第7章 真実へ
いつか聴いたことのある、懐かしい歌声─。
この作品は「不思議の国のアリス」と「白雪姫」のオマージュ作品です。
「不思議の国のアリス」と「白雪姫」のキャラクター名を使わせていただいてますが、キャラクターの性格は原作と異なる場合があります。
第7章 真実へ
森はずっと続いている。
奥へ、奧へ。アリスたちはひたすら歩く。
しばらく歩いていると、どこからか歌が聞こえてきた。少女の声だ。
アリスはその声を聞くと切なさでいっぱいになり、足を止めそうになる。
(何故だろう、この声を聞いたことがあるような、どこかで…)
そんなはずはない、とアリスは自分に言い聞かせる。
「誰の声だろう?声のする方へ行ってみよう」
白兎の言葉にアリスは頷き、再び歩き出した。
その声は、ただひたすらに美しいとしか言いようがない。まるで一切の濁りもないガラス玉のよう。
歌声はまるで、こっちへおいでとアリスたちを誘っているかのようである。
しばらくすると、日光が木々に遮られず、明るい場所が見えてきた。水の流れる音が聞こえ、その方向を見ると小さな泉があった。
そして、その近くには歌声の主の少女の姿が見える。少女の烏色の髪の毛は、日だまりの中でいっそう輝く。すると少女はアリスたちの存在に気づき、歌はそこで途切れた。
「貴方たち、だあれ?」
黒く、独特の輝きを放つ少女の瞳はじっとアリスを見つめる。
「あ、名前を訪ねるときは自分から名乗るんだったわ」
そう言って少女はアリスをじっと見つめる。とたんにアリスは少女から目を放せなくなる。
そして、少女は言った。
「私、白雪姫っていうの」
♤ ♡ ♧ ♢
………。
この気持ちは何だろうか。とてつもなく切ない感情が、アリスの胸を締め付ける。
アリスがぼーっとしていると
「アリス、自己紹介!」とハートの女王が言い、アリスはやっと今の状況を思い出す。「あ、えっと…」
「私は、アリス。『不思議の国のアリス』の主人公なの」
「不思議の国のアリス…?私、その本を呼んだことがあるわ」
そう言って、白雪姫はアリスたちをじっと見つめる。
「貴方たちは確か…ハートの女王、チェシャ猫、白兎か三月兎のどちらか、そしてメアリーアンよね?でも、貴方は物語に登場しないからわからないわ」
「ああ、僕はルイスっていうんだ。そして彼は三月兎ではなく、白兎だ」
「ルイスはね、物語の作…」
作者と言いそうになった白兎の口をチェシャ猫が押さえる。
「何するんだよ、いきなり!」
そう言う白兎に向かってチェシャ猫は小声で言う。
「まだ白雪姫が何者かわからない。だからルイスのことは黙っておいた方がいいだろ」
「…そっか」と白兎は呟く。
「そういえば、私も『白雪姫』を本で読んだことがあるわ」
ハートの女王の言葉にルイスは驚く。
「白雪姫、君も物語の登場人物なのかい?」
ルイスの言葉に白雪姫は「ええ、そうよ」と答える。
「…物語通りの生活をしなくてもいいの?」
「前は物語の筋書き通りの生活をしていたんだけど、私が『白雪姫』の原作本のページを破いたら、皆自由に暮らせるようになったのよ」
──似ている。アリスのと似た状況に白雪姫もいる。ということは…?
(「不思議の国のアリス」の世界の他に、「白雪姫」の世界も存在するということ…?)
アリスはそう考えるが、何か引っかかる。
すると突然、ルイスが震え出した。
「おかしいよ、こんなの。『不思議の国のアリス』の世界の他に『白雪姫』の世界も存在するなんて。『白雪姫』の世界も『白雪姫』の作者によってプログラミングされているとでも?そんなのあり得ないだろ!」
「ルイス…?」
ハートの女王は心配そうにルイスへ駆け寄る。
「もしかしたら、僕は…ルイス·キャロルの分身なんかではないのか…?」
ルイスはそう呟き、頭を抱えた。その時だった。
「白雪姫、どうしたの?この人たちは?」
そう言って歩いてきたのは、真っ黒なマントに身を包んだ女性だった。
♤ ♡ ♧ ♢
あ、魔女さん。この人たちは『不思議の国のアリス』の登場人物みたいよ」
白雪姫に「魔女さん」と呼ばれた女性はアリスたちを見て、目を細める。
「初めまして。私は『白雪姫』に登場する、悪役の魔女です」
そう言って彼女はペコリと頭を下げた。
「私はアリス。向こうにある扉から、ここへ歩いてきたの」
すると、魔女は言った。
「…やはり貴方たちは『不思議の国のアリス』の人たちでしたか」
「え、私たちのことを知っているの?」
アリスは驚いて魔女を見つめる。
「ええ、それよりここへ来るまでに、何か気がついたことはありませんか?」
魔女の言葉にルイスは答える。
「どうやらこの世界には、時間が存在するようだね。貴方は何かそのことについて知っているんじゃないか?」
ルイスの言葉に魔女は不気味な笑みを浮かべる。
「まさか、もう時間のことに気づいていたとは」
「ねえ魔女さん、どういうことなの?」
魔女の様子に戸惑う白雪姫は不安そうに訪ねる。
「まだ白雪姫には言っていなかったわね、私のこと」
魔女の薄紫色の瞳の奧で怪しげな光が揺れる。泉の水蒸気で湿った空気が、アリスと魔女の間を流れていく。
そして、魔女は言った。
「──私はこの世界の監視役です」
木々の葉は風に揺られ、ざわざわと音をたてる。
「あなた方『不思議の国のアリス』の登場人物がここ『白雪姫』の世界にたどり着いたとき、私はこの世界のすべてを話すように指示されています。では、全てをお話しましょう」
♤ ♡ ♧ ♢
全ての始まりは一年前。科学が発展した世の中からは、小説というジャンルが消えかかっていた。そして、面白い話を書くことのできる小説家がほぼいなくなっていた。そんな時、小説のネタを作るために非現実的で大規模な実験が行われることになった。
有名な童話を元にすれば面白い小説が書けるのではないかと、「不思議の国のアリス」と、「白雪姫」が選ばれた。実験の協力者は全国の孤児院から集められ、その中の一人がアリスだった。
集められた人は皆、今までの記憶を消され、自分たちはプログラミングされた登場人物であるという、新たな記憶を植え付けられた。
そして、毎日同じ物語を繰り返さなければならないというルールのもとに、記憶を置き換えられた人々を生活させるようになったのだ。
つまり、ここは本当は現実世界であり、アリスたちは記憶を書き換えられただけの、普通の人間ということだった。
「そんな、ここは現実世界で、私はアリスなんかではない、ただの人間だったの…?」
アリスは衝撃のあまり、その場に座り込む。
泉の流れる水音、風の音、全ての音がずっと遠くで鳴っているようだった。
「なら、僕は何なんだ?」
ルイスは虚ろな目で魔女を見つめる。
「貴方は少し特殊でして、自分がルイス·キャロルによってプログラミングされた、ルイス·キャロルの分身であるという記憶が植え付けられていたのです」
「…だからか」
ルイスの肩が小さく震える。
「だからおかしいと思ったんだ。自分がルイス·キャロルの分身であるという事実しか覚えていなくて、自分が今まで何をしていたのか覚えていなかったんだ」
そう言ったルイスの瞳から、大粒の涙が零れる。
「やっぱり、この世界はニセモノだったんだ」
そう、ルイスはずっと信じていたのだ。この世界はルイス·キャロルによってプログラミングされた、仮想世界であると。だが、ここは現実世界にあった。つまり、ルイスにとってこの世界は偽物なのだ。
ルイスの震える声に魔女は続いて言う。
「私は『白雪姫』の登場人物の魔女であると同時に、この世界の監視役です。ずっとあなた方の監視と報告をしていたのです」
「どうして教えてくれなかったのよ!そんな役目、辛かったでしょうに」
そう言って白雪姫は魔女に歩み寄る。
「それを言ってしまえば実験にはならないでしょう?だって私は、何も知らない貴方たちがどんな行動をとるのかを観察していたのですから」
そう言った後、魔女は優しく微笑む。
「それに、辛くはありませんでした。白雪姫、あなたという人に出会えて、共に過ごすことができて、私は幸せでした。これで私の役目も終わりですから、平気です」
白雪姫は黒く輝く瞳で、魔女をじっと見つめていた。
「…これで実験は終了かい?」
そう言ったルイスの顔には涙の跡が残っている。
「いいえ、まだ実験は終わっていません。もしあなた方が元の現実へ帰りたいのであれば、鍵をお探しください。元の現実へと通じる扉を開く鍵を」
「でも、こんな広い土地からたった一つの鍵を見つけるなんて…」
不安そうなアリスに魔女は言った。
「ヒントをあげましょう。キーワードは“全ての始まり”そして、アリスです」
次回、鍵を探すルイスとチェシャ猫の邪魔をする人物が─。
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