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10-8.帰途

 

 とにかくわかることは、頭のいいヒトは往々にして奇妙なものに喜びを見出す、ということ。

 リビエラが謎だらけのあれやこれやを目の前にして不敵に笑ったのは、そういうことだった。

 ハルの出自と、瞳にまつわる謎の解明。


「楽しい謎解きの始まりだ。」


 彼女は目を輝かせた。


 勿論ハルは「オレの問題だ。」と言い張ったけれど、偏屈には偏屈がつきもの。

 リビエラは「こうして暴かれた問題は、もう君だけの問題ではなくなった。」


 と偏屈にも聞こえる理屈をつけてやり返したのだった。


 妖精が絡むややこしい問題は、いくらハルでも一人で方を付けるのは簡単なことじゃない。

 彼は自分が被った禍の原因を知るまでに、二十一年という自分の人生と同じ歳月を必要としたのだから。



 -------



「何もかも、知っていたに違いない。

 アイツはそういう輩だ。」


 彼は忌々しそうに言った。

 ハルはオルランドのことになると、相変わらず怒りがむき出しになる。


「この目は…教えられなくとも気づいていた。

 力を制御するよう叩き込まれた理由が、はっきりしただけのこと…。

 だが名前は…。

 あいつは何も言わずほくそ笑んでいたということだ。」


『そう邪険な物言いをするものではありません、ハルト。

 あなたをお育てになった方は、いったいどのような人間なのです?禍の焔を見破るほどなのですから、相当の魔力を持った識者でいらっしゃるのでは…。』


 ハルは逡巡した。そこで私は、口をはさまずにはいられなくなった。


「オルランド!偉大な魔法使いオルランドよ。

 私にはそう名乗ったわ。

 そうでしょう?ハル!」


『オルランド!』『…もしや、オルランド・プランタナ?』『その名をかたるものが、二人といるものですか。』『あなたは彼にお会いになったの?』


 ハリオデスは様々に口走り、一人が私の手を握った。


「一度だけ…。」


『ハルト、ララの言葉に間違いはなくて?あなたを育て上げたのは、オルランド・プランタナなのですか?』


「はい。」


『彼が幼子を引き取るなんて。』『なんという巡り合わせでしょう。』『イブニス様を凌ぐ力…幸運と呼ぶべきかしら。』『そう考えるのは尚早だわ。』『でも、とにかくこれまでのところは。』『私たちのハルトが、こうして生きているのですから。』『欲を言えば…もう少し心穏やかに育てることはかないませんでしたの?』


「ねぇ、誰、その人?」「同じく。」


 口々に叫ぶハリオデスに向かって、ルースとリビエラが待ったをかけた。二人は、初めてその名を耳にしたようだった。


『あなたが知らないのも無理はありません、ルース。

 彼を知るのは、数多の妖精の中でも永い歳月を生きた、ごく一部のはずです。

 そしてリアフェスでは…。』


 そう言って、ハリオデスはハルを見た。


「アイツは一介の老人だ。

 その名が知られているとすれば、古の迷信の中、くらいか。」


「古の迷信?!そんなに年寄りなの、あの人!」


「僕が覚えている限りだけど、ウィーザード人物史にオルランド・プランタナという名を目にした記憶はないな…。

 偉大な魔法使いと名乗るくらいだから、ウィザードではないということか。」


『彼はいわば、どちらにも属さない流浪の旅人。

 いったいどこで何をしているのか、そして目的は何なのか…確かなことを知る者はいません。

 少なくとも、我々妖精族の中には。』


「アイツは、ただのはみ出し者の変人ですよ。

 さしたる目的もなくこの世界にしがみついている老害です。」


 ハルは反省したのか、その口調を「よそ行き」に変えていた。


『もう少し言葉を選べませんの?ハルト。』


「あいつに遠慮など必要ありません。」


「それで、オルランドは人間なの?妖精なの?」


 私の質問に、ハリオデスは少し沈黙を置いた。


()()()()()()()()()、のです。

 彼が何者であるか、どうあることを望んでいるのか…彼のいない場所で私たちが言うことではありません。

 本人の口から、直接お聞きになるほうがいいわ。

 必然ならば、その時は来るでしょう。

 それにしても…。』


 と、ハリオデスは心配そうな表情を浮かべて続けた。


『ルディアの消息はどうなっているのでしょうか。

 ハルト、あなたの口ぶりでは彼女をよく知らない様子。

 私は、健気なルディアのことが気がかりでなりません。』


「彼女は亡くなりました。

 赤ん坊のオレを抱いたまま。」


『まぁ!』


「オレと母を最初に見つけた人物の話では、こと切れた彼女はオレを抱いたまま、その人物の家の前に倒れていたそうです。

 そして彼の自宅ドアには、小くて細い矢のようなものが刺さっていました。

 それは抜け落ちて、この装飾に形を変えたそうです。」


 彼は、自分の耳にある装飾を示した。


「そして彼女が携えていた唯一のものは、これでした。」


 そう言ってハルが上着の内ポケットから取り出したのは、あの古い匂い袋だった。


「どうりで…君の母の形見だったのか。」


「あのときはまだ、確信がなかった。

 オルランドはこの匂い袋の持ち主をオレの母親らしき女性だと言ったが、あいつの言葉を鵜呑みにするほどオレは間抜けじゃない。」


「は!一体どんな老人なんだ、その人は?全く興味が尽きないね、君は。」


『その匂い袋は、確かにルディアの物です。

 彼女が亡くなったことに、悲しみはつきません。

 ですがこうして彼女の消息を知ることができたことは、この森を離れることができない私たちにとっては奇跡。

 そしてハルト、成長したあなたに再会できたことも。』


 ハリオデスは、愛し子を見るような眼差しでハルの頬に触れると、その視線を彼の耳に飾られた装飾に注いだ。


「装飾は、お返しします。

 真の所有者に謹んで返上すると、氷の国の女王に約束したので。」


『いいえ、それには及びません。』


「ですが、これはあなた方(妖精族)に属するもの。」


『あなたは私の甥ですよ?』


 ハリオデスはくすりと笑った。


『大切なのは、それがどこに属するかということではないのです、ハルト。

 弟が…その装飾に宿るウェールの心が、今はあなたの傍にあるべきだと望んでいます。

 父親として、やり遂げたいことがあるのでしょう。

 彼の力は、あなたが心から守りたいと願うもののために、きっと役に立つと約束します。

 ですから少なくとも今は、ね?』


「…わかりました。

 もうしばらく、お借りします。」


『ありがとう。』


 ハリオデスは優しく微笑むと、今度はルースを見た。


『承諾してくれるかしら、ルース?』


「もちろんです、姉さん。

 僕の望みは、姉さんが復活すること、ただそれだけでした。

 それを叶えてくれたのはララだから…その力は、ララのためにきっと役に立つよ。

 それに…コホン…君は僕の甥でもあるんだからね、、ハルト!」


 ルースは、威勢よくハルを見上げた。

 けれど、彼に輝いた誇らしげな威光はほんの一瞬で、少年は自分を見下ろす巨人と視線が合うなり、リビエラの後ろに隠れてしまった。


「まぁ、立場上はそうなるよね、小さな…あれ…?」


「どうしたの、ララ?」


 リビエラが私を見た。


「うん…、ルースが生まれたのは二十年くらい前の話でしょう?人間の年齢で言えば、私より年上だわ。」


「そうだね、僕と変わらないくらい…かな?」


「妖精は、人間よりも成長がゆっくりなの?」


『いいえ、ララ…。』


 とハリオデスが言った。


『おそらく彼は、この森を維持するために自分の力を削いでいたのでしょう。

 もしもあなた方が来るのがあと数年遅れていたら…ルースもこの森も、消滅していたかもしれません。』


「姉さんが復活したからには、もうそんな心配はいらない。

 だから次に会うときは、君よりもずっと大きくなってるから!」


 ルースは彼女の足にしがみついたまま、リビエラに向かって勢いよく言い放った。


「ぼく?僕より大きく?ははっ、それは楽しみだな。」


「ふん、笑っているのも今のうちだよ、僕は君にプロポーズするんだから。」


「?!」


 彼の宣言に、その場にいた全員が目を丸くした。


「なら、君は僕の理想の男を体現しなければならないな。」


 リビエラがにやりと笑った。


「理想?大丈夫だよ、どんな理想なの?」


「そうだね、まずは僕よりも掌が大きいこと。

 それから、大男であること、熊みたいな。」


「よし、わかった。

 君より掌が大きくて、熊みたいな大男だね。

 ん…まてよ、熊ってなんだ?熊…姉さん、熊とはどんなものですか!」


 ルースはそう言うと、ハリオデスのもとに走った。


「信じられない…あんな大変な目にあったのに、人間と結婚する気になる?!」


 私は呆れて、隣にいたハルに言った。


「まだ子供なんだ。

 それに、妖精はおしなべて美しいものに目がない。」


「それにしたって…。

 喉元過ぎれば熱さを忘れる、だわ。」


「なんだい、その科白は?」


「辛いことも過ぎ去ってしまえば忘れてしまう、って意味。」


「彼らの時間の感覚は、人間より希薄だと言われているからな。」


「そうそう、僕のことなんてじきに忘れるよ。」


「いや、私が言いたいのはそれじゃなくて…。」


「まぁ、いいじゃないか。

 僕らもそろそろ家路につくとしようよ。」


 リビエラは、腕を伸ばして大きく伸びをした。


「うん…。ねぇ、でもどうやって??」


 私は事の重大さにハッと我に返った。

 これまでの滅茶苦茶な行程を、そのまま逆戻り…なんてできるわけがない。

 どの方向に進むべきか、道標すらないのに、どうやってリアフェスに帰るというの。


「本当だ。

 ここまでまともな移動手段じゃなかったしね。」


 リビエラは、何か面白いことを思い出したかのようにククッと声を立てて笑い、私はみじめな顔で彼女を見つめ返した。


「大丈夫だよ。そんな顔をしないで、ララ。」


 慰められて笑顔を返せるほど、私は楽観的じゃあない…。


「あの川瀬を超えれば、装飾の記憶を頼りに箒でリアフェスに戻れるはずだが…。」


 ハルが、岸の方を見ながら言った。


「そうか、ならそうするとしようよ。」


「いや…やめた方がいいな。

 たどり着いた後に問題がある。」


「どういう意味?」


「南の国ウルスターの南端から西の国コルマクのイーリーまで、移動手段は列車になる。

 お前たち二人を抱えて箒に乗るのはごめんだ。」


「だから三人乗りを買っておけと忠告したのに。」


「箒の問題じゃない…。」


「ねぇ、列車でいいんじゃない?私、乗りたい!!」


「僕も賛成だ。

 春休みの暇つぶしにちょうどいい。」


「無理だ。」


「なんで?!」


「金がない。」


「えー!なんで持ってないの!」「あちゃー、そうきたか。」


 リビエラと違って、私は非難の目でハルを見た。もちろん、一アルスも持っていない自分のことは棚に上げて。


「妖精の領域に旅費を携帯する必要性がどこにある。

 コンパクトを忘れてきたお前に責められた義理はない。」


「うっ。」


 ハルの切れ長の瞳が、容赦なく私に突き刺ささる。

 ついさっき、ハリオデスに「思いやりがない」と言われたばかりなのに。


「でもっ…!今はそれ以外に戻り方がないでしょう?」


『あら…何のお話?』


 ルースの相手をしていたハリオデスが、微笑ましげに近づいてきた。


「リアフェスに戻る方法が見つからなくて…。」


『それなら、あの川の流れに乗ればすむことだわ。

 私たちなら、あなた方を任意の川に運ぶことができます。』


「それは素晴らしい!」


「ですが…イーリーはあいにく山間の町。」


「ウィッスルに、川があるじゃないか。

 その先が問題かな…?」


「いや、それくらいの距離なら、」


「ねぇ待って。」


 二人の間にいた私は、つたない頭でひとしきり考えた後で言った。


「クレアモントホールがいいと思う。

 ノルドの森に行くときに見たの、領地の丘の下に川があったよ。」


「決まりだ!」


 リビエラが、指をパチンと鳴らした。



 -------



 私たちは、川瀬に移動した。

 干上がっていた川床は、今や宝石のように輝く水がころころと優しい音を奏で、すっかり美しい場所に変わっている。


 流れは私の右手側が上流で、左手に向かって下る。そこにハリオデスは、私たち三人がちょうど乗れる大きさの小舟を用意してくれた。


『さあ、これに。』


 私たちは別れの言葉を交わし、次にいつ会えるかもわからない再会の約束をしつつ、乗り込んだ。


 道中、周囲はずっと霧に包まれていた。

 不思議なことに、その間は時間の感覚がなく、どのくらい船に乗っていたのか、はっきりと思い出せない。

 白い霧の向こうを確認することはできなかったけれど、流れはごく穏やかで、快適だったことを覚えている。

 そして北の国ノウルドを流れるケムル川の、クレアモントホールの丘の下を流れる岸で船を降りると、小舟を形作っていた緑の葉は風に舞って消えたのだった。


 役目を終えた彼ら()は、妖精の森へ還っていくのだという。


「クレアモントホールは、この丘の上よ。」


 見慣れた景色に、私の声は明るくなった。

 ハルとリビエラがこの辺りを歩くのが始めてだと知ると、私は少し誇らしい気持ちで二人を案内した。

 蛇行する坂道を上り、今ではすっかり顔なじみになった門番にあいさつする。そして、屋敷のファサードへ向かった。

 時雨がおいおいと涙を流しながら私たちを出迎えてくれたことは、言うまでもないことかもしれない。

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