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12-6.振出

 

 目を開けると、イーリーベルの自分の部屋にいた。

 明るい室内、見慣れた天井と壁紙の模様。

 まるで空を流れる雲を見上げるように、私はぼんやりとしている。すると、真っ白な頭の中に記憶の断片が蘇った。ああそうだとそれらをかき集め、思い出すのに時間はかからない。


 私は、スクレピアダイの病室にいた。

 最後に見たのは、ハルの背中。彼の傷が癒えたとわかったとたん、意識が飛んだ。

 ギルと一緒に飛び込んだ病室にはアルバがいて、白いベッドにはうつ伏せて眠るリビエラ。

 あれからここに運ばれたんだろうけど、夢じゃなければ、夜が明けていくらか時間が経っているはず。


 気配を感じて視線を移すと、風を受けたベッド脇のカーテンが微かに揺れている。まるで、平和な午後のまどろみの時刻とでもいいたげだ。


(一晩くらい寝てたのかな…。)


 私は上半身を起こし、一人木製の椅子にもたれている人物に声をかける。


「リビエラ。」


「ん…ララ…起きたの…?」


 彼女は、浅い眠りから顔を上げた。ゆっくりと伸びをしたその仕草に、()()()()()()騒々しさは全く感じられない。


「みんなは…?」


 そうたずねた直後、私は反射的に「あっ!」と悲鳴に似た声を上げた。

 覚醒のスイッチが入って、身の回りを確認する。


「…ない、時雨っ?!時雨がいない!リビエラ、私…!」


 私はシーツをめくりあげ、いびつな体勢に身体をねじり、消えた人形の痕跡を探した。


「大丈夫。」


 リビエラが、落ち着いた声で私をなだめる。


「時雨は、ハルと一緒にクレアモントホールにいる。

 ああ上々だ、ほら、君の髪、元に戻っているね。」


「私の髪…ほんとだ…は…クレアモント…良かった…。」


 私は、ストンとベッドに座り込んだ。髪の毛の色なんて、今はどうでも良い。

 時雨を何処かに落としたわけでも、潰したわけでもない。ハルは動き回れるほどに回復した。

 それがわかったことが嬉しかった。


「ギルとアルバは、外にいるよ。」


 質問を先回りしたリビエラが答える。


「外…?」


 私は聞き返した。「外」なんていう漠然とした言い方は、とても奇妙に聞こえる。


「アルバはあの日、僕たちのことを上王に報告させるためにミースに帰したんだ。

 昨日のうちに戻って来ているのを見かけたから、今頃、森のどこかで僕らの動きを監視してると思うね。

 もちろん、上王の指示…おや、そんなこわい顔をしないで。」


「別に怖い顔なんて!」


「してない?」


 彼女がくすりと笑う。


「ギルは別行動、ザムの小屋にいる。」


「ザムの小屋に?」


 それは、予想外の場所だった。上王の配下である以上、彼はミースに戻ったものだと思っていたから。


「ハルと一緒に僕らを運んでくれたんだけど、シルキィがここ(イーリーベル)に入ることを許さなくてね。」


「なんで?」


「さあ、どうしてだろう?家屋精霊の思考は僕にも難しい。

 大方、よからぬ気配を感じ取ったんじゃないかな。」


「ザムの小屋に行ってくる。」


 私は言いながら、ベッドを抜け出た。

 リビエラの言葉に、急にキャスを思い出したからだ。


 アルバが一度ミースに戻ったということは、上王が突然ここに来る可能性は十二分にある。

 ハルに執着するあのしつこい性格は、次にどんな強引な手を使ってくるかわからない。だから、フィアルーにキャスの石化を解呪してもらうのは今しかない。そう思った。


(そうよ、フィアルー…。)


「あ…れれ…?」「おっと、危ない。」


 床に片足のつま先が触れたとたん、身体が大きく揺らいだ。

 リビエラが、咄嗟に私を抱き留める。


「丸二日と半日眠り続けていたんだ、まずはエネルギー補給が必要だね。」


「まっ丸二日?!そんなに寝てたの??」


 リビエラの腕に包まれながら、私は彼女を見上げた。


「智略の魔女の力は、君の体力を消耗させる。

 ああ、不安になる必要はないよ。

 もともと魔力に耐性がないんだから、仕方のないことさ。

 少しずつ、慣れてくる。」


 魔法や魔力にそんな落とし穴があったとは、不覚。凄く嫌な予感がする。


「少しずつって、どれくらい?魔力を使うたびに寝込んでいたら意味がなくない?」


 リビエラになだめられても、しかめた顔を緩めることができない。悠長に構えていたら、何もかも失ってしまいそうだ。ほんの少しだけ、やっと前に進めたと思ったのに。


「少しずつと言ったら少しずつだよ。

 良い方向にしか向かうはずがないんだから、悲観的になることはない。

 さぁ、シルキィの料理を食べに行こう。

 お腹がいっぱいになれば、心もハッピーになる。」


「でもっ!」


「歩けないなら、僕がお姫様抱っこしてあげるけど。」


「えっ!いや、大丈夫!自分で歩けるよ。」


 いたずらっぽく光る琥珀色の瞳に、私は間髪入れず抵抗した。


「恥ずかしがらなくてもいいのに。」


「恥ずかしがってない!自分で歩けるから!」


「そう、それは残念。」


 リビエラは、肩をすくめた。本気で言っているのか、からかっているのか、汲み取れない。けれど、あれは凄く恥ずかしいし、彼女なら全力でやりかねない。それだけは分かる。

 私は急いでリビエラから身体を離すと、廊下に続くドアに向かった。


「どうしたの?」


「ん…。」


(いない…?)


 ふと立ち止まる私にリビエラが声をかけ、そんな彼女に背を向けたまま、私は曖昧な返事をした。

 ドアノブに手をかけたまま、開け方を忘れたかのように動きが止まる。無意識の動作にも意識が向かわなくなるほどの嫌な感覚が脳裏をよぎった。


「やっぱり、お姫様抱っこ?」


「…ん、ダイジョウブ。

 ちょっと考え事しちゃった。」


(なんでだろう…?)


 気のせいかもしれない、そう思いつつ私は部屋を後にした。



 -------


 キッチンダイニングでは、シルキィが手際よく迎えてくれた。

 本能ってのは正直で、食べ物を目の前にすると急激に空腹を実感する。

 私が定位置につくや、テーブルには温められたミートパイと温野菜、そしてペザントのスープが並んだ。ずっしりと重みがあるパンはスライスしてあって、横に私の好きなチーズが添えてある。


 リビエラが、コーヒーを片手にいつもの席に陣取る。腹が減っては何とやら。私は両手を動かして空っぽの胃に食べ物を送り込むことにした。


「最初は僕も驚いたよ。」


 およそ三日前の夕刻、私が気を失った後の出来事について彼女はそう切り出した。


「僕があいつ(ハル)に起こされた時は、室内がめちゃくちゃだったんだ。

 ララはぐったりしてて、ハルは君を抱えて。

 絶対にキレてるって思ったね。

 その横でギルとアルバが叱られた子犬みたいにシュンとなってるからさ、一悶着あったなって。」


「キレてるハル?カオスだわ…でも、なんで彼が怒るわけ?傷が治ったんだから喜んでもいいのに。」


「んん、君もあの二人と同じだね。」


 リビエラは一瞬動きを止めると、人差し指で注意を促すような仕草をした。


「意外と知られていないことだけど、耐性以上の魔力を急激に使うと身体が耐え切れずに命を落とすことがある。

 ララは先天的に魔力が備わっていない体だから、一歩間違えば死んでもおかしくはなかった。

 ハルが止めようとしたのに、君たちは強行したんだろう?あいつが怒り狂うのは当然だ。

 大事に至らなくて良かった。」


「そうだったの?知らなかった…。

 私、ハルを助けたいっていう考えしか頭になくて…ごめん。」


 確かあの時は、身体が熱くなった後、ヒューズが飛んだみたいに自分の体がシャットダウンした。けれど、リビエラが言うほど大げさなことだとは思わなかった。

 ハルが最後まで抵抗していたのも、頑固な性格がそうさせているんだとばかり思っていて、彼の言葉を聞こうとしなかったのは私自身だ。二人が悪いわけじゃない。


「ララが謝ることはない、君は知らなかったんだから。

 智略の魔女も智略の魔女だ。

 自分だって危険なのに、なぜあんな無茶なことを君にさせたんだろうね。」


「危険ってどういうこと?フィアルーも関係があるの?」


 心臓が、ドキリと音を立てた。リビエラがとても自然にフィアルーの存在を口にしていることが、すごく不思議に感じた。これまでの経緯を彼女が全部知っていることは、むしろ当然なのに。


「君に何かあれば、彼女も危うくなるよ。」


 フィアルーが本当に私の中にいるなら、紛れもなく運命共同体。そう言うことなんだろう。もしも本当に、今でも私の中にいるのなら。


「ねぇ、私が意識を失ったり死んだりしたら、フィアルーはどうなる?」


「死んでしまった体に魂は残れないし入れない。

 君たちの場合は一つの身体に二つの魂が同時に存在してるわけだけど、理論的には魂は離れるだろうね。

 エトラに関しては前例がないから、正直、僕も明言はできないけど…何か気になることでもあるの?」


「うん…それが、起きてからフィアルーがずっと応えてくれなくて。

 話しかけても、まるで最初からいなかったみたいに返事がない。

 もしかして、私が寝ている間に…出て行った、とか?」


 私は、さっきから感じていた"不在"の違和感をリビエラに打ち明けた。


「リアフェスにおいて、魂だけで存在するのは普通じゃ考えられない。」


「じゃあ、なんでこんなに静かなんだろう?」


「僕には、彼女が自分を失ってまで出ていく理由が分からないけどな。」


「自分を失うってどういう意味?時雨だって亡霊の類よ?それって、魂だけってことだよね?ちゃんとリアフェスに存在してる。」


「スプリタスと魂は、少し違うんだ。

 身体を失ってスプリタスになると、生前の記憶を失っていくと言われている。

 僕が無理だって言っているのは、智略の魔女の魂として存在し続けることができないってこと。

 現に時雨もそうでしょ?彼女は人間だった頃の自分が何者だったのか、すっかり忘れている。

 普通は心残りがあってそこに固執するものだけど…その念すらも消えてる彼女は、ある意味特殊だとしか言いようがない。

 それに、人形の身体だし…。」


 リビエラは他に何か考え事をしているような表情で、最後のセリフを呟いた。


「あれは、主である私の想像が具現化したものらしいよ?特殊例があるんだから、フィアルーだって特殊なのかも?」


「それならどうして、わざわざララに取り込まれる必要があるの。」


「…刻の水底から出るため?」


「出る機会は以前にもあったはず。

 君は一度行っているんだから。」


「フィアルーは、刻の水底に戻る必要があるって言ってた。

 あの入り口を使えたのは、私がエトラだったからでしょ?私がいなきゃ戻れない。

 だからじゃない?」


「戻る必要があるの?なんのために?君は、智略の魔女が本気でそう言ったと思う?」


 リビエラは、至極真面目な顔で声を低めた。そんなふうに念を押されると、私だって自信ない。


「思い…たい。

 リビエラは、私が軽はずみだったって言いたいの?」


「そうは言ってないよ。

 友達を元に戻したい君の気持は、理解してるつもり。」


「そうよ、私はキャスを元に戻したかった。

(それはハルのためでもあるし、)今でもそう思ってる。

 …なに?」


「うん、例えばだけど…もしも君が気を失っている間に智略の魔女が君の身体から出て行ったとしたら、その魂はどこに行くかなと思ってさ。

 依り代を求めるなら自分の身体が手っ取り早い、つまりウィッスルの霊廟?…でも、」


「!」


 私は口に入れた温野菜を急いで飲み込んだ。


「それよ!それじゃない?フィアルーは自分の身体に戻りたい!とりあえず私の中に入り込んでリアフェスに出れば、スプリタスになるリスクは回避されるわけでしょ?」


「…。」


「どうしたの、リビエラ?」


「いや、それだとやっぱりつじつまが合わない。

 死んでしまった体に魂は残れないし入れないからね。

 智略の魔女は、千年以上も前に死んでるんだ。」


「でもさ、」


 私は、そこで言葉を切った。

 ふいに訪れた沈黙の中で、お互いの顔を見合わせる。


 戻れるとしたら…?


 私の目は、期待と確信に近い思いを込めてそう訴えていた。

 智略の魔女の遺体は、当時と変わらない姿で今も霊廟に安置されているという。

 それを確かめるすべはないけれど、なんで、"当時と変わらない姿のまま"なの?

 それって、死んでないってことにならない?


「いや、あり得ないよ。」


 リビエラが頭を振る。


「子供でも分かることだ。

 伝承としてはその方が夢があるし、リアフェスを救った英雄に奇跡的な言い伝えが残っていても何の不思議もない。」


「でもっ、魂が抜けても死なない魔法があったとしたら?」


「ララ、言ってることが滅茶苦茶だ。

 そんな都合のいい魔法はない。」


「このリアフェスにおいて、"あり得ない"なんてことは何一つないよ、リビエラ!実際、死んだはずの千年も前の魂が、刻の水底に残ってたんだから。違う?」


「オーケー、それなら、ララの想像が全部"あり得る"と仮定して話をしよう。

 だとすれば、なぜ智略の魔女は死ぬ必要があったのかってことにならない?魂と身体を切り離して生き続ける理由ってなに。」


 魂と身体を切り離して生き続ける理由…?


「さ…さぁ…?」


 私たちの間に、再びつかの間の沈黙が訪れる。

 シルキィが機械的にテーブルの皿を下げる。お腹はいっぱいになったけれど、堂々巡りの終わらない答え探しは、どうにも消化不良。

 リビエラが、静かにコーヒーのマグを置いた。


「確かな情報が足りないんだ。

 パズルのピースがバラバラで、どう解釈しても謎は残る。」


「あーっ、もう!フィアルー!聞いてるなら黙り込んでないで応えてよ!」


 私は、キャスをもとに戻したいだけよ?魔女に二言はないって言ったのに、なんで消えちゃったの?


 私は胸のうちに募るフラストレーションを天井に向かって吐き出すと、両肘をテーブルについて頭を抱えた。


「このままじゃ、三日前と何も変わらない。

 私、何のために刻の水底に行ったの?」


「ハルが、核心を突くようないい情報を持ち帰ってくれるといいんだけど。」


 リビエラがそう言い終わるか終わらないかのうちに、キッチンダイニングに続く廊下から彼の足音が聞こえてきたのだった。


こんにちは。更新についてのお知らせです。


そもそも2023年は、更新が遅々として進まず。という状況がずっと続いているのですが…次話は目標文字数(5000〜7000)の半分くらいしか出来上がっていないので、今月はアップを断念します。


物語も終盤、あと少しで終わるはずなのに、書いては書き直しでなかなか進まないのはなぜ〜!と悔し泣きの年越しになりそうです。


『一月往ぬる二月逃げる三月去る』といいますが、明けた先の三ヶ月も風のように過ぎ去りそうな予感。

お話が尻切れトンボになってしまい、本当にすみません。








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