第十五話「やらねえわけねえだろ。」
少し歩くと、街が見えてくる。
エルランは、外壁の外からでも分かるほど騒がしかった。
もう夜だというのに、歓声、そして陽気な音楽が聞こえる。
門をくぐれば、思わず目を細めてしまうほどの光。
テルヤは辺りを見回しながら、問う。
「なあ、今日は祭りかなんかなのか?」
「いいえ、エルランは“眠らない街”。有り体に言えば歓楽街です。娯楽施設が街の建物の六割を占めています。残りの三割が宿泊施設、残りの一割に居住区や商業区画があります。」
「へえ、楽しそうだな。ちょっと寄っていこうぜ。」
背中に背負った御者を迷惑そうにしながらも、テルヤの足が弾む。
「テルヤ様。盗賊に襲われたことをお忘れですか。」
「ああ、そうか。俺ら一文無しじゃん。」
「はい。まずは今日の宿をどうにかして見つけないと……。」
ですが、大丈夫。これもシナリオ通り。この賭博区画を抜けた中央広場で、一人の少女が酔っ払いに絡まれている。その子を助けることで、彼女の家に案内してもらえるという寸法です。さて、《あー、聞こえていますか——》
「俺にいい考えがあるぜ。賭博区画なんだろ? なら金は無限に手に入る。」
「え?」
「え?」
え?
賭博区画の一角、一際大きなカジノの中にテルヤたちがいる。
豪華絢爛。王城の玉座の広間と大差ない——少なくとも、テルヤの目にはそう写ったようだ。——装飾を施された店内には、際どい衣装に身を包んだバニーガールたちがせこせこと働いていた。
《テルヤ? カジノはまだ先です。この街の問題を片づけてから訪れるほうが、よいことがありますよ。》
テルヤは僕の言葉を聞いてか聞かずか、カジノの床に這いつくばった。って、何をしてるんですか! みっともない!
御者のお守をおしつけられたサルビアが、顔を引きつらせながら、言う。
「あの、何を……?」
「落ちてるチップ拾ってんだよ。見りゃわかるだろ。」
ちょっと! 勇者がそんなことしちゃだめでしょ!
「えっと、やっていることは見ればわかります。どういう神経してたらそんなみっともないマネができるんですか、と聞いているんです。」
一応、王族であるサルビアは、音を立てて傷つけられていく己のプライドと葛藤しながら、絞り出すように言った。
ルートも続く。
「きもい、です。」
「うるせえ! じゃあ野宿でもするか? あ?」
テルヤの言葉に、二人は押し黙る。やがて、他人のふりをし始める。
……というか、あなたさっきの僕の言葉聞こえていたでしょう。野宿しなくて済むのになんでわざわざ……。
「けっ、せっかく俺が金を稼いでやろうとしてるのに。薄情者。」
離れていく二人に悪態をつきながら、テルヤがテーブルにつく。
ルーレットだ。ゼロを含めた三十七個の数字のうち、どの番号が来るかを当てるゲーム。
ただし、一つの番号だけでなく、色や、数字のグループで予想することもできるため、当たる確率 は高い。もちろん、予想した範囲が広ければ広いほど、当てたときの配当倍率は下がる。
しかし、どうしてまたルーレットなんでしょう。そもそも、元高校生の主人公にルールがわかるんでしょうか。
そんな僕の心配をよそに、テルヤがニヤリと笑って、言う。
「さあ、神! 見てるんだろ! 次に来る数字を教えろ!」
あっ、このクズ主人公やりやがった!《イカサマじゃないですか、自分の力で何とかしなさい! 難しいでしょう! だったら僕のシナリオ通り、中央広場の少女を——》
テルヤは途端に不機嫌そうになり、言う。
「使えねー。お前の都合に合わせてんだから、ちったあ忖度しろよ。」
あなたが、こちらの、思い通りに、動いたことは、ありませんから!
「どうされますか。」
ディーラーは、何もせず独り言を呟いているテルヤを訝しげに見ながら、言った。
「やらねえわけねえだろ。」
やるんですね。
その言葉に、ディーラーはベルを鳴らす。ベッドの開始だ。
テルヤは黙って、持っていた合計十二枚の一点チップ全てを、迷わずサード・トゥウェルブに置いた。
これは、二十五から三十六の数字いずれかが来ることを予測する賭け方ですね。当たる確率は約三 分の一。したがって配当も三倍。
アウトサイドベッドとは、この主人公意外とルールを知っている……?
ルーレットが回される。ボールが投入される。
ベルが二回鳴る。ベッドは締め切られた。もう後戻りはできない。
やがて、ボールがポケットにゆっくりと、入る。
「黒、三十一。」
予想、的中。テルヤはその事実に喜びを……見せることなくチップを受け取る。
ベルが鳴る。またベッドの開始だ。
だが、チップは三十六点分。安い宿なら、三人が一泊できる。
テルヤは席を立——たない。
え? 目的を見失ったんですか? どうしてやめない——
「面白くなってきたぜ……。」
テルヤは今までで一番、ニヒルに笑った。ああ、この主人公ギャンブルがやりたいだけだ。
テルヤは迷わず、十二点分のチップをセカンド・トゥウェルブ——十三から二十四のエリアに置いた。倍率は、同じく三倍。
夜は更けていく——。
うつら、うつら。
ルートとサルビアはカジノの端で、迫りくる睡魔と戦っている。
テルヤがルーレットを始めて何時間経っただろうか。これでなんの成果もなかったら、どうしてくれようか。
半ば苛つき始めていたその時、テルヤは大きな麻袋を抱えてやってくる。
二人が詰め寄る。
「おそい、です。いつまで待たせる。です。」
「テルヤ様、どう考えても遊びすぎです。宿に泊まるお金を稼ぐのにこんなにも時間がかかるんですか?」
「悪かったよ。でも、俺まだこの世界の相場どころか、通貨すら知らないんだぞ? ろくに滞在したのは王城と小さな村だけ。実質、旅を始めて最初に立ち寄った街はここだ。まあ、でもこれだけあれば足りるよな?」
そう言って、麻袋を開ける。
二人が、固まる。固まらざるを、得ない。
「えっと、これだけあれば、王都で一番いいホテルにひと月泊まれますね。」
「かねもち、かねもちです。」
テルヤは、大勝ちした。