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11-4.砂漠

 

 時は、まるで流れゆく水のよう。

 移ろう季節は空に、風に、そして町の景色に刻まれる。そしてここ、イーリーベルにも。


 そよぐ6月、サリクスの月。


 ザムの庭は、色と活気にあふれている。若々しい緑の葉野菜、次々と熟し始めるベリーは宝石のように美しくて、散策という名のもとに、つまみ食いがとまらない。



 -------



「で、お前は暇つぶしに儂の邪魔をしにきたんぢゃな?」


 黒いつぶらな瞳をじろりと動かして、ザムが口をひん曲げた。

 グローブみたいな大きな手は、黙々と作業をこなしている。


「毎回邪魔者扱いするのね?いつでもかかって来いって言ったくせに。」


 私は、彼の前に仁王立ちした。


「何度やっても同じぢゃろ、いい加減諦めろい。」


「いやよ、諦めない。

 言ったでしょ。」


「ほんに、暇な奴ぢゃ!おら、道を開けろ。」


 ザムは本気とも冗談とも読み取れない顔で私を押しのけた。


「ベリーのつまみ食いばかりしおって、この盗っ娘が。」


「だってしょうがないよ、ここのベリーは最高においしいもん。」


「ま、それは否定せんがの。」


 突き出た腹と鼻を高々と空に向け、彼は得意げだ。本当に、すぐおだてに乗る。


「でしょう?罪深い仕事ね。」


 私は身をかがめ、ザムの背後に近づいた。


「庭師っていうの…は!」


「うひょい!」


「っと!」


 両手を勢いよく伸ばしてザムを捕まえた…つもりだったけれど、交差した両腕は豪快に空振り。ノームの精霊は奇妙な声を上げてすり抜けた。


「くぅっ、待てっ!」


「待てと言われて待つ馬鹿がどこにおる、うほっ。」


 彼は小馬鹿にしたような笑い声をあげ、庭を走った。

 畝の間を走り、レンガの縁を軽やかに飛び、まるで私を翻弄するのを楽しんでいるかのようにウィグワムの周りをぐるりと周る。


 もう何日、いや、何週間…?北の国ノウルドから戻って以来、ずっとこんな捕り物を庭で繰り返している。(ザム)に無意味だと嘲笑されながら。


 とはいえ、今日の私はいつもと違う。

 ポケットから小瓶を取り出すと、空中にミストを散布した。今回は、ちょっとした秘密兵器を使う。

 ザムの後を追いながら、動線上に少しずつ間隔を開けて散布する。

 容器の中身は、チョコレートの香り。ザムの大好物。

 好き勝手に走り回っていた彼が、次第に甘い匂いを追うように走り始める。誘導成功!


 今日はいける気がする。思わず、ニヤリと口元が歪んだ。


 誘惑に弱いザムは、逃げていたはずがいつの間にか、私を追いかけるようになっていた。

 私はエメラルド色に美しいエンドウの蔓の壁に潜み、彼を待ち構えた。手にした長い棒を、出会いがしらに彼の頭上を狙っておもいきり振り下ろす!


「いあっ!」


「ふぅぎゃっ!」


 がんっ!!


 棒が地面を叩き、空振りした衝撃で手から抜けた。

 ザムの姿はない。私は、すぐさま地面に目を向けた。


 昨日、モーリーンが教えてくれたのだ。ノームの精霊が突然消えたように見えるのは、彼らが大地に潜り込むからだと。そしてその証拠に、地面には小さな渦巻きが痕跡として残っているはずだと。


(あった!)


 地面に残る蟻地獄のような微かな跡。

 私はすかさずリボンを渦巻きの中に潜り込ませた。

 集中して、動きを感じとる。

 この庭の下、大地の中を抜き足で歩くノームの精霊。


(いた!)


 リボンが彼の足をからみ取り、一気に引き寄せる。


 ずぼっっ


 じゃがいもを引っこ抜いた時みたいに、ザムが地面から勢いよく飛び出た。


「ぐはっ!なんぢゃこりゃ!はなせぇいっ!!」


「やった!私の勝ちよ、ザム!」


「なんぢゃと!」


 些細なきっかけで始まったこの戦い、数週間目にして私は初めてザムを捕まえることに成功した。



 -------



「おやおや、威勢のいい声だ。」


 ヴァリトンのよく通る声。


(え?)


 振り向くと、表玄関から続く生垣のそばにリビエラが立っていた。

 最後に彼女に会ったのは、三月も下旬のころ。ウィッスルに戻るリビエラをイーリーの駅で見送って以来。


「リビエラ!」


 私はリボンを放り投げて駆け出した。


 季節はもうサリクスの月。ヘカテの話では、学校は長い休みに入るはずだった。私はリビエラがいつ戻って来るか知らされていなかったから、それはもう、言葉にできないほどの驚きと喜びで胸がいっぱいだった。


「おかえり!!」


「ただいま。

 元気そうだね、ララ。」


 勢いよく飛びついた私を、彼女はしっかりと抱きとめた。


「おいララ!いい加減こいつをなんとかせんか!」


 リボンにからまって転がされていたザムが、顔を真っ赤にして怒鳴る。


「あっ、いけない!ごめん、ザム!」


「情けない格好だな…一体何をしてたの、ララ?」


「んー、鬼ごっこ。

 今日は初めてザムを捕まえることに成功したの。」


「逃げ足の早いノームを捕まえるなんて、大したものだね。」


 リビエラは感心した様子で私とザムを交互に見た。


「何を笑っちょる、リビエラ。

 今日はたまたまなんぢゃ!儂が明日も捕まると思うなよ。」


「コツは掴んだわ。

 余裕綽々でいられるのも今のうちよ、ザム。」


「小生意気なことを言いおって、今日はもう終いぢゃ、ほら、行った行った。」


 ザムは煩わし気に私たちをあしらうと、自分の作業に戻った。


「庭師に追い出されちゃ仕方がない。

 家に入ろう、ララ。

 ハルも一緒に戻ってるんだよ。」


「ハルも?!」


 不意に、私の心臓がトクンと鳴った。


「うん、駅で偶然ね。

 会ってきたら?」


「会って…?」


「今回の仕事は一段落したみたいだ。」


「ん…。」


 リビエラの意味ありげな微笑に、私は口ごもった。

 真っすぐに私を見つめる彼女の瞳に応えられず、目が泳ぐ。


「おかしいと思わないかい、ララ。」


 リビエラが、クスリと笑った。


「え?何が?」


「ハルはわざわざ、僕を駅で待ち伏せして一緒に帰って来たんだよ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。」


 リビエラは、後半のセリフをいわくありげに言った。

 確かに、遠出したハルはいつも空から戻ってくる。わざわざ駅から歩いて戻ってきたというのは、不自然な話。何か、空を飛ぶことができない特別な事情でもあったんだろうか?


「それって…もしかしてハル、怪我でもしたの?」


「ケガ?そうだねぇ、それも面白いけど…安心して、あいつはピンピンしてる。」


「じゃあ、なに??」


「それはね、ララが今、ハルに会うのをためらったのと同じかな。

 君は、どんな顔をして会えばいいのかわからないって顔してる。」


「あ…私は、その…。

 あの夜、最後に会った日に、気持ちよくいってらっしゃいって言えなかったから…。」


「それは、ララが安心できる言葉をハルがかけなかったから。

 当然今日も、ララに会いにくい、なんてことは一言も言わなかったけれどね、君の様子を見れば察しはつく。」


「すごいね、リビエラ…。」


「ハルのことは、君の心に従って接すればいい。

 変な遠慮はいらないんだよ。

 ララは、どうしたい?」


 リビエラの表情は、私の戸惑いを見透かしているかのように後押しする。


「おかえりって、言ってくる…。」


「僕に見せてくれた君のかわいい笑顔を、ハルにも向けてあげて。」


「うん。」


 私は小さくそう答えると、はやる足取りで戸口へ向かった。



 -------



 ハルに会いたい。純粋な気持ちとは裏腹に、リビエラの言葉を真に受けていいものか、まだ不安はある。頭の中で感情と理性をバトルさせながらシルキィの後ろを駆け抜け、キッチンダイニングを出た廊下で、ばったりとハルに出くわした。


「わっ!」


 出会い頭に大声をあげたのに、彼は微塵も驚かない。


「なんだ。」


「あ、ごめ…そこにいるとは思わなくて。」


 いつもと変わらない、私が知っているハルが目の前にいた。一瞬のうちに三か月近い空白が埋まったような、それでいて彼を見る自分のほうが変わってしまったかのような、不思議な感じがした。


「おかえり、ハル。」


 自然と出た私の声は、意外にも落ち着いていた。


「…ああ。」


 相変わらず、淡白で何を考えているのかわからない返事が返ってくる。

 残念ながら私たちの間には、リビエラのいう“かわいい笑顔”を振りまいたところで、肩透かしを食らいそうな気配しかなかった。

 それでも…私のハルへの想いは変わることがないと再確認する。募る思いと再会の喜びをどうやって表わそう?

 そんなことを考えていると、勝手に足と手が動いた。

 私は、子どもが大人の足にしがみつくみたいに、ハルの腰に両腕を回して抱きついた。


「おかえり…無事で…よかった。」


「大げさだな。

 オレは戦地に赴いたわけではないぞ。」


 彼は、私を拒絶しなかった。


「ううん。」


 ハルの胸の中で、かぶりを振る。


「上王の依頼だもん、普通の仕事なわけがない。」


 ギルが迎えに来たあの日の緊張感、そして同じ晩のハルのただならぬ雰囲気を、私は忘れてはいない。


「心配かけたな。

 …長い間一人にして、すまなかった。」


 ハルは静かにそう言うと、私の右肩に触れた。

 もしかしてあの夜、彼はこんな言葉を言いたかったのかもしれない。


「大丈夫…。」


(今ので、全部救われたよ。)


 私は心の中で呟いた。

 近くにありすぎて見えなかったもの。私は、引き離されてその大切さを知った。

 離れていた時間も距離も、それが偶然だったのか必然だったのかは分からないけれど、自分の覚悟と向き合うためにも必要だったと思う。

 ハルの温もりを感じているだけで、何かがよい方向へと変わっていく気がした。


「何をニヤついている、リビエラ。」


 ハルが不服気味に言った。

 振り向くと、リビエラがキッチンダイニングから顔をのぞかせている。


「声をかけるのがもったいなくてね。

 温かい出迎えがあるのは良いものだろう、ハル?

 シルキィが軽食を作ってくれるってさ。」


 彼女はそう言って、軽快にウィンクした。



 -------



 シルキィが用意してくれた、少し早めの昼ご飯。私たち三人は食卓を囲んだ。

 サンドイッチに手を伸ばしながら最初に口火を切ったのは、リビエラ。


「積もる話に興じていたら一日が終わってしまいそうだ。

 まずは僕ら、決めなきゃならないことがあるよね?」


「ネイロン湖の藻草。

 アラクネーの糸は採集してきたよ。」


 私は、リビエラに続けた。

 北の国ノウルドの東側に位置するグレアの森。遅い雪解けの後、私と時雨はラグレールという頼もしい助っ人と共にかの地へ向かった。それはフィアンの月、今から一月半ほど前の話。


 簡単ではなかったけれど、得たものは多い。果たすべき役割を全うできたことは大きな自信になったし、私はリアフェスで生きていける…そんな気持ちにもなれた貴重な旅だ。


「ついでに糸は加工して、三人分のグローブとブーツを仕立ててあるよ。」


「随分と成長したね、ララ。」


「道具が揃っているなら、話は早い。」


 二人に褒められるのは、いつだって一番嬉しい。頑張って準備して良かった。

 仕立てまでの工程は、時雨はもちろん、モーリーンや町の人にも手を借りた。

 彼らは私がイーリーベルに住んでいると言うと一様に驚いていたけれど(当然か…)、今回のことがきっかけで距離が縮まったのは、思いがけない収穫の一つ。


「私はいつでも出発できるよ、二人はいつがいい?」


「僕も問題なし。

 ネイロン湖はリアフェスのほぼ南端だろ?行くなら早い方がいいと思う。

 サリクスの月はまだしも、来月は暑さがぐっと増すよ。」


 私とリビエラは、ハルを見た。


「確かに、ネイロンは砂漠の真ん中にある。

 行くなら早い方がいい。

 出立は明朝、それで構わないか?」


「オーケー!」「もちろん!」


 フォークに突き刺したピクルスを頬張りながら、私たちは意気揚々と答えた。



 -------



 南の国ウルスター。リアフェスの中で、最も風土の変化に富んだ国。


 国の北部は豊饒の大地の恩恵を受けてミースの台所と称される一方、東の国ランスターに接する南東部は、連峰に囲まれた高温乾燥地帯が広がる、通称『死地』と呼ばれる地域がある。人間にとっては極めて過酷な場所。


 生態系の頂点に立つのは、あのウルスター・リザード。特異な環境に適応した固有の、それも巨大な動植物が多い。

 ネイロン湖に棲息するほぼ一本足の怪鳥フラリンガスも、その一つ。


 私は一度、術式で作られた虚構のメサグラードを体験したことがある。

 とてつもなくリアルな世界だったけれど、今こうやって現実の場所に来て初めて、その精巧さに驚く。

 ただ、赤茶けて大きな岩が多かったヌシの住処とは違い、ここは平坦が続く乾燥した短草のサバンナ。途中から急に石ころだらけの砂漠が広がっていて、ネイロン湖がポツンと浮かんでいる。

 触れたものを石に変えてしまうという謎めいた水の水源はどこにあるのか、本当に不思議だ。


「クレアモントホールの移動装置には、本当に毎度助けられるね。

 こんなところ、自力で来ようとしたら何日かかることか。」


 リビエラが、まぶしそうに日差しを遮りながら言った。


 さすがにこの時期は痛みを伴うほどの暑さではないけれど、西の国コルマクの気候に比べれば不快指数は爆上がり。移動時間の短縮はありがたい。


「それにしてもさ、なんでこの先から急に何もなくなってるの?」


 私は隣にいるハルにたずねた。

 茶色いサバンナの景色は途中からとたんに草葉の勢いを失って、湖まで数キロはあるその先は、石ころが転がるばかりの固い砂漠だ。


「おそらくは、ネイロンの影響だろう。

 一帯が砂漠化しているのは気候のせいではなく、地下の水質に原因があるのだと思う。

 ネイロン湖は、その水がたまたま地上に沸き出てきたものだ。」


「なるほど、この地下に…。」


 ここをザムが潜ったら、いったいどんなことが起こるんだろう?石になっちゃうのかな?


「僕たち、まずはフラリンガスの巣を探すんだよね?」


 地面を見つめている私の後ろで、リビエラが確認した。


「ああ。

 このサバンナ沿いに、あるはずだ。」


 この時期のフラリンガスは、卵の孵化と子育てに忙しく湖と巣の往復しかしない。

 私たちの作戦は、サバンナの草むらに巣を作っているフラリンガスの足につかまり、湖まで行くこと。その方が警戒されないし、安全に藻草に近づけるからだ。

 というのも、巨大なフラリンには小鳥や小動物が共生しているらしく、自分の足に人間一人が絡みついても気にも留めないのだとか。


「箒に乗るの、久しぶりだわ。

 なんかワクワクする。」


 私は自分の白い箒にまたがりながら言った。

 子どもの頃から馬に乗っていたせいか、私はスピードに対する恐怖心が薄い。加えて空中の高さにも、すっかり慣れた。この箒は、魔法というよりは私自身の意志で動いているのだから、自分を信じていればなんだってできる。


「いいぞ、ララ!どっちが先にフラリンガスの巣を見つけるか競争しよう!」


 正真正銘のウィザードの後ろに乗っていたリビエラが、陽気に叫んだ。


 リアフェスでは、ウィザード以外が箒で飛行することは原則禁止されている。というのは再三確認されているルール。でも、サバンナのように広大な場所では規制が緩い。

 監督者のウィザードが一緒なら問題ない、こんな所まで国家の監視の目は届かない、とはハルの言葉だけれど。


「いいよっ、じゃあ、お先っ!」


「よぅし、飛べ、ハル!」


「オレに命令するな。」


 陽光まぶしい蒼穹、私たちは勢いよく空中へと舞い上がった。

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