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8-7.捕物

 高い青と人波の間に、箒と人影があった。

 地味な魔術師フードを目深に被り、箒を操作するハルと、その後ろに乗っているリビエラ。

 彼女の引きちぎれたドレスは、ひらひらと風に揺れていた。


「ララー!」


「おーい!ここよ!リビエラっ!」


 私は大きく手を振って、無意識に飛び跳ねた。

 リビエラの視線を捕まえようと、声を張り上げる。

「ああ、気がついたみたい。」と私が言い終わるよりも早く、後ろでギルが舌打ちした。


「来て、ララ。」


 彼は早口にそう言うと、私の手を掴んだ。


「えっ?な、なに?なんで走るの?」


 私はなされるがまま、ウィッスルで知り合った友人を振りほどくことができなかった。

 手を引かれながら、リビエラを振り返る。

 ギルが何を見て走り出したのかはわからないけれど、空にいる二人は私を見つけていた。

 私は、もう一方の手を二人に向かって伸ばした。ところが、


「ララ!どこ?」


 リビエラは、また私の名を呼んだ。

 二人は空中を漂い、今度は落とし物でもしたかのように、私を見つけようとしている。


(なんで?私はここにいるじゃない!)


 息苦しさに声が出せず、私は心の中で叫んだ。

 思い返してみれば、この時にもっと死ぬ気で声を出すべきだったんだ。


「ギ、ギル…苦…し。」


 私は、嗚咽するように声を吐いた。コルセットのせいで、呼吸がいつもの半分くらいしかできない。するとギルは私をひょいと抱え、人通りのない、カーブの緩やかな細い路地に入った。


「急に走らせてごめん。

 ここなら上から見えにくい。」


 彼は足を止め、傍にあった木箱の上に私を座らせてくれた。

 見上げると、確かに、布製のひさしや飾りがあって、視界を遮っている。


「箒から逃げたの?」


「俺はウィザードが嫌いなの。

 言ったでしょ、前に。」


「嫌いだからって、見ただけで逃げるなんてどうかしてる。」


 この世界に、彼ら(ウィザード)を目にしない場所なんてないと思うんだけど。


「で、アレが君の友だち?」


「アレ…?

 そうだけど、なんで?」


 ギルの言い方に、私は少し面食らった。この人、こんなに口が悪かったっけ?


「前にいたのは確実にウィザードだ、後ろにいた女は違うな…。

 エトラのクセにウィザードとつるむなんて、ララは相当イカれてるよね?」


「!」


 私は言葉をつまらせ、彼を見た。今日のギルは、別人のようにとげがある。

 ウィザードのことを毛嫌いしているのは知っているけれど、これはまるで八つ当たり。


「ハルは、そんなことしない。」


「ふん、あいつハルっていうの。」


 ギルの乾いた声と冷めた視線は、私ではなく路地の壁に向かっていた。


「意地悪な言い方。

 あの二人は悪い人たちじゃないよ?ハルがウィザードだからって嫌悪感丸出しにするのは、ただの偏見じゃない?

 私、そういうの大っ嫌いなんだけど。」


「嫌いで結構、俺は世界中と仲良しこよしする気はないんで。

 用が済んだらさっさと行くよ。

 だから教えて。」


 ギルはそう言うと、木箱に座る私の方にグイと体を寄せ、私が逃げられないようにした。


「あいつは何者?エトラの君を切り刻むことも売りさばくこともせず傍らにおいておくなんて、ウィザードとしてあり得ない。

 魂胆があるに決まってる。

 あれはまっとうじゃない。

 ねぇ、どんな仕事を手伝わされた?弱みでも握られてるの?」


「なっ、何言ってるのかぜっんぜん意味がわかんないんだけど?」


 近づくギルの顔に向かって、私は声を荒らげた。

 会ったこともないハルのことを侮辱する、彼の自分勝手な思い込みに腹が立つ。


「弱みなんか握られてないし、仕事なんか知らない!ハルは、私を魔術の材料になんかしないもん。

 確かに変わった人だけど、いつも助けてくれるし、ギルが考えてるような人じゃないよ!」


「俺だって、いつも君を助けてる。

 魔法の腕にも自信がある。

 刻の水底では、君をウィザードに売り飛ばしたりしないと誓ったじゃないか。

 あいつと何が違う?ウィザードを庇ったって、良いことなんか何もない。

 どうして本当のことを話してくれない?」


「本当のこと言ってるよ、なんで信じてくれないの?」


「じゃあ、俺が君の喉元にナイフを突きつけて正体を明かせとあいつを脅したら、あのウィザードは白状するかな。」


 そう言って、彼は腰のホルスターをちらつかせた。


「なっ?」


「ま、そっちの方が俺としては手っ取り早いよね。

 あれ、動揺してる?」


 私を見るアイマスクの向こうに、優しいギルの微笑みはなかった。そこにあったのは、品のある彼の中に潜む、歪んだもの。

 彼は本気かもしれない。そう思った時、私の喉がゴクリと鳴った。


「なんで…脅すの?私たちは、カーニバルを楽しみに来ただけだよ。

 ギルは、何か勘違いしてる。

 ハルは表情がなくて変わり者だから誤解されやすいだけで、どこにでもいる普通のウィザードだよ?」


「…そうだな、若くて背の高いウィザードなら、リアフェスのどこにでもいる。

 でも、『アイスブルーの瞳をした若く背の高い手練れ』はそうはいない。

 俺だって、伊達に生き延びちゃいないんだ。

 本当のことを言ってくれたら、すぐに君の前から消えるさ。」


 ギルは私の目を覗き込み、私はその薄茶色の瞳を見つめ返した。

 私たちは、些細なことで行き違っている。ただそれだけだ。


「あなたが何を言わんとしているのか、わからない、ギル。

 だけど、あなたが知りたがってる人物がハルじゃないってことは、今あなた自身が証明した。」


「なに?」


「完全に人違いよ。

 ハルの瞳の色は、アイスブルーじゃない。

 ヴァイオレットだもん。」


 これで、誤解がとける。私は、体の緊張が解けていくのを感じた。


 ハルの瞳は、初めて出会ったあの月夜の晩から、今朝見たときまで変わらずヴァイオレット色だ。アイスブルーには程遠い。けれどギルは、

「ララ、君は本当におめでたい()だな。」と言って冷笑した。


「自分に術がかけられていることすら気づいていないのか?それとも、エトラの色覚は俺たちと違うとでも言い訳するのか?

 あいつの瞳は、たとえ万人が朝に夕に見比べても見間違えようのないアイスブルーだよ。

 そんな下手な嘘で俺をごまかせると?」


「ごまかす?なんで私が?くだらない軽口で騙そうとしているのは、あなたじゃない!私は、ハルの瞳がアイスブルーに見えたことなんか一度もない。

 あれは、ヴァイオレットよ。

 春の野に咲く可憐なすみれ色!それ以外にはあり得ない!それとも、リアフェスではあの色をアイスブルーと呼ぶのなら知らないけどっ?」


 私は、目の前のわからずやに夢中でまくし立てていた。息を継ぐ暇もなく言葉を吐き、顔が熱をおびていくのを感じ、言い終えた後は肩で息をしていた。きっと、この面倒なコルセットのせい。

 とその時、私たちが来た方向から「うぉー」という叫び声と共に、リビエラが怒涛の勢いで走って来た。


「くそっ!来い、ララ!」


「きゃっ!」


 ギルは、再び私の手を掴んだ。

 私はその場で抵抗することもできたけれど、一緒に走った。だって、リビエラの剣幕はギルのことを殺しかねない形相だったから。


 お互いを誤解したまま、二人が無意味な争いをするところなんて見たくない。

 もう少し、落ち着いて話す場所と時間さえあれば…。そんなことを考えているうち、私たちは天然の岩壁に沿って小さな滝のように清水が流れ落ちる、開けた行き止まりにたどり着いた。

 目の前には、美しい水を蓄え、陽を受けてたゆたう水路がある。


 ギルは立ち止まり、私を盾にして背後に回った。そして私の両手を素早く後ろ手に掴むと、リビエラに向かって「止まれ!」と叫んだ。


 リビエラは、動きを止めた。彼女は琥珀色の視線をギルの手元に注ぎ、ナイフが本物であることを確認すると、冷静な声で言った。


「大丈夫、ララ。

 すぐに助けるよ。」


「違うの、リビエラ、これは…。」


「黙って、ララ。」


 ギルは私の耳元で呟くと、次にリビエラに言った。


「そこの女、お前はあいつの仲間だな?あのウィザードはどこへ行った?なぜ俺のことを嗅ぎまわる?」


「嗅ぎまわる?ということは、嗅ぎまわられるような心当たりがあるんだね。

 僕は、はぐれた友達を探していただけさ。

 君は彼女を連れて逃げ、刃物で脅している。

 非があるのは、さてどちらだろう?」


「なるほど。

 お前との会話は、埒があかない。」


「僕は、君に危害を加えるつもりはない。

 今ここで、ララを解放してくれれば。」


「俺だって、ララを傷つけたくはない。

 お前達が妙な動きさえしなければな。

 聞こえているか、ウィザード!隠れていないで出て来い!」


 ギルの声は清水に吸い込まれ、何事もなかったかのように静けさが残った。

 岩肌を流れる水の音は穏やかに響き、飛沫が作り出すα波とは真逆のピリピリとした緊迫感が、じっと気配を探る三人を支配する。


(ハル…?)


 滝の岩陰から、ハルが姿を現した。


「…もったいぶった登場だな?ウィザード。

 俺の周りをハイエナみたいにうろつく目的はなんだ?」


「上王はお前の捕獲をお望みだ、アーリッド・ランバール。」


(え?)


 私は驚いて、地味な魔術師の衣装を着たハルを見た。

 彼は近づきながら、自分が丸腰であるのを示すかのように仕草をする。


「お前、上王の犬か…。」


 ギルの声色に、怒りが増した。

 彼はウィザードだけでなく、上王のことも嫌っている。背中で感じる気配は、嫌悪というより憎悪。


「大人しく投降すれば、危害を加えることはないと約束する。」


「約束?俺に向かってよくもそんなセリフをぬけぬけと…。

 止まれ!」


「ララを解放しろ、アーリッド・ランバール。」


「断る。」


「ねぇちょっと待って。

 なんでギルがアーリッド・ランバールなの?違うよね?」


「そいつだよ、ララ。

 僕とハルは、彼が透明魔法を使ったのを確認した。

 さっき、君たちは僕たちの目の前で忽然と姿を消しただろう?」


「え…。」


 人間の心って、不思議だ。

 まるでリビエラの言葉に呼応するように、私の脳裏に蘇った光景があった。

 私を見つけたはずのリビエラとハルが、突然落とし物を探しているかのような不可解な動きをしたとき。

 あのとき感じた違和感は、私の姿が二人に見えていなかったから?


「透明魔法は、先代を殺め宝物を奪った国賊オーリズ・ランバールが血族、ランバール家残党の動かぬ証拠。」


「お前は逃げられない、さあ、人質をこちらへ。」


 リビエラとハルは、ギルを挟み撃ちするように慎重に、再び距離を詰め始めた。


「ちょっ、ちょっと待って!」


「?」


 私の掛け声に、場の空気が一瞬止まった。


「あのさ、透明魔法を使ったからといって、ギルがアーリッドだという証拠にはならないのでは?ほら、実は知られていないだけで、ある日全然別の人が透明魔法を使えるようになってたかもしれないし、それともランバール家の知り合いの誰かが、特別枠でこっそり継承してたってこともあり得るじゃない?素晴らしい魔法だもの、このまま継承されずに消えていくのは勿体ないっ!ってね。

 どう?」


 私は、二人の足を止めようと思いつく限りの可能性を並べ上げた。

 少しでも時間を作り、この緊迫した状況を壊すために。そして狙い通り、張り詰めた空気は瓦解した。


「お前は…どっちの味方なんだ?」


 ハルは自分の額を押さえていた。


「おや、その考え面白いね。

 考察の余地はあるかな?」


 リビエラは顎に指をあて、真顔で反応する。


「面白がるな、リビエラ。」


「ねぇ、ハル、ギルがアーリッドじゃないって証明できればいいんだよね?」


 私は、ハルを見つめた。

 お互いに喧嘩腰にならなくたって、誤解だと証明できればギルも私も解放される。

 まだ、彼がアーリッドだと決まったわけじゃない。


「明るい茶色の瞳、左目の泣き黒子。

 それらが一致しないと証明しろ。」


「わかった、するよ。

 できるよね?ギル?」


 私は、後ろにいるギルに尋ねた。

 彼は変わらず私の手を押さえつけていて、首もとにナイフはあるけれど、怖くはない。


「ギル、あなたの瞳は薄茶色。

 人によっては、明るい茶色だと言うかもしれない。

 でも、左目に泣き黒子がなければ、別人よ。

 そうでしょ?だから早く誤解を解こう。

 証明すれば、解放される。

 そのアイマスク、外してもいい?」


 私の言葉に、ギルは何も答えなかった。その代わり、掴んでいた私の両手首をそっと解放した。

 私は、ゆっくりと身体の向きを変え、ギルに向き合った。

 腕を伸ばし、アイマスクのリボンに触れる。


「や、めろ…。」


 ギルが、そう呟いた気がした。と同時に、私の右手はリボンを引いた。


 ドンッ


 トスッ


「きゃっ。」「うっ。」


「ララ!」


 私はギルに突き飛ばされ、後ろによろめいたところをリビエラに助けられた。

 うずくまって呻き声をあげたのは、ギルだった。


魔法封じの矢(アンチャントアロー)だ!」


 リビエラが叫び、見ると、ギルの首もとに見覚えのある黄金の矢が刺さり、灰のように崩れていくところだった。


「くそっ…図ったな…。」


 ギルは息苦しそうに地面に向かって言葉をはくと、突然、路地に向かって走り出した。

 そこへハルが、銀色の鞭のようなものでギルの足を捕らえた。


「うおっ。」


 ギルが、受け身の姿勢で地面に転がる。

 迫るハルの鞭は銀色の剣に変化し、ギルはハルに向けてナイフを投げつけた。


「止めなきゃ!」


「だめだ、危ないよ、ララ!」


 立ち上がろうとする私を、リビエラは離してくれなかった。

 目の前で丸腰のギルはどんどん追い詰められ、とうとう地面に背中をつけた。ハルの手にした銀色の剣先が、ギルにふりかかる。


「やめて、ハル!」


 ハルの動きが止まり、私は駆け寄って倒れたままのギルに覆い被さった。


「どけ、ララ。」


「やだっ!」


 ガシャン!


「ひゃっ」


 ハルが振り下ろした剣が、すぐそばの地面に突き刺さった。鋭い刃が、目の前で揺れる。

 私は恐ろしさのあまり目を閉じ、ギルにしがみついた。


「こっ、殺さないでっ。」


「殺さない、捕らえるだけだ。」


「うそよ!上王のところに連れていかれたら、ギルは殺されるんでしょう?そうならない確証がある?親が悪いことしたからって…こんなのおかしい!」


 父親の犯した罪のためにギルが殺されるなんて、私には耐えられないほど理不尽な所業だ。

 ハルには、倫理よりも忠誠の方が勝るんだろうか。


「いい加減にしろ、ララ。

 また人質になるつもりか?」


 ハルが言いながら、剣を抜いた。


「なるよ!逃がしてくれるなら人質になる!だから…。」


 私は顔を上げ、ハルを見た。その瞳に、感情の色は映らない。彼は私の顔に、剣先を突きつけた。


「どかなければ、お前も拘束する。」


 その時、ギルが私の手に触れた。


「もういいさ、ララ。

 君を巻き込んで悪かった。」


「え?」


「これ以上、君に無様なところを見せたくないよ。」


 ギルはそう言って、ハルに抵抗するのをやめた。


 ハルは私をギルから引き離すと、滝の上に向かって小さく合図した。

 陽光に何かがキラリと反射し、仮面をつけた小柄な上王の使者が飛び降りてくる。

『使者』と呼ばれるその人物は、肩と背中に弓と箙を掛けていた。


「連れていってくれ。」


 ハルが告げると、使者は黙って頷いた。


 ギルはこのまま、情け容赦ない上王のもとに連れて行かれる。

 ハルは捕らえるだけだと言ったけれど、その先の保証はどこにもない。


「あなたは、正しくないと分かっていることでも、上王の命令なら従うのね。」


 私は、安堵の息を吐いたハルの背中に向かって言った。


「なぜ、お前が泣く?」


「誰かのために涙を流してはいけない?ハルは、ギルの人生をこんなふうに奪っても平気なの?」


「心配するな、お前が考えているようなことにはならない。

 無論、あいつ次第ではあるが。」


「私が言いたいのはそういうことじゃなくて…!なんで…こんな仕事…。」


 私は奥歯を噛みしめ、声を上げるのを必死でこらえた。

 ハルは黙って私に背を向け、「後を頼む。」とリビエラに言い残して空へ上った。

 

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