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陰キャとバイトしてみた

はい、二話目です

 諸々の仕込みが終わり、厨房の時計は四時五十五分を指していた。仕込みは終わってるからいつでも開店できる状態なのだが……


「マスター、開店しないんですか?」


 カウンター席でぼんやりしているマスターに声を掛ける。仕込みと言ってもトッピングのもやしを茹で、ランチの人達がタレに付けて行った味玉を回収し、チャーシューを切り、茹で麺機のお湯を沸騰させ、大きな寸胴鍋の火は……ランチ終わりに弱火にしてあるから強めるだけ。夜の時間は不足しているものがなく、込み合ったりしない限りは暇なのだ


「あー……今日は臨時休業にしようと思ってなぁ……」

「何言ってんすか?」

「何って休業宣言?」

「意味分からないんですけど……」


 この人は時々ぶっ飛んだ事を言い出すから困る。休業日が具体的に明記されてなく、休みと言えば年末年始くらい。後は大規模なメニュー替えの時か? とにかく、突然休業はあり得ないとだけ言っておく


「いや、気分じゃないし」

「気分じゃないと言われましても……それに、二号店の方はどうするんです?」

「あー……あっちはぶっ通しでやってるからそのまま営業を続けさせる」


 二号店の存在に関して言えば俺は噂でしか聞いた事がない。実際にあるらしいのだが、他の先輩バイトやマスターの口から聞いた事はあっても真実かどうかは分からん。っと、今は二号店よりも営業の有無だ


「そうっすか。で? この一号店は?」

「今日は休業にする。朝陽、帰っていいぞ」

「いやいや! 仕込み済んでるんですけど!? もうすぐもう一人が来ちゃうんですけど!? 俺は賄い目当てで来てるんですけど!?」


 俺は慌てて厨房から出るとマスターに詰め寄った。営業をするか否かの決定権は彼にあるが、仕込みが終わった状態で休業は困る。特に米。もうガス炊飯器の方にセットしてしまった。いくら春だとはいえ、一晩放置はマズい


「あー……そうだったな……今日のシフト朝陽と誰だっけ?」

「それくらい把握しておいてくださいよ……」


 バイトのシフト表はない。新人バイトは面接時どの日に来れそうかを聞いて適当に放り込む。慣れてきたら徐々にシフトを増やすのがこの店の基本スタイル。二号店の方にはシフト表があるらしいのだが、ここにはない。シフトをちゃんと把握できるのはマスターだけだというのに……全く


「シフトよりも女の子の方が大事なんだよ」

「知りませんよ」

「知っとけよ」

「女の子って言ってもキャバ嬢でしょ? だったら知りませんよ」


 マスターの女好きに溜息を漏らしつつ今日入る自分の相方が誰なのかを思い出す。確か……棚原(たなはら)だったか


「俺は女の子以外に興味はない!」

「はいはい。んで、今日のシフトですが、確か俺の相方は棚原だったと思います」

「あー、あの陰キャ擬きか……」


 そう言ってマスターは眉間に手をやる。棚原は決して悪い奴でも陰キャでもない。俺と同じ高校に通う同級生だ。目元を髪の毛で隠し、ボソボソと喋るから陰キャと勘違いされるが、実はスゴイ奴だったりする。ラノベとかである高スペック陰キャってやつだ


「陰キャ擬きって……」

「事実だろ。だってアイツは────」


 マスターが何かを言いかけた途端、店のドアが開けられた。入って来たのは棚原その人。目は前髪で隠れ、牛乳瓶の底みたいなメガネをかける彼は陰キャそのものだ


「おはようございます……」

「棚原、お前遅刻だ」

「おう、おはよう」


 マスターのボケと俺の挨拶をスルーし、棚原はスタッフルームの方へ無言で歩いて行った。俺達は彼の後ろ姿が見えなくなったのを確認するとマスターは呆れたように深く息を吐いた


「まーだ陰キャの芝居続けるのか……」

「本人曰くバレると面倒らしいですよ」

「そうなのか?」

「ええ、何しろ元が元ですから。中学時代それでエライ目に遭わされましたし、事実ここでも一回大騒ぎになったじゃないですか」

「俺としては面白かったんだが……」

「面白かったって……あの後大変だったんですからね?」

「へいへい」


 棚原が陰キャを演じていてもマスターが何も言わない理由はただ一つ。彼が本当の陰キャじゃない事を知っているからだ。もちろん、俺達バイトも。早い話が棚原の素顔が露呈して大騒ぎになったのだが……その話はまた今度にしよう


「あの……掃除したいんですけど……」


 着替えを終えた棚原が雑巾を片手にやって来た


「お、おう……」

「わ、悪い……」

「いえ……」


 俺達がそそくさと離れると持っていた雑巾で黙々とカウンターを拭き始める棚原。その姿はマジで陰キャそのもの。家の言いつけだかなんだか知らんが、正体バレてるんだから無理する事ないと思うのだが……



 カウンターを拭く棚原に内心溜息を吐いているとマスターが店を後にした。俺は拭き掃除を棚原に任せ、ホールの掃除にあたった。で、あっという間に五時。開店の時間が迫り、俺はスタッフルームへ向かい、有線を点けた


「これでよし。後は店を開けるだけだ」


 有線を点けると店内にJ-POPが流れる。もちろん、これは俺の趣味じゃなく、マスターの趣味だ。店の雰囲気に合わせたとの事らしいが、バイトの度に同じアーティストの曲は飽きる




「ジャンケンタイムだ」


 スタッフルームを出てホールへ戻ると腰に手を当て、仁王立ちの棚原がいた。マスターがいなくなったから素の自分を出したか……


「ジャンケンタイムと言われてもなぁ……」

「何だ? 不満でもあるのか?」

「不満っつーか……お前、店開けたら陰キャ演じるんだろ?」

「あたぼーよ。家の言いつけって事もあるが、女共に寄り付かれるとウゼェ」


 見た目に似つかわしくない事を言う棚原。見た目が見た目なだけに自意識過剰な奴の痛い発言にしか聞こえない


「その見た目だったら女は寄り付かないと思うぞ? ぶっちゃけ人が寄り付かないまである」

「俺としては大いに結構だ。アイツにバレると後々面倒だからな」

「はぁ……お前はつくづく面倒な環境にいるんだな」

「朝陽だけだ。そう言ってくれるのはな。ところでジャンケンなんだけどよ」

「いいよ。俺がホールやるから。演技とはいえ、陰キャをホールに出した方が心配だ」

「わ、悪いな……」

「別に構わねぇよ」


 担当が決まったところで話し合いは終了。頭にタオルを巻き、俺はのれんを掛けるため外へ出て、棚原は表の看板を点けるために厨房の奥へ引っ込んだ





 店を開けてから早いもので一時間。現時刻は十八時。俺と棚原はこの一時間ずっと暇を持て余していた。というのも不足している物は全て昼間の人達が補充していってくれたらしく、全て万全。米を炊き始めるのも後五分してからでも遅くはない


「棚原、最近彼女とどうだ?」

「いきなりなんだよ?」

「別に。ちょっと聞いてみただけだ」

「どうもねぇよ。普通だ」

「そうか、普通か。それは何よりだ」


 会話終了。俺と棚原は再び無言になってしまった。ただ無意味にJ-POPだけが店内に響き渡る


「暇だ……」

「全くだ」

「今日何曜だ?」

「火曜だ」

「飯時だよな?」

「ああ」


 平日の夜だからリーマン連中はさっさと家に帰るだろうし、学生は……まだ春休みだからこの時間に出歩いてる奴は余程の事情がない限りいない。早い話が客が来ねぇ。開店してから一時間しか経ってないから仕方ねぇか


「先に飯食うかな」

「その方がいい。忙しくなってからじゃ飯食って接客しては大変だ」

「だな。んじゃ、俺が先に飯食っていいか?」

「ああ。俺は食いながらでも仕事できる」

「それじゃ、遠慮なく────」


 俺が調理台に立とうとしたその時だった。一人の女性が入って来た。艶やかな黒髪を靡かせ、高そうなバッグを手に下げ、スーツ姿であるところを見るにどこかでOLをしてると見た。もしかしたら面接の帰りかもしれないが、客の事情など飲食店の一店員である俺達には関係ない


「いらっしゃいませー」

「い、いらっしゃいませ……」


 気怠さを隠し、無理に明るく挨拶する俺と陰キャモードで挨拶する棚原。相反するように見えるだろうが、俺達の思ってる事は一つ。あぁ……来ちゃったよ……。棚原も口には出してないが、眼鏡の奥に見える瞳がそう言っていた。接客業に従事するものにあるまじき思考だが、嫌なものは仕方ない


 場違いなはずなのに彼女の容姿が整っているせいか食券機の前に立つ姿もさまになってる。俺は一瞬だが目を奪われてしまった。食券を買い終えた彼女は俺が誘導する前に席に着いた


「食券お預かり致します」

「うん、よろしくね」


 二コリと微笑む彼女はザ・大人の女性って感じでキレイだ。俺は食券を受け取るとそのまま調理台がある位置へ行き────


「醤油ラーメン一丁!」

「へ、へい……」


 声高らかにオーダーを通した。対して陰キャを演じている棚原はおどおどした感じで調理を開始。今更ながら思う。真実を知らない奴が見たらコイツはホール……というか、接客業には向かないなと




 オーダーを通し、調理場に戻ったはいい。それはいいのだが……


「…………」

「え、えと……」


 女性客がさっきから俺を凝視している。特に何もせず突っ立ってるだけなのに何で見つめる? 何かこの人を不快にさせるような事したか?


「朝陽君……」

「ど、どうして俺の名前を?」

「ふふっ、それは後の秘密」

「は、はぁ……」


 この店は名札を付けるシステムじゃない。それに、俺はこの女性を知らない。どっかで会った事あるか? 話した事ねぇし、親から紹介された事もない。新しく赴任した教師の線もなくはないが……一介の教師がわざわざ生徒のバイト先まで来るか? 新任の教師だったら俺だけじゃなく、棚原にも何かしらのアクションがあるはずなんだが……


「私は朝陽君しか見てないからね」

「そ、そうっすか……」


 突然そんな事言われても困るが、相手は客だ。俺は適当に相槌を打つしかできなかった

今回も最後まで読んで頂きありがとうございました

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