第十四話「悪かったな馬鹿で。」
がたがたと馬車に揺られながら、三人はぼんやりと景色を眺める。
ちょうど、遠くにガルムスが見える。
黒煙はもう上がっていない。だが、無残に崩れた外壁はそのままだ。
重苦しい空気が流れる。
テルヤは、努めて明るく言う。
「なあ、そういや俺らどこに向かってるんだ?」
そのテルヤの言葉に、ルートは驚愕の目を向ける。
「信じられない、信じられないです。出発する前に王様から言われたはず、です。馬鹿、馬鹿です?」
「悪かったな馬鹿で。この絶壁女。」
「誰の、どこが絶壁です? 言ってみる、です。」
「さあな、自分の“胸に”手を当てて聞いてみろ。ああ、触ったらすぐに分かるか。」
意地の悪い顔で、テルヤが自分の胸の前で両手を上下させる。
「いい度胸、です。女神よ、女神。赤は——。」
「よしごめんなさい二度と言いません。」
そんな二人を少し愛おしそうに見てから、サルビアが口を開く。
「次の目的地は、隣国アリステリア、エルフの国です。この国とは南と西が接している、広大な領土を持った国です。現在は国境を越えてすぐの都市、メリーズを目指しています。」
そう、次はエルフの国です。《あー、聞こえますか。この国は四天王の一人、“幻皇シャルテ”が狙っています。ですが、そのことをエルフたちに伝えてはいけません。面倒なことになりますよ。》
さて、伝わったでしょうか。今まではランダムに僕の考えが聞かれたから面倒になったんです。なら、こちらからバラして、余計なことをしないようにしてしまえばいい。単純明快。実にシンプルです。
テルヤは神妙な面持ちで、二人を見る。
「どうかなさいましたか?」
「ああ、未来が見えた。いや、これは未来というより、忠告? なるほど、神の声が聞こえるってのはそういうことか。」
おや、伝わりましたね。こちらが伝えたいことはしっかり伝わる。それなら話は早いです。
考え込むテルヤを心配そうにサルビアが見つめる。
「いや、とにかく。アリステリアも四天王に襲われるかもしれない。」
「なるほど、それは困りましたね。アリステリアには、古代文明が遺したとされるアーティファクトがあるそうなのです。この未曾有の魔族侵攻の折、勇者招来の際にはアーティファクトを譲るよう、我が国とアリステリアとで協定を結んでいました。もしそれを四天王に奪われれば、厄介なことになるかもしれません。」
「ずいぶんと詳しいな。」
「ええ、わたくしのお父様が結んだ協定ですから。」
「そういうもんか。」
テルヤは少し納得したように頷く。ほんと馬鹿な主人公でよかったです。
さて、サルビアにアリステリアの状況を伝えてもらったところで、ひとまず主人公には強くなってもらわなければなりません。現状、主人公は申し訳程度に腰に下げている小さなダガーですらまともに扱えないクズなのですから。とはいえ、彼が戦闘能力を身に着けるのはもう少し先になりそうですね。えーと、僕の予定では——。
彼は宿泊のために立ち寄る街“エルラン”で厄介ごとに巻き込まれることになっていますね。
さて、今度こそ主人公が思い通りに動いてくれればいいのですが。
遥かなる稜線に、太陽がゆっくりと沈んでいる。
半日以上も馬車に揺られ、うつらうつらと、三人を睡魔が襲っている。
「もう間もなくエルランに到着します。」
御者が言う。ようやく着くのかと、三人が伸びをし始めたとき——。
轟音。
馬車が大きく左右に揺れる。
耳障りな金属音をさせながら、馬車が右に傾いていく。
悲鳴、混乱。
ガタガタガタガタ、と大きく馬車が上下に揺れる。
やがて、一瞬ふわり、と浮遊感が訪れ——。
——衝撃。
三人の意識は闇へと沈んでいく。
目を覚ます。歪む視界に目を凝らす。
次第に状況が見える。ルートとサルビアが目の前に倒れている。幸い、目立った外傷はない。
あたりは暗い。どうやら夜になったようだ。
馬車が倒れている。よく見れば、左側の車輪が大きく変形している。
轍をたどれば、十メートルほど後ろの地面が大きくえぐれている。爆発の類か、いずれにしても自然に起きたとは考えにくい。
襲われたか。しかし、二人が無事だということは盗賊の類だろうか。
「ん……いったい何が……。」
サルビアが目を覚ます。彼女もあたりを見回し、茫然としている。
テルヤはルートの元へ行くと、その頬を叩く。
「おい、大丈夫か。起きろ。」
「うぅん……。」
どこか苦しげに眉を顰め、やがて目を開ける。
二人が現実に体を馴染ませきったところで、テルヤが口を開く。
「どうやら俺たちは襲われたみたいだ。多分、盗賊の類だろう。」
その言葉に、サルビアはハッと頭を上げる。
「御者さんは! 御者さんは無事でしょうか。わたくしたちはともかく、御者さんは馬車の外にいました。無事じゃないかもしれません!」
その言葉に、テルヤたちは馬車の周りを調べる。
すると、少し離れたところに誰かが倒れている。御者だ。
頭から血を流し、意識も失っている。だが、幸い息はあった。
「よかった。生きてるぞ。多分その背の高い草がクッションにでもなったんだろう。」
「本当に良かったです。」
サルビアは胸をなでおろすと、治癒魔法を御者に施す。
少しの沈黙ののち、ルートが口を開く。
「盗賊に襲われたなら、荷物は無事、です?」
サルビアは自分の鞄を確かめる。
テルヤは重苦しく首を振る。
「いや、食糧はダメだった。金に関しても取られてる。地図や武器……つっても俺のダガーだけだが。そういうのは無事だった。」
ルートはその言葉に、困ったように続ける。
「まずい、です。それじゃあ、今夜は野宿、野宿です。」
「うーん。まあ、幸い街までは近い。ひとまず街に行ってから考えよう。」
そうして今後を話し合っている二人と対照的に、サルビアはまさに、顔面蒼白。尋常じゃない汗をかいていて、明らかに動揺している。
「ない……。」
「どうした、お前もなんか盗まれたのか?」
「わたくしの大切なブローチが、ないんです……。」
震えながら呟くサルビアに、テルヤはどこか気まずそうに言う。
「そりゃあ残念かもしれないけど……いや、残念だけど、そんな高そうな物持ち歩くなよ。」
「テルヤ。デリカシーない、です。さいてー。さいてーです。」
責めるルートに気圧され、テルヤも申し訳なさそうに謝罪する。
「いえ……。不用意にそういったものを、旅に持ち込んではいけないのは、わたくしも理解しております。でも、あのブローチはお母様の形見なのです……!」
下唇を噛むサルビアの肩に手を置くと、安心させるようにテルヤは、
「大丈夫。取り返しちまえばいいだけだろ?」
そう言って親指を立てて……そんな気の利いたセリフ言えるなら、もっと普段から気を利かせらんないんですかね?