第二十一話「勇気、力、筋肉!」その1
結論から言うと、ルートは順調に勝ち進んだ。
——二回戦第十二試合目。緋毒のゴーグル、ウォーヴル戦。
「キヒヒ、《パラライズ・スモーク》」
態勢を崩しながら、ウォーヴルが煙幕弾を投げる。
『おおっとォッ!躱しながらウォーヴルが何か投げたぞォォォォォッ!』
『状況的に、あれはしびれ薬でしょうかねー。』
「風よ、突風よ、吹き荒べ。」
赤魔術“ウィンドブロウ”が煙幕を散らす。
『なんとッ! 咄嗟の判断でしびれ薬を無効化しましたッ!』
『素晴らしい判断力ですねー。』
「女神よ、女神。赤は風。風は翼となり、空を翔ける力となれ。」
赤魔術“フローティング”によって、ルートの体が高く浮き上がる。
「キヒッ? 小癪ナ……!」
『ウォーヴル、成すすべありませんッ!』
『赤魔術“フローティング”ですねー。ただ、宙に浮けるのは短時間だけ。どう使うのでしょうか。』
「——女神よ、女神。赤は氷。凍てつく尖塔は、聳え建つ……。」
詠唱を完了させると同時、ルートは前に出していた手のひらを、握る。
やがて、ルートがウォーヴルから離れた場所にゆっくりと降り立つ。
高所での詠唱によって、ウォーヴルには詠唱が聞こえない。
ウォーヴルは警戒し、身構える
「キヒッ、オノレ、何ヲシタ!」
『おおっとォ? 何でしょう!? 何も起きませーん!』
『うーん、何のための空中浮遊だったでしょうか? しかしルート選手隙だらけですねー。ですが、ウォーヴル選手も近距離戦が得意なタイプではない上、遠距離攻撃は無効化されます。これは……どうなるんでしょう?』
しばしの静寂。やがて、痺れを切らしウォーヴルが距離を詰める。
「キヒヒヒヒ、俺ノ短剣ニ塗ラレタ毒ハ、一瞬デオ前ヲ殺ス!」
「《リリース》」
あと数歩まで来たところで、ウォーヴルが空へ打ち上げられる。
『おおっとォ!? 突然巨大な氷の棘がウォーヴルを吹き飛ばしたァァァァッ!』
『詠唱している様子はありませんでしたが、おそらく赤魔術“フローズンニードル”でしょう。ウォーヴル選手誘われましたねー。』
鈍い音を立て、ウォーヴルが地面に叩きつけられる。
ゴングが鳴った。
『試合終了ォォォォォッ!勝者、ルゥゥゥゥゥトォォォォッ!』
『終始冷静さを崩さなかったルート選手に軍配が上がりましたねー。』
——三回戦第六試合目。華麗なる花火師、ヤルトイ戦。
「ホッホッホ、なかなか頑張っておるのう。じゃが、魔法の腕はワシのほうがずっと上じゃ。」
「分かってる、です。あなたの戦いも見た。です。」
「そうかそうか。なら今のうちに負けた言い訳を考えておくべきじゃな。」
「そっちこそ、です。」
——ゴングが鳴る。
『おおっとォ! これはァァァァッ!』
『魔術師同士のカードにのみ見られる、詠唱対決ですねー。短縮詠唱と連続詠唱を操るルート選手が勝つか、大魔法の高速詠唱を得意とするヤルトイ選手が勝つか。これは熱い戦いです。ただ、ルート選手かなり詠唱が遅れましたねー。』
「女神よ女神、赤は炎、それは緋色の王、咲くは赤熱の花、爆ぜよ爆砕せよ、その短き生の煌めきを。」
「水よ、押し流せ。氷よ、花開け。」
瞬間、ステージを激流が襲う。そして、その悉くが凍り付く——まさにその時。
轟音とともにステージが爆ぜる。
『赤魔術“インフィニティ・ファイヤーワークス”。超高温の爆風で全てを吹き飛ばす、ヤルトイ選手の十八番ですねー。』
『ですが、こちら実況席には状況が全く見えませェェェんッ!』
溶け、蒸発した水によってステージが真っ白に染まる。
「氷よ、氷塊よ、貫け。」
「むぅ? 今ので終わらぬのか? 女神よ女神——」
ヤルトイは再度詠唱を開始するが、どこからか飛来した“アイスエッジ”に射抜かれ、その大魔法が完成することはなかった。
——ゴングが鳴る。
『な、なんとッ! 試合終了ォォォォォッ! ベテラン花火師を打ち破り、ルート選手が勝利したァァァァッ!』
『いやー、純粋な威力勝負を捨て、あえて相手の大魔法の属性を見てから、合わせて詠唱を開始したということでしょうねー。この判断力の良さには毎回驚かされますよー。』
決勝トーナメント五日目。準々決勝ということもあり、残っている選手もほとんどがレート上位だ。
会場は相も変わらずボルテージに包まれている。
「いよいよ準々決勝、あと三回勝てば優勝だ。」
テルヤは手を組み、祈るようにしながら呟く。
「はい、ここまで来たんですから、頑張ってほしいですね。」
『さーァ、続いて準々決勝第三試合目のカードはァッ! レフトサイド、変幻自在の魔法は盤面を操る! レート第五位ッ! 七色の魔法使い、ルゥゥゥゥゥトォォォォッ! 対するはライトサイド! 勇気、力、筋肉! 追い求めるのはただそれのみ! レート第七位ッ! マッスル・ミュージカル、ミスタァァァァァ・パワァァァァァァァッ!』
『さあ、小技を得意とするルート選手にとって、力押しのミスター・パワー選手は最悪の相性ですよー。頑張ってほしいですねー。』
『カイセッツさんは相変わらずルート選手贔屓ですッ!』
大地を揺らしながら、ミスター・パワーと呼ばれた男がステージに上がる。
全身の筋肉を見せびらかすように、ふんどし一丁で彼は言う。
「ルート君! 君の戦いは見させてもらった! 実にスマートでビューティフルな戦いだ!」
「はあ、どうも、です。」
「ルート君! 戦いに必要なのはなんだと思うかな!」
「冷静さ、です。」
「ウーン、正解だ! だが、パーフェクトなアンサーではないね!」
「はあ……。」
白けた目で彼の言葉を聞き流すルート。
だがミスター・パワーは気にせず続ける。
「戦いに必要なのは!」
そう言って、ミスター・パワーは順々にボディビルのようなポーズをとりながら言う。
「ブレイブ!」
「パワー!」
「マッスル!……だッッッ!」
無言で構えるルート。
「ウーン、クールだねえ。いいよ、ルート君のハートもバーニングさせちゃうからねッ!」
——ゴングが、鳴る。
二十一話は長すぎるので半分に分けました。その2に続きます。