第二話「いや、俺この世界の人間じゃねーじゃん。」
「で、世界を救うって、具体的に何すればいいんだよ。」
青年は椅子に座り直し、少し考えたのちに、魔法陣の外まで椅子を移動させて、そこに座ってから言った。……というか、ずっと“青年”と呼ぶのもバカみたいですね。いい加減彼の名前を聞かせますか。
「その前に、そなたの名前を教えてはくれないだろうか。」
「おっと、まだ名乗ってなかったか? 俺は佐賀照也だ。テルヤがファーストネームで、サガがファミリーネームだ。」
テルヤがそう名乗ると、王は少し驚いたような顔をして言う。
「テルヤよ、そなたも王族であったか。」
「は? 違うけど。」
「む、そうか。では文化の違いか。こちらの世界でファミリーネームを名乗るのは王族だけだったのでな。」
テルヤは興味なさげに相槌を打つと、続ける。
「で、結局何をすればいいわけ?」
「ああ、そうであったな。最終的には“深紅の魔王”を討伐してほしい。だが、奴は信じられない程強い。今のそなたでは勝つことはおろか、渡り合うことも難しい。そこで、世界各地の魔族や、魔王が率いる四天王を倒し、経験を積むのだ。さすれば、魔王の命を奪うことも叶うやもしれん。」
「ずいぶん王道だな。要するに最初の町からちょっとずつレベル上げて魔王倒せばいいわけだ。」
「レベルが何かはわからないが、そういうことだろう。」
テルヤは顎に手を当て、考え込む。
それから、はっと思い出したように言った。
「そういや、俺に与えられた能力ってなんだ?『何らかの能力を与える』って言ってたけど、その口ぶりだとアンタにも分かんねえのか?」
「うむ。ワシにも分からん。」
すると、テルヤは訝しげに眉をひそめ、続ける。
「じゃあ、俺はどうやってその能力が何なのか知るんだ?」
……しまった、考えてなかった。
えーっと、そうですね。実はこの世界は女神によって作られていて、全ての生物は自分の能力を直感的に理解できる魔法を生まれ持って施されている……そう、施されているのだ!よし、それでいきましょう。
えー、ゴホン。
王は自分の頭を指差しながら、言う。
「この世界に生まれた者は、自分の力や特別な能力を直感的に理解することができる。心配はいらないぞ。」
「いや、俺この世界の人間じゃねーじゃん。」
……チッ、なんて面倒な主人公なんでしょう。でも確かに、さっきの設定だと主人公がその能力を持てるはずがないのか。
直接主人公には干渉できないし、じゃあ、その能力を与えることができる魔法があることにしましょう。
…………。
王はそれを聞くと、隣に控えていた大柄な甲冑男に声をかける。
「宮廷魔導士をここに。彼に自己認知付与の魔術をかけさせる。」
「仰せのままに。」
甲冑男は恭しく膝をつき、それからこの広間を後にした。
それからしばらくして、フードを目深にかぶった一人の男が、甲冑男に連れられてやってくる。
男は辛気臭そうな声色で、ため息をつきながら言った。
「では、勇者様。ご案内いたします。」
「ああ……。」
少し訝しげに、しかし促されるまま、テルヤは宮廷魔導士の後をついていく。
しばらく歩くと、少し暗い色の木の扉の前で立ち止まった。
「こちらです。中へどうぞ。」
部屋には同じようにフードを被った男が七人いた。
壁はところどころひび割れており、床には苔が生えていることから、ろくに手入れがされていないことがわかる。
それから、テルヤを案内した男はテルヤを部屋の中央に立たせると、紙束から一枚の紙を抜き取り、テルヤに差し出しながらどこか投げやりに言う。
「えー、これより勇者様に自己認知付与の魔術をかけます。よろしいですか。よろしいですね。よろしければこちらにサインをお願いします。」
一人の男がテルヤにそう聞くと、返事を待たずに他の男が魔法陣を書き始める。
「お前ら返事聞く気ないだろ。」
テルヤは白けた目で男を見る。
「形式上、我々宮廷魔導士が、こうして人の根幹を覆すような魔術を施す際は、人権問題の都合上必ず同意をいただくことになっております。」
「でもあくまで形式上なんだな。その辺はファンタジー世界っぽいというか、なんというか。まあ、好きにしてくれ。」
テルヤが紙にサインしたのを見てから、男たちは詠唱を始める。
「女神よ、女神——」




