第十七話「へっ、そう来なくちゃな。兄弟。」
朝に投稿しようと思ったのに、気づいたら夕方でした。
「おいおい、いい大人が何子ども泣かせてんだよ。」
テルヤは男たちのうちの一人の肩を掴む。
その間に、サルビアが少女をなだめる。
「ああ? なんだテメエ。」
振り返った男は、テルヤに顔を近づけると、凄む。
テルヤはニヤリと笑うと、懐から一枚の紙きれを取り出し、男に手渡す。
「あ?なんだ……。へえ。金券か。って、なんだこの額は!」
——金券。正式名称は通貨引換券。各国の銀行が発行する証明書で、専用の窓口で支払った額分の金券を発行してもらうことができる。これにより、かさばることなく大金を持ち運ぶことができるというシステムだ。テルヤが渡したのは金貨三十枚分だった。
……金で解決する気ですか、これは想定外です。
「たしか、三十万円くらいだったか? その額で。まあ受け取れよ。」
「なんだ、気前がいいじゃねえか。なんか裏でもあんのか?」
「話が早いな。俺に情報を売らねえか? もちろん聞いたことは外部に漏らさねえし、お前たちの“仕事”の邪魔もしねえ。その証明がその金だ。」
「信用できねえなあ? これっぽちじゃ。だよなあ?」
男は仲間内で目配せし合うと、手で金のジェスチャーをしながら言った。
「いくらなら信用できる?」
「あと金百枚くらいは欲しいなあ? ん?」
「ほらよ。」
テルヤは顔色一つ変えずに金貨二百枚分の金券を渡す。
「悪い。金百枚の金券は持ち合わせてねえ。それで我慢しな。」
そう言って意地悪く笑うテルヤに、男の顔が驚愕に染まる。
「おいおい、金二百枚かよ。いいぜ、俺の負けだ。だが場所を変えたい。」
テルヤは頷くと、サルビアに声をかける。
「と、いうことだ。その子を見ててやってくれ。」
「分かりました。どうぞご無事で。」
中央広場からは六つの通りが伸びている。
南から時計回りに
一つ、南通り。高価なホテルや銀行、役場などの行政機関がある。
二つ、月光通り。正門や、賭博街に繋がっている。
三つ、水通り。娼館街や酒場街に繋がる。
四つ、北通り。裏カジノや非公認の風俗店が多くある。
五つ、金貨通り。裏門や商業区画、闘技場や競馬場などがある。
六つ、木の枝通り。エルランで働く人の住居や安価な宿がある。
テルヤは今、北通りの、さらに奥。入り組んだ路地の中を進んでいる。
「おい、どこへ行くつもりだ。」
「俺たちのアジトだよ。さっきの口ぶりだと俺たちが何なのか分かってんだろ。」
「そりゃあ、好都合だがよ。いいのか? アジトに案内して。」
「大丈夫だ。どうせお前も“同業者”なんだろ?」
訳知り顔で言う男に、テルヤは話を合わせる。
「へえ、すごいな。なんで分かった。」
「簡単な話さ。あれだけ簡単に大金を出せる割に、お前からは気品を感じない。つまり、貴族や官僚、商人の類じゃあない。なら、あとは裏社会の人間ってわけだ。」
「気品を感じない?」
ちゃっかり悪口を言われ不機嫌になりながらも、すぐに平静を装うと、テルヤは続ける。
「……で、同業者をアジトに招いていいのか?」
「構わないさ。俺たちはお互い情報共有し合って生き残るのが常識だろ?」
テルヤはニヤリと笑って、
「ヘっ、そう来なくっちゃな、兄弟。」
拳を突き出した。
やがて、とある酒場の地下に案内される。
長い階段を下ると、重そうな鉄扉があった。
男は一定のリズムで鉄扉をノックする。すると、鉄扉が重々しい音を立てて開く。
そこには、何人もの、バンダナを巻いた男女がたむろしていた。
「見ねえ顔だなァ……?」
低く、響くような嗄れ声で、髭面の、ことさら貫禄のある男がタバコをふかした。
「はい、ボス。同業者らしいってんで連れてきました。」
「だからよォ……? この国の組織にそンな顔の“同業者”いねェはずだぞォ!」
ボスと呼ばれた男は目の前のローテーブルを蹴る。
その言葉に、その場の全員がテルヤに警戒心を向ける。中には、武器を取るものもいた。
だが、テルヤは臆さずに言う。
「おいおい、やめといたほうがいいぜ。まあ、たしかに俺はこの国の生まれじゃねえ。それに、お前ら盗賊集団とも違う。俺たちはアリステリアで人身売買をしてる組織のモンだ。エルフは美形が多いからな。高く売れる。」
つらつらと出まかせを言うテルヤに、その場にいた者たちは少し警戒心を緩める。ほんと、馬鹿なくせにこういう時だけ頭がよく回りますね。
「あァ、グリーン・カンパニーのモンかァ? 聞いたことあるぜェ。でェ……、その人身売買組織がウチに何の用だァ?」
「ああ、“商品”を売った帰りに、ウチの馬車がアンタらに襲われてな。お嬢のブローチが盗まれた。」
すると、ボスは目を細めながら、声のトーンを落とす。
「ほォ……? それを返せとでも言うつもりかァ……?」
「まさか。それはアンタらの“仕事”の結果だ。タダで返せなんて虫のいい話は言わねえよ。ただ、そのブローチを盗まれてお嬢は酷く悲しんでてな。目も当てられねえんだ。だから、買い取りたい。もちろん、言い値で払うぜ。」
その言葉に、ボスはゆっくりと煙を吐きながら、言う。
「なるほどなァ……。これは大損こいたかも知れねェな。悪いが、ブローチならこの街の官僚に流しちまったぜェ? 契約があるから名前までは言えねェが、ブローチはもう、ここにはねェ。」
「嘘じゃねえだろうな?」
「馬鹿言えよォ……? 持ってたらさっさと吹っ掛けて有り金巻き上げてるぜェ……?」
「それもそうか。まあここにないってのが聞けただけでも儲けものだよ。これは謝礼だ、受け取ってくれ。」
そう言って、懐から金貨五十枚分の金券を取り出した。
「どォも。おい、元居た場所まで案内してやれェ。どォせ結構な距離歩かせてきたンだろォ?」
すると、先ほどの男がテルヤに会釈をして、階段を上がっていった。
テルヤもそれに続く。