第二十四話「あばよ!」
決勝トーナメント最終日、決勝戦は大盛況の中幕を閉じ、ステージ上が閉会式のための準備に追われ始める。
やがて、職員が裏へと消え、四人の男たちがステージ上に上った。
パン、パン。
軽やかに花火が打ちあがる。
『大変長らくお待たせいたしました。只今より——。』
決勝トーナメントの閉会式が始まる。
『続いて、優勝トロフィーおよび賞品の授与に移ります。』
雄大な音楽とともに、ヘルベイトがステージ上に上がる。
ステージ上に設けられた壇に、一際偉そうな男が髭を撫でながら立っている。
その横には、三人の男。
一人、トロフィーを持っている。
二人、トレーを持っている。その上には、封筒。恐らく金券が入っているのだろう。
三人、トレーを持っている。その上には——ブローチ。標的を確認。
テルヤは、二階席の窓から、外に向けて合図をする。
ルートはそれを見て、詠唱を始めた。
「女神よ、女神。赤は風——」
詠唱が始まったのを見てから、テルヤは赤いバンダナを頭に巻いた。
その横で、サルビアは白魔術“ヘイスト”を唱える。
「では、わたくしは先に外で待っています。」
言って、サルビアが走り去っていく——。
少しして、闘技場が鎮まる。
やがて、ざわめき、困惑、歓声。
「金券だ!」
誰かが叫ぶ。瞬間、堰を切ったように人々の波が動く。
空を見れば、無数の紙の雨。地面に落ちたそれを見れば、まごうことなき金券。
ある者は飛びつき、ある者は奪い、ある者は殴り合いを始める。
ステージ上にも金券が落ちる。それを拾わんと、観客が柵を越えステージ上に転げ落ちる。
混乱に包まれる闘技場に、一迅の風が吹いた。
その風は、人波をかき分け、ステージ上に到達。だが、止まらない。
あっけにとられる職員の持つトレーの上から、ブローチをかすめ取る。
風は、切り返すと元来た道を疾走していく。
遅れて、職員が叫んだ。
「ブローチが盗まれましたァァァァッ!」
「捕まえろォォォォォッ! 犯人は赤いバンダナをつけてるぞォォォォォッ!」
その言葉に、会場を警備していた数百人もの職員が、一斉に動く。
テルヤはその間に二階席の壁をよじ登ると、外へ飛び降りる。
「ルゥゥゥゥトォォォォ! 頼んだァァァァッ!」
叫ぶ。刹那、ルートが詠唱を開始。
「風よ、翼よ、力となれ。《シャープ》」
短縮詠唱。一瞬だけ、しかし勢いよく、上昇気流がテルヤの落下速度を抑える。
「助かったぜ! じゃあ、約束の場所で落ち合おう!」
「がんばれ、です。」
「捕まらないでくださいね!」
言って、二人がエルランの裏門へと走っていった。
ここから、逃走劇が始まる。
目的地は、エルランの裏門。
予定したルートを走り、その間に追っ手を撒く。そして、裏門の外で集合だ。
そのためにも——。
「行くぜ、野郎ども!」
「「「おう!」」」
その言葉に、草陰から、柱の裏から、数十人ものバンダナ男が出てくる。
闘技場の正門前には、テルヤの横に並ぶようにして、数十人の男たちが整列している。
テルヤはそれを見ると、ブローチを懐にしまった。
やがて、追っ手が正門から出てくる——が、その異様な光景に思わず足を止める。
バンダナ集団の一人が言う。
「俺がブローチを持ってるぜ!」
続けて、他の一人が言う。
「いいや、俺がブローチを持ってるぜ!」
それに続くように、俺が、俺が、と反響する。——大合唱。
職員の一人が、叫んだ。
「ええい、全員捕まえろ!」
その言葉に、バンダナ男たちは走り出す。そして、声を揃えて言う。
「「「「「あばよ!」」」」」
中央広場から真っすぐに木の枝通りを走る、三つの影。追手は二人。想定より少ない。これならいける。
テルヤは不意に横道に入る。
追手も続く。だが、バンダナ男が二人。そして、分かれた。
「クソ、二手に分かれたぞ!」
「俺が右を追う!お前は左を追え!」
「了解!」
テルヤを、追手が猛追する。
「ああ! この世界来てからこんなことばっかりやってる気がする!」
テルヤが半泣きで叫ぶ、やがて、不意に、ある家の玄関が開いた。
テルヤはその家に飛び込む。
「お金もちのおにーちゃん、がんばってね!」
マリーカがグッと拳を握る。
それから、水差しを目に当てる。
追手が家に飛び込む、が——
ドン。
不意に何かが足元に当たる。
見れば、少女が尻もちをついていた。
少女の目からは、水滴がポタポタと……。
「うわあああああん、いだいよおおおおおおお!」
「あっあっあっ、ごめんね、お嬢ちゃん、わざとじゃないんだ!」
だが、少女は泣き止まない。
追手はひとしきり少女を泣き止ませようと努力し、気付く。
バンダナ男を取り逃したことに。
テルヤはあらかじめ計画していた道のりを進み、入り組んだ路地をいくつも曲がりながら、金貨通りの終点——裏門のすぐ目の前に出た。
が、目の前には——。
「残念だったな。」
ヘルベイトだ。大剣を構え、今にも切りかかろうとしている。
「お前以外のバンダナ男は皆不規則に街中を走り回っている。だが、街中から出ることも、隠れることもしない。なら、彼らは陽動。この街の出入口二つを固めていれば、必ず本命がやってくると踏んだが、正解だったな。」
そう言って鋭くテルヤを睨み付けるヘルベイト。
「ただの脳筋ってわけじゃなさそうだな。」
「フン、戦士は常に頭を使って戦うものだ。」
構えを崩さず言うヘルベイトに、テルヤは頭を掻きながら、言う。
「なあ、通してくれよ。俺が欲しいのはこのブローチだけなんだよ。」
「盗人の言葉など聞きとうないわ。」
そう言ってヘルベイトの剣が霞む——。
「待つ、です。」
——直前に、ヘルベイトの背後から声がかかる。
「君は、ルート君か。何故邪魔をする。」
「テルヤがわたしの仲間だから、です。」
まっすぐな目で言ってのけるルートに、テルヤが叫ぶ。
「なんで来た! お前まで捕まるぞ!」
「見損なったぞ、ルート君。まさか優勝賞品欲しさにこんな大罪を犯すとはな。君は戦士の風上にも置けない。こんな、名誉をドブに捨てるようなことを——。」
「もともとブローチはわたしの仲間のもの、です。それを取り返して何が悪い、です? 仲間のためなら名誉なんて、いくらでもドブに捨てる、捨てるです。」
「フン、そんな言い訳誰が信じると?」
「ハナから信じてもらうつもりはない、です。」
威圧感を強めるヘルベイトに、ルートは負けじとその双眸でヘルベイトを射抜く。
「テルヤ、先に行く、です。」
「まさに、僥倖ッ! ちょうど私も君と戦ってみたかったところだ!」
ヘルベイトは大上段に剣を構えた。
「街中で、戦士がわたしに勝てると、ほんとうにおもってる、です?」
ヘルベイトの剣先が、霞む——。




