第二十話「七色の魔法使い」
目を覚ます。窓を開ければ、昨日と変わらず外は熱気に包まれている。
いよいよルートの初戦だ。あと六回勝てば優勝。短いようで、長い道のりだ。
着替えを済ませ、扉を開ける。そこにはサルビアがいた。
「おい、なんでこんなところに突っ立ってんだ?」
「いえ、テルヤ様を起こそうかと思ったのですが。やはり仲間の晴れ舞台に寝坊はできませんか?」
「まあな。」
ほほ笑むサルビアに、テルヤはそっけなく返す。だが、彼女は愛おしそうに呟く。
「やっぱり、根は優しい人……。」
「なんか言ったか?」
「いいえ、なんでも。」
人混みをかき分けながら南通りを抜け、中央広場に抜ける。
金貨通りに差し掛かったころには、犬から逃げ回る羊もかくやという混雑ぶりであった。
どうにか闘技場に着き、裏口から関係者席へと進む。
先に来ていたルートの隣に座ると、彼女はこちらに視線は寄こさずに言う。
「待ってた、です。」
「ああ、お前の試合はまだ先だよな?」
「はい、今ちょうど今日最初の試合が始まったところ、です。」
「一回戦の十七試合目か。お前は?」
「二十四試合目、です。」
「そうか。まだあるな。」
「応援してますからね。きっと、勝てますよ!」
サルビアはルートの緊張を解そうとしてか、テルヤ越しに微笑みかける。
「はい、です。きっと、勝つ。です。」
今日もまた、会場が熱気に包まれていく——。
やがて、二十二試合目が終わり、二十三試合目が始まる。
「そろそろ、行く、です。」
「ああ、頑張れよ。」
「頑張ってください!」
「ルートにおまかせ、です。」
ルートはいつもの眠そうな顔で、親指を突き上げた。
『さーァ、続いて一回戦第二十四試合目のカードはァッ! レフトサイド、変幻自在の魔法は盤面を操る! レート第五位ッ! 七色の魔法使い、ルゥゥゥゥゥトォォォォッ! 対するはライトサイド! 襲撃されたガルムスから唯一生還した豪運の持ち主ッ! レート第五十三位ッ! 孤独な敗残兵、ゲイリィィィィィィッ!』
『いやあ、来ましたねー。私のイチオシ選手です。彼女の戦い方は例を見ませんからね。頑張ってほしいです。』
『なんとォッ! 解説のカイセッツさんはルート選手がお気に入りのようだァァッ!』
ステージ上、ゲイリーと紹介された男が口を開く。
「お久しぶりです。といってもまだ二週間くらいしか経っていませんが。」
「だれ、です?」
「ほら、ガルムスであなた達にレディブルのことを話した——」
「ああ、あの弱虫です?」
弱虫と言われ、恥ずかしそうに頭を掻くゲイリー。
「弱虫、ですか。確かにそうですね。私は未熟でした。だから、守るべき都市を失った今、こうして闘技場巡りをして、自分を鍛えようと思ったのです。まあ、まさか最初に参加した大会で決勝トーナメントにまで来れるとは思いませんでしたけどね。」
「手加減はしない、です。」
表情を変えずに言うルートに、ゲイリーも苦笑しながら返す。
「もちろんです。私も、本気で行きます。」
そう言うと、ゲイリーは剣を抜いた。
『さーァ、間もなく試合のゴングが鳴りますッ!』
『まずはどちらが先手をとるかに注目したいですね。』
ゴングが高らかに鳴る。
「こちらから行きますよッ!」
『ゲイリー距離を詰めるッ! 一気に勝負をかけるつもりかァァァッ!』
『魔法使い相手なら定石ですねー。ただ、相手が彼女の場合は悪手でしょう。』
「——炎よ、火柱よ、敵を喰らえ。《ウォール》」
ルートが指を左から右へ振る。
赤魔術”ファイアーピラー“が小規模ながらもゲイリーの進行方向をふさぐように発動する。
『出たッ! ルート選手の短縮詠唱だァァッ!』
『威力が下がりますから、一般的に火力を求められる魔法使いは短縮詠唱を嫌いますが、こういった対人の牽制には抜群の効力を発揮しますねー。』
炎に遮られ、ゲイリーが後方へ飛ぶ。
「土よ、大地よ、沈め。《ポイント》」
ルートが、指を下に向ける。
赤魔術“マッドトラップ”が、ゲイリーの着地点を狙うように発動し、地面がぬかるむ。足を取られる。
「ぐッ……!」
『ゲイリー態勢を崩したッ! すかさずルートが詠唱を開始するッ!』
『さすがの手数ですねー。』
「女神よ、女神。赤は氷。氷塊は刃に変わり、我が敵を貫く。《アゲイン》」
ルートが、二度指を前に突き出す。
赤魔術“アイスエッジ”が時間差で二つ、ゲイリーに飛来する。
一つ、身をよじり、躱す。二つ、躱しきれない——が、剣で弾く。
『ゲイリー防いだァァッ!』
『いい判断でしたねー。』
「女神よ、女神——」
「ッさせない!」
ゲイリーが地を蹴る。
咄嗟に、ルートは詠唱をキャンセルし——。
「土よ、土くれよ、降り注げ。」
赤魔術“ロックレイン”がゲイリーに降り注ぐ。
『届かないッ! ゲイリー届きませんッ!』
『完全にルート選手のペースに持ち込まれてますねー。』
ゲイリーは今一度後ろへ飛びのくと、
「土よ、大地よ、沈め。《ポイント》」
「同じ手は食らいませんよ!」
剣をぬかるみに刺し、一回転。
『躱したッ!』
『いいですよー、対応してますよー。』
だが、一回転した勢いで着地した、その隙をルートは見逃さない。
「氷よ、氷点よ、包め。氷よ、氷塊よ、貫け。」
『連続詠唱だァァッ!』
『大技ですねー。』
赤魔術“フローズンブロウ”によって、視界が霞む。
不可視の刃となった“アイスエッジ”が、確実にゲイリーの脳天を捉え——
貫いた。ゴングが鳴る。
『試合終了ォォォォォッ! 勝者、ルゥゥゥゥゥトォォォォッ! ちなみに、宮廷魔導士団の施した魔法陣により参加者が死亡することはありませんのでご安心くださァァァァァいッ!』
『いやー、ゲイリー選手もよく対応しましたが、いまいち崩しきれませんでしたねー。』
割れんばかりの歓声の中ゆっくりと立ち上がるゲイリーに、ルートが声をかける。
「思ったより、手ごわかった、です。」
「そちらこそ、さすがレート第五位ですね。一方的にやられてしまいましたよ。」
お互い、手を差し出す。
固く握手が交わされ、会場から歓声が上がる。
関係者席で、サルビアと二人顔を見合わせるテルヤ。
「マジかよ、ルートってマジですげえのな。」
「ええ、なんというか、……すごかったですね。」
ボルテージが高まっていく会場の中、二人はただ静かにルートを称賛するほかなかった。