第二十二話「お前は俺の仲間だ」
いやあ、エルランに来てからも、なかなか思い通りにいかないことが多くて大変でしたよ。
特に、僕が適当に生やしていた「サルビアは亡き母を何よりも大切に思っている」という設定があんな険悪なムードを引き起こすとは。おかげで、予定していなかった闘技場の描写が必要になってしまいました。それに、主人公と同じように、どういうわけか僕の能力が発動しないルートを主軸に進めなければならないなんて。胃が痛いですよ、本当に。
まあ、とにかくルートには頑張ってもらいましょう。これ以上シナリオをややこしくしないためにも。
「乾杯!」
いつもの食堂。昼の激戦を制し、三人はささやかな祝勝会を開いていた。
「いや、しかしルートはすげえよ! あんなトンデモ野郎も倒しちまうなんて! 向かうところ敵なしだな!」
「ですね! このまま優勝しちゃいましょう!」
対して、ルートの表情は硬い。
「なあ、さっきから元気ないぞ? 大丈夫か?」
「は、はい。でも、次の対戦相手に勝てる気がしない、しないです。」
いつになく弱々しく呟くルートに、テルヤが思い出しながら言う。
「そういや、次の対戦相手って……。」
「はい。無敗の大剣、ヘルベイト、です。レート戦無敗、決勝トーナメントでも今までの全試合を十秒以内に片づけた、です。」
「た、たしかにアイツは関係者席からでも分かるくらい桁違いだけどよ、お前ならできるって信じてるぜ?」
「はい、きっと勝てますよ。だから、頑張ってください、ルートさん!」
努めて明るくふるまう二人だが、ルートの表情はむしろ暗くなっていった。
夜が更けていく。ルートは一人、窓から未だ醒めることのない興奮に照らされた南通りを眺めている。
溜息をつく。
——まずい。僕の設定ではヘルベイトは揺さぶりに弱いと書いてある。いつもの冷静さで戦ってくれれば勝てるはずですが……。ルートが必要以上に戦意喪失してしまっている。これでは勝てるものも勝てない。《勇者よ、聞こえますか。このままだとルートは負けてしまいます。どうにかしてルートを元気づけてください。》
コン、コン。扉がノックされる。
「起きてるか? テルヤだ。」
「今開ける、です。」
扉の前には、少し浮かない顔のテルヤ。
よっ、と軽く手を挙げるテルヤに、ルートは少し不思議そうにする。
「珍しい、です。テルヤが訪ねてくるなんて。」
「まあ、な。元気なさそうだったからさ。今、大丈夫か?」
「……入る、です。」
そう言って、ルートはテルヤを招き入れると、鍵を閉めた。
しばしの、沈黙。
それからルートは、背後から、テルヤに抱き着く。
ふわりと、テルヤの鼻に、ルートの香りが抜ける。
瞬間、テルヤは目を見開いて、言う。
「お、おい。なんだよ、急に。またこの前みたいにからかってるのか?」
「テルヤ……、テルヤ。わたしは……。わたしは役に立っている、です?」
いつもの眠そうながら不遜な声色と違い、震えて消え入りそうな声で、ルートが呟く。
「当たり前だろ? 闘技大会の活躍ちゃんと見てたぞ? なんでそんな——」
「じゃあ、わたしが負けたら、役立たず、です? いらない、です?」
テルヤは振り向くと、ルートの肩を掴む。
「お前らしくないぞ! お前はちゃんと役に立ってる!」
「じゃあ、じゃあ、わたしになんの戦闘能力もなかったら? いらない、です?」
刹那、テルヤが考える。考えて、しまう。
ルートは、ヴェスタ村を助けるために雇っただけだ。
成り行きで、仲間になっただけだ。
四天王戦だって、戦闘能力があるから頼っただけだ。
ルートは、戦えない俺の、代わりだ。
そう考えて、しまう。
その一瞬を、その逡巡を、その思考を、ルートは目ざとく察知した。
ルートは目に涙を浮かべ、部屋の鍵を開け、扉を弾くように開くとどこかへ走り去ってしまう。
「あ、おい——」
テルヤの制止は届かない。
やがて、ルートの部屋にはテルヤ一人が取り残された。
何してんですか! ホントにこういう時には何の役にも立ちませんね、この主人公!
——準決勝、第二試合目。無敗の大剣、ヘルベイト。
ゴングが、鳴る。
「ゆくぞッ!」
ヘルベイトが剣を突き上げた。
刹那、その剣先が霞む。
「《真・斬撃波ッ!》」
『出たッ! いきなり出ましたッ! ヘルベイト神速の奥義ッ! 真・斬撃波だッ!』
『やはり、ルート選手に先手を取られまいと最初から飛ばしてきますねー。』
ルートは、動かない。
その斬撃がルートの胴を袈裟懸けに切り裂き、ルートが膝から崩れ落ちた。
『え、えっとぉ……。試合終了! 勝者、ヘルベイトッ! なんと、ヘルベイト選手の斬撃の前にはルート選手ですら成すすべなかった! あっけなく敗退ですッ!』
『うーん、期待していただけに残念です。まさか何のアクションもなくやられてしまうとは。個人的には大会初の魔法使い優勝者が出ると思っていたのですが。』
フラフラと、ルートが立ち上がり、おぼつかない足取りでステージを降りる。
ヘルベイトは、職員を呼ぶ。
「再戦を要求する。彼女の様子があまりにもおかしかった。なにかされていたかもしれない。これは公平な勝負ではなかった可能性がある。」
「も、申し訳ありませんが、どのような理由であれ再戦は受けつけられません。」
「そうか、相変わらず頭の固い運営だな。ならエキシビションマッチでもいいから再戦する機会を。私自身彼女とちゃんと戦いたい。」
「は、はい。掛け合ってみます。」
そう言って、おずおずと裏へ消える職員を横目に、彼はどこか空しそうにステージを後にした。
ルートがステージを後にするのと同時。テルヤも関係者席を飛び出していた。
テルヤは人混みを押しのけ、怒声を浴び、人混みをかき分け、嫌な目で見られながら闘技場を走り回った。
走りながら、テルヤは思考する。
俺は馬鹿だ。
アイツを助けたいと思ったとき。
アイツと四天王に立ち向かったとき。
アイツと一緒にふざけ合ったとき。
アイツの応援をしてたとき。
いつだって、俺は“ただアイツといたかった”だけだった。
アイツとバカやって、楽しく過ごしてたかっただけだった。
アイツはこの世界でできた、二人目の仲間。
心から大切な、仲間。
たとえ役に立たなくたって構わない。
アイツが、アイツである限り。
俺はアイツの、アイツは俺の——
仲間だ。
いない。
テルヤは走る。
二階席、いない。
テルヤは走る。
一階席、いない。
テルヤは走る。
エントランス、いない。
テルヤは走る。
正門、いない。
テルヤは走る——。
テルヤはのどの奥底から湧き上がる鉄錆の味をかみしめながら、走る。
裏門——、いた。
今まさに、闘技場を後にするルートの姿。
「ルゥゥゥゥトォォォォ!」
叫ぶ。枯れた喉にも気を遣わずに、ただ魂の底から、叫ぶ。
ルートは振り向く。目は充血して、顔には生気がない。
「もう、わたしに、価値はない——」
「ある! 俺はお前が好きだッッ!」
瞬間、ルートの頬が紅潮する。
「な、何を言って——」
「お前は生意気で、不愛想で、何を考えてんだか分かんないけど! それでも、お前の真っすぐなとことか、張り合いのあるところとか、実は意外と熱いところとか! とにかく全部ひっくるめて好きだッッ! お前は俺の仲間だッ! ずっと俺のそばにいろッ!」
テルヤがめちゃくちゃに叫ぶ。声も半分かすれて消えかかっても、それでも無理やり聞こえるように、絞り出すように叫んだ。
ルートは頬に一条の涙を伝わせながら、笑う。
「なかま、ですか。今はそれでいい、それでいいです。これからも、末永くよろしく、です。」




