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11-2.来客

 

 翌朝、キッチンダイニングは既に賑やかだった。

 漂うコーヒーの薫り、忙しく働くシルキィの音。そこに絡まる、愉しげなリビエラの話し声。

 私が一番好きな、彼女のいる朝。


「おはよう、みんな。」


 私はキッチンダイニングに顔を出すと、いつもの席に向かった。


「おはよう、ララ。

 よく眠れたかい?」


 飲みかけのコーヒーを手にしていたリビエラが、私を見るなり明るく笑った。

 その向かいに座るハルは、届けられた封筒や書類の類に目を通しているところだ。

 私の席は、ちょうど二人の間におさまる。


「うん、よく眠れたよ、リビエラは?」


 私は、ハルを横目でチラリと探りながら答えた。

 彼は書面に没頭していて、夜の散歩のことなんて遠い過去のことみたいな顔をしている。


「爆睡したよ。

 ねぇ、それでさ、僕たちがどのくらいここ(リアフェス)を離れていたか、知ってる?」


「どのくらい…?」


 彼女の唐突な質問に、私は面食らった。


 昨日は時雨の懇願もあって、私たちはクレアモントホールで簡単な夕食を取った。

 イーリーベルに戻った時にはすっかり日も落ちていて、早々に解散したのだ。

 そういえば、自分たちがどのくらいここを離れていたのか、今日が何日かなんてことは、尋ねられるまで考えもしなかった。


「だよね?今、考えてるでしょ、ララ?」


「う、うん…なんでだろ?」


「こういうことさ、ハル?」


 そう言って、リビエラはハルを見た。


「慣れていない人間は時間の感覚が無くなる、と言いたいのか。」


「そうだよ、僕やララのように()()慣れていない人間には、ね。」


「ねぇ、何の話してるの?」


「僕たち、正味四日も留守にしてたんだよ、ララ。」


「えっ?」


「ね?そういう反応になるよね。

 思い出してごらんよ、僕ら出発の朝に朝食を取ったきりで、こっちに戻るまで何も食べ物を口にしなかっただろう?」


「うん、そういえばそう。

 氷の国でお茶は飲んだけど、何も…食べなかった。」


「なのに今朝の新聞を見るとさ、ほら!」


 リビエラは、手元にあった新聞紙をポンと叩いた。

 ハルは普段、ホログラム新聞を読む。この紙製の新聞は、リビエラが持ってきたものらしい。

 日付は、コールの月21番目…。


「木曜日?!私たちがここを出たのは、日曜日じゃなかった?」


「そうだよ、僕がここに来たのが土曜日だったからね。」


「信じられない…私の身体、どうなってるの?全くお腹が空かなかったなんて!」


「あはは!僕も同じことを思ったんだよ!3日も食事を取っていないのに平気でいられるなんて、こっちじゃあり得ない。

 なのにハルは、このびっくりニュースにちっとも反応しないんだ。」


「妖精はオレたちよりも時間の感覚が希薄だと言っただろ。」


 ハルはリビエラを適当にあしらいながら、新たな手紙を手にした。確かに、テーブルに置かれた封筒の量は、普段よりも多く感じられる。


「まずい。」


 手紙を読んでいたハルが、声を上げた。彼は壁掛け時計の針を確認すると、キッチンに立つシルキィに言った。


「シルキィ、もうすぐ来客がある。」


『あのお方でしょうか。』と窓の外を見ていたシルキィが抑揚のない応答をした。

 この部屋には、玄関先の広場を確認できる細長い窓が取り付けてある。


「そうだ。

 威嚇しないでくれよ。」


 ハルは外を見るまでもなく念を押した。


 家屋精霊シルキィには、彼女なりの審査基準がある。それを知るすべはないのだけれど、彼女は自分が不適切とみなした者には、この建物に入ることも触れることも許さない。誰であろうと容赦はなく、相手が立ち去るまで、執拗に制裁の雷を打ち落とす。

 ハルはそれを杞憂していた。


 キッチンダイニングの窓は、滅多にない来客に興味津々なリビエラと私によって占拠された。

 ガラスの向こうにあるイーリーベルの玄関先は、円形の広場のように土地が拓けている。そして、ちょうど林の木が途切れた辺りに、一人の男性が立っているのが見えた。


 なんで男の人だと思ったか?理由は、その人がスリーピースのスーツを着ていたから。


 薄茶のスーツは大柄のタータンチェック。頭には布製のカンカン帽。恐ろしくスタイルのいい、背の高い男性。

 あれ…あの柄、見覚えが…ある?


 目深にかぶった帽子のせいで、顔はよく見えない。ダークブラウンの髪には、馴染みがない。けれど私は、飄々とこちらに向かって歩いてくる人物を知っている気がした。


「あの男さ、、」


 リビエラもまた、何かを思い出そうとしているみたいだった。

 朧な記憶を手繰り寄せようとするように、ポツリと呟く。とその時、男が片手で帽子を少し動かした。顔がはっきりと見えた。


「ギル!」


 私は叫んだ。叫ぶと同時に、玄関口へ向かって駆け出していた。


 まさかまさか、ギルが生きていた?!

 高鳴る胸の中で、期待と不安が交差する。

 でもだって、あんな特徴的なスタイルの人が、この世に何人もいるはずがない!そうよ、私は彼が死ぬところを見たわけじゃない!

 不安は影を潜め、期待が確信へと変わり、私はドアを開けたハルの脇を風のようにすり抜けた。


「ははっ!ララ!」


 薄茶色の瞳が私を認め、笑顔になった。少し垂れ目の、品のあるあの笑顔。彼は、私を受け止めようと両手を大きく広げた。


「ギル!」


 私は喜びのあまり、ギルに飛びついた。普段の私ならしないのだけれど、死んだと思っていた友人が目の前に現れたら、誰だってこうなると思う。


「無事で…!上王が許してくれたのね?」


 私はうれし涙を浮かべて彼を見た。


「簡単に言うと、そういうことかな。

 また君に会えて嬉しいよ、ララ。」


 ギルは余裕のある微笑を見せると、もう一度私を抱きしめた。

 ああ、上王がどんな人だか知らないけれど!あの時は彼女を悪く言ったけれど!私たちは、再会の喜びをかみしめた。


「さて、イチャつくのはこれくらいにしておかないとな。

 この家の主に今度は本気で殺されそうだ。」


 彼は小声で言うと、いたずらっぽくウィンクした。


「?」


 ギルは私から離れ、数歩前に進み出た。そして、立ちはだかるハルに言った。


「よぉ、ウィザード。」


「用件はなんだ。」


 迎え撃つハルに、表情はなかった。二人の間に緊張めいた空気が流れ、ハルはその視線を一瞬だけ林の木に移した。

 気になってそっと振り返ると、背の高い木の一番上に、黄金の矢を持つ『使者』がいる。

 その雰囲気は、二人が仲良くここに来たわけじゃないことをうかがわせる。使者は、ギルを監視しているのだ。


「挨拶代わりに使いっ走りをさせられたんだよ、()()()()()()。」


 そう言って、ギルは上着の襟元に手をかけた。

 生地の裏側に、紋章入りのピンブローチがきらりと光る。


「彼女はお前の召集をご所望だ、今すぐに。」



 -------



「わかった。」


 糸を張ったような沈黙の後、ハルは静かに答えた。


「正装の必要はない、そのままで。」


 踵を返すハルに、ギルが言った。

 ハルは動きを止めると、背を向けたままギルを見た。


「2分、時間をくれ。」


「構わないぜ、そのくらいなら。」



 -------



「君は、あの時の女装野郎か。」


 ギルが、腕を組んで壁に寄りかかっていたリビエラに目を留めた。

 リビエラの眼光は、さっきからずっとギルを捕えている。そこには、友好的な気配が全くない。

 彼女にしては、とても珍しいことだった。


「おあいにくさま、僕は女装野郎じゃなくて最初から女だよ。」


 ひゅうっ


 ギルが口笛を鳴らした。


「これは失礼した、女にしておくにはもったいない度胸の持ち主だったな。」


「それはどうも。

 まんざらでもない誉め言葉だ。」


「ところで君は、」とリビエラは続けた。


「ハルを上王の犬と呼ばわったくせに、自ら飼い犬になり下がったのか。」


「あいにく、利害が一致してね。

 自ら望んだわけじゃない。」


「結果は同じことだよ。」


 リビエラは、厳しい目でギルを見た。


「どうとでも言ってくれ。

 俺は成し遂げたいことがある。

 権威のもとに動くのは都合がいい。

 それに役目を果たせば、解放される。

 アイツがどうなるかは知らないがな。」


 ギルはそう言って、玄関口から出てくるハルを顎で指した。


「リビエラ。」


 ハルが、彼女に声をかけた。


「なに。」


「後を頼む。

 今朝の話をララに。」


「オーケー。」


「ララ。」


 ヴァイオレットの瞳が私を見た。


「うん?」


「リビエラの話を聞いておいてくれ。

 今後の話をしたんだ。」


「今後の…?」


 ハルの神妙な声に、私は自分の右頬がピクリと痙攣したのを感じた。


「それから、」


 彼はそこで言葉を切ると、じっと私を見つめ、私の胸元に人差し指を向けた。


「絶対に外すなよ。」



 -------



 彼の指先が示したもの、それは、私の首に掛けられた青い石のネックレスだった。


 絶対に外すなよ。


 ハルはそれだけ言い残すと、二人の使者を伴って瞬く間に空の彼方に消えた。

 キッチンダイニングに戻った私の脳裏には、その姿がいつまでも焼き付いている。


「なんで、残していく言葉が“絶対に外すなよ”、なわけ?言うことは他にあると思わない?すぐに戻るとも、いつ戻るとも言わなかったよ?ねぇ、召集ってどういう意味?」


 本当はハルにぶつけたかった質問を、私は湯水のごとくリビエラに垂れ流した。

 テーブルに置いてあった紙類は全て片付けられていて、ハルがいた痕跡はもうどこにもない。

 今、私の心は、彼が突然消えてしまった寂しさと、とらえどころのない不安にさらされてる。

 朝食を口に運ぶ手が、重い。


「ハルが行っちゃって寂しいんだね。」


 淹れ直したコーヒーを飲んでいたリビエラが、にっこりと笑った。


「ハルだけじゃないよ。

 今の私は、リビエラがいなくなると考えただけでも泣きたくなる。」


「おや、僕はいつも君のそばにいるけど?」


「私が元の世界に戻ったら、二人とはもう永遠に会えなくなる…そう考えると辛くて。

 今日みたいにいつ戻るか分からないままハルが消えたら、審判の日が来たみたいで不安になるの。」


 私はリビエラに、以前なら気にも留めなかった些細なことに敏感になって、別れの不安や寂しさに襲われるようになったことを打ち明けた。


「君がハルを恋しく思うのと、僕を恋しく思うのとは幾分違う気がするけど。」と彼女は前置きして、続けた。


「誰かと離れがたく思う気持ちは、僕もそれなりに理解できる。

 とはいえ、悲しい結末ばかり考えても良い方向には進めないものさ。

 僕が言えることは、ハルは必ず君の望みを叶えるだろうってことくらい。

 こういうことは本人が直接言ったほうが効果があるんだけど…難しいよね。」


 リビエラはため息混じりのあとに、なぜかククッと小さく笑った。

 その様子は楽しそうで、私はちょっと理解できないと思った。


「この際だ、他に質問は?」


 彼女は怪訝そうな顔をする私を察したのか、マグカップをテーブルに置き、長期戦の構えで頬杖をついた。

 私は、彼女にたずねた。


「ハルは、なんで上王の召集に応えなきゃならないの?ウィザードの義務だとしても、これは国家の緊急事態とは違うんでしょ?」


「違うだろうね。

 でも、何かしらの仕事を請け負ってるのは確かだよ。

 どんな内容でどんな約束が交わされたのかは知らないけど、決断したのはつい去年のことさ。」


「ネルフォーネの件だけじゃないのね…。」


あの男(ギル)がのうのうと現れたってことは、ネルフォーネはその始まりだよ。」


「始まり?そういえばベトラの月、ハルは殆ど家に戻らなかった…。

 あれはギルのことを調べてたんだよね?始まりは、もっと前だったのかも。」


「だね。」


「なにか…断れない弱みを上王に握られてるのかな?」


「なぜ?」


「ギルの話を聞いていると、そんな気がして。」


「あの男と同じ境遇?」


「わ、わかんないけど…。」


「ハルの弱みねぇ…。

 それが上王の策なら、もっと早い段階で仕掛けていると思うけど…。」


 そう言って、リビエラは私をじっと見た。


「なに?」


「いや、ハルに弱みがあるとしたら何だろうと思って。」


「そうだね…あのオルランドの弟子だよ…弱みを握られたとしても屈する人には見えない。」


「逆に、誰かの弱みなら簡単に掴んでいそうだけどね。」


 思い当たる節があるのか、彼女は苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「ねぇ、ハルは元々、ミースに居たんだよね?」


「そうだよ。

 王立の魔法科はミースにあるから、少なくとも6年は暮らしていたんじゃないかな。」


「国の凄いエリート組織に所属してたって、ヘカテが言ってた。

 もしかして、田舎の暮らしに飽きたのかな?本当はミースに戻りたいけど、私がいるからここを離れられなくて、それで…。」


「まぁ、考えられなくもない。

 でもハルがここに移り住んだのは、一年やそこらで気が変わるような理由からではないと思うよ。

 僕が初めて会った頃のあいつは、今よりももっと偏屈だったんだ。」


「今より?」


「そうさ。

 街の人間には一切関わろうとしなかったし、誰もその素性を知らなかった。

 一流のウィザードがやって来たっていう噂だけが先走りしてね。

 上王だけでなく、色んなところから誘いはあったと思う。

 それでもハルは、ここを出ようとしなかった。

 あいつは、人も仕事も選んでいる。

 ここ(田舎)に飽きたという理由で上王の仕事を請けるような男ではないよ。

 僕も、そして絶対にハルも、なにか不都合なことをララのせいだなんて思いやしないし。」


「すごいな…信じてるんだ、ハルのこと。」


 私は、断言できるリビエラをうらやましく思った。

 ハルとリビエラの間には、私なんかが割って入ることのできない特別なものを感じる。

 今後のことも、いつの間にか二人で話していたし。


「ララのことも、同じくらい信じてるよ?」


 リビエラの瞳は、真っ直ぐに私を見ていた。


「僕は、自分が大切だと思うものは全力で守るし、信じる。

 捻くれたり穿ったりしても、良いことなんかない。

 それで一度、取り返しのつかない失敗をした。」


 そう言ったリビエラの微笑みに、マリエラの面影が重なって見えた。


「だから同じことは繰り返さない、賢明だろう?」


 優しい琥珀色。まるで、マリエラが微笑んでいるみたいだ。

 遠い、もう二度と戻らない人。

 リビエラの心には、そのマリエラが生きている。

 彼女の強さに、私は胸が熱くなった。この人に愛される人は、幸せだ。


「リビエラのお陰で元気が出た、ありがとう。」


「そうかい?まぁ、あの言葉足らずで理論ずくめの偏屈を信じるのはさすがにハードルが高いね。

 でもあいつはさ、僕らが考えているよりもずっと先を見ているよ。」


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