第十八話「身勝手女とは一緒にいられねえからな!」
「んじゃ、俺はこれで失礼するぜ、気前のいい兄弟。また会った時には酒でも飲もうぜ。」
「ああ、酒はともかく飯には付き合ってやるよ。」
お互いどこか裏のありそうに微笑みあうと、赤いバンダナの男は去っていった。
だが、中央広場にサルビアの姿はない。
しばらく辺りを見回していると、サルビアと少女が歩いてくる。
「あ、テルヤ様! ご無事で何よりです。」
見れば少女は、薄く伸ばして焼いた生地を四角く折りたたんだ、謎スイーツを頬張っている。
「申し訳ありません、どうしても泣き止んでくれなかったものですから、お菓子を買いに行っていました。ところで、そちらはどうでしたか?」
「ああ、ブローチについて聞いてみたんだが、もうアイツらは持ってなかった。」
「そうですか……。困りましたね。」
だが、残念そうに俯くサルビアを励ますように、テルヤは明るく言う。
「いいさ、次は南通りに行ってみようぜ。どっかの官僚がブローチを買ったらしい。なら、南通りでなにか分かるかもしれねえ。」
「そう、ですね。この子のお父さんもそこで働いているらしいですし、そうしましょう!」
サルビアは元気を取り戻したのか、少女に微笑みかけると、足早に南通りへと向かっていった。
日が傾き始める。
テルヤとサルビアは、宿泊しているホテルの食堂で、高そうな料理を食べていた。
皿に盛られている料理はどれも相変わらず謎だが、ビュッフェだったこともあり見た目の良いものを適当に選んだので、問題はないだろう。
それから、サルビアはにっこりとほほ笑むと、言った。
「それにしても、まさかあの子のお父さんとテルヤ様が顔見知りだったなんて。」
「ああ、俺も驚いたぜ。いつも金券を発行してくれてるおっちゃんが子持ちだったなんてな。」
あの後、テルヤは金券を通貨に両替するために銀行を訪れた。
だが、少女は銀行に着くや否や金券窓口へと駆けていく。
少女を迎えた男——くたびれた、小太りの男は少女を見ると、驚いた顔で言った。
「ああ、マリーカじゃないか。どうしてこんなところに?」
「うん、あのね、お父さんのおしごとのお金盗んだ人をつかまえようとしたんだけどね、にげられちゃったの。それでね——。」
その言葉に、男は顔をしかめると、諭すように、優しく言った。
「マリーカは強くて優しい子だ。でも、危ないことはしちゃいけないよ。お父さんは大丈夫だから。約束できるかい?」
「でも、お父さんのお金——。」
「いいさ、上司に怒られるのとマリーカを失うのだったら、お父さんは上司に怒られるのを選ぶよ。」
そう言って、少女をやさしくなでる男。
「おい、おっさん。」
テルヤはその二人に割って入る。
「ああ、あなたでしたか。娘を保護してくださってありがとうございます。ところで、今日は引き換えですか、発行ですか。」
男は頭を下げ、それからまたいつもの営業口調に戻る。
「引き換えで頼む。……ところでいくら取られたんだ?」
ドカッと椅子に腰かけると、テルヤが言った。
「引き換えですね。それでは、通貨引換券をお願いします。……盗まれたのは金六十です。明日までに何とかしないと、上司から大目玉ですよ。」
力なく笑うと、カウンターの下からハンコを出す男。
「これだ。……アンタも大変だな。」
そう言って、金券を三枚出す。合計は金貨九十枚分。
「かしこまりました。少々お待ちください。」
男は金券にハンコを押すと、裏へと消えていった。
しばらくすると、麻袋を持って男が戻ってくる。
「お待たせしました。金額をお確かめの上、金券にサインをお願いします。」
「はいよ。あと、その麻袋はアンタが持ってってくれ。」
サインをしながら。テルヤがあっけらかんとして言う。
一瞬何を言われたか分からないような顔をして、やがて驚きを露わにしながら、男が言う。
「そ、そんな、とんでもないです。いただけません!」
「今のお前、ひどい顔してるぜ? 金を引き替えてもらうこっちとしても気分が悪い。アンタのためじゃない。俺のためだ。受け取れ。余った分は娘にいいもんでも食わしてやんな。」
フッ、っと格好をつけながら言うテルヤに、男が涙を流しながら頭を下げる。
「おいおい、泣くなよ。娘さんの前でカッコ悪いぜ?」
……いやいや、あなただって婚約者の前でチップ拾ってたでしょ。
小洒落た音楽を聴きながら、静かに食事の時間が過ぎていく。
「いやあ、いいことをした後の飯はうまいぜ。」
「そうですね。ですが、ブローチについては進捗無しですか。」
食事の手を止め、サルビアが溜息を吐く。
「ああ。残念だが、そのうち見つかるだろ。とはいえ、あんまりゆっくりしてるとアリステリアの方が危ねえからなあ……。」
そうして、溜息を吐き合う二人を、音楽は変わらず包み込んでいった——。
日が昇り、また、日が傾き始める。
まだ、手掛かりはない。
日がまた昇り、傾き始める。
まだ、手掛かりはない。
日が、傾き始める。
日が、傾き始める。
また、日が、傾き始める——。
少女たちと別れた日を含めて六日目が終わった。
進捗は、ない。
食事をする二人は、明らかに焦燥していた。
初めのように他愛ない会話もなく、黙々と食事をする。
お互い、気が立っていた。だから、仕方がない、仕方がなかった。
テルヤがゆっくりと口を開く。
「なあ。……ブローチって本当に大事なものなのか? いい加減アリステリアへ行こうぜ。諦めも肝心だ。そうだろ?」
サルビアがテーブルをバン、と叩く。
「言っていいことと悪いことがあります! わたくしにとって、母は! 母の思い出は! 何よりも大切なものなのですよ! 諦められるとでも?」
言って、その目から涙が幾粒も落ちた。
テルヤも机を叩く。
「身勝手もいい加減にしろよ! アリステリアを救うのとお前のブローチを取り戻すのどっちが大事なんだ!」
「なっ、それは……。テルヤ様こそ、カジノにうつつを抜かしていたのは何だったのですか! それこそ時間の無駄遣いです! 身勝手です! だいたい、ルートさんだって身勝手です! こんな時だというのに、まだ闘技場で遊んでいるんですよ!」
ただならぬ雰囲気に、食堂には緊張が走る。
「ぐっ……は、話をすり替えるなよ! そもそも、ルートに関しては実戦経験がどうとか言って許してたじゃないかよ! 自分の都合で他人振り回すなよ!」
「ああ、そうですか! じゃあ、わたくしだけで探します! テルヤ様はカジノでもなんでも行けばよろしいのでは?」
「そうさせてもらうよ! 身勝手女とは一緒にいられねえからな!」
仕方が、なかった。
ああ、どうしましょう。どうすれば……。本来のシナリオなら、ブローチを嗅ぎまわっているサルビアたちを脅すために、悪徳貴族が嫌がらせを始めるのが次の予定でしたが……。
そうですね、こうなっては仕方ありません。この状況を生かすには——。