 確実に何か知ってるはずだ。だから、まずはあの社長の周辺を探る。」
「なるほど、意外と考えていたのですね。」
「ああ……待て、“意外と”ってなんだ? 俺馬鹿だと思われてるのか? このパーティーのやつらは俺を何だと思ってるんだ?」
詰め寄るテルヤにサルビアがサッと目を逸らした。
ルートが親指を立てる。
「役立たず、です。」
「ふざけやがって! 泣かしてやる!」
テルヤは両手を振り上げ、ルートが逃げ回る。
なんだかんだ言って、このパーティーは仲良しですね。まあ、いいことです。
翌日、テルヤは本部のすぐ近くの路地裏に居た。
「うーん、なかなか出てこないな。」
独り言を呟きながら、テルヤが出入り口を見張る。
と、そんなテルヤに声をかける者がいた。サルビアだ。
「まあ、まだ営業時間中ですからね。仕方ありませんよ。」
「ああ、もう交代の時間か。んじゃ、後は頼むぞ。」
言って、テルヤが路地裏を出る。代わりに、サルビアが路地裏に入る。
何度か交代を繰り返しているうちに、街に夜の帳が落ちる。
未だ本部に動きはない。
テルヤが一人焦燥に駆られていると、一人の男が本部からゆっくりと出て来た。
「ようやくお出ましか。」
例の社長だ。数人の護衛を連れ、大通りを歩いていく。
「馬車なんか使われた日には目も当てられなかったが、ラッキーだったな。」
言って、テルヤもその後を追う。
しばらく歩くと、社長は本部よりも一回り小さい屋敷の前で足を止める。
そして、護衛とともに屋敷に入っていく。
「よし、おそらくあそこが社長の家だろうな。」
テルヤは口角を吊り上げ、そしてその場を後にした。
さらに、翌日。今日はアルシオンで定められた週に一度の休日。例に漏れず緑の友社も営業はしていない。
物陰には、四人。テルヤたちだ。
「テルヤ様、今度は社長さんの家の見張りですか?」
「ああ。今日は休日。もし社長とグリーン・カンパニーが接触するなら今日は都合がいいはずだ。」
「確証はあるのですか?」
「ない。だが、やらないよりはいい。」
いつになく真面目なテルヤに、サルビアも気圧されて口をつぐむ。
「まあ、気長に待つ、です。」
「うむ。俺も付き合うぞ。これが妹を助けるためならばな。」