第二十三話「ワクワク泥棒大作戦」
観光客が皆闘技場に飲まれ、混雑の落ち着いた金貨通りを、三人が歩いている。
「でも、どうやって、ブローチを取り返す、です? もう優勝はできない、できない、です。」
そうなんですよね。ルートが負けてしまった以上、もう僕には手の打ちようがない……。
どうしたものか。うーん……。
サルビアは、半ばあきらめたように言う。
「大丈夫です。私は大丈夫ですから。ブローチがなくてもお母様の思い出は無くなりませんから……。」
無理して笑うサルビアに、ルートも心底申し訳なさそうに俯く。
その場には重苦しい空気が流れ——。
「なんでもう諦めムードなんだよ。まだいくらでもやりようはあるだろ。」
その空気を、テルヤが断ち切った。
「テルヤ様……。でも、何をするおつもりですか?」
目に涙を浮かべ、頼もしいテルヤの言葉を待つサルビア。テルヤは続ける。
「俺の悪知恵は世界一だ。任せとけ。」
あ、悪知恵っていう自覚はあったんですね。
南通り。エルラン銀行にて。
「おーい、オッサンいるかー。」
「ようこそいらっしゃいました。引き換えですか、発行ですか。」
「ああ、発行だ。」
言ってテルヤが合図をする。
ズル、ズルと鈍い摩擦音を響かせながら、人が三、四人は入るかという麻袋を引きずった、サルビアとルート、それからホテルの従業員数名がやってくる。
「テルヤ、おもい、おもいです。これだけのお金何に使うです?」
「ふぅ、ふぅ。テルヤ様、ちょっと手伝ってください!」
そのただならぬ状況に、銀行員の男たちも加勢する。
「おや、これはまた随分と大金ですね。」
「ああ。この袋には俺がこの街で稼いだ金貨がありったけ入ってる。で、だ。この金貨一枚につき金券一枚を発行してくれ。」
「なっ、それはちょっと……困ります。金券だってタダではないんですよ。こちらがサービスで手数料をいただいていないだけで、さすがにそんな量の金券は発行できません。」
「困ったときはお互い様、だろ? この俺が何の見返りもなくお前を助けるわけない。違うか? ん?」
その言葉には弱いとばかりに、男は汗をぬぐいながら言う。
「上司には……銀行長には掛け合ってみます。それでだめなら諦めてくださいね。」
男はすごすごと裏へ消えようとして、テルヤが引き留める。
「ああそれとは別に、金二千の金券を発行しといてくれ。麻袋から抜き取ってくれて構わないから。」
しばらくすると、銀行員の男に連れられて、数十人の男がやってくる。
そのうちの一人、一際高価な衣装に身を包んだ男はまだ若く、あどけない雰囲気を残していながらも、どこか隙がなく、貫禄があった。
男は、他の男たちに合図をする。すると、男たちがなにやらマニュアルのようなものを片手に、やいやい言いながら麻袋の周りに魔法陣を書き始める。
「ご安心ください。あれは大量にある物の数を数える魔術を使っているところでございます。」
その男は言う。それから、忘れていました、と言い、続ける。
「初めまして。私がこの銀行を取り仕切っております。メルゼンと申します。」
男に、テルヤは相変わらず不遜な態度で返す。
「おう。話は聞いたか?」
「ええ。結論から申し上げますと、可能です。」
「そうか、それじゃあ……。」
「ただ、“個人的に”手数料をいただきたいですねえ。こちらとしてもそれだけの金券を発行するとなると営業に支障が出てしまいますから。」
「おい、この世界の銀行って国営じゃなかったか。そんな大っぴらに賄賂せびっていいのかよ。」
だが、メルゼンは薄ら笑いを崩さずに言う。
「何をおっしゃいます。あくまで手数料。業務の一環です。それが国庫に入るか私の懐に入るかの違いでしかありません。」
「へっ、この街の盗賊集団のほうがまだかわいく見えるぜ。」
「それくらいでないと官僚は務まりませんよ。」
あっけらかんと言うメルゼンに苦笑しながら、テルヤが言う。
「いくらほしいんだ?」
「そうですねえ。それだけあるなら、金百でどうでしょう。」
「金百っていうと……、この麻袋の千文の一くらいか。いいぜ、それくらいなら。」
「おやおや、ずいぶんとため込んでいましたねえ。この国の経済が回らなくなってしまいますよ。」
テルヤは取り合わず、麻袋から金貨を見繕ってくる。それから麻袋を持ってくるよう職員に要求し、そこに百枚の金貨を入れた。
メルゼンは麻袋を受け取ると、裏へ消えていく。
それからしばらくすると、書類を一枚持ってくる。
金券を発行するときにいつも書かされている物だと、テルヤは気づく。だが、文面はいつものとは少し違う。普段なら額面のみが書かれているそこには。
『金一・十一万三千六百五十一枚』
「発行までは半日ほどかかります。夕方、通常営業が終了し、引き出し対応のみになるころに再度お立ち寄りください。では、サインを。」
メルゼンはそう言うと、テルヤがサインするのを待ってから、書類を受け取り裏へ下がっていった。
再度金貨通りに戻る。だが、目的は闘技場ではない。
テルヤたちは、残しておいた数十枚の金貨を手に、商業区画を歩いていた。
「何を買う、です?」
「野営道具。食料、薪になりそうなもの……。」
「野宿でもするおつもりですか?」
訝しむ二人に、テルヤは至極真面目な顔で返す。
「こっからメリーズまで徒歩になるだろうからな。」
余計に混乱する二人に、テルヤは安心させるように親指を立てた。
北通り。テルヤは一人うろ覚えの道を歩きながら、辺りを見回している。
「確かこの店、か。」
ドアを開け、マスターに会釈をすると、地下への階段を降りる。
例の鉄扉の前に着く。おぼつかないながらも、思い出しつつ、例のリズムでノックする。
鉄扉が重々しく開く。
「よう、最近ぶりだな。」
「あァ? てめェが一体、なんの用だァ……?」
「頼みがある。協力してくれ。」
テルヤは懐から、先ほど発行していた、金貨二千枚分の金券を取り出した。
日が完全に落ちる。だが、相も変わらず外は昼間と同じくらいに騒がしい。
いつもの食堂。
静かで優美な音楽と、カチャカチャと食器の音が響いている。
「さて、じゃあ今からブローチ奪還作戦の説明を開始する。」
「はい、です。」
「いよいよ、ですね。」
「作戦名は、“勇者と愉快な仲間たちの、ワクワク泥棒大作戦”だ。」
泥棒ですって? また勇者とは思えないようなことを言い始めましたね。
テルヤの言葉に、サルビアが勢いよく立ち上がる。
「ちょ、ちょっと。泥棒をするのですか? さすがに王族である私にとってそれは看過できませんよ。」
「お? 王家のプライドと母親のブローチどっちが大事なんだ? “身勝手女”さんよ。」
“あの時”のサルビアの振る舞いを責めるように、テルヤが言う。
その言葉に、サルビアは負けたとばかりに、笑う。
「ふっ、ふふふ、あはははは! そうですね、私は身勝手ですから泥棒でもなんでもしますよ! それでブローチが返ってくるのなら!」
テルヤとルートも一緒に笑う。しばしその場を笑いだけが包んだのち、テルヤが言う。
「じゃ、作戦概要を説明するぞ。」
言うと、テルヤは先ほどの金券の束が入った袋と、赤いバンダナを取り出した。
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