第十六話「何年ここに住むつもりですか?」
朝だ。まだ眠い。雲のように柔らかいベッドに、もう一度自分の意識を沈めようとして——。
「テルヤ様? テルヤ様。起きてください。朝ですよ。」
扉がノックされる。声がかかる。
「うるせーよ、昨日も夜まで“仕事”してたの知ってるだろ。誰のおかげでこんないいホテル泊まれると思ってるんだよ。」
布団にくるまりながら、テルヤが叫ぶ。
「仕事って……。カジノじゃないですか! 昨日は競馬にも行きましたね! わたくしのブローチを見つけてくれるんじゃなかったんですか!」
「そのための資金繰りって言ったろー。ブローチが売りに出されてたらどうするんだー。」
むにむにと顔を枕に押し付けながらテルヤが言った。
「もうそれだけあれば、城を一つ建てられますよ!」
「もしかしたら法外な値段で売られてるかもしれないだろー。カジノの営業は昼過ぎからだ。まだ寝かせろー。」
サルビアの声が返って来なくなる。足音が遠のいていく。
ようやく行ったか。昼まで寝ようかとその意識をブラックアウトさせていく——。
ドアが勢いよく開く。
「大丈夫ですか!」
見れば、ホテルの従業員だ。マスターキーで入ってきたのだろうか。
後ろからサルビアが入ってくる。
従業員は困惑したように、言う。
「えっと、お連れ様がご病気なのでは?」
「はい、病気です。ギャンブル依存症です。」
サルビアがあっけらかんとして、言った。
「ああ……。では……。」
気を使ったのか、顔を引きつらせながら従業員が出ていく。
「おい、なんだよ。何の用だ。俺は動かないぞ。」
「さあ、ブローチを探しに行きましょう。」
「あと数日したらな。」
「それを言い始めてもう一週間になります。」
「そうか、じゃああと数週間したらな。」
「何年ここに住むつもりですか?」
サルビアがズカズカとテルヤに歩み寄る。
「なんだよ! 布団からは出ねえぞ!」
ガバっと、布団を剥ぐ。それから、テルヤの腕を掴む。
「さあ、“お仕事”です、勇者様。困ってる人を助けましょう。」
引きずられながら、テルヤが叫ぶ。
「お前結構余裕あるじゃん! そんなに困ってなさそうじゃん! ああ、もう、わかった、わかったから、せめて着替えさせてくれ! こんな格好見られたらお嫁にいけない!」
床に引きずられて、次第にテルヤのパンツが——。
「ひどい目に合った。」
宿泊区画を出て、中央広場に続く大通りを、二人が歩いている。
この上なく不機嫌な——眠いだけかもしれない。——顔をしながら、テルヤが言う。
「ブローチを探すったって、アテはあるのかよ。」
「ないですよ。聞き込みでもなんでもして探せばいいんです。」
「おい。」
「御者さんが言うには、盗賊は真っ赤なバンダナをしていたそうです。おそらく、“深紅のブラッディ・レッド団~風は死を運ぶ~”の仕業でしょう。」
「なんだそれ、中学生のヤンキーでもそんな名前つけないぞ」
テルヤが呆れ返って、肩をすくめながら言う。
「たしかに冗長な名前ですが、凶悪かつ残忍な盗賊集団です。エルラン近辺で、大勝ちした客、逆に賭博をしに来たお金持ちそうな客の金品を狙う集団です。特に、大勝ちした客がよく狙われると聞いたことがあります。」
「まあ確かに、そのためだけに馬車を爆破するのはイかれてるけど。」
テルヤは少し考えて、言う。
「てことは、そいつらのアジトを見つけて、ブローチを買い取ればいいんじゃねえの?」
「どうでしょう。それだけのお金を持っていればさらに足元を見るか、有り金を襲ってでも奪い取ろうとするんじゃないでしょうか。」
「めんどくさいのな。てか、さっきから気になってたけどルートはどこ行った?」
きょろきょろとあたりを見回しながら、テルヤは首をかしげる。
「ルートさんは闘技場に行きましたよ。二日前から開催されている闘技大会のレート戦に参加しているみたいです。」
「あいつも遊んでんじゃん。」
「あなたの賭博遊びと違って実戦経験が積めますからね。あなたのと違って。」
白けた目を向けられたテルヤは、気まずそうに目を逸らしながら言う。
「まあ、さっさとその深紅のなんとか団を探して、ブローチについて聞くか。」
「やる気になってくれて何よりです。」
少し機嫌を取り戻したサルビアとは対照的に、テルヤの顔には不満がにじんでいた。
中央広場。
本来私のシナリオ通りなら、ここで少女を助けるはずでした。ですが、この僕にぬかりはありません。どうあがいても少女を助けてもらいます。
二人が歩いていると、水瓶を持った女をかたどった噴水が見えてくる。
この街の名所“富の噴水”だ。
「へえ、結構賑わってるんだな。」
「ええ、この富の噴水にお金を投げ込むと、その何倍もの富が舞い込んでくるそうですよ。」
「ああ、トレビの泉みたいな感じか。」
「なんです、それ。」
「ああ、いや。俺の世界の話だ。気にすんな。」
そうしてたわいもない話に興じる二人を切り裂くように、誰かが言い争っている声が聞こえる。
「かえして! かえしてよ!」
十歳くらいだろうか、白いワンピースを着た上品そうな少女が、真っ赤なバンダナをつけた男たちにしがみついている。
男たちは少し顔を見合わせると、下卑た笑い声をあげながら、言う。
「ああん? 知らねえなあ? お前の父ちゃんが勝手にスったんじゃねえのー?」
「だよなー、俺らお前の父ちゃんなんて見たことねーしー?」
「てか、俺らがモノ盗むような奴に見えるー?」
「見えねーよなー。ギャハハハハハ!」
男たちに突き放され地面に尻もちをついた少女は、次第に目に涙を浮かべ……。
「うわあああああん!」
天を仰いで泣き始めた。
次回投稿は2022年3月20日までには行われます。
とか言って毎日投稿してるあたり前倒しするでしょうが。