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11-6.茨

 

 時はさらに遡った4月、フィアンの月。


 -------


 穏やかな晴天のある日、上王の勅命を受けたハルとギルは、東の国ランスター南部にいた。


 二人は国のほぼ中央にある都ラジンをはるか下り、温暖と乾燥が進む地域へと南下。

 貧相でやや高低差のある牧草地と、黄褐色の土があらわになった土地がしのぎを削る、殺風景で閑散とした景色の中を歩いていた。


「湖だ。」


 ハルが、前方にうっすらと広がる湖面を見つけて言った。


「おお、やっと見えたな。

 俺には潤いが要る。

 少し立ち寄っていかないか。」


 ギルは陽光を受ける水面を見つめ、懐かしそうに目を細めた。


 彼は、少年時代を西の国コルマクで過ごした。その都マクアルトは、雨が多いことで有名である。

 加えて二つの川が流れる町ウィッスル、叔母が暮らす水の都ネルフォーネ。


 水のある環境に親しんでいた彼にとって、湖に近づきたいという欲求はごく自然なものだった。

 だから道の分岐にさしかかったとき、彼の足はハルの同意を得るまでもなく湖の方へ伸びる道を選び取っていた。


 -------


 二人が湖畔に近づくと、小舟を引き上げていた数人の男の一人が、訝し気な視線を向けた。

 日に焼けた肌と袖をめくりあげた力強い腕っぷしは、見るからに漁師の風貌だ。


「やぁ、どうも。

 キレイな湖だね。」


 ギルが、持ち前の愛想の良さで男にあいさつする。


「お、おう…。

 お前さんたち、もしかしてミースのお役人、」


「じゃぁないんだな。

 この辺りを旅している者だよ。

 こいつが地質学者なんでね。」


 とハルの肩をたたきながら、ギルは楽しそうに口から出まかせを言った。


「そうかい、学者さんかい。

 見慣れねぇ身なりだしよ、俺はてっきり、またミースのお役人が来たのかと思ったさ。」


「また…?ミースの役人がこんな穏やかな湖に何をしに来るんだい。」


 ギルは、男たちの向こうに広がる湖に目を向けながら言った。


「そりゃ茨があったからよ、呪いの茨が急に突然変異ってな。」


「は?」


「違う違うおやじ、あれは呪いじゃねぇ。

 新種の茨だって。

 なぁ?」


 最初の男の意味不明な話に、恰幅のいい男が口をはさんだ。彼は、隣にいた別の男に同意を求める。


「ありゃぁお役人が来て、よそもんが突然変異したって話じゃなかったか。」


 同意を求められた三番目の男は、手を動かしながら言った。


「よそもん?…外来種のことかな。」


「ああそれ、それだよ。

 最初は、新種の茨だ、姫の呪いだって大騒ぎだったがな。」


 彼は、ギルを一瞥して相槌をうった。


「興味深い話だな。

 その茨はどこへ行けば見られるんだい。」


「いやぁ、もうないよ、兄ちゃん。

 ミースのお役人が根こそぎ焼き払ったさ。

 俺たちは漁が再開できるか見に来たってわけで、そんでお役人さんたちも様子を見に来たのかって思ってな。

 茨が出たら、俺たちまたくいっぱぐれるからよ。」


「つまり、漁ができなくなるほど茨が湖に繁殖した、ということか?」


 ずっと会話を聞いていたハルが、口を開いた。


「いや、ただ繁殖したってだけじゃねぇ。

 陽が落ちるとよ、恐ろしく凶暴になるのさ。

 破裂したり、魚を刺し殺したりな。

 で、刺された魚はめん玉全体がどす黒く濁ってよ、身まで黒に変色してやがる。

 気味が悪くて売り物にもならねぇ。」


 恰幅のいい男は、口をひん曲げて苦々しい顔をした。


「それは災難だったな…。」


 と、ギルが同情の言葉をかける隣で、ハルが湖を指さしてたずねた。


「あの島の遺構に残る焼け跡は新しい。

 その時についた煤では?」


 ハルの指先は、彼らが立っている場所から左手の湖岸寄りを示している。そこに、廃れた要塞のような石造りの建造物が遺されていた。

 上部の塔は先端が破壊されていて、下部の四面体の壁面もろとも煤で真っ黒だ。


「ああ、そうさ。

 茨の根っこはあの島にあったらしい。」


 男はそう言うと、顎で同じ場所を示した。

 そして、あれは見張り台か?と尋ねたギルに、恰幅のいい男はこう答えた。


「なんのために作られたのか、俺たちも知らねぇんだ。

 そんくらい昔からある。

 塔の途中に四角い穴が見えるだろ?あそこから敵を狙ったとか、水鳥を狙ったとか言われてるけどな、実は幽閉塔の伝説もある。」


「幽閉塔?」


 男の話に、ギルが喰いつく。


「大昔に、やんごとない身分の姫君が幽閉されてたってな。」


「発狂した姫の黒い影がずっと彷徨ってるって誰も近づかなかったけどよ、結局、例の茨がその正体だったんじゃないかって話さ。」


 と、最初の男が付け加えた。


「船をつけて上陸するのは難しそうだ。」


 島を観察していたハルが呟くと、男たちはその通りだと同意した。

 島は年に一度砂の道が現れて一番近い湖岸につながるが、それ以外に易々と近づくことができる人間がいるとすれば、ウィザードぐらいなのだと。


「まあとにかくよ、茨はなくなった。

 俺たちも漁を再開できそうだ。

 じゃあな、兄ちゃんたち。」


 漁師たちは口々に言いながら、安堵した様子で引き揚げていった。


 -------



 人が近づかない、幽閉伝説が残る塔。


 ギルの瞳は、硬い表情のままそれを見つめていた。

 黒いすすを纏った灰色の怪しい遺構は、澄みわたる空の下にはまるで不釣り合いな姿をさらして湖面に突き出ている。


「親父に似た男の目撃情報と茨の話は、偶然だよな。」と彼は言う。


「茨の話は初耳だった。

 ミースの役人とやらの仕事が迅速だったのか。」


 肯定するでも否定するでもなく答えるハル。


「なぁ、フォンウェール、あの塔は人目を避けたい人間にとっては格好の場所だ。

 騒動の後なら尚のこと好都合じゃないか。」


 ギルは俄然、島の遺構を探るつもりでいる。

 オーリズ・ランバールを見つけるためなら、どんな小さな可能性も見逃さない。

 彼は、自分の父親が生きていると確信しているのだから。


 と、そんなギルの思惑とは裏腹に、ハルは懐疑的だった。

 6年近くも行方をくらましている人物が、今更あのような塔に身を潜めるだろうか。

 ミースの役人が来るほどの騒動なら、オーリズ・ランバールは既にここを離れているだろう。

 とはいえ、島を調べない理由はない。むしろ彼は、茨の話のほうが引っかかるのだった。


 二人の思惑は見事に真逆の方向を向いていたが、皮肉なことに遺構を探るという意見は一致していた。


「日暮れまで待とう。

 それまで宿探しと情報収集だ。」


 ハルは、湖に背を向けて丘へ続く坂道へと向かう。

 その先に、小さな集落があるはずだった。


「待て、フォンウェール。

 周りに誰もいない今なら、島まで箒で飛べる。」


「だめだ、陽のあるうちは飛ばない約束だろ。

 ここは見通しが良すぎる。

 遠目にも人影が見えたとなれば余計な噂がたつ。」


「噂?こんなド田舎でそんなもの気にしてどうする?噂なんてのは姫の亡霊だとかにすり替えられてあっという間に消えてなくなる。

 それが世間というものだ。」


「ミースの役人と鉢合わせしたいのか。

 あの様子だと事後調査に来る可能性もあるぞ。」


「俺を馬鹿にしてるのか。

 奴らが来るわけがないだろ!いつも思うが、お前の用心深さは本気でミースの役人並にカスだな。」


「挑発には乗らない。

 取り調べを受ける羽目になっても、オレの助けをあてにするなよ。」


「その鼻持ちならない口の利き方をいいかげん慎め。

 俺はお前より年上だし、他人の助けをあてにしたことなど一度もない。

 勝手に決めつけるな。」


「決めつけてない、忠告だ。」


 二人は頻繁に起こる通過儀礼、つまり、一通りの口論をした結果、この時はハルの主張通り日没後に塔を調べる、ということで決着がついたのだった。



 -------



「それで、茨はあったのか?」


 椅子に深々と座る上王メイヴはたずねた。


「いえ、どこにも。」


 ハルは短い返事の後、続けた。


「地上の遺構内部はすべて焼き払われ、ことごとく炭化していました。

 我々が見つけたのは、ミースの役人が見落とした地下の隠し部屋です。」


「ほぅ?」


「室内には水槽があり、放置されていた魚は全て死滅していました。

 残されていた物証から、術式の実験を行っていたとみられます。」


「術式?では、実験を行っていた者どもが茨を持ち込んだのか。」


「水鳥や漂着による島への到達の可能性もありますが…現状は人為的に持ち込まれたとするのが妥当です。」


「魚は、湖のものか?」


「はい。水槽内の魚は正常な姿でしたが、床に散乱していた魚はいずれも内臓が破裂しており、漁師の描写と同様の変化を確認しました。」


「内臓破裂と変色…。

 痴れ者どもの目的はなんだ?茨か、魚か…。

 お前はどう分析する?フォンウェール。」


「術式は古式の様式を含み、複雑な組み合わせで構成されていると思われます。

 茨の暴走や魚の内臓破裂を不完全な術式の結果だと仮定するなら、狙いは使役系の式を完成させることではないかと。」


「結界・封印・強化・顕現・消滅。

 術式の主要な使い方はこの五つだったな?テイム(使役系)なら魔法を使う方が手っ取り早い。

 なぜわざわざ術式を使う?…不可解だ。」


「価値のある術式は、研究対象であると同時に売買の対象にもなります。

 一獲千金をねらう者も少なくありません。

 昨今は、用途における両者の線引きが曖昧になっています。」


「そうなのか。

 スタン、お前はどう思う?」


「フォンウェールの指摘通り、近年術式は複雑化の傾向にあります。

 一見魔法との区別がつきにくいものも多く、需要が高まっているのも事実。

 何者かが遺構で不法に実験を行っていた、という推測は概ね外れてはいないのではないでしょうか。」


「違法実験のあげく手にあまり、逃走…というところか。

 ところで、漁師どもの言うミースの役人とはいったいどこの配属だ、広域捜査局か?」


 メイヴは足を組んでいた自分のつま先をじっと見つめていたかと思うと、不意にハルを見た。


「はい。地理的にも状況的にも、管轄は広域捜査局のはずです。

 今回は、ランスターからミースに要請を出したとのこと。」


「ふん、お前の古巣か。

 地下の隠し部屋を見逃すとは、奴らも墜ちたものだ。」


 椅子の肘掛けに片肘をついた彼女の表情は、至極不満げだ。


「局の方針は少数精鋭。

 とはいえ、暴れる茨を少人数で焼却するのは相当に手こずったはずです。

 隠し部屋の発見に至らなかったのは推して然るべきかと。」


「未練がましいな、お前らしい言い方だが。」


 メイヴはつと、その高貴なサファイアの瞳をハルに移した。

 彼女の独特の言い回しは、あるときは多くのものに理解できず、また誤解を与える。

 ハルは上王の言葉に振り回されない数少ない人間の一人であり、その表情を崩すことなくメイヴにこう告げた。


「ついでに申し上げますと、部屋を発見したのはギリアムです。」


「ほう…。」


 彼女は意味ありげな視線を今度はギルに向け、その瞳をしたたかに輝かせてこう言った。


「消える以外にも役に立つのだな、ギリアム。」


「お褒めの言葉、痛み入ります。」


 消エル以外ニモ役二立ツ


 由緒あるランバール家の嫡男ギルの心に、この言葉がどれほどの屈辱を与えたか。自分と自分の家族の輝かしい未来を奪った相手に、彼は奥歯をかみしめて会釈した。


 しかしメイヴは、どこ吹く風である。彼女は生きた茨に関する報告書を捜査局から取り寄せるようストライドに命じると、あらためてハルとギルの二人にねぎらいの言葉をかけた。


「二人とも、長期の任務ご苦労だった。

 これにて一時解散、次の任務は追って連絡する。」


 館内は、いつの間にか静けさを取り戻していた。



 -------



「ところでお前たち、朝食はまだだろう?一緒にどうだ。」


 椅子から立ち上がったメイヴが、ふと思い出したようにハルとギルに声をかける。

 彼女はこのように、いかにも思いつきの言動も多い。


「いえ、結構。」


 間髪入れずに答えるハルに、ストライドが凍りつく。


「無礼だぞ、フォンウェール。」


「よせ、スタン。」


 怒りをあらわにいきり立つストライドを、メイヴが制止した。


「オレの任務は終わったはずです。」


「そうか、それは残念だ。

 食事は別の機会としよう。

 さてギリアム、私の朝食に付き合うな?」


「いや、俺もこのあと所用が。」


「それは後回しだ、お前に拒否権はない。」


 潔く引き下がるかと思いきや、全く違う反応を見せるメイヴ。ギルは、動揺した。


「え?ちょっと待ってください、どうして俺とフォンウェールの扱いがこうも違うんです?」


 扱われ方の温度差に、彼は不満をあらわにする。すると上王は、真顔でギルに詰め寄った。


「私は契約に則り、フォンウェールに仕事を依頼している。

 任務外の案件を断るのはこやつの自由。

 ではギリアム、お前と私の約束事は何だった?」


 力強いサファイアの瞳が、ギルを問い詰める。

 彼とは年端の離れていないメイヴだが、彼女は一瞬のうちに相手を威圧する支配的な空気を身に纏っていた。


「父を見つけ、その汚名を返上するまで、陛下の…手足となる…。」


「よく覚えていたな、そう、つまり期限付きの私の下僕なわけだが、現時点では無期限に変わろうとしている。

 どういう意味か、わかるな?」


「いや…全く…。」


 ギルは後ずさった。いつか見たメイヴのこの表情に、彼は嫌な予感しかない。


「そうか、では教えてやろう。

 お前の配属先は、金の枝騎士団に決定した。

 明日から我が愛犬どもの世話を頼む。」


「は?犬の世話っ?!」


「心配するな、入団に必要な書類は全て受理された。

 用意した経歴は、今日中に頭に叩き込んでおけばいい。」


「どうしてこの俺がっ?!駄犬の世話など誰がするか!」


 ギルは我を忘れ、怒りと嫌悪にまみれた声で叫んだ。彼の視界に、黙って隠し扉へと向かうハルの背中が映る。


「おい、逃げるな、フォンウェール!お前は早くララに会いたいだけだろうが!」


「どこへ行く、ギリアム!」


 ハルを追いかけようとするギルを、メイヴがけん制する。


「もう私との約束を忘れたのか?お前は駄犬以下だな!()()()()()。」


「!」


 メイヴの言葉に、ギルは思わず足を止める。


「くそっ…。」


 彼は小声で悪態をついた。


「朝食はアルバを迎えに寄越す。

 ここで待機していろ。」


 彼女はニヤリと広角を上げ、ストライドとともに分厚い扉の向こうに消えた。


 -------



「ララ…女の名か?」


 狭く薄暗い階段を上りながら、メイヴは独りごちる。

 最後にギルの発した言葉が、彼女の心を捕えていた。


「スタン、フォンウェールは独り身ではなかったか。」


「妻帯者であるという話は聞きませんが。

 何か気になることでもございましたか。」


「ララとは女の名だな?何者か知りたい。

 妙だとは思っていたのだ。

 長らく私の申し出に頑なだったフォンウェールが、急に条件付きで契約を受諾した…。

 もしや、その女が関与しているのか?あの男に限ってとは思うが、とんだ害虫ではあるまいな。」


「調べて参りましょうか。」


「いや、まずはアルバに話を聞く。」


「御意…。

 ところで陛下、オーリズ・ランバールは本当に生きているのでしょうか。」


「どうだろうな…。

 ギリアムを見る限り、あいつは嘘をついてはいない。

 思い込みとは違う、どこかで真実に触れた確信の目だ。

 早々に父親を連れてくるかとも期待したが、外れた。」


 メイヴはそこまで言うと口を閉じ、考え事を巡らせているのか押し黙ってしまった。


 -------



 一方こちらは、部屋を退出したハル。

 目深にフードを被った彼が隠し扉を抜けると、そこにアルバが待機していた。


「待っていてくれたのか、悪いな。」


 ハルがねぎらうと、アルバはこくりと頷き、心得たようにすっと飛び立った。

 ハルは、すかさずその後を追って飛ぶ。


 王城の空域は、当然ながら厳格な規制がある。

 自由な飛行が許可されているのは、使者と金の枝騎士団員のみ。

 ハルが人目をはばからず王の領域を抜けるには、アルバの先導が不可欠なのだ。


 彼を導く小柄な勅使。そのいで立ちは顔に簡素な仮面、足に疲れを知らない翼のついた黄金のブーツ、そして背には、尽きることのない黄金の矢をしたためた箙を携えている。


 決して声をあげず、気配を消し、風のような速さでリアフェス全土を往来する。

 使者は上王の目であり耳であり、その意思を告げる口である。


 -------


 王の領域を出てアルバと別れると、ハルは一路北西へ向かった。

 銀色の棒をスケートボードのように乗りこなし、より早く飛ぶために気流に乗る。

 早朝の風を切るその心は、急いていた。


 彼の脳裏には、出立の夜にララが見せた不安そうな表情が焼き付いている。


(まさか、あの状態で三か月も過ごしていないよな…?)


 あり得ない考えが頭をもたげては、それを否定する。


 彼女が居候となったサウィーン以来、ハルが長らく家を空けることがなかったわけではない。

 一日二日顔を合わせないことも、珍しいことではなかった。

 それがあの夜に限って、ララはハルが予想だにしなかった反応を見せた。

 今までとあの夜のいったい何が違ったのか、何度思い返しても、彼は答えが出せない。

 リビエラがおせっかいにも忠告した通り、やさしい言葉をかけるべきだったのか。


(だが、何のために?)


『女という生き物は、やさしい言葉をかけないでいると途端に愛想をつかすんだよ。』


 彼は、いつか聞いたギルの言葉を、ふと、質の悪い呪文のように思い出す。


 -------



『で、お前とララの関係って何なの?フォンウェール。』


『ララは居候だ。

 師匠から面倒を見るように頼まれている。』


『居候…誰が信じるかよ。』


『どういう意味だ。』


『俺とララが感動の再会に熱い抱擁を交わした時、お前は俺を刺し殺しそうな目つきで睨んでた。

 ただの居候に、そんな感情が必要かねぇ。』


『お前は油断ならない。』


『お前はリアフェス中の男が油断ならないんだろ。

 …なぁ、ララをもっと大事に扱えよ。

 右も左もわからない娘をウィッスルに一人で行かせたりするもんじゃない。』


『あの日はレイヴンを監視につけていた。』


『俺にまかれたけどな?というか、少しは感謝しろ。

 あの街で最初に知り合ったのが俺で、ララは本当に運が良かったんだ。

 お前はあの娘のことを知らなさすぎる。』


『自分は知っているとでも言いたげだな。』


『まぁな、、多少は、理解しているという自負はある。

 言わせてもらうとだな、お前のように女に対して雑で愛想のない男がララの面倒を見るのは百年早い。』


『ララは自分の意志でイーリーベルに戻って来た。

 それで十分だ。』


『それは他に行くところがないからだ。 

 女という生き物は、やさしい言葉をかけないでいると途端に愛想をつかすんだよ。

 自分の居場所がお前のもと以外にもあると知れば、いつだって出ていけるさ。』


『ララが自分の意志であの家を出るというなら、受け入れる。

 それに、女はお前の言うような種類の人間ばかりじゃない。』


『9割9分そうなの。

 そうでない奇特な女がいるなら、ぜひお目通り願いたいね。

 優しい言葉が要らない女なんて、母親くらいのものだ。』


『…オレは知っている。』


『へぇ、誰だよ?言ってみろ。

 その女は今どこにいる。

 あ、お前の連れの男前の女は別枠だからな。』


『もういない。』


『非常に残念だ、フォンウェール君。

 それじゃ証明は無理だな。』


『雪山で死んだ、オレを庇って。』


『しん…、やっぱり奇特な女だ。

 死んだ人間には会えない。』


『生きていても二度と会えないことはある。

 生き死には関係ない。』


『違うだろ、生きていなければ、会うことすら叶わない。

 何においても、可能性があるのとないのとでは、その先の未来は全く別のものになる。

 …とにかく、お前はララをもっと優しく扱え。

 そうでなければ、俺が彼女を預かる。』


『お前には無理だ、ギリアム。』


『どうだかな?ララが選べば、それを受け入れるんだろ?』


 -------



 ララは、元の世界へ戻る。

 それ以外に、彼女が安心して暮らせる幸せは手に入らない。

 西へ西へと飛びながら、やはりハルの結論はそこに帰着する。


 昇陽とともに、眼下の街はあちこちで活気を帯び始める。

 目指すイーリーまであともう少し。普段ならこの辺りから急降下、そのままイーリーベルの雑木林へ向かうところだが、彼は速度を緩めた。


 彼は行き先を定めかねて逡巡する。

 そしてわずかに方向を修正し、イーリーの駅へとその矛先を向けたのだった。

 

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