13-1.相見
イーリーベルの玄関前は、小さな広場になっている。
周囲は見渡す限りの林でそれ以外には何もないけれど、ここだけは円形状の空間が空に向かってぽっかりと広がる。
そして今日の頭上は、薄い雲に覆われた水色。
ハルとリビエラがここに戻ってきて以来、成り行きとはいえこんなに平穏にお天道様の下でくつろぐことなんてあったかしらと思う。
「青空の下でアフタヌーンティーとは僕も久しぶりだ。
誰かさんのためにイスとテーブルを持ち出したのは面倒だったけどねぇ、たまになら悪くない。」
長い足を組んで椅子に座るリビエラは、憎まれ口のわりにご機嫌。
丸テーブルに運ばれたシルキィのお手製クッキーを楽しそうに摘んでいる。
「お前は何もしていなかったけどな。」
ぶっきらぼうに言い放ったのはギルで、二人の表情は対照的。
「君は全く礼儀のなっていない男だな、ギル。
君のためにわざわざ場をしつらえてやったんだぞ。」
「は!礼を払う必要がどこにある!話をややこしくするな。
家に入れないのは誰のせいだと…っっ!っくしょう!…痛ぇ…。」
彼は背もたれから勢い良く上半身を離すと、前かがみに丸まった。
私には本気で痛そうに見えるけれど、リビエラはいい気味だと言わんばかりに声を上げて笑う。
「僕は経験したことはまだないけど、シルキィの雷は相当なものだね。
あれを全身で受けて立つ奴なんてそうはいないさ。
つまり君は立派に殿堂入りってところだな。」
私は彼女の言葉に、確かに以前そんな話を聞いたことを思い出した。
イーリーベルはハルが越してくる前、幽霊が住んでいると言われて町の皆に恐れられていたんだっけ。
面白半分に近づこうものなら、強烈な稲光が降ってきたって。
私はここに来た時から何事もなく暮らしているから、にわかには信じられない話。だけどさっき、リビエラとキッチンダイニングで聞いた破裂音は、耳を塞がずにはいられないほど強烈だった。
シルキィの警戒網はぬかりなく、うっかり近づいた彼をすかさず攻撃したのだ。
目の前で悶絶するギルを見る限り、本当の話だったんだと実感する。
となれば、この家の主であるハルは、一体どうやってイーリーベルに近づくことができたんだろう?
そんなことを思いながら、私は正面に座る彼を窺うように視線を移した。
ギルもまた物言いたげにじっとハルを睨んでいる。そしてほどなく、口を開いた。
「で、お前はもちろん何かしら持ち帰ってきているんだろうな?フォンウェール?」
ハルは、私の食事が終わる頃にクレアモントホールから戻って来た。
さっきのさっきまで、館の書庫に引き籠っていたらしい。
疲れているのか、ほんのり物憂げな面持ち。かと思えば、何か確信的な証拠を心の内に留めているようにも見える。はたまた何も役に立つ情報を持ち帰ることができず、それを隠しているだけなのかもしれない。
つまりいつものごとく、私は彼が何を考えているのかさっぱり見抜けない。ただ期待と不安に心をざわつかせながら、ハルが言葉を発するのを待ち続けた。そしてそれは、他の二人も同じ。
彼は私たちが口をつぐむと、こう言った。
「一言でいえば、王家から盗まれた『秘宝』は智略の魔女の霊廟に関するものだろうということだ。」
「霊廟!」
それは、なんとも予想外の言葉だった。と同時に、私は反射的に叫んだ。だってだって、それはそう言うことに違いないのだ。耳にした一瞬のうちに、これは全く明確な言葉にはならないのだけれど、私の直感はまるでパズルのピースが心地よい音を立ててはまったかのようにも感じた。
ギルと一緒に見た、霊廟の不穏な様子。厳重な警備。そして、フィアルーが私を使って刻の水底を出た理由。これまでのことが、走馬灯のように巡った。
上王が改めてハルにランバール家の捜索を依頼したことも、何か繋がりがあるのでは?
「確かに、霊廟周辺は警備が厳重だったな。
完全に様子がおかしかった。」
「うん、普通じゃなかった。」
私はギルの呟きに追随した。
「じゃぁ魔女が刻の水底を出たのも…何かを感じ取っていたからってことか。」
「私もそう思うよ、リビエラ。
入口は霊廟の堀にあるんだもん、フィアルーが何も感じていなかったとは思えない。」
「となれば、彼女の行動には合点がいくけど…。」
「ララ、君が魔女に直接聞くのがてっとり早いんじゃないのか?」
ギルが、私を見る。
「あ、うん…。」
私は気まずくなり、言葉を濁してしまった。
「どうしたの。」
「それが、今日起きてからずっとフィアルーが応えてくれなくて。」
「応答がない?アルバの矢が効き続けているんだな…。」
彼は顔をしかめる。
「そう…かもしれない。
可能性は低いけど、私の身体から出て行っちゃったってことも考えられるし。」
「おいおい!物騒なことを口にしちゃだめだ。
たとえ勘違いでも、上王の耳に入ったら大ごとだぞ。
カノジョは君を手に入れたがっているんだ、無防備なエトラのままだと知られたら、それこそ一巻の終わりだ。」
「へぇ、なぜそう思うんだい、ギル。
上王がララを手に入れたがっている、と。」
リビエラは、何か面白いものを見つけたかのように不敵な睨みをギルに向けた。
「なんだ、お前なら察していると思っていたが、所詮その程度なんだな。」
ギルは明らかに、リビエラを挑発する言葉を選んでいた。ううん、リビエラの挑発に乗った、というべきなのかも。私は、ケンカが始まるんじゃないかと内心ハラハラ。
「世にも珍しいエトラが目の前に現れたんだ、上王の関心を引き付けないはずがない。
好奇心をそそられたら最後、カノジョは手に入れるまで追い続ける。執拗に。
俺が言いたいのは、そう言うことだ。
なんだよ?俺が何か企んでいるとでもいいたげだな目だな。」
「いいや、そうじゃないよ。
これまでのところ、君は一貫してララを守ろうとしているように見える。
それは僕も承知だけど、残念ながらが何も企んでいないとは言い切れない。」
「はっきり言えよ、どういう意味だ。」
「シルキィが君を拒んでいる。
僕がひっかかるのはそこだよ。」
すました顔で腕を組んでいたリビエラは、両足を組み替えた。
「シルキィ…家屋精霊か?下手な言いがかりだな!そもそもあの雷はコイツが!」
ギルはそう言って、ハルを指さした。
「ああそうだ、一つ君に聞いておきたいことがあったんだ。
答えてくれないか、ギル。」
リビエラはギルを遮り、彼の言葉に被せるように強引に続けた。
「君が初めてウィッスルでララと出会った日、彼女を刻の水底に連れ込んだよね?あれは何が目的だったんだい。
あの行為だけは、ララのためだったとは言わせない。」
「!」
ギルは、一瞬動揺をみせた。リビエラの眼差しはまっすぐに彼をとらえ、私には鋭い爪で獲物を掴んだ鷹のように見える。
確かに、あの日ギルは説明もなしに私を刻の水底に突き落とした。
行きたいところがあると言って箒に乗ったまま強引に火山の火口に飛び込み、私たちは渦巻く強い風に引き裂かれた。
フィアルーのお陰で私は肉片になるのを免れたけれど、彼女が見せてくれたホログラムの中のギルは、全身に傷を負ってよろめきながらじっと何かを見ていた。
フィアルーは、彼を見て何と言ったっけ…。
思い出せそうで、思い出せない。私は、私以外の誰かが口を開くのを待つしかなかった。
「…別に隠していたわけじゃないんだが。」
ギルは言いながら、うっすらと片方の口角を上げた。
「刻の水鏡。
死んだ人間の記憶に会える場所が、刻の水底にある。
あの時の俺は、とにかくそこに行きたかったんだ。」
「死んだ人間?もしや君は…。」
「そうさ、親父の記憶を探しに行った。
既に死んでいるのなら、何かしら得るものがあると思ってね。」
「で、何を見たんだい。」
「何も。」
「何も?」
「死んでいない人間の記憶は、そこには映らない。」
ギルはそっけなく肩をすくめた。
「なるほど、お前は一貫して父親は生きていると譲らなかったな。
その理由がやっとわかった。
根拠はそこにあったのか。」
二人の間で黙っていたハルが口を開いた。ギルは彼を見て頷く。
「そういうことだ、フォンウェール。
お前に話そうにも、上王に知られると面倒だろ、いろいろと説明が。」
「しかし…。」とハルは言葉を続ける。
「オレは刻の水鏡どころか刻の水底の存在も今までよく知らなかった。
傍系とはいえ、四大魔術師の末裔はやはり違うな。」
「そうだろう?といいたいところだが…お前は西の国コルマクの出身でもなければ霊廟に馴染みもないだろう。
ウィッスル周辺に代々暮らし続けている一部の間では、遠からず知られた話だ。
そこここで嘘とも真とも判別のつかない昔話が語り継がれている。
刻の水鏡もその一つだ。
俺は子供のころから、ランバール家の人間として多少厳しく家系図やその周辺の歴史を叩き込まれたってだけさ。」
「家系図と周辺の歴史か…名家の宿命ね。」
「だな…。でも、図らずもそれが今につながっている。
親父が生きていると確信できたから、俺は上王に立ち向かうことができたってな。
偏屈な叔父の講義を嫌々受けていたあの頃を思えば、皮肉な話だ。
どうだ、リビエラ?お前はこれで納得したか。」
「そうだね。」
「じゃあ、次は俺が聞く番だ。」
そう言って、ギルはハルを見た。
「盗まれた秘宝が魔女の霊廟に関係があるってのはどういうことなんだ。」
私も、同じことが気になっていた。あの広いクレアモントホールの書庫で、ハルはいったい何を見つけたんだろう。
「お前なら、ドゥリヤールという名に覚えはあるだろう、ギリアム。」
「…エレイム・ドゥリヤールか?それなら使役魔法を得意とする四大魔術師の一人だな。
智略の魔女の死後、その存在感は四人の中で最も薄い。
名前を列挙すればきまって最後に出てくる人物だ。」
「オレは書庫で、かの魔術師が書き残した史伝を見つけた。」
「わお!その本に秘宝のことが書かれていたってこと?あの膨大な本の山からどうやって見つけ出したの!」
私は興奮して、つい質問した。
「残念ながら、明記されているわけではない。
オレがその本を最初に手にしたのは数か月前のことだ。
その後すっかり忘れていたんだが…ララが智略の魔女に遭遇したと聞いて思い出した。」
「だからあの晩、君は書庫に急いだのか。」
「ああ。確認せずにはいられなくなった。
ドゥリヤールに話を戻すが、彼は魔女の死後、とある調査のためにリアフェス各地を歩き回った。
その調査自体は上王から拝命した任務で、報告書も提出されている。
そして彼は、個人的にも記録を書き残していた。
それが、『ドゥリヤール史伝』だ。
表題はおそらく、後世に引き継いだ人物がつけたものなんだろう。
かつ、内容が付け加えらえられている可能性もある。
オレが読み解いたものは本人の死から数百年後の写本だ。」
「うわっ!数百年前の古語を読み解いたってか?やっぱ化け物だな、お前は。」
「化け物は余計だ、もっと別の言い方で称賛してくれ。」
「それで、そこにはどんなことが書かれていたの?ハル?」
「この書物は報告書とは異なり、ドゥリヤール個人の思想や幼少の思い出、当時起きた歴史的事件の感想なども書かれている。
そしてシャノンモイの戦い以後、彼はリアフェスの行く末を酷く案じていた。
きたる時に備え、決して準備を怠ってはならないというような強い思いを繰り返し綴っていて、実際に彼なりに行動を起こしていたようだ。」
「シャノンモイって、フィアルーと黒の魔術師が対決した戦い…じゃなかった?」
「よく覚えていたな、ララ、その通りだ。
そして注目すべきなのは、魔女の死に関する数ページが破り取られているという点だ。
伝えられている史実意外にドゥリヤールが何を見たのか、そして何を書き残したのか、その部分だけはわからない。」
「きたる時…か。
意味深だね、故意に破られた可能性は?」
リビエラは、顎に指をあてていた。それはいつもの、彼女が何かを考えているサイン。
「十分にあり得る。」
「あり…得るんだ?」
私は驚いて、ハルの言葉を繰り返した。
ハルとリビエラが破り取られたページの意味を穿つ理由が、私はよくわからないでいる。
それに、黒の魔術師が死んでリアフェスに平和が訪れたはずなのに、ドゥリヤールさんはなんで行く末を案じていたんだろう?
「ねぇ、なんで破り取られていたらダメなの?そりゃあ、本のページを破くのは普通に言って良くないけどさ、故意かどうかは分からなくない?」
「じゃあこう考えてみてよ、ララ。」
とリビエラは明るい声で言うと、続けた。
「もしも故意に破り取るとしたら、その人物はどんな時にそうすると思う?つまり、もしも君がその人物なら、どんな理由で破り取る?」
「どんな理由?…そうね、コーヒーでもこぼして汚しちゃったのかしら。
大切な本を汚したら怒られちゃうもんね。」
「それは君の経験談かい?」
「ん?あ、、私じゃなく友達がねっ!って、とにかく、例えば他の人に見られたくないときだわ。」
「そうだね、読まれたくないときだろうね。
それからその本が自分の物ではない場合、何かに気づいた君は部分的に破り取って処分しようとするかもしれない。
書物自体が突然消えたら、持ち主に気づかれてしまうからね。
別に、偶然その部分が破れたってことでも構わないんだけど、智略の魔女の死後、平和なはずのリアフェスの未来を酷く案じていたドゥリヤール、そして消されてしまった魔女の死の顛末。
この二つを繋げて考えてみてごらんよ、何か重大な真実が破り取られたページに書いてあったと考えるのは不自然じゃないだろう?」
「えっと、それはつまり…?」
「黒の魔術師は死んではいなかった、とかさ。」
「えっ?ええっ?!」
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「ちょっ、ちょちょちょっと待って!それはあまりにも飛躍しすぎではっ??」
私は驚きでぶっ飛びそうな頭を両手で抑え、すがるようにリビエラを見た。彼女の突拍子もない意見に頭が混乱して、ジンジンする。
「おや、そうかい?それなら黒の魔術師が復活を宣言して姿をくらました、という顛末にしてみようか。」
「えっ?だから、なんで死んでいないことにしたいの?復活を宣言ってことは、逃げおおせたってことでしょ?えっと、あの戦いでは何が起きたんだっけ?二人が地上に激突して、発見されたとき魔術師の姿はどこにもなかったんだよね…?倒れていたのはフィアルーだけで…うーん、結局死んだのはフィアルーだけってこと?黒の魔術師は…。
あれ?待って?遺体もないのに、なんで皆、黒の魔術師は死んだと思ったんだっけ?」
「それは、智略の魔女がそう告げて息を引き取ったからさ。
黒の魔術師は消滅した、とね。
そして言葉通り、魔術師の気配も脅威もリアフェスから消えたんだ。」
「ああそうね!やっぱり彼は跡形もなく消えて死んだってことじゃないの。
フィアルーの言葉通りになったとみんなが認めてるのなら、それが事実でしょう?だから黒の魔術師が生きていると仮定するのは無理があるわ。
それに、千年も昔の話よ!今更生きてるって言われたって誰も信じないし怖くもない!」
「おやおや、千年も昔の魔女に実際に会った君がそんなことをいうのかい、ララ?一方が生きていたなら、もう一方が生きていてもおかしくはないよ。」
「う、それはそうだけど…痛いところをつくね、リビエラ。」
「気を落とすなよ、ララ。」
そう言って私を援護してくれたのは、ギルだった。
「俺だって、ララから智略の魔女の話を聞かされた時はすぐには信じなかった。
ララの外見が変わって、あの底なし沼みたいな魔力に触れて初めて実感できたんだ。
実物を目にするまでは、どこまで行っても可能性の話にしかならないさ。」
「今回に限って言えば、実物を目にした後では手遅れになる可能性が大いにある。」
「バカヤロウ、少しは空気読めよ。」
苦々しい顔をするギル。彼の気遣いを無視して、ハルは続ける。
「少なくとも、黒の魔術師は完全に消滅してはいなかった。
書物を読み解く限り、ドゥリヤールが憂う理由がそれ以外に見つからない。
最強の魔女を失ったリアフェスの未来に、彼が最も恐れたことは黒の魔術師の復活。
そして恐れたということは、その予兆が確かにあったのだろう。
破り取られたページにその片鱗が記されていたと考えれば辻褄が合う。
現在オレたちが知っている史実が真実であるという保証はない。」
強い意志を宿したヴァイオレットの瞳。
彼が真剣に語ると、私は心ごと吸い込まれて目を離すことができなくなる。
切れ長の瞳にみつめられて私が思わず何かを言いそうになった時、ギルが私たちの間に割り入って両手をパンパンと叩いた。
「おいコラ、俺を置いて二人の世界に入るのはやめてくれ!」
「どうやら僕ら四人だけの世界に浸ることもお預けのようだよ、ギル。」
リビエラが林の向こうを見つめながら、落ち着いた声色で言った。
薄雲に覆われた水色の空に、小さな一団。
彼らは瞬く間にこちらに近づいて、林と広場のちょうど境目辺りに降り立った。
そこは、イーリーベルから町へと続く一本道の入り口。
先頭には、美しい赤髪を結った小柄な女性。半歩下がったすぐ脇に、短髪黒髪の背の高い男の人。
彼ら二人に続く後方の全員は、同じ制服を着ている。その服飾は凄く見覚えがあって、まるで知っている人を見ているようなおかしな感覚になった。
「かしずくんだよ、ララ。」
ボーっと突っ立っている私を、リビエラが小声で促した。
"かしずく″相手はどの世界でも変わらない。
私は、できれば二度と会いたくなかった、だけどきっとそうはいかないあの方と再び相まみえたのだと、この時理解した。




