第二十六話「メリーズ」
「もうすぐ、国境です。」
焚火を囲みながら、サルビアが言う。
あれから二週間。テルヤたちは野営をしながら南西へ向かっていた。
「ようやくか。長かった……。」
「ようやくまともなお風呂に入れる、です。」
「ああ、ここ最近はずっと川や池の水で済ませてたからな。」
この二週間、テルヤたちは街どころか村の類にすら立ち寄っていない。
というのも、エルランからメリーズまでは、どこまでも続く草原が広がっているだけだったからだ。
たまに森があったり、小川がある程度で、あとは代わり映えのしない地形を歩き続けていた。
ふと、ルートが口を開く。
「ところで、わたし、少し思ったです。最初から事情を話してブローチを譲ってもらえば、よかった、です?」
「あ……。」
テルヤが確かに、といったような顔で言う。
「テルヤ様……。」
「なんだよ! お前らだって止めなかったじゃねえかよ! 同罪だ、同罪!」
「もう、テルヤには頼らない、頼らないです。テルヤのせいでもう足がパンパン、です。馬車の旅がよかった、よかったです。」
その言葉に、テルヤが地団駄を踏み、言った。
「なんだよ! 俺たちは仲間だろ! 薄情だぞ! ……ん? 待てよ。そういや、俺たちを乗せてきてくれたあの御者はどうしたんだ?」
あ……。忘れてた。……まあ所詮はモブです。見なかったことにしましょう。うん。
あれからさらに歩く。歩き続けると、次第に岩場が増えてくる。
やがて、一際大きな渓谷に出た。
はるか下に見える川からは、轟々と唸り声にも近い水音が聞こえる。
「おお、昨日の雨のせいで増水してるな。落ちたら死ぬぞ。」
そう言って他の二人を脅かしながら吊り橋を渡り、悪路を進んでいく。
「今の渓谷を越えれば、もうアリステリアのようですね。」
サルビアが地図を見ながら言う。
「ようやくか。ここからメリーズまではどれくらいかかる?」
「うーん、この距離だと早くて二日でしょうか。」
「えー、まだかかる、まだかかるです。もう歩きたくない、歩きたくないです。」
言って、ルートがその場にへたり込む。
うーん、そうですね。じゃあ、通りがかった馬車に乗ってもらいましょうか。いい加減早くいかないと、四天王のこともありますし。
ただ、まあこのペースだと四天王より先に遺跡に行くのは厳しいでしょうね。今のうちにシナリオを調整しておきましょう。
三人がしばしの間休息を取っていると、がたがたと音を立てながら馬車がやってくる。
「ちょうどいい、です。乗せてもらう。です。」
言って、ルートが馬車の進行方向へと出る。
大きく手を振るルートに気づいたのか、御者が馬車を止める。
「なんだぁ? 乗せてってほしいんかー?」
見れば、その耳の先は長く尖っている。
「あんた、エルフか? まぁなんでもいいや、乗せてってくれ。」
テルヤが言う。
「うんだ。まあ、乗せるのはいいけンどよ、荷台は狭いぞぉ?」
「構わない。それでいいよな?」
言って、二人を見るテルヤ。二人もうなずく。
「ほいだら、乗ってってけー。」
悪路を走る古馬車の激しい揺れに、ルートが荷台のふちから顔を出す。
「うぇぇぇぇぇぇえ……。」
「嬢ちゃん。荷物にはかけねでくれよ。ダメにしたら弁償してもらうでな。」
「は、はい、ですぅぅぅぇぇぇぇええ……。」
ルートへの拷問は、日が沈むまで続いた。
——まもなくメリーズです。メリーズにはエルフの名剣士がいて、彼がテルヤに戦いの指南をすることになっています。もちろんタダとはいきませんが……。
《勇者よ、聞こえますか。メリーズの町に着いたら、南東にある剣士の家を訪ねなさい。オルボールという者です。いいですね。彼はヘルベイトと同等の剣士。必ずやあなたの戦闘能力向上の助けになるでしょう。》
日が沈み、黒に染まった空を白花が彩る。
メリーズは、街というにはあまりに小さかった。
街の周りには古びた柵が立てられており、街を守るにはあまりにも心もとない。
街を東西に割る中央通りは、始点からでも終端がはっきり見える。
「こりゃ、街というか村だな。」
「ええ、まあ。アリステリアの街はみんなこんな感じらしいですよ。」
サルビアがなにやら本を見ながら告げる。
「なんだよ、それ。」
「エルランで買った観光案内の本です。いろいろな国や観光名所のことが書いてありますよ。読みますか?」
「いや、いいよ。それより今日の宿を探そう。」
言って、テルヤがあたりを見回す。持ち金はエルランにいたころに比べれば雀の涙ほどしかなく、無駄遣いはできない。
街中には耳の尖った種族——エルフたちが当たり前のように日々を営んでいる。
「なんか、エルフって森の中にひっそりと暮らしてるイメージだったんだけど。」
「ひと昔前はそうだったらしいですが。今はわたくしたちヒューマンと同じように暮らしていますよ。」
やがて、ルートが中央通りの一角、とある宿の立て看板を指差し、言う。
「ここにする、です。」
「どれどれ、一部屋で一泊銀二枚。だいたい二千円……。いいな、ここにするか。」
言って、受付を済ませる三人。
一行は三人用の部屋に案内され、階段を上がる。
扉を開けると、質素ながらも広々とした部屋。
ベッドは少し間を開けて等間隔に三つ並べられており、サイドテーブルには小さなベッドランプが取り付けられていた。
水回りは値段に見合わず綺麗で、この宿が間違いなくアタリだったと、心の中で一行がガッツポーズをする。
「なあ、ほんとによかったのか?」
「構いませんよ。お金もあまりないんでしょう?」
「そう、です。三人用の部屋なら一泊銀四枚。三部屋借りるより銀二枚もお得、お得です。」
「まあ、お前らがいいならいいんだけどさ。」
頭を掻くテルヤ。ルートがテルヤに優しく言う。
「大丈夫、大丈夫です。テルヤに妙なことする度胸はない、ないです。」
「言ってくれるじゃねえか。襲ってやる!」
テルヤが両手を振り上げルートを追い掛け回す。
キャイキャイと騒いで、走り回る二人を呆れ半分、面白半分で見ながら、サルビアがベッドに横になって観光案内本を読み始めた。
——ヘタレ主人公が目を覚ます。せっかく、安さを理由に三人部屋に男女が一緒に寝泊まりする展開を作ってあげたのに、本当に何もしないで寝やがりました。何も起きなかったんだから何も描写することもありません。残念でした。
見回しても、二人はいない。おそらく先に一階の食堂に行ったのだろう。
ヘタレ主人公も階段を下りていく。
「おはよう。ずいぶんと早いな。」
「おはようございます。」
「おはよう、です。」
二人が食卓を囲みつつ、テルヤに挨拶する。
見れば、二人はいつでも外に出かけられるような装備だ。
「なんだ、こんな朝早くからずいぶん準備万端じゃないか。どっか行くのか?」
キョトンとした顔でヘタレ主人公が言う。
二人は顔を見合わせると、ため息をつき合う。
「テルヤ様、気づいていないようなので言いますが、もう午後ですよ。」
「もう街を回ってきた、です。これは昼ごはん。です。」
その言葉に、ヘタレ主人公は頭を搔きながら言う。
「なんだよ、起こしてくれてもいいじゃんか。」
「たまには女の子だけで遊びたいじゃないですか。」
「あまり思い上がらないほうがいい、です。」
そう言ってまた食事の手を進める二人。
「そういうもんか……あと、ルートは一言余計だ。」
言いながらヘタレ主人公も席に着き、食事を注文した。
次回投稿は2022年3月20日までに行われます。