ストーカーを大人しく家にあげてみた
ストーカー家にあげます
陰キャ擬きと四時間二人きりの時間を終え────
「やっと終わった……」
バイト先から家へ帰るべく俺は一人夜道を歩いていた。
「日中は温かくても夜は冷えるな……」
今日に限ってよく冷える。つい一~二か月前まで日中でも寒く、季節も春に近づいてはいるものの、まだ冬の名残が残っているから仕方ない
「早いとこ帰るか……」
俺は歩くスピードを上げた。夜が更け、どんどん気温が下がっては敵わん。早く家に帰って布団に入りたい
少し歩いたところで俺が住んでるアパートに到着。階段を上がった
階段を上がり俺は突き当りの部屋へ向かって歩く。そこが俺の家だ。部屋の前に着き、上着のポケットから鍵を取り出し、ドアを開けた
「ただいま~……って返ってくるわけないか」
一人暮らしというのは気楽なものだが、寂しさを感じる時もある。ただいまを言って返事が返って来ない時、ふいに虚無感や孤独感に襲われる。部屋が静寂に包まれ、夜の闇も相まってか余計に
「バカだな……そんなわけなにのに……」
俺は孤独じゃない。学校の友達はそれなりにいるし、バイト先にだって親しい同僚や先輩、後輩だっている。決して孤独じゃない……はずなんだが……
「疲れてんのかな……」
バカな考えを払拭し、廊下の電気を点けてリビングへ向かう。何、自分が孤独だと感じるのは夜だからだ。朝になればバカバカしい考えも吹き飛び、またいつもの日常が始まる。そう思っていた
「部屋がバイト行く前に比べて綺麗になってるのは気のせいか?」
リビングに入った途端に違和感を感じる。部屋全体に変わった様子はないのだが、心なしか綺麗になっているような気がする。脱ぎっぱなしだった寝間着が消えているのが立派な証拠だ
「服が一人で歩くわけないよな……」
昔の人は年月を経れば物にも魂が宿ると言っていた。実際、物に魂が宿るわけじゃなく、物を大事にしろという事を伝えるために誰かが言ったのだろう。まさか俺の寝間着に魂が宿り、タンスか洗濯カゴに……って、そんなわけないか
「誰の仕業だ?」
俺は今の今までバイトで留守にしていた。学校で親しい連中の中に合鍵を渡した奴はいないから同級生の線はない。合鍵を持っているのは両親と大家だけなのだが、両親は絶対ここへ来ない。大家も可能性としては限りなくゼロに近い
「とりあえず家探ししてみっか……」
バイトで疲れてはいたが、どうしても他の場所が気になり、家探しする事にした。普段は部屋が汚かろうと一ミリも気にしない。だが、今日だけは妙に気になった
「収穫なしか……」
ベッドで寝ころびながら家探しした結果を振り返る。言った通り収穫ゼロ。風呂、トイレ、キッチンは特に変化なし。玄関も同じだった。変わっていたのはリビングのみなのだが、何がどう変わったか口で説明するには難しい。例えるならテーブルに溜まっていた僅かな埃が綺麗に拭き取られていたレベルだからな
「気にしすぎか……」
部屋の配置がごっそり替えられたわけじゃない。微妙に何か違ってるような気がするだけ。ただそれだけで第三者からすると大した変化ではない
「明日もバイトか……一緒になるの……だれだっけ……」
ここで俺の意識は途絶えた
あの薄気味悪い夜から数日が経った。違和感は大きくなる一方。当たり前だ。あの日を境に俺の部屋で妙な事ばかり続いてるんだからな。結論から言うと俺はあの日の翌日、とある実験をした。実験と言っても簡単なもの。昼間家を出る前に飯の残骸を残したり、読んだ雑誌を出しっぱなしにしたりと誰かが部屋に侵入した形跡が分かるようにわざと物やゴミを出しっぱなしで家を出ただけ。案の定、夜に帰ってくるとそれらは綺麗に片付けられていた。そして、実験開始から数日後の深夜────
「なんだ……?」
俺は物音で目を覚ました。自分しかいないはずの部屋でする物音は恐怖以外の何者でもない
「幽霊でもいんのか……?」
幽霊がいるのなら俺は親に事情を話して即刻この部屋を出る。いわくつき物件の事故物件になんて住んでられっか! だが、出て行く前に確認が先だ。物件を選んだのは両親。当然、家賃を払っているのもな。引っ越すにしろ、住み続けるにしろこの部屋を見つけた両親に確認するのが筋ってもんだ。俺は枕元にあるスマホを手に取るとすぐに母親の番号を呼び出した
「マジかよ……」
母との電話が終わり、俺は項垂れた。結果を言おう。この部屋は事故物件でも何でもない普通の部屋だった。まぁ、いわくつきだったら住む前に言うか、そもそもが借りたりしない。物音が幽霊の仕業じゃない事だけ分かったからよしとしよう。そうなると誰の仕業だ? って話だけどな
「はぁ……」
寝ている間に物音がするだなんて立派な警察沙汰だ。だが、警察を呼んだところで犯人に逃げられちゃ意味がない。俺は頭のおかしいヤツ認定を食らうだろうし、精々この周辺のパトロールを強化しますで終わり。実際にパトロールをするのか? と聞かれれば多分、しないだろう。被害が出てからじゃないと動かないのが警察だ。だからこそ呼ぶのが躊躇われる。しかし、この現象をどうにかしないと俺は不眠症でいつかぶっ倒れる
「どうしたものか……」
暗い部屋で一人悪知恵を総動員させて打開策を考えるのだが……
「何も浮かばねぇ……」
考えたところで妙案は何も浮かばず。侵入者が男か女かすら分からないのにどうしようもない。結局俺は物音に耐えながら眠る羽目になった
妙な物音が鳴り始めてから三日が経過。三月も半ばを迎えた。あれから毎晩のように妙な物音がし、オマケに妙な視線も感じるようになった。このままじゃマジで不眠症でぶっ倒れそうだ
「そろそろ何とかしねぇとな……」
たかが三日、されど三日。不可解な事が続くと三日でも長く感じる。俺の精神は摩耗しきっていた
「はぁ……」
まだぶっ倒れるレベルじゃないが、いつかぶっ倒れるって考えただけでも恐ろしい……まだ三日目だけど
「貴重品の確認だけでもするか……」
通帳とか盗られてたら笑えない。俺はスマホのライトを頼りに食器棚の方へ向かった
食器棚の前で俺は深い溜息を吐く。最悪の事態を想像するだけで気が重い
「通帳盗まれてたらこれから賄いだけを頼りに生きていかないとか嫌なんですけど……」
多くバイトするって事はだ、給料がそれだけ増える。一人暮らしの身としては金はあるに越した事はないけど、稼ぎすぎるのも問題だ。親の扶養から外れる可能性があるからな。それだけは避けたい。だけど、飯は食いたい。従業員でもタダで飯を食えるほど俺のバイト先は優しくない
「どうか盗まれてませんように……」
神頼みしながら俺は食器棚の引き出しを開けた。今だから言えるけど貴重品の類が盗まれてなかったからいいが、得体の知れない人物が部屋の中にいるって想像しただけで恐怖だ。幽霊の類だったら尚更な
「貴重品は無事か……」
通帳の無事を確認した俺はホッと胸を撫で下ろした。同時に侵入者がどこにいるのか、何がしたいのか? という疑問が浮かぶ。人の家に侵入しといて通帳に手を付けていない。明らかに変だ。高校生が一人暮らししている部屋に侵入してくる時点で変なんだけどよ
犯人の理解不能な行動に頭を痛めながらベッドに戻るとそのまま目を閉じた
ベッドに入り目を閉じたはいいのだが……
「ね、寝れねぇ……」
眠れない。緊張でとか、暑さ寒さで眠れないのではない。誰に見られているような気がして眠れないのだ。体勢を変えてみたり、羊を数えてもみた。だが、全然眠れない
「目だけ閉じとくか……」
目を閉じとけばそのうち寝れる事を信じ、再び目を閉じた
物音と視線で眠れなかった夜から一週間。三月も残りわずかとなったある日の昼。俺の疲労は限界を迎えていた。当たり前だ。毎晩物音に叩き起こされ、視線で眠りを妨げられてるんだから。オマケにバイトが終わって帰れば部屋の配置がちょこちょこ違っていたなんて事もあったしな
「引っ越すかなぁ……」
発狂はしなかったが、限界ではあった。このままだったら狂ってしまいそうだった
「狂いそうだ……ん? 狂う?」
自分の未来を口に出したところで閃いた。狂ってしまえばいいだなんて言わないし、警察へ突き出すつもりもない。警察になんか突き出せば厳重注意が関の山。再犯しない保証はどこにもない。じゃあ、どうするか? 簡単だ
「家事全般押し付けてやる……」
不法侵入してる奴の性別、目的はどうだっていい。家事を押し付けてしまえばな。我ながらぶっ飛んだ考えだとは思う。だって家事面倒なんだもん。と、いうわけで、不法侵入者に家事全般を押し付けたいと思います。そこから俺の行動は早かった。まず最初に部屋を適当に散らかし、合コンに行ってくる。文句あるなら書置き残しとけとメモ書きを残して家を出た。書置きの内容は何でもよかった。合コンに行ってくると書いたのは何となくだ
書置きを残した日の夜。バイトが終わり帰宅した俺が見たものはいつもと同じ光景。書置きも朝のまま
「あんなアホなモンに文句を書く間抜けはいねぇか」
我ながらアホなメモを残したものだと自分の貧困な発想力を恨みながらこの日は眠りに就いたのだが……
眠りに就いてから一時間くらいが経過した頃。ドアが勢いよく叩かれる音で目が覚め、眠い目を擦りながら玄関へ行き、覗き穴を確認すると……
「誰だ?」
目のハイライトが消えた黒髪の女が立っていた。彼女には見覚えがある。バイト先に一度客として現れ、終始俺を凝視していた妙な女だ
『ねぇ? 開けて? 朝陽君、いるのは分かってるんだよ? 早く開けて?』
「……………」
これは……もしかしなくてもストーカーだよな?
『ねぇ? 何で開けてくれないの? いるんでしょ?』
彼女はドアを勢いよく叩く。近所迷惑を考えろよな……。彼女はドアを叩きながら開けろと連呼するが、俺が要求に応じる事はしない。彼女が俺の部屋に侵入してきた犯人だとしたら俺がカギを開けてやる必要はないからだ
『はぁ……開けてくれないか……仕方ない、今日は帰るね』
ようやく帰ってくれるのかという思いとやっと終わったという思いがこみ上げ、俺は安堵の息を漏らす。覗き穴を確認すると彼女の姿がない
「やっと終わったか……」
足音が遠ざかるのを確認した俺の口から出たのはやっと帰ってくれたじゃなく、やっと終わった。あの常軌を逸した行動を見れば証拠がなくとも自分の部屋に侵入していたのは彼女だと嫌でも解る
「寝るか」
彼女がいなくなったのを確認し、一息ついたその時────
「────!?」
覗き穴にいきなり彼女の顔がアップで映り……
『居留守使ってるのは知ってるよ?』
目が合った……ような気がした
「嘘だろ……」
今の俺はきっと感覚がマヒしていたのだろう……恐怖よりも彼女の執念深さに驚嘆していた
「やっぱりいたんだ……さっきから呼んでるのにどうして返事してくれないの?」
項垂れていると不意にカギが開けられ、彼女の手によってドアが開けられた
「やっぱり……」
彼女が目の前に現れても恐怖はなかった。家事を押し付けると決意した時点で恐怖など吹き飛んでたからな
「えへへ……やっと会えたね」
恍惚のポーズで俺を見つめる彼女の目に光はない。コイツはヤンデレだと実感した瞬間である
「デスヨネー」
部屋に侵入してくるような奴だ。合鍵の一つ持ってても不思議じゃないと思ってたが、やっぱ持ってたらしい。俺は笑うしかなかった
入って来られた以上、高校生の俺には成す術はなく────ごめんなさい、嘘です。警察に通報する事くらいはできました。そうしなかったのは彼女から諸々の話を聞きたかったから通報しなかっただけです
女をリビングに通し、テーブルに就かせると俺は彼女と向かい合う形で座る。そして────
「とりあえず自己紹介から始めましょうか」
「そうだね。とは言っても私は朝陽君の事よーく知ってるから必要ないけど」
「俺には必要なんです。貴女の名前やご職業を何も知らないんですから」
「そうだったね。じゃあ、改めまして遊津陽葵です。年齢は朝陽君より八歳年上の二十四歳で職業はフリーでイラストレーターをしています♪」
そう言って笑みを浮かべる彼女────陽葵さん。なるほど、自由に仕事してるから昼間ここへ入ったりできたわけだ。何はともあれ、この人どうするかなぁ……
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました