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9-2.花輪

 

 クレアモントホールの廊下は、長い。


 時雨と散策してわかったんだけど、この屋敷には、異なった景色を楽しめる廊下が東西南北にある。

 今私たちが歩いているのは、その一つ。

 屋敷正面の庭園を見下ろす、東側の廊下。

 私たち以外に訪れる者のいないこの場所で、最も人の行き来がある通路。


 確か、初めて一人で屋敷に来た時も、この広くて明るい廊下を歩いた。

 そして今日も今日とて眼下の植樹の向こうに、兜のてっぺんに飾られた赤いフサフサを揺らして動く衛兵の姿がチラチラと見える。


 ピカピカ光る銀色の塊は、クレアモントホールの永年警護を請け負う衛兵たち。

 鎧の中身は、人間よりも屈強な猫族。

 彼らは、リアフェスの外にあるオルガンド王国からやって来て、喧騒から切り離されたこの屋敷を警護してくれている。


 けれど、ふと思う時がある。

 皆は、館の何を守っているんだろう。何から守ろうとしているんだろう?って。


 先代のクレアモント卿の蒐集品は貴重な宝で、私はこれから、まさに彼が遺した魔術道具の恩恵にあずかろうとしているところなのだけれど。

 本当に、それらを守るためだけなんだろうか…。


 私はハルとリビエラの後ろを歩きながら、答えの出ない問いをぼんやりと巡らせていた。



 ---------


「…だからぁ、三人乗りの箒だよ。

 それが手っ取り早いって!」


「要らん。何度も言わせるな。」


 ハルとリビエラが、前でもめている。


「どうしたの?」


「聞いてよ、ララ。

 ハルに、三人乗りの箒を買ってくれって頼んでるんだ。

 二人しか乗れない箒なんて、いざという時役に立たないだろ?」


「オレのは一人用だ。

 勘違いするな。」


「二人でも飛べるんだから、そこは問題じゃないよ。

 いいアイデアだと思うんだけどなぁ、三人乗り箒。

 空を飛べるのはウィザードだけなんだし。」


「あ…空を飛ぶといえば、あのさ、」


「?」


 私の声色を察して、リビエラとハルが広い廊下の真ん中で立ち止まった。


「二人に見せたいものがあるんだけど、いいかな。」


 私は、控えめに彼らを見た。

 いつか見せようと思っていたものの、なんとなしに言葉を発してしまった。


「ララが、もじもじしてる。」


「珍しいな。」


 注がれる二人からの眼差しは、とりあえず肯定の証。


「ちょっと、緊張してる。

 見てて。」


 私は、心を落ち着けるために軽く呼吸した。

 ノイズを取り払い、髪を結っている白いリボンに意識を集中させる。この頃は、手を触れることなく自在に操れるようになった。

 リボンはシュルシュルと音をたて、意思を持つ生き物のように髪を滑る。


 私は心の中で思い描き、名を唱えた。

 すると白いリボンは踊るように形を変え、黒くやわらかい体毛と燃えるような赤い眼をした四つ足の生き物が現れた。


「え、本物…?」


 リビエラは、目を輝かせていた。


「漆黒の毛並みに緋色の眼光。

 黒妖犬だな。」


「うん、そう。」


 ハルの言葉に、私は頷いた。

 奇跡に近い賽の目の確立を繰り返して誕生する世にも希な妖犬を、当然彼は知っていた。

 たずねたその声が微かに上擦っているように感じたのは、気のせいだろうか。


「黒妖犬か。

 フィアルーの連れ犬と同じだね。

 石像なら何度か見たことがあるけど、これは生きているみたいだ。」


 リビエラが、そっと近づく。


「うん、アレとは印象が違うかもだけど。

 体の大きさも変えられるよ、ほら。

 私を乗せて走れるし、空も飛べる。

 リアフェスでは空を飛べないけど…それ以外の世界なら、大丈夫かな?」


「ああ、問題ない。

 …実物を見て来たかのように精巧だ。

 上達したな。」


「うん…ほら、前に書庫で調べたって話したでしょ?智略の魔女フィアルーがいなくなった後、彼はどこに消えたんだろうって不思議で気になって…。

 それで色々調べてたから、イメージしやすかったんだと思う。」


「そうか。」


「うん…。」


 ハルに嘘をつくと、心が痛いのはなんでだろう。

 本物のように精巧。それは当然。私は本物と言葉を交わし、本物の背に乗ったのだから。

 だけど、それは言えない。


『オレには嘘をつくな』


 リアフェスに来たばかりの頃、ハルに言われた言葉。それが、私を庇護してくれる条件だった。

 でも、彼らの存在を口外しないと約束したのは、フィアルーの方が先。

 だから私は、その約束を優先させなきゃいけないと思う。

 元来嘘を突き通せない私には、少々荷が重い。


 フィアルーやカリガリアンと、もう二度と会うことはないとわかっている。

 約束を破ったって、誰にも分らない。

 でも彼らは、人間という枠からかけ離れた存在。どこにいようと、私を見ている。そんな気がしてならない。

 畏敬の念を抱くとは、たぶんこういうこと。


「あ、あとさ、こんなこともできるようになった。」


 私は、後ろめたさを紛らすように口を開いた。


「わ、僕だ!」


「えへへ。

 どう、似てる?」


「そっくりだよ!鏡を見てるみたいだ。」


 リビエラは、黒妖犬から自分そっくりに姿を変えたリボンに、素直な驚きの声を上げた。


「それから…。」


 私は再び、リボンを変化させた。


「ハルだ!おや、実物より陰気な感じがするな。

 これが、ハルのイメージ?」


「ええっ?そそ、そんなことないよ!」


 私は慌てて、否定の言葉を探した。気のせいかヴァイオレットの視線が刺さる。

 自分では陰気なハルを創造したつもりは全くなかったのだけれど、リビエラに指摘されると、そんな風に見えてくる。

 心の動揺が現れて、形作られたハルの姿はノイズが走ったように急に不安定になった。


「うはは、冗談だよ。」


「も…悪い冗談はやめて。

 …えっと、それから最後に。」


 ホッとした私は気を取り直し、二人にどうしても見てもらいたかった最後の人物を作り上げた。


「この()は石の…。」


「うん、キャスだよ。」


 長い髪をなびかせる、細身で小柄なキャス。

 彼女は私たちに向かって両手を伸ばし、美しく青い瞳でこちらを見ている。


「石じゃない本来の彼女の姿を、二人に見てもらいたかったの。」


「躍動感があって、キラキラしてる。

 君の、ララの彼女への思いがすごく伝わるよ。

 …会ってみたいな、本当の彼女に。」


「うん、いつか会ってね。いつか…。」


「近い将来に。

 それも、ごく近い将来にね。」


 私の途切れそうな言葉に被せるように、リビエラが力強く言った。


「うん、そうだね。」


「そうだよ。

 さぁ、装置の部屋へ急ごう。」


「うん。」



 ---------



「それにしてもさ、ララにはウィザードの素質があるんじゃないかと僕は思うんだ。

 ハルはどう思う?」


 廊下を歩きながら、リビエラが明るい声で言った。いつもの書斎は、すぐそこだ。


「そうだな。

 直感的な能力に関しては、素質があると思う。」


「直感的?どういう意味?」


 私は、小声でリビエラに尋ねた。


「イメージする能力や感覚が優れているってことさ。」


「なるほど。」


 何にせよ、ハルに褒められるのは嬉しい。


「ララの力の源は、オレの魔力。

 使っている魔道具は、言いたくはないが最高級の精度を誇る一級品だ。

 こんな好条件がそろえば、誰でもそこそこ良い結果は出せる。」


(え、褒めたんじゃなくて自画自賛…?)


「だが、あれほど繊細に使いこなせるということは、素質があるということだろう。

 加えて、ララの瞬発力は悪くない。」


「昔から、運動は得意なの。」


 母譲りのこの能力に関しては、自負がある。


「スキル上げの努力に対する忍耐力もある。」


「うん、それは僕も感じるよ。

 ララはすごい。」


「ありがと…というよりは、時間が沢山あっただけなんだけどね。」


 私は、肩をすくめた。

 自分の感覚としては、有り余るほどの時間があっただけ、というほうが正しい。

 忍耐力がある、なんて褒められたのは、ちょっと意外だ。


べトラの月(一月)は雪で殆ど出かけられなかったでしょ、ハルも居なかったし、クレアモントホールで時雨となんとなく練習をしてたんだ。

 モーリーンも、色々と助言をくれて。

 実践的なことは衛兵たちが丁寧に教えてくれたから、すごく楽しかった。

 忍耐力があるとしたら、皆のおかげ。」


「衛兵?姿が見えないと思ったら、あいつらのところにいたのか。」


 小さな書斎のドアを開けながら、ハルが呟いた。

 目的の部屋は、書斎から続く右のドアから入る。


「あれ、どうしたのハル?ララのことが心配で探したの?」


 リビエラがニヤリと笑った。


「別に、そういうわけでは…。」


「ふうん、そうかい。

 僕は安心したよ、ララ。

 あれからヘカテの店に通ってるって聞いてたけど、うまくやっているんだね、良かった。」


 リビエラの言う「あれから」とは、ネルフォーネから戻ってからのこと。

 ギルのことで気落ちしている私を心配して、彼女が勧めてくれた。


「週にニ三日ね、店の手伝いをしながらモーリーンに素材の扱い方とか教わってる。」


「相変わらず、給料は貰ってないんだ?」


「ああ、うん。」


 私は、右の部屋のドアを開けるハルを一瞥した。ヘカテの話になると、彼は決まって機嫌が悪くなる。

 私がヘカテの店に手伝いに行くことも、彼女から賃金を貰うことも気に入らないらしい。

 リビエラが話を持ち出した時は、『よりによってなぜあの女の店なんだ?』と腹を立てていた。


 え?なんでお金を貰うことを反対されたのかって?


『あの女は危険だ。金銭の授受により契約が生まれ、色々と面倒になる。』


 というのが言い分らしい。正直、私には何が言いたいのかよくわからない。

 リビエラは、自分の悪口しか言わないヘカテの所に私を行かせるのが嫌なんだろうって言ってる。

 まぁ確かに、『あの女に何を吹き込まれるかわからない。』とハルは愚痴をこぼしていたけれど。

 彼は、どうでもいいことを心配しすぎる変なところがある。


「ほんとにねぇ、ハルはララのことになると心配しすぎなんだよ。

 僕がヘカテの店に行くのは、ちっとも構わない様子なのに。」


「お前はガキの頃から知り合いだろ。

 耐性が違うんだ、同じ立ち位置で考えるな。」


「耐性?ヘカテはさ、私がいる時は日課みたいにハルの悪口言ってるよ。

 あの程度でハルのこと嫌いならないけど。

 そんな理由だったの?」


「好き嫌いの問題じゃない。

 ララは些細なことで感情的になるから、あの女に言いくるめられて何をしでかすかわからないだろ。」


「って、一体何をしでかすっていうんだ?」


 リビエラが、吹き出した。


「それが予測できないから、困ると言ってるんだ。

 現に…。」


「ハル、君のはただの行き過ぎた心配性だよ。」


 リビエラは、なだめるように友人の肩に手をかけた。


「ふん、好きに笑っていろ。」


 大声で笑うリビエラに、ハルはそれ以上何も言わなかった。


「おや、皆さま楽しそうでいらっしゃいますね。」


 ぷかぷかと宙に浮き、かしこまった声で私たちを迎える時雨がそこにいた。


「時雨!」


「お待ちしておりました、旦那さま。

 ご要望の春風の妖精に関する資料、用意してございます。」


「さすがね!ありがとう。

 …って、意外と少ないね?」


 私は、時雨が見繕ってくれた書籍のページをパラパラとめくった。屋敷に入ったとき、頼んでおいたのだ。

 ザムにブリシュカを飲まれるとは予想もしていなかったから、春風の妖精に関して予備知識がまるでない。


「はい、どれも数行もしくはほぼ同じ内容で、多くありません。

 春風の妖精よりも、花輪に関する記述がほとんどでございます。」


「ふうん、なんで?」


「花輪自体に、蘇生や回復、再生などの効果があるようでございますよ。

 致命的な怪我の完治、枯れ木の再生、水質や土地の浄化などが可能です。

 中には、死人が蘇ったなどという記事もございました。」


「死人が生き返る?ほんと?石化については?」


「具体的な記述は見当たらなかったのですが、石化そのものよりも呪詛を除く呪力の解呪全般に効果があるようです。」


「呪詛って、呪いのこと?もしかしてキャスは…ハル?」


 私は、ハルを見た。


「あれは呪詛じゃない、心配するな。」


「そっか、よかった。

 次は手に入れる方法だけど、本にはなんて書いてあるんだろ。

 記述が残ってるってことは、もしかして行った人がいるのかな?」


「それが、ハルさまが以前お調べになった通り、明確な行き方は記載されていないのでございますよ。

 春風の妖精の花輪は、初春の頃、リアフェスのあちこちの野や森に転がっていたり、木の枝にひっかけてあるのでございます。」


「ああ、知ってる。

 僕も、子供の頃に春風の妖精ごっこをしたよ。

 野原に行って、歌を歌いながら花輪を編むんだ。

 この時期になると、あちこち花輪だらけさ。」


「そうなのでございます。

 人間の子どもたちがあちこちで作る花輪の中に、時折本物が紛れているのでございますよ。」


「それじゃぁ、リアフェス中の野原を探し回るの?」


「それも一つの方法ですが、効率的ではございませんね。

 本物は、日没後に枯れてしまいます。

 そうなると、効果は得られません。」


「だから、作ってる本人のところに行くのが最も効率がいいってことさ。」


 なるほど、そうやって振り出しに戻るわけね。

 ハルの言う通り、妖精の領域を特定できないことにはたどり着けない。


「…で、その場所が空間移動装置に書いてあるってことでいいの?ハル?」


「今、確認している。」


 ハルは盤面だけでなく、装置のあちこちを注意深く見ていた。


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