第三十話「水上都市」
メリーズを出発してから、太陽が四回は沈んだだろうか。
やがて、地平線に天に刺すようにそびえ立つ城が見えてくる。
「見えてきただ。あれがアルシオン。あのでっけえ建物が王城だ。」
「はえー、すごい、すごいです。」
近づくにつれ、道が舗装されたものに変わる。次第に、道に沿って家が建ち始める。
徐々に景色が街中へと変わる。
「ここがアルシオンか? だとしたら王城まで結構遠いんだな。」
まだ遠くに見える王城を見て、テルヤが言う。
「いえ、ここはアルシオン外壁街。アルシオンで働く人たちが作った街です。」
「そうなのか。でも、それって実質アルシオンだよな。」
「まあ、事実上はそうですね。ただ、国が決めたアルシオンの範囲からは外れています。」
そんな街中を切り裂きながら、馬車は王城へと向かってひた走る。
アルシオン外壁街を抜け、ようやくはっきりと外壁が見えてきたところで馬車が速度を落とす。
見れば、眼前には広大な湖。
そう、アルシオンは、湖の中心に建てられた、水上都市であったのだ。
湖岸からアルシオンまでは巨大かつ壮麗な白煉瓦の橋が架かっている。
幅は広く、端から端まで馬車を並べても、十台くらいなら余裕だろう。
橋の入り口には小さな小屋が立てられており、看板には『連絡馬車』と書かれていて、その下には発着時間の一覧が書かれている。おそらく、渡りきるのに十分はかかるかという長大な橋を楽に渡るためのサービスなのだろう。
テルヤは、メリーズの街並みを思い返しながら、言う。
「おい、この国の街はみんなメリーズみたいな感じじゃなかったのか?」
「いえ、アルシオンだけが特別なのです。もともと多様なエルフの部族が暮らしていた土地を、こうして一つの国として成立させたのが先代のアリステリア王。その王が部族たちに威厳を示すために作らせたのがこの海上都市、アルシオンです。ですので、アルシオンは特別なのです。」
「ふーん。それも観光案内本に書いてあったのか?」
「ええ、そうですね。高かっただけあってなかなか詳しく書かれていますよ。」
そうして、風を切り橋を渡っていく古馬車の一行は、会話を楽しむのであった。
見上げるほどの高さを誇る王城を中心に、溝に引かれた運河が四方八方に伸びている。
運河にはいくつもの荷物を載せた小舟が無数に行きかっており、一段高い道路に止められた馬車と荷物のやり取りをしているものもあった。
建物を見れば、どれもアルシオン外壁街にあったような質素な漆喰の壁とは違う、真っ白なタイルの壁。その壁を彩るように、屋根は群青色の煉瓦で作られていた。
大通りも、横道も、どこを見渡してもエルフたちがせわしなく行き交っており、その美貌も相まって、ここが“異国”であるのだと痛感させる。
その壮麗ながら異様な雰囲気は、まさにこの国の中心地として差し支えない、神々しいものであった。
「おいおい、この中から俺らはグリーン・カンパニーを見つけにゃならんのか? こりゃ骨が折れるぜ。」
賑わう街を見て、テルヤが肩を落とす。
「そうですね。ですが、まずは女王に会いに行きましょう。勇者がこの世界に現れたと伝えなければなりませんので。」
「ああ、そうだな。」
言って、一行はこの街を象徴する王城へと歩みを進めた。
アリステリア城、城門。
白塗りの城門の前には、同じく白い鎧を着たエルフの兵士が二人立っている。
サルビアは彼らに歩み寄ると、レザーの胸当てを外す。そこには、ヴェルヘニア王家の紋章。
「すみませんが、女王様にお目通しいただけないでしょうか?」
「ハッ、かしこまりました。開門―ッ!」
紋章を見た兵士は、手を水平に胸に当て、叫ぶ。おそらくこの国の敬礼なのだろう。
開いた門の中に、テルヤたちが通される。
「おお、ここが女王陛下の居城か。感慨深いな。国民として、このような場所に足を踏み入れられるとは。」
それは、荘厳という他なかった。真っ白な大理石の壁には、ところどころ青のラインが幾何学的に走っている。よく見れば、それは彫った壁に顔料を差して描かれているようだ。そして、それらは空を貫く尖塔へと繋がっていく。
さらに、一つ一つの窓の縁にも緻密な金の装飾が施されており、ところどころに設けられた巨大なステンドグラスは、淡い城の外観を引き締めるように色鮮やかに煌めいている。
テルヤは感嘆の息を漏らす。
「俺は向こうの世界にいたころ、あんまり文化遺産とかそういうのに興味なかったけどよ。これは……やべえな。見てるだけで鳥肌が立つ。」
「ええ、私も実際にこの目で見たのは初めてですが、今我が国がアリステリアと友好関係を築けていることに安堵すら覚えます。」
「すごい、すごいです。馬車酔いが吹き飛んだ。です。」
口々に称賛を交えながら、四人は王城の中へ通されたのであった。




