第4章 悪役
─やっぱり私は悪役なのね。
この作品は「不思議の国のアリス」と「白雪姫」のオマージュ作品です。
「不思議の国のアリス」と「白雪姫」のキャラクター名を使わせていただいてますが、キャラクターの性格は原作と異なる場合があります。
第4章 悪役
あの日も、この野原で話をしていた。空が青くて、夢みたいに綺麗で…。
「ねぇ、女王。今日は大事な話があるんだ」
ルイスが珍しく真面目な顔をしていたので、ハートの女王は少し身構える。
「何…?」
太陽の光が眩しいお昼時に、夏の緑の真ん中でルイスは言った。
「僕はこれから、物語を変えようと思う」
ルイスの突然の一言にハートの女王は目を見開く。
「どうして?そんなことをしたら消えちゃうかもしれないのよ!」
「わかっているよ、それくらい。僕がそんなことをするのは、皆が自由になれる方法がこれしかないからだよ」
「そうだとしても、ルイスが物語から省かれるより今のまま物語通りに生活する方がいいに決まってるわ!」
「これは僕が望んでいることなんだ。それに、僕はこの世界の仕組みを知りたい」
「そこまで言うなら……わかった」
「ありがとう、女王」
そう言ってルイスは目を細めて薄く微笑む。
「計画があるんだ。女王にはその手伝いをして欲しい」
「計画…?」
「この本に書いてあったんだ。『物語の主人公が原作本のページを破いた時、登場人物の自由は保証される』と」
そう言ってルイスは「物語の書」と書かれたページをハートの女王に見せる。
「物語が変わりかけた時、消滅の森という場所へ通じる道が現れる。そこは物語から省かれた登場人物が送られる所なんだけど、どうやら原作本はそこにあるらしい」
「じゃあ、ルイスはどうするの?」
「僕は先に物語を変えて消滅の森へ行く。君はアリスに物語を変えさせ、アリスが消滅の森へたどり着くようにアリスを動かすんだ。そしてアリスが物語を変え、消滅の森に来たときに僕がアリスを説得するんだ。アリスが原作本のページをを破るように」
「確かにアリスを説得する人がいないとこの計画は成り立たないのね。アリスが原作本のページを破るように説得させる役目がルイスってことなのね」
「御名答」
そう言ってルイスはまた目を細めて微笑む。
「君はアリスを利用するんだ。このことは僕と女王の秘密だよ」
「利用するって…本当の悪役みたい」
そう言って静かにうつむくハートの女王にルイスは言う。
「自由のためなんだよ」
(本当は私、悪役なんかになりたくないのに)
─でも、それもルイスのため。ならば仕方ないでしょ?
そう自分に言い聞かせ、ハートの女王は心を決めた。
「それじゃあ、計画を説明するよ。まず、僕が物語を変える。そしたらきっと僕はこの物語から省かれ、消滅の森へ送られるだろう」
「でも、ルイスが物語から省かれて物語が書き直されてしまったら、私も皆もルイスのことを忘れてしまうじゃない」
「ああ、そうだよ。でも女王、君だけは僕を忘れてはいけない。だから、今の話の内容を日記などに書き残しておくんだ」
「わかったわ」
「そして新しい物語がスタートしてしばらくしたら、君はアリスに、役を交換してみないかと話すんだ。アリスは好奇心の強い女の子だから、きっと話にのってくれるだろう」
「──好奇心は身を滅ぼす、でしょう?」
ルイスが言おうとしていることがなんとなくわかったハートの女王はそう呟いた。
「アリスがハートの女王役になったとき、きっとアリスは図書室へ行くだろう。その時、アリスが『物語の書』を見つけられるように目のつく所へ置いて欲しい」
そう言ってルイスは「物語の書」をハートの女王へ渡す。
「わかった。私、言われた通りにするね。でも、どうしてこんなに重要なことを私に頼むの?」
ハートの女王の言葉にルイスはゆっくりと振り向く。ルイスの金髪がふわりと風になびく。
そして、ルイスは言った。
「君が一番信用できる人なんだ」
なぜ、どうして…。
(どうして、こんなときにそんなことを言うのよ…?)
今、ルイスと話すのが最後になるかもしれないという、別れの時に。こんな時に。
「じゃあね、女王」
そう言って背を向けたルイスに向かってハートの女王は咄嗟に叫ぶ。
「待って、ルイス!」
ハートの女王の声にルイスは足を止める。
「物語を変える前にえて」
ハートの女王は深く息を吸い、ずっと気になっていたことを口にした。
「どうして貴方はここにいるの?」
風は野原をやさしく撫で、葉はサラサラと音をたてる。
「え?質問の意味がわからないよ」
ルイスはまだハートの女王に背を向けたままで、表情は読み取れない。そんなルイスの後ろ姿にハートの女王は言う。
「じゃあ質問を変えるね」
一瞬の沈黙の後に、ハートの女王は再び口を開いた。
「──何故、物語の作者が、この世界に存在するの?」
♤ ♡ ♧ ♢
「どうして気づいたんだい?」
低い声でそう言ったルイスはゆっくりと振り返り、ハートの女王と向かい合う。
「貴方がこの世界について知りすぎていたから。それに…」
ハートの女王は一度言葉を切り、ルイスのビードロのように光る瞳をしっかりと見つめて言った。
「貴方の名前、『不思議の国のアリス』の作者と、──ルイス·キャロルと同じだもの」
その言葉にルイスは目を細め、薄く笑う。いつもと何も変わらぬ表情なのに、ハートの女王にはルイスが別人のように感じられた。
「凄いよ、女王。僕の正体に気づいたのは君だけだよ」
ルイスはいつものように明るく笑ったが、突然声を低くして言った。
「…いや、こんな言い方では失礼だったかな、──女王様?」
そう言いながら、ルイスはハートの女王に近付いてくる。なぜかその姿が恐ろしく感じられ、ハートの女王は後ろへ退く。
「ねえ、どうしてルイスは作者なのに私たち登場人物を自由にしたいの?」
「何故なら、僕は作者と全て同じにはなれなかったからさ」
「どういうこと?ルイスは作者じゃないの?」
「正確に言うと、僕は作者の分身なんだ。作者の記憶を持ち、作者と似たような性格をしている。いわゆる、作者のアバターだ」
そう言ってルイスは真っ青な空を見上げる。
「作者は自分もこの世界で、登場人物として生きようとしたわけだ。分身の僕を使ってね」
[newpage]
「…この世界って一体どんな仕組みになっているの?」
「この世界は作者がプログラミングした仮想世界。面白い物語を作るために、プログラムした登場人物たちを使って実験しているんだ。登場人物たちが物語に飽きて内容を変えてしまったら、その物語は面白くないと判断される。だから、書き直さないといけない」
「…そのために私たち登場人物にも感情があるのね」
「そうだよ」と言ったルイスの髪の毛がユラユラと風の中を泳ぐ。
(夢みたいに不思議な話…)
今までの生活が作者による実験だったなんて。まるで物語のよう、とハートの女王は思った。
「僕はこの世界の登場人物としてのルイスだ。でも、作者と全て同じようにはプログラミング出来なかった。だから僕は作者と違う意思を持ってしまった。そう、登場人物たちを自由にしたい──と」
その言葉でハートの女王は理解した。ルイスが今まで自分とは違う世界を見ていたことに。
「…そういうことだったのね」
「登場人物たちを自由にするということは、作者を裏切ることと同じだ。つまり、僕と作者が違うということを証明することでもあるんだ。だから─。…君ならわかってくれるよね、ハートの女王?」
「…わかったよ、ルイスがそれを望むなら」
「ありがとう、女王。あとは任せたよ。さようなら」
そう言ってルイスは歩き出した。遠ざかっていくルイスの後ろ姿をハートの女王はずっと見つめていた。
次回、アリスによって物語は動き出す─。
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