第十三話「さあ、行こうぜ。俺たちの旅路へ!」
「おい、なんだよ、今の。サルビアが誰の支配下にあるって?」
————。
困惑するテルヤの思考を分断するように、部屋のドアが音を立てて開く。
「てーるーやーさーまぁ。」
サルビアだ。だが、いつもと様子が違う。
「まさか、サルビア、操られて——。」
身構えるテルヤ。だが、気づく。
むせかえるような酒の匂い。頬は上気して、目はうつろだ。
「おい、まさか、酔ってるのか?」
「あいしてまーす、てるやさま! ああ、いいにおい……。」
彼女はテルヤに抱き着くと、胸に顔をうずめる、
「お、おい、離れろよ。誰かに見られたらどうする」
テルヤはじりじりと後ずさりする。
「いーんでーすよぉ? わたくしたちは婚約者ですぅ。むしろみせつけちゃいましょー」
彼女はそう言って、テルヤを徐々にベッドへと追いやっていく。
「いや、ほんと、やめろって……。」
やがてテルヤの足が、ベッドに当たる。
ばさり、と二人がベッドに倒れこむ。
彼女の息遣いが、聞こえる。
彼女の手が、テルヤの胸元をなぞる。
次第に彼女の手がみぞおち、腹へ——。
「あああああ! 助けて! 襲われる!」
テルヤは、否、このヘタレ主人公はサルビアを押しのけると、廊下へ駆け出した。
「女神よ、めがみ。しろは力。前へ進む者にしゅくふくを。」
呂律の回らない舌で、サルビアが白魔術“ヘイスト”を唱える。
「ふっざけんな! こんなことに魔法使うなよ!」
「てるやさまがいけないのです。わたくしは、あなたをこんなにも愛しているのにぃ!」
「俺たちまだ会ったばかりだからあああ! まだ早いからあああ!」
テルヤは走った。四天王との一戦より早く、走った。
テルヤは生還した。
サルビアは散々大騒ぎしたあげく、ぱったりと動かなくなった。
制服のスラックスはどこかへ行った。まあ、此方へ来てからずっと履いていたものだから惜しくはない。ただ……。
「あら、勇者様が下着姿よ。」
「姫様と追いかけっこをしていたって聞いたわ。」
「やだ、それって……!」
メイドたちの視線がテルヤに刺さる。
「おい、見てねえで着替え持って来いよ!」
恥ずかしさに耐えられず、テルヤが叫んだ。
ヴェルヘン城門前、質素ながらしっかりとした作りの馬車、それも幌張りではない、客車付きの馬車の前に、テルヤたちは居た。
「頭が、頭が痛い……。」
「まさか何も覚えてないとは思わなかったよ。昨夜は大騒ぎだったんだぞ。」
「申し訳ありません……。まさかヨーグレーだと思って飲んだものが煮沸前だったとは思わなくて。」
恥ずかしさか、頭痛のためか頭を抱えながら言うサルビア。
そんないたたまれない雰囲気を切り裂くように、ガームルが馬車へと近づいてくる。
「ああ! なんと嘆かわしい! この私を置いて、テルヤ様が行ってしまうなど!」
ガームルは泣いているしぐさを大げさにしながら、言った。
「お前ほんと、何から何まで怪しいやつだよな。もう少し素の自分を見せたらどうなんだ。」
「なんと! 私は生まれたときから、一秒たりとも自分を偽ったことなどありません! この私が、信用できないと! おっしゃるのですか!」
「うん。」
「ああ、なんということでしょう!」
終始大仰に手を振りながら、しかしどこか楽しそうに言うガームルは、やがて何かを思い出したように、テルヤに何かを差し出した。
「忘れていました。これを持って行ってください。きっと間違いなく役に立ちます。このガームルが保証いたします。」
見れば、小さなブレスレットが三つ。
テルヤには、否、三人には見覚えがある。
「これは、テレポートの腕輪か。」
「はい、先の戦闘で使った一回限りの魔法陣ではなく、この王城に何度もテレポートすることができるブレスレットです。このガームルが、皆様のために用意したものです。」
「なんだかんだ、いいやつ、です。」
ルートが相変わらず眠そうな顔をしながら言った。
「そうだな。助かるよ、ガームル。」
テルヤは素直に礼を言うと、馬車に乗り込む。
やがて、馬車はするすると大通りに向けて走り始める。
大げさに手を振るガームルを横目に、テルヤは大きく決意するように、言う。
「さあ、行こうぜ。俺たちの旅路へ!」
「すみません、頭に響くので静かにしてください。」
この主人公はどうして、こう……。
シリアス気味に始まった序章が終わりました。次話からギャグ要素が増えます。